フーナラ R18


  ただ欲望のままに


 「今日泊まりに行ってもいい?」と尋ねてきたのは、ナランチャの方からだった。それだけ聞けば、ちょっとドキリとするような台詞だ。フーゴは一瞬だけ、自分の心臓がイレギュラーな脈を打ったように感じた。が、それはすぐに正常さを取り戻す。ナランチャに『そんなつもり』がないことは、彼と親しい者であればすぐに分かることだろう。その表情を見てみるまでもない。おそらく、フーゴが駄目だと言えば、同じ言葉を他の仲間にかけるつもりに違いない。ナランチャは、組織に入った直後に与えられた部屋――本人が未成年者なので、名義は組織の物になっている――を、あまり気に入ってはいないようだ。いや、部屋そのものが、というよりも、自分以外の誰も居ない空間が好きではないらしい。独りでいても退屈だと言って、夜は仲間の誰かの部屋に泊まりに行くことの方が多いほどだ――行ったところで何か特別なことをするというのでもないのだが――。そんなことはとっくに承知しているフーゴは、「またか」と思いながら短く息を吐いた。
「駄目?」
 再度尋ねられて、フーゴは「どうしようかな」と考えるように視線を天井に向けた。今夜は特別な用事は何もない。このまま急な仕事が入らなければ、数時間後には夕食を済ませて自分の部屋へ帰る――そして寝る――以外にやるべきことはない。ナランチャが泊まりに来ることに関して、問題は何1つないはずだ。
 フーゴはナランチャの方へと視線を移動させた。無意識なのか、それとも意図的なのか不明な上目遣いと眼が合った。もしかしたら、すでに同じ質問を、他の仲間達に断られた後なのかも知れない。「もうお前しか頼めるやつがいないんだよ」。そんな声が聞こえてきそうだ。またフーゴの心音はわずかに乱れた――気がした――。
「たまには、ぼくが君の部屋に行こうか」
 フーゴがそう言うと、考えるような一瞬の間の後に、ナランチャはそれが素晴らしい思い付きであるかのような顔をした。
「うん! きてきて!」
 子供のような笑顔を向けられ、フーゴはその頬に触れたい衝動に駆られた。その右手を、ペンを強く握ることでどうにか抑えた。そんなことには微塵も気付いていない様子で、ナランチャは笑っている。

 ナランチャの部屋に入るのは、これがすでに数度目のことになる。住人の性格から考えると、少々意外だと思うことに、部屋の中は決して散らかってはいない。と言うよりも、明らかに物が少ない。入居からの時間がそれ程長くないということ以上に、やはり彼が他人の部屋に転がり込んでいることの方が多いのがその理由だろう。前回フーゴが尋ねてきた時から見て、ぱっと眼に付く物で増えているのは、デジタルの目覚まし時計くらいなようだ。たまたま誰の部屋にも泊まらず自室に帰っていた翌日、危うく寝坊しそうになったと話しているのを聞いてブチャラティが贈った物だそうだが、ほとんど活用されてはいないようだ。小さく表示されているアラームの設定時刻は、起床時間には相応しくない時間――午前、午後を問わず――になっている。
 食事は事務所の近くですでに済ませてあった。入浴も、フーゴに言われて先にナランチャが、その後フーゴ本人も終わらせたばかりだ。フーゴが借りたタオルで髪を拭きながらバスルームを出た時、ナランチャはベッドの上で仰向けに寝転がっていた。が、眠ってはいなかったようで、フーゴが近付いて行くと、その首が動いて彼の方を見た。
「もう寝る?」
 時間的にはまだ少し早い。しかしナランチャの部屋に暇を潰せそうな物はあまりない。明日も仕事があることだし、特に何もないのであればもう寝てしまおう。それは、彼がフーゴの部屋に来た時とさほど変わらない流れだった。おそらく、フーゴは知らない――わざわざ聞いたりしたことはない――が、誰の部屋へ行ってもそうなのだろう。しかしフーゴは、そんな言葉は聞こえなったかのように、1つしかないベッドに無言で近付いた。
「フーゴ?」
 首を傾げながら上体を起こしたナランチャに、フーゴは口付けを落とした。
 拒絶はされなかった。ただ驚きと戸惑いの気配だけが唇から伝わってきた。フーゴは、『拒まれなかった』という事実だけを都合良く受け止め、それ以外の全てを完全に無視した。細い肩を押して、ナランチャの身体をベッドに戻した。
「ちょ……、なにいきなりサカってんだよ」
 そう言ったナランチャの口調は、怒っているようには聞こえなかった。やはり、ただ戸惑っている。怒りはその向こう側に控えているのか、それともこの場には存在していないのか……。
「駄目?」
 数時間前にされた質問を、今度はフーゴが口にする。わずかに首を斜めにしながら、彼は、拒まれる可能性は五分五分と言ったところだろうかと考えた。
 躊躇うような声が返ってきた。
「……明日も仕事だけど……」
 フーゴは、わずかに逸らされた大きな瞳の中で、天秤が傾いたのを見た気がした。
「いいよ。加減する」
 静かな声でそう答え、ナランチャの首筋に唇を当てた。ナランチャは、小さく頷き、両腕をフーゴの肩に廻してきた。

 自分の身体の下で体温を上昇させ、呼吸を乱しているナランチャの姿はひどく愛らしかった。そこに、女が持つような色気はない。あるのは、成長し切っていない少年が放つ、もっと危険な芳香だ。喘ぐように動く唇から更に呼吸を奪い、フーゴは彼の中心部へ手を伸ばした。形を変え始めているその先端は、すでに液体を滲み出させている。それを指先に絡ませながら、柔らかい舌を吸い上げた。
「んんっ……」
 唇の隙間から漏れ出た音は、フーゴの耳に甘く響いた。
「ナランチャ」
 ナランチャの口を解放し、今度は耳元で囁くように言った。
「後ろ向いて。膝付いて」
「う、うしろっ?」
 その体勢を、彼があまり好んでいないことは知っていた。だがフーゴが腕を掴んで起き上がらせ、身体の向きを変えさせても、拒む仕草や拒絶の言葉はなかった。
 白い液体で濡れた指で、双丘の合間にある閉じた蕾を軽く突付くと、ナランチャの身体は電流が走ったかのように跳ねた。彼の両の拳がベッドのシーツを握り締めているのを見ながら、フーゴはゆっくりと指を移動させた。身体の中心線をなぞるように前方へと滑ってゆく指のその動きに合わせて、強く握りすぎた拳は、血液の色を失って白くなってゆく。
「気持ちいい? 感じてるんですか?」
 太股の内側を撫でながら、同じ体勢を取るように身体を重ねると、ナランチャは断続的に悲鳴にも似た声上げた。
「ひあっ……。あッ、やだっ……、くすぐった、い……っ」
 フーゴの位置からはナランチャの表情は見えないが、その顔が赤く染まっているのであろうことは容易に想像出来た。以前何度か見たことのあるその光景を思い浮かべながら、フーゴは自分の熱塊をナランチャの身体に押し当てた。
「えっ……!? ちょっ、まだっ……」
 焦りを含んだ声と共に、ナランチャは振り向こうとした。しかしフーゴは、片手を伸ばしてナランチャの身体をベッドへ抑え付けた。もう片方の手で支えていた腰だけを高く突き上げたような姿勢で、ナランチャは呻くような声を上げた。
「大丈夫。入れないから。足閉じてて」
「い、入れな……? ひゃうあぁッ!?」
 細い身体が再度大きく跳ね上がった。その振動は、彼の脚の間にあるフーゴの陰茎にそのまま伝わった。
 フーゴはゆっくりと身体を動かした。体内への挿入と比べるとただ両の脚で挟まれているだけのその状態は、正直に言えば物足りなさを感じた。だが、ナランチャへの負担を考えると、無理強いは出来ない。明日のことも配慮して、今日はそれだけで満足するつもりだった。
 先程塗り付けたナランチャの先走りの液体が摩擦を弱め、フーゴは好きなように動くことが出来た。その律動に合わせ、ナランチャは喘ぎ声を上げる。
「あッ、やっ……。ああッ。や、だぁ……」
 そう言いながらも、締め付ける力は強くなっている。背中に口付けるように、フーゴは身体を密着させた。
「『やだ』?」
 明らかに本心であるとは思えない言葉だ。その証拠に、横から覗き込んだ彼の中心部は、彼の腹部に触れそうな程に立ち上がっている。
「なにが『いや』なの?」
 ナランチャの限界の時がそう遠くはないことを悟り、フーゴはこれまでで一番遅い動作で2人の熱を擦り合わせた。伝う雫はどちらから溢れ出た物か分からない程に混ざり合っている。
「あっ、ッ……。それっ……」
「それ?」
「――ッ、す、素股、やだぁ……っ」
「へえ。そんな言葉知ってるんだ。少し意外」
 くすくすと笑いながらナランチャの身体を引き寄せた。そのまま体重を移動させ、ナランチャを自分の太股の上に座らせるような体勢を取る。先程までは見えなかった脚の付け根が、今ははっきりと見えた。少し覗き込めば彼の陰茎の下にある自分のそれも見えそうだ。
「や、やだっ。このかっこ……。恥ずかしい、からっ……」
 前を隠そうとするナランチャの腕を捕まえ、フーゴは眼の前にある赤い耳をべろりと舐めた。反射的に身体を縮めたナランチャに、下腹部が強く圧迫される。
「こんなにさせておいて『嫌だ』なんて言われても、ちょっと説得力に欠けるな。ほら、こんなに上を向いてる」
「そ、れはっ、フーゴの、が、下から押してくるからッ……!」
 ナランチャの言葉を無視して、フーゴは血管の浮き出たそれを直接握った。音が聞こえそうな程の脈拍が手の平に伝わってくる。フーゴはそれをゆるゆると撫でた。
「あっ、やだッ。擦っちゃ駄目だってぇ……。もっ、アッ、あんっ、それ以上、したら、出ちゃうからあっ」
 ナランチャはフーゴの手を押さえ込もうとしてるようだが、それは震えるばかりで少しも妨げにはならなかった。フーゴはわざと焦らすように、先端だけを爪の先でくすぐった。
「あっ、あっ! 出るッ。出ちゃうッ!!」
「そうしようとしてるんでしょう? それとも、このままの状態でやめて欲しいの?」
「ちがっ……やっ……、ッ……!」
 ナランチャはぶんぶんと首を横へ振った。
「一緒がいい、のッ! フーゴと、一緒にイキたいっ……!!」
 一瞬だけ、時間も熱も全てが消えたかのような錯覚があった。それがただの錯覚でしかなかったと分かった次の瞬間には、自分の腕の中の存在がたまらなく愛しいと思った。感情が溢れ出て、言葉は全てどこかへ押し流されていってしまったようだ。フーゴは何も言えずにただそこにある身体を抱き締めた。
「はっ、はあっ。フーゴっ、ねえ、入れてっ。オレの中に入れてよ……」
 口付けを求めるように、ナランチャの濡れた瞳が肩越しに振り向く。フーゴは心臓の音が自分の声を掻き消そうとしているのを聞いた。
「さっき嫌だって言ったのは、『それ』?」
 ナランチャは無言で頷いた。
「どうしてほしい?」
「奥まで、い、れて……」
「それから?」
「……ぐちゃぐちゃに、して欲しい」
「でもこの間目茶目茶痛がったでしょう。今から解して間に合う?」
「無理……かも」
「じゃあ、2回する?」
 ナランチャの眼が躊躇うように泳いだ。だが行為自体を迷っているわけではない。
「明日も、仕事だけど……」
 さっきも聞いた台詞だなと思いながら、フーゴはナランチャの髪にキスをした。シャンプーと汗の混ざり合ったにおいがした。
「朝になったら体調不良で休むって電話してあげる」
 「そうすべき時間に自分が起きられるだけの体力が残っていたら」と心の中で付け足しながら、フーゴは目覚まし時計を視界の隅で見た。立ち上がって手を伸ばせば、今からでもそれを明日の朝にセットすることは出来る。だが、そのためには抱き締めたこの身体から一度離れなければならない。そんなことは、フーゴには出来るはずがなかった。例え一瞬であったとしても、1ミリであったとしても、離れることは惜しく思えた。今はとにかく彼と触れ合っていたい。繋がっていたい。ただ、欲望のままに。


2013,12,21


1回キャラ崩壊とか気にせず(いつもは一応少しは考えてる。結果的には完全に崩壊するけど)あんあん言わせてみたくて書きました。
ただ欲望のままにね。
で、書き終わって読み返したら過去作品と描写丸被りでした。あはー。
ある日謎の能力でわたしのボキャブラリーが突然爆発的に増えるという事件が発生しないかなぁ(笑)。
<利鳴>

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