ジャイジョニ 全年齢


  雨模様


 ジョニィ・ジョースターはよく泣く。少なくとも、自分のよりは仕事熱心な涙腺を持っているようだと、ジャイロは思った。特に、ふとした拍子に顔を見せた過去の記憶によって“スイッチ”が入ることが多いようだ。子供の頃の夢を見ただとか、過去を知る誰か――例えばディエゴ・ブランドーとか――に何か言われただとか、そんな理由で。
 その時――野宿の最中だった――も――原因はジャイロからは見えない場所、あるいはタイミングであったらしく、彼には分からなかったが――、気付けばジョニィは歯を食いしばって痛みを堪えるように、その衝動と戦っていた。
「ジョニィ?」
 ジャイロが眼を覚ましているとは思わなかったのだろう、ジョニィは慌てて両眼を擦った。だが、拭われた眼元には、早くも次の水滴が溜まり始めている。それに気付かなかったふりをしてやるのが不可能なほど、ジャイロの視線は真っ直ぐそこへ向いてしまっていた。今無理に違う話題を探しても、かえって不自然だ。そう思いながらも、ジャイロは「どうした」とは尋ねなかった。そんなことを聞いたところで、どうにもならないのだということを知っていた。代わりに違う言葉を口にする。
「泣きたかったら泣けよ」
 自分がそれの邪魔をしたわけではないとの確信はあった。ジョニィは、ジャイロが声をかけなくても、眼を覚ましていなかったとしても、ましてや、彼がそこにいなかったとしても、その泪を堪えようとしていただろう。最終的にそれが成功していたかどうかは別として。
「我慢は身体に毒だぜ。泣けばいいじゃあねーか」
「やだよ」
「なんでよ」
「ほっといて」
「みっともないから?」
「分かってるなら聞くなよ。このサディスト」
 ジョニィは濡れた瞳で睨み付けてきた。そこまで溜まった水滴を、今更引っ込めることなんて到底不可能だと思うがと心の中で呟きながら、ジャイロはジョニィの傍へ寄って行った。隣に腰を降ろすと、立って歩く――逃げる――ことの出来ないジョニィは、せめてもの抵抗というように、顔を目一杯背けた。
「泪ってのは、別に悪いもんでもないんだぜ。眼球を保護するのに必要だし、眼に入ったゴミを洗い流してくれる。それから、ウミガメの産卵知ってるか? ウミガメが卵を産む時に泪を流すっつーあれな。あれは体内の余分な塩分を排出する役割があるんだ。実を言うと、産卵時以外にも出てんだけどよぉ。まあ普段は海の中にいるから分からないってワケ」
 もっと言えば、あれは厳密には泪とは別の物なのだが、話が横道に逸れかねないので黙っておく。
「それに、泣くってことは、ストレス発散にもなる」
「ウミガメの?」
 ようやく反応があった。
「いや、これは人間の話。ウミガメは知らない」
 そう返すと、ジョニィが少しだけ笑ったように見えたのは、ジャイロの願望がそう見せただけの気の所為だったのかも知れない。何しろ、ジョニィの顔は向こうを向いてしまっているのだから、そもそも“見える”わけがないのだ。
 ジャイロは立ち上がり、ジョニィの正面へと移動した。
「それに」
 ジャイロは続けた。反対方向へ再び顔を背けられる前に手を伸ばし、透明な雫を指先で掬った。それは焚き火に照らされ、きらきらと光った。
「ほら、綺麗だ」
 ジャイロが笑ってみせると、ジョニィは眉を顰めた。が、新しい液体はスタンバイしていないようだ。
「キザ。そうやって女の子口説くわけか」
「そうだって言ったらどうする?」
 ジャイロが金色の歯を見せながら言うと、ジョニィは真顔で応えた。
「君が泣くまで殴る」
「やめて」
 ジャイロがくつくつと笑うと、ようやく――今度は間違いなく――ジョニィも呆れたような笑顔を見せた。
 泣きたいのなら、泣けばいい。が、泣かなくて――泣きたくならないで――済むのなら、そっちの方がいい。それが叶うなら、自分に出来ることは出来る限りしよう。例えば、下らないことを言って、ジョニィを笑わせるだとか。笑うまではいかなくても、「下らない」と呆れさせるだとか。
「よし、存分に泣け」
「君バカなの? 今明らかに違う流れになってただろ」


2016,07,26


似たような話書いたことは何度かありますが、また書きたくなったので書きました。
何度だって書いてみせる!
眼にゴミが入って痛くて泪出まくるんだけどゴミは出てこないッ! って時の泪は、感情によって出る泪と成分が違うのでストレス発散にはならないそうです。
むしろ続くとストレスたまるよね。
<利鳴>

【戻】


inserted by FC2 system