ティム→ジョニィ 全年齢 ジャイジョニ前提


  take shelter from the rain


 部屋のドアが乱暴に叩かれたのは、マウンテン・ティムがちょうど外へ出ようとしていた時だった。ドアに何か恨みでもあるのだろうかと疑いたくなる程荒々しく響いたその音から、どうやら愉快な訪問ではなさそうだと彼は悟る。居留守を使ってしまおうかとも思ったが、ドアの前の気配が消えるまで息を潜めてじっとしていたのでは、いつまで経っても出かけられないかも知れない。待ち伏せでもされれば最悪だ。こそこそと窓から出るのも馬鹿馬鹿しい。訪問に応じるのではない、たまたま出かけようとしていたのだという顔をしながら――それは事実だったので実に容易かった――ドアを開けると、しかし眼の前には誰の姿もなかった。……と思ったのは間違いで、彼は視界の隅――普段訪問者に応じる時よりもだいぶ下の方――で、見覚えのある星の模様の帽子と、それからはみ出た栗色の髪の毛を捉えた。
「ジョニィ・ジョースター」
 彼は今は車椅子を使用している半身不随のジョッキーの名を呼んだ。
 成り行きから共に馬を走らせはしたが、依然ライバルであることには変わりないはずのジョニィが、一体何の用だろう。ティムがそう思っていると――
「入れて」
 ジョニィはむすっとした表情で、『頼む』というよりは『命令する』ような口調で言った。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ」
 了承も得ずに車椅子を進めようとしてくるのを片手で押さえ、ティムは自分の身体でドアを塞ぐように廊下へ出た。
「なんだって? どうして君を中へ入れなきゃあいけないんだ? ここは君の部屋じゃあないぜ」
「分かってるよ、そんなこと」
「今の内にライバルを1人減らしておくつもりか? くだらないことを考えていないで、さっさと自分の部屋へ戻れ。ジャイロはどうした?」
 自分の認識に従って呼ぶならば『ジョニィ・ジョースターの保護者』のジャイロ・ツェペリが近くにいれば、この『ジャイロ・ツェペリの被保護者』をつれ帰ってもらえるかも知れない。そう思って視界を廻らせはするが、その姿はどこにも見えない。代わりのように、露骨な舌打ちが耳に届いた。
「なんだ、喧嘩別れでもしたか?」
 からかうようなつもりで尋ねると、
「煩いな」
 これまた露骨にイラついた声が返ってくる。どうやら完全なる的外れでもないらしい。
 ティムとて詳しく知っているわけではないが、ジョニィとジャイロは何も古くからの友人同士というわけではないらしい。それがどうして協力関係を結ぶこととなったのかはやはり知らないが、何かつまらない衝突でもしたか、ジョニィが部屋を飛び出して来た――あるいは追い出されて来た――と言ったところか。そういえば、車椅子に腰掛けた膝の上には、彼の荷物が乗っている。まるっきり家出少年のようで、ティムは少し笑いそうになった。
「それで? オレにどうしろと?」
「入れて」
 最初に口にした言葉を、ジョニィはもう一度繰り返した。縋るような上目遣いの表情――車椅子に座っているのだから不可抗力なのだと分かってはいるが――が、やけに幼く見えた。たまたま近くに部屋を取っていた自分のところになんて来なくても、もう少し素直に頼めば泊めてくれそうな人間はいくらでもいるだろうと、ティムは思った。もしかしたら金を払って是非と言う輩すらいるかも知れない――もちろん身の保証はしないが――。
「オレを巻き込むなよ」
「だって他に知ってるやついないんだもん」
 だったら別に部屋を借りればいいだろう。あるいはさっさと諦めて、ジャイロ・ツェペリのいる部屋に戻ればいい。和解はしたくないのならしなければいい。口を利かず、眼も合わせず、息苦しくなった相手の方が部屋を出て行ってくれるまで待てばいい。しかしティムは、それが出来ずに意地を張った子供に向かって、部屋のドアを開いた。
「気が済んだら帰れよ」
「入れてくれるの?」
「ただし条件がある」
「なに」
「オレの持ち物に触れないこと」
 廊下の向こうで微かに響いた足音からさりげなく逃げるように、ティムはジョニィの車椅子を押して部屋へと戻った。
「で?」
「なに?」
「事情の説明くらいあってもいいだろう? それとも、車椅子毎蹴り出されたいか?」
 ジョニィは視線をそらせたが、ティムが車椅子の後ろから離れずにいると、やがて渋々と言った風に口を開いた。
「……ジャイロのやつ、ぼくの言うことなんてちっとも聞いちゃあくれないんだ」
「ジャイロは今どこに?」
「知らない。ついて来るなって言われた。ぼくにはついて行けないって勝手に決め付けて……」
 おそらくジャイロは不足した食料等の買い出しにでも行ったのだろう。それに同行しようとしたジョニィに「来るな」と言った。それが不満で、おそらくは部屋で大人しく待っていろと言われたのにわざと逆らい、現在に至るというわけか。
 ジャイロにしてみれば、単純にジョニィを気遣っただけなのだろう。ティムの眼から見ても、この辺りは車椅子が通るのに快適だとは言い難い道が多いように思えた。まずこの宿から出るだけでもいくつかの――ごく小さいとは言えやはり車椅子で通るには立派な障害物になるであろう――段差を超えなければならなかったはずだ。決してジャイロがジョニィのことを邪魔に思っているわけではない。むしろ、そんな苦労をしてまでくだらない外出をするくらいなら、面倒なことは全部自分がすることにして、ジョニィには先に部屋でゆっくり休ませてやろうという優しさが含まれていたに違いない。
 結局はジョニィが子供のように拗ねているだけだ。本人もそのことは分かっているに違いない。それでもなお拗ねたいのだ。
(これじゃあまるっきり子供だな)
 兄弟で言えば少々甘やかされて育った末っ子といったところか。対するジャイロは、そんな子供の扱いにすっかり慣れた長兄の立場に位置する。
「道を決める時だって、ぼくの意見なんて聞かないし」
 それも、おそらくはほんの些細なことをジョニィが勝手に大きく膨らませて喋っているだけに違いない。
「協力関係だなんて言っておいて、どうせぼくのことなんて信じちゃあいないんだ……」
 身体を小さく丸めるようにして俯いたジョニィに、しかしティムは先程考えたこととは正反対の言葉を口にした。
「本当に? それは酷いな」
 言い出したのは自分の方なのに、ジョニィは酷くショックを受けたような顔を上げた。第三者の眼から見てもジョニィはジャイロに信頼されていないのだと指摘されたことがそうさせたのだろう。
 ティムはなおも追い討ちをかけるように言った。
「協力関係と言うが、それはつまり仲間になったということだろう? 今の話を聞く限り、とてもそうは思えないな。ジャイロは君のことを利用しようとしてるだけじゃなあいのか? もしかして、ジャイロに何か理不尽な要求をされてたりはしないか?」
 ジョニィの口が「あ」と開いた。
「……先にゴールするのはジャイロ……」
 そんな条件を出されても同行を拒まないところを見ると、それは既に納得した上での取り決めなのだろう。それともぎりぎりでその約束を反故にする気なのか――それなら酷いのはお互い様だ――。しかし今のジョニィにそれを冷静に思い出すことは出来ないようだ。
「ジャイロ……、そんな……」
 ジョニィの眼が、「どうしよう」と尋ねるように見上げてきた。その目蓋の淵に、液体が溜まり始めている。ティムは膝を折って頭の位置をジョニィと同じ高さにし、細い肩に腕を廻した。
「好きなだけここにいていい。戻りたくなったら戻ればいいし、戻りたくないならずっといてもいい」
 ジョニィが答えを出すのを待たずに、ティムはドアへ向かった。
「どこ行くの?」
「買い出しだ。元々出かけようとしていたんでね。君はゆっくりしているといい」

 必要な物を買って帰ってくると、廊下を移動している人影が見えた。ジョニィが部屋を出たのだろうかとも思ったが、あれは車椅子で移動する者のシルエットではない。あのつばの広い帽子はジャイロ・ツェペリだ。ティムがそのまま近付いて行くと、ジャイロはこちらを振り向いた。
「なんだ、あんたか」
 明らかに期待はずれといった声だった。
「何か探しものか?」
 さっさと通り過ぎようとする背中に、そう声を掛けてやった。ジャイロはわずかに躊躇ったように、だが言った。
「ジョニィを見なかったか?」
 やはりそうかと思いながら、ティムは首を横に振った。
「いや、見てないな」
「ったく、どこ行きやがったんだか……」
 苛立つように言ったその顔には、おそらく事情を知らない者から見てもはっきりと分かる程に不安の色が浮かんでいた。
「あいつがいねーと出発出来ねーよ」
 出発するのは明日の朝だというのに、少々気の早い心配だ。ジャイロもジョニィも、少しばかり物事を大袈裟に見るところがあるらしい。結局は似た者同士だ。ティムは笑いそうになるのをなんとか隠さなければならなかった。
「どうせ行き先は一緒だろう? いっそ即席のコンビを解消してしまうという手だってある」
「出来るか、アホ」
 ジャイロは即答した。
 今のジャイロの顔を見たら、ジョニィはなんと言うだろうか。また、ティムの部屋を訪れた時のジョニィの顔をジャイロに見せてやったら、彼はどうするだろうか。
 ティムは唇の端で少しだけ笑った。
「少し部屋で待っていてみたらどうだ? 探し廻ると行き違いになるかも知れないぞ」
「あ? ああ、そうだな。それもそうなんだけどよぉ〜……」
 ぶつぶつと何か言いながら、ジャイロは自分の部屋へ戻っていったようだ。が、あの様子では数分もしないでまた徘徊を始めるだろう。
 ティムが部屋に戻ると、ジョニィはベッドの上にいた。そう言えば「荷物には触れるな」とは言ったが、宿の備品に対しては何も言わなかった。ベッドの上で、動かない細い足だけが寝返りにおいていかれたように横を向いている。小さく開いた口から静かな呼吸の音が漏れ聞こえた。その唇に引き寄せられるように、ティムは彼に近付いた。下を向いて落ちそうになった帽子を片手で押さえながら、静かに唇を寄せていく。呼吸を皮膚で感じられる程の距離まで近付いた時、ジョニィが小さく呻くような声を上げた。
「ん……。…………いろ……」
 ティムは身体を起こしてジョニィの顔を見た。眼を覚ました様子はなく、目蓋は依然閉じている。が、その閉じた目蓋から顎にかけて、液体が伝っていったような跡があった。どうやら少しいじめすぎたようだ。この辺りで終わらせておいた方が良いだろう。後々恨まれても厄介だ。
 ティムはジョニィの額にある馬の飾りに軽く口付けてから、声を掛けた。
「起きろジョニィ」
「ん……、じゃいろ……?」
「いや、違う。だがジャイロが探していた」
 まだ眠気にしがみ付いていたいようだったジョニィの眼が、一気に開いた。
「ジャイロがっ? ほんとっ?」
「ああ」
 ベッドの傍に車椅子を移動させてやると、ジョニィは何の躊躇いもなくそれに乗り移った。きっと彼は、ここでティムに話したことをすぐに忘れるだろう――それどころかこの部屋に来たことすらきれいさっぱり忘れるかも知れない――。
(それでいい)
 冷静になってから考えれば、取るに足りないくだらないことだったと思えるだろう。
 ティムは先に進んでドアを開けてやった。ジョニィは来た時同様に荷物を膝の上に乗せ、誰かに押されてではなく、自分の意思で車椅子を移動させた。車輪が部屋の外に出たところで、ジョニィは手を止め、上半身だけで振り返った。
「ティム、あのさ」
「うん? ここで言ったことなら、誰にも言わない」
「そうじゃあなくて……、っていうかそれもか」
 見上げてきた顔が、微かに赤く染まっていた。
「ありがとう。話聞いてくれて」
 それに対する返事は最初から求めていなかったらしく、ジョニィは慣れた手付きで車椅子を廊下の向こうへ進めて行った。やがてその後姿も見えなくなった。
 ティムは、「かえしてしまうのは早まったかな」と、本当に少しだけ思いながら、首を傾げて笑った。


2011,11,12


ジョニィが可愛かったのであわよくば……と思ったけどやっぱり可哀想だからやめることにした。
というまとめを後書きに書かないと良くわからない話の出来上がりです。
ちょおっといじわるするだけのつもりが、思ったよりもティムが嫌なやつになっちゃった気がします。
一度ティムが出てる巻だけでも読み返してから書くべきだったかなぁと書いてから思いました。
口調とかがよく分からない……。
最後の『かえして』は『(部屋に)帰して』にするか『(ジャイロにジョニィを)返して』にするか悩んだので結局ひらがなで。同音異義語って面白い。
<利鳴>

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