ジャイジョニ 全年齢


  温かい雪


 山の中に見付けた誰にも使用されなくなってから1、2年といったところの小さな小屋を野営の場所に決めて、交互に眠った翌朝、眼を覚ましたジャイロは、同じ部屋の中で周囲の様子に注意を払っていたはずのジョニィの姿がないことに気付いた。外は――特に夜は――寒いから、見張りは小屋の中で行うことにしようとの提案に、全力で同意していたはずなのに……。用を足しにでも行ったか、あるいは、何等かの異常を察知して外を見に行ったのか……。念の為鉄球を身に付けて、ジャイロは音を立てぬように外へ出るドアを開けた。次の瞬間、眼を刺すような光の洪水に、彼は堪らず両の目蓋を閉じた。
「あ、ジャイロ。おはよー」
 ジャイロの眼には眩しくて何も見えないが、呑気な声が耳に届いた。ジョニィだ。近くにいるらしい。その口調から、何か緊急の事態が起こったわけではないらしいことが窺えた。短く安堵の息を吐き、ジャイロはゆっくりと眼を開けた。
 景色は白一色に染められていた。昨夜降った雪が、朝陽を痛いくらいに反射している。1歩踏み出すと、少し水気を含んだ雪面に、くっきりと足跡が残った。
「お前何やってんだ」
 ジョニィは、真っ白な景色の中に、濡れるのも構わず座り込んでいた。立って歩くことが出来ないのだから仕方ないと言えばその通りだろうが、そもそも何故わざわざ外へ出たのかが不明である。彼は両手で地面の雪を掬い、それを丸く固めているようだった。そして彼の周囲には、拳大の雪玉のオブジェが、ざっと見積っただけでも数十個は点在していた。
「雪ダルマ?」
 ジャイロは一番近くにあるそれを、しゃがみ込んでまじまじと見た。わずかに大きさの違う雪のボールが、大きい方を下にして2つ重ねられている。さらに、
「なんだ、このアタマに付いてんの」
 ジャイロが尋ねると、ジョニィは「耳」と簡潔に答えた。言われてみれば、雪ダルマの頭にちょこんと2つ付けられた雪の突起は、動物の耳のように見えなくもない。
「もしかしてクマか」
 よく見れば、全ての雪ダルマに耳が付けられているようだ。クマの雪ダルマ作り……。成人間近の男が、早朝からすることとしては少々平凡ではないことのような気がする。一応壊してしまわぬようにと、それらが置かれていないルートを選んでジョニィの近くまで移動すると、新たな雪玉を作り出そうとしている彼の手が、寒さで赤くなっていることに気付いた。これだけの数の雪ダルマを作れば、無理もないだろう。地面に雪玉を置いた手を、ジャイロはぱっと取った。
「うわ。冷たっ。お前何考えてんの」
 ジャイロはジョニィの指を自分の両手で包み込むようにして温めながら眉を顰めた。しかしジョニィは、なんでもないことのように肩を竦めてみせた。
「暇だったから、寝ちゃわないようになんかしていようと思って」
「風邪引くぞバカ」
 ジャイロはジョニィの身体を抱え上げようとしてしゃがみ込んだ。ここよりは、小屋の中の方が少しは温かいはずだ。毛布もある。衣服越しではよく分からないが、冷たくなってしまっているのは手だけではないだろう。
 「行くぞ」と声を掛けてから立ち上がった。ジョニィは素直に両腕をジャイロの肩に廻して掴まってきた。半身不随となってから使われることがなくなってしまった2本の足は細く、しかしそれを抜きに考えても、ジョニィの身体は華奢に出来ている。こうして彼を抱えていると、そのことがよく分かった。体温を閉じ込めておく皮下脂肪なんて、申し訳程度にしか付いていなさそうだ。
「暇潰すにしても、次からはもう少し別な方法考えろ」
 溜め息交じりに言うと、ジョニィがぼそぼそと何か言い返してきた。彼の頭はジャイロの顔のすぐそばにあるが、ほとんど聞き取れなかった。おそらく、わざと聞き取り難いように言っている。
「何だって?」
「暇潰しもあるけど」
 ジョニィはいつもの淡々とした口調で言った。
「君が喜ぶかなと思って」
 ジャイロは2度、3度と瞬きを繰り返した。それから、改めて足下の雪ダルマ達に眼を落とす。クマの耳が付いた雪ダルマ。続いて、鞄の中にあるぬいぐるみを思い浮かべる。
「好きでしょ、クマ」
(オレの為に?)
 ハチミツ色の睫に縁取られた蒼い瞳が真っ直ぐに見上げてきていた。雪がやんで晴れ上がった空よりも、ずっと澄んだ色だ。
 ジャイロはふっと笑った。
「ありがとよ」
 そう告げた唇で、ジョニィの帽子に付けられた馬蹄を模った飾りに軽いキスをした。ジョニィは、何か考えるような眼をしている。
「今のは」
「ん?」
「お返しのつもり?」
 ジョニィは首を傾げた。
「不満か?」
 ジャイロは悪戯っぽく笑ってみせた。
「早すぎてよく分からなかったな」
 ジョニィは表情を変えることなく、平然と言った。だが、
「お前、もしかして雪が降ったんではしゃいでる?」
 ジョニィの微妙な感情の変化は、おそらく多くの人には分からないだろう。ジャイロとて、絶対の自信なんてものは持っていない。しかし、ジョニィがわずかに――ほんのかすかに――顔を近付けてきたのは見逃さなかった。
「とりあえず中入ろうぜ。やっぱ寒いわ」
「異議なし」


2014,02,24


北海道の春はまだまだまだまだ先です。
でも寒さのピークはこえたのかな。
<利鳴>

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