ジャイジョニ 全年齢


  all fools, so let's all dance.


 レース序盤に走り抜けた強烈な日差しが降り注ぐ砂漠地帯でもないというのに、この日は季節を間違えているのではないかと思いたくなるほど気温が高かった。天気と時間帯の所為もあるだろうが、一歩でも日陰の外に出ていると、じっとしていても薄っすら汗ばんでくるほどだ。休憩のために馬をとめているというのに、これでは逆に体力を消耗してしまうのではと思えてくる。
「アメリカのこの時期ってのはこんなに暑いもんなのかよ」
 脱いだ帽子をぱたぱたと扇ぎながら、ジャイロ・ツェペリはうんざりした口調でそう言った。
「そんなはずはないと思うけど、これはちょっと異常かもね」
 愛馬の体調は大丈夫だろうかと思いながら、ジョニィ・ジョースターも賛同する。
 時折風が吹くのがまだ救いだろうか。その風が日差しを遮る雲を運んできてくれるともっとありがたいのだが、逆に雨が降ってもそれはそれで厄介だ。平坦な旅路でないことは最初から覚悟していたはずだが、割り切ってしまうのは少々難しい。
「もしかしてスタンド攻撃なんじゃあねーの!?」
「気持ちは分かるけど、なんでもスタンド使いの所為にするのはやめた方がいいと思うな……」
 「もう駄目だ」等と言いながら、ジャイロは髪の毛を頭のやや高い位置で束ね始めた。傍目にも少々暑苦しいなと思っていた長い髪がすっきりして、首の後ろの風通りがずいぶんと良さそうになった。
「あ、それいいな。涼しそう」
「いや、涼しくはない。まだあちぃ」
「さっきまでとの比較の話。いっそのことばっさりやっちまったら?」
「嫌だ」
 まだ暑いと言いながらも、やはり多少なりとも状況が改善されたのか、再び帽子を扇ぎ始めたジャイロの口から出てくる愚痴の数は、少しは減ったようだ。
 一方ジョニィは、濡らしたタオルを顔面に乗せて少しでも熱を逃がそうと努める。だが最初の一瞬だけは冷たく感じたそれは、あっと言う間に生ぬるくなってしまった。
(うん、確かに、これはスタンド使いの仕業かも知れないな……)
 いっそのことそうであってくれるのなら、原因を排除すれば状況は改善されるだろうに。
「お前も髪括れば?」
 そう尋ねたジャイロの顔は、いつも被っている帽子がないのと、見慣れぬ髪型をしているのとが重なって、なんだかずいぶんと新鮮なものに見えた。ついまじまじと見詰めるように視線を向けてしまっていることに気付いて、ジョニィは慌てて――だがそれを悟られないように――首を振った。
「ぼくはそこまで長くないから」
「そうか?」
 今度はジャイロの方からまじまじと見てきた。
「案外長いと思うけど」
「縛れないほどではないけど、でも横の髪とかは落ちてくるよ」
 このレースが終わる頃にはもう少し長くなっているだろうか。だが、今はそれほどではない。
「ああ、この辺とか」
「そう、その辺とか」
 ジャイロが髪に触れようと手を伸ばしてきたので、ジョニィはそれを軽く払い除けた。
「お。いいこと思い付いた」
 そう言いながら、ジャイロは身を乗り出してきた。彼は悪ふざけを思い付いた子供のような顔をしている。嫌な予感がする。
「2つに分けて括ればいいんじゃあねーの? こう、左右にさぁ」
 ジャイロは耳の後ろに拳を当てるような仕草をしてみせた。「にょほほ」と笑う口から、金色の歯を覗かせている。
「嫌だよ。そんなアホみたいな頭」
 小さな女の子ならともかく、いい年した男がそんな髪型をしていたら、センスを疑われるに違いない。ジョニィはしかめっ面をしてみせた。
「アホみたいって、お前自分のスタンドにしつれーだろ。似たような形してるじゃあねーか」
「あれは髪の毛じゃあないもん」
「じゃあなんだよ」
「……なんだろう。耳?」
 少なくとも毛ではない。
「あ、いいこと思い付いた」
「今度はなんだよ」
 睨み付けると、何故かジャイロは得意げな顔をしてみせた。そして、
「オレも2つに括ればいい」
「意味分かんない」
 呆れた顔をするジョニィに、ジャイロは立ち上がり、胸の前で拳を握りながら力説を始めた。
「何かと比べるから『アホ』だとか『悪い』だとかってのがあるわけだろ! この世に人類がお前ひとりしかいなかったら、アホみたいだとか馬鹿みたいだとか顔はいいのに性格きついとか我儘ですぐ泣くとかそういう話にはならないはずだ。比較対象がないんだから」
「人類がひとりだけって、無駄に話を盛るなよ。あと、誰が性格悪くて我儘で頑固ですぐ泣く捻くれ者だって?」
「そこまでは言ってねー」
 ジャイロはなおも続ける。
「今この場にいるのはオレとお前、2人だけだ! その2人がそろってアホみたいな恰好してたら、それはアホじゃあない! ただの“標準”になる!」
「無茶苦茶な」
 そんなことを言いながらも、数分後、2人はそろって髪の毛を左右に分けて束ねていた。その理由は、結局暑さに負けたのと、ジャイロが楽しそうだったから。彼を見ていると、“アホ”になるのも悪くないのではと思えた。
「ほんとにアホみてぇー」
 ジャイロはげらげらと笑っている。
「だから言ったじゃあないか」
 文句を言う口調になりながらも、ジョニィも笑っていた。まったく、我ながらセンスを疑う姿だ。
「言っとくけど、君だっておんなじ頭してるんだからな」
「それは分かってる。分かってるからこそおかしいんだって」
「それにしても笑い過ぎだ」
「でもやっぱり首元涼しいだろ?」
「そこは否定しない」
 故に、贅沢を言っている場合ではないと言い張って、開き直ることにしよう。それに、ジャイロの言うように、こんな姿を2人がそろってしていると思えば、あまりにも馬鹿らしくて羞恥心を抱く気すら起こらない。ただ、この髪型では帽子をきちんと被れないところがネックだ。
(あとは何か問題があるとすれば……)
 ふと顔を上げると、数メートル離れたところに誰かがいた。
「ジャイロ、あれ」
「ん?」
 ジョニィが指を差すと、ジャイロもそちらを向いた。同時に、向こうもこちらに気付いているという確信を得た。
「Dioだ」
「完全に見られたな」
 よりによってあの男に目撃されるとは。
 ディエゴ・ブランドーは、遠目にでもはっきりと分かるほどの呆れ顔をしていた。おそらく2人のセンスを疑っているのだろう。
「この髪型の利点も知らないで。精々汗だくになるといいぜ」
 ジャイロがふんと鼻で笑いながら言う。何故か得意げに胸を張っている。
「Dioが暑さに苦労しようがどうでもいい……って言うか、正直ざまーみろって感じだけど、3人になったぞ。2人共がアホならそれは“標準”になるとか言ってたけど、この場合は?」
「世界の均衡が乱れる……!」
 大袈裟過ぎるほど大袈裟な言い廻しと表情に、ジョニィは思わず噴き出した。
「行くぞジョニィ!」
「は? 行くって? どうするつもりさ」
 困惑するジョニィを他所に、ジャイロはすでに荷物を纏め始めている。そして、きっぱりと言った。
「巻き込む」
「はあぁ!?」
「行くぞ、ヴァルキリー!」
「ちょっ、マジで!?」
 ジャイロはマントを翻すように愛馬に駆け寄って行った。おそらくこれも、“アホ”の一環――つまり遊び――なのだろう――と思いたい――。まさか本当に今からディエゴを捕まえて無理矢理同じ髪型にさせるつもりはない……と願いたいが……。
(Dioの髪は2つに分けても結べなさそうだもんなぁ……って、いやいやそういう問題じゃあない!)
 とりあえずこんな場所にひとり取り残されるのは困る。道連れがいるからこそこんなアホみたいな姿でいられるというのに、ジャイロがいなくなってしまっては、いよいよ本当にただのアホに成り下がってしまう。
「スロー・ダンサー!」
 ジョニィの愛馬はアホのような髪型をした主人の姿に疑問を抱いた様子もなく、傍に駆け寄ってきた。本当に今の“基準”は“これ”になっているのかも知れない。
「マズイな、ジャイロのアホみたいな思考が感染してきた……」
 やっぱりおかしなことはするもんじゃあないなと思いながら、ジョニィはジャイロを追って馬を走らせた。


2020,04,03


ツインテールの日(2/2)に間に合わせようと思えば間に合ったけど、その前後の更新スケジュールがもう色々埋まってたのでやめておきました。
いっそのこと暑い季節まで寝かせておけば良かったかしら。
<利鳴>

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