ディエジョニ R15


  ΔΙΟΝΥΣΟΣ


 それ程深くはない眠りの中に意識をたゆたわせていると、脇腹の辺りを踵で踏みつけるように蹴られた。
「痛い」
 眼を覚ましたジョニィは、ディエゴを睨み付けた。
「ふぅん、その辺りには感覚があるんだな」
「君って最低だな」
「拍車を着けていなかっただけありがたく思ってもらいたいものだな」
 ジョニィは少し掠れた声で「やっぱり最低だ」と言いながら起き上がった。部屋の中はまだ暗い。眠っていたのは数十分から一時間弱といったところだろうか。
「さっさと自分の部屋へ帰れ。ジャイロ・ツェペリが心配するぞ」
 揶揄するような口調で言いながら、ディエゴは床に脱ぎ捨てられていた服をジョニィに投げてよこした。
「いないよ、ジャイロなら」
 ベッドの上に投げられた自分の服を手繰り寄せながら、ジョニィは抑揚の乏しい口調で言う。
「おいていかれたか」
「出かけてる」
 この町へ入る少し前に『国からの使いに会ってくる』と宣言し、コースを外れて行ったジャイロと合流するのは明後日の予定だが、それをディエゴに教えてやるつもりはなかった。
 フと移動させた視線の先に、コルクを抜いたワインのボトルがあった。ジョニィがこの部屋に入った時から既にその状態でそこに置かれていた物だ。それを眼にした途端に、忘れていた喉の渇きを思い出した。
「それちょうだい」
 ジョニィがそう言うことを予測して、彼が眠っている間にディエゴがなんらかの薬品を混ぜているかも知れないと考えなかったわけではないが、それでもジョニィはそう言った。眼で指すと、ディエゴはそれをグラスに注がずにそのまま自分の唇へと移動させた。ボトルを傾けて紅い液体を口に含む。今度はその唇を、顎を掴んで上を向かせたジョニィの唇に重ねた。
(やると思った)
 予想通り。だから自分の勝ちだ。『勝ち』の意味が分からないと自分自身に苦笑しながら薄く唇を開くと、ぬるい液体が咽喉に流れ込んできた。甘味が強いばかりで実に安っぽい味がする。これが勝利の美酒だとでも言うのなら、どんな勝負もする気にはなれない。
 微かな月光に濡れた唇を照らされているディエゴの顔は、その身体付きはどう見ても男性の物であるにも関わらず、ジョニィの眼には妙に中性的に映った。ディエゴ相手に使うのは気に入らない言葉ではあるが、人は彼の姿を『美しい』と表現するだろう。そんな絵を、どこかで見た記憶がある。
「……ディオニュソス」
「なんだって?」
「たしか、ギリシャ神話。細かくは覚えてないけど。とりあえず、ろくなヤツじゃあなかったはずだね」
 「なにせ君と同じ名前なんだから」とジョニィは続けた。
「ああ、バッカスか。酒と狂乱の神だ。死と再生の神でもある。気に入らないヤツは動物に変えてしまう」
 ジョニィは心の中で、「Dioにぴったりじゃあないか」と思った。なるほど、ディオニュソスはスタンド使いだったのだ。先程ディエゴは『動物に』と言ったが、おそらく人々はスケアリー・モンスターの能力で『キョーリュー』に変えられたに違いない。
「細かくは覚えてないわりに、名前はしっかり記憶していたんだな? このDioと同じだから、わざわざ覚えたのか? それとも、ジャイロ・ツェペリに教わったか?」
「なんでそこでジャイロが出てくるんだよ」
「ギリシャ神話とローマ神話は無関係ではないだろう?」
 確かにディエゴと同じ名前だと思った記憶はあった。名前だけでも覚えていたのも、おそらくはその所為だろう。だがその話を耳にしたのは最近のことではない。もっと幼い頃、淡い色使いの絵本のような物を膝の上に広げながら話して聞かせてくれたのは、今は亡き兄・ニコラスだ。
「むかつく」
「ん?」
「いちいちジャイロの名前を出すなよ」
 こんな男の口から大切な友人の名が出てくることが許せなかったのか、それとも自分がジャイロの付属品のように言われることに腹を立てたのか、あるいは何か他の理由からなのか……。それはジョニィには分からなかった。
 ディエゴは咽喉を振るわせるように笑った。
「そうだな、あの男は関係なかったな。今ここにいるのはこのDioとジョニィ・ジョースター、お前だけだ」
 そう言うと、ディエゴはジョニィの腕を掴んでベッドへ押さえ付けた。
「これじゃあ帰れないんだけど?」
 今正に自分を押さえ付けている男に帰れと言われたのは、まだほんの数分前の出来事だ。
「気が変わった」
 藍い瞳がにやりと笑った。
「鳴かせてやるよ。動物みたいに」
 ディエゴは噛み付くように――実際に歯も当たっていたかも知れない――首筋にキスをしてきた。
(そっちこそ、まるっきり獣みたいじゃあないか)
 ディエゴの唇が触れた箇所を中心に、痛みに良く似た熱が全身へと広がってゆく。
 神と同じ名を持つこの男は、自ら動物となり、吸血鬼のようにそれを感染させていくつもりなのだろうか。そんなことを思いながら、ジョニィは次第に激しさを増してゆく熱に意識を集中させていった。


2011,08,05


本当は神話とか全然詳しくないです。さっぱりです。
おそらく突っ込みどころは満載でしょうが、見逃してください。
そんなことよりも、なんでジョニィは変なサボテンの性質とか知ってるのに、恐竜は知らないんだろう。
あのシーンの会話すごい好きです。
変な突っ込み入れてる場合じゃあないってのに。戦闘中だぜ!?
じょにたんマジ可愛い。
<利鳴>

【戻】


inserted by FC2 system