ジャイ←ジョニ ディエ→ジョニ(R18)


  Evilution


 『眠っている』とも『起きている』とも言い難い、そんな極浅いまどろみの中にいるジョニィ・ジョースターの耳に、傍で人が動く気配が音となって伝わってきた。ジャイロ・ツェペリだ。彼は眠っているようだ。再度寝返りを打つ音と、静かな寝息も聞こえてくる。
 覚醒しきっていない意識の中にいても、異常はなにも感じられなかった。何かの気配に気が付いて眼を覚ました。というわけではないようだ。外にいる馬達――ジャイロのヴァルキリーと、ジョニィのスロー・ダンサー――も静かに眠っているらしく、どこにもおかしな様子は感じられない。薄く眼を開けてみても、灯りのないテントの中は、殆ど何も見えない。夜明けまではまだ時間がありそうだ。
(ちゃんと寝ておかないと……)
 明日も早い時間から馬を走らせ続けなければならない。ジョニィは再び眼を閉じた。
 しかし次の瞬間、本人の意思を故意に裏切るかのように、ジョニィの意識は一気に目覚めてしまう。横から伸びてきた手が、ジョニィの肩を引き寄せたのだ。
「なっ……!?」
 相変わらず周囲は暗い。が、不意に自分に触れた手が、何者のものであるかは明白だ。
「じゃ、ジャイロっ!?」
 それが誰であるかは判っても、彼がどういうつもりなのかまでは全く解らない。ジョニィに出来るのは、ただうろたえることだけだ。
「ジャイロっ! ……っ、寝ぼけてるのかっ!?」
「んー……」
 小さく唸るような声を上げて、ジャイロはゆっくりと顔を近付けてきた。
「ちょっ……、ジャイロってば……」
 肩を掴まれて、しかも足は動かない。両腕で押し退けようとしても、力の入るような体勢でもない。ジョニィは逃れることすら出来ない。暗さに慣れ始めてきたジョニィの眼に、ジャイロの目蓋がぱちっと開くのが見えた。
「……ん?」
 数秒前のジョニィと同じく、ジャイロの半分眠ったままのような半開きの眼が、ジョニィの姿を捉える。そして、暫しの沈黙。テントの外で風が吹いている音と、どんどん加速していく自分の心臓の音だけが聞こえる。やがてジャイロが、やっと呟く――。
「あ、間違えた」
 ジャイロはゴミでも放るかのように、ぽいっとジョニィの肩を放した。そしてそのままくるりと寝返りを打って、ジョニィに背中を向けてしまう。
「…………」
 ジョニィが呆気に取られているのにも構わず、ジャイロは再び寝息を立て始めた。
「……ジャイロ?」
 起こした上体を伸ばし、ジョニィはジャイロの背中の向こうにある彼の腕の中を見た。先程まで自分が置かれていた位置、今はちょうどそれを鏡にうつしたように左右反対の位置に、茶色い布の塊のようなものが僅かに見えた。眼を凝らしてみると、暗闇の中でももうはっきり判る。あれはジャイロが「クマちゃん」と呼んでいたぬいぐるみ――もちろんクマの――だ。普段は鞄の中に入れて持ち歩いているそれが、今はジャイロの腕にしっかりと抱かれている。
 ジャイロは自分の身体の中で、決定的な何かが切れる音を聞いた――ような気がした。
「納得いかないッ!!」
 ジョニィは声を上げていた。続いてジャイロの襟首に手を伸ばし、自分の方を向かせようと引っ張る。
「どういう意味だよッ!? ぼくよりそんなぬいぐるみがいいって言うのかッ!!」
 ジョニィは自分で何を口走っているかを理解しないまま、とにかく何か言ってやらなければ気が済まない衝動に駆られて動いていた。よく分からないが、何かに対して腹が立った。
「何喚いてるんだ? 早く寝ろよ。明日寝坊したら、おいてくぞ……」
 眠たそうなジャイロの語尾は既に消えかかっている。その適当に子供を相手にするような喋り方と、それ以上に鼓動を早めた自分の心臓が腹立たしくて、ジョニィは尚もジャイロの身体を揺さぶった。
「起きろジャイロッ! 説明しろ!」
「はいはい、明日聞いてやるから……」
「寝るなあッ!!」
「うんうん、また明日な。おやすみぃ……」
「エス・エイチ・アイ・ティイィッ!」

 翌朝、眼が覚めてからもジョニィの不機嫌は治っていなかった。それをジャイロは不思議そうな顔をしながら尋ねてくる。
「どうかしたか」
 昨夜のことは覚えていないらしい。
「別にっ」
 「ふんっ」と顔を背けると、「おかしなやつだな」と首を傾げながらも、ジャイロは出発の準備をし始めた。
「だいたい変だよ、変!」
 馬に乗って辺りの様子を見に往ったジャイロの姿が見えなくなってからも、ジョニィはまだむくれた顔でぶつぶつと繰り返していた。ジャイロに、自分が戻ってくるまでに荷物を整理しておくように言われたが、あまり捗りそうにない。
 閉じきっていなかったジャイロの鞄の中から、例のクマが顔を覗かせていた。しかもジョニィの方を見るように、眼が真っ直ぐこちらに向いているような形で。そのくせ顔の下半分は鞄の中に埋もれていて、こっそりとこちらの様子を盗み見ているかのようだった。人の荷物に勝手に触れるのは多少気が引けたが、それでも手を伸ばして引っ張り出した。
「いい歳した大人がこんなもの! 人のこと子供みたいに扱ってさ。ぬいぐるみ抱いて寝るなんて、どっちが子供だってさ! むしろ変態じゃあないか! ぼくが女だったら、ぬいぐるみ持ってるやつとなんて絶対に付き合いたくないね!」
 何を言っても、ぬいぐるみは勝ち誇ったような顔をしている――ようにジョニィには見えた。
「ふんだ」
 片方の手でぬいぐるみの胴体を持ち、もう一方の手で足を持った。そのまま若干力を入れて引っ張ってみる。生地が伸び、中の綿が動く。もう古くなっているからなのか、酷く脆そうに見える。このまま強く引けば、おそらく簡単に生地が裂けるだろう。
「……こんなもの」
 暫し睨み付けるようにぬいぐるみを見詰めていたが、やがてジョニィはその手を緩めた。そのまま引き裂いたりはしなかった。相手はただのぬいぐるみだが、身体の一部を失う辛さは自分でよく理解している。せめてジョニィに出来るのは、クマの顔を左右から挟んでおかしな顔にしてやることくらいか。
 そんなことをしていると、不意に頭上から声が降ってきた。
「意外だな」
 見上げると、ディエゴ・ブランドーの青い瞳が、自分からは視線を同じ高さにすることの出来ないジョニィを堂々と見下ろしていた。ディエゴは馬には乗っていなかったが、地面に座っているジョニィから見れば充分に「頭上から」だった。徒歩でやってきたということは、恐らくそれほど遠くない場所で一夜を明かしていたのだろう。
「なにが」
 ディエゴはあくまでも競争相手だ。馴れ合うつもりはない。ジョニィはぶっきらぼうな口調で短く聞き返した。
「それが、だ」
 ディエゴはジョニィの手の中のクマを見ながら言った。
「そんな趣味があったとはな」
「ぼくのじゃあない」
 ジャイロの鞄に向かって軽く投げると、クマは頭を下にして落ちた。そのまま鞄にもたれかかるように転がる。
「ジャイロ・ツェペリのか。どちらにせよ変わった趣味だ」
 「それは確かに」と、ジョニィは頷いた。
「その持ち主は何処へ往ったんだ? おいて往かれたか?」
「違うッ!」
 ジョニィは思いがけず大きな声で否定していた。そのことに、誰よりも自分自身が驚きを覚える。しかしそれをディエゴに悟られるのは嫌だった。「何故」と尋ねられれば、答えは分からないのだが。
「道を探しに往ったんだよ。出発したなら、ここにジャイロの荷物が残ってるわけないだろ」
 あくまでも平静を装って言ったつもりだった。
「なるほど。荷物を置いては行かない、か」
 ディエゴの視線はジャイロの鞄ではなく、ジョニィの足に向いていた。動かなくなった2本の細い足――。
(嫌なやつ)
 どうもこの男のことは苦手だった。いつも挑発的な眼でこちらを見ているような気がして……。用がないなら――いや、あるのだとしても――さっさと立ち去って欲しかった。
「何か用?」
 するとディエゴは「別に」と答えた。
「朝の散歩だ」
 もしかしたら昨夜ジョニィが――1人で――騒いでいたのを聞かれていたのかも知れない。その内容まではっきり聞き取れたかどうかまでは定かではないが、ジョニィ達が仲間割れでもしたのであればそれぞれに勝利するのは容易いとでも思って、様子を見に来たのだろうか。そうでなければわざわざ訪ねてきたりはしまい。
 ディエゴが言う。
「散歩をしていたら面白いものを見付けたんでな」
 それはもちろん、ジョニィのことを指しているのだろう。
「面白い?」
 ジョニィはむっとして聞き返した。
「その顔が、だ」
 ディエゴは膝を折り、初めてジョニィに視線の高さを合わせてきた。片膝を地面について、ジョニィの顔をじっと見ている。反対に、ジョニィは顔を背けて視線をそらせた。
(早くどっか往ってくれないかな。それか、さっさとジャイロ戻ってこないかな)
 相手をしなければ立ち去ってくれないだろうか。ディエゴだって、早く出発すればそれだけ多く先へ進める可能性があることは分かっている筈だ。意味もなくこんなところで時間をつぶすことはしないだろう。そんなことを思い、ジョニィがディエゴを無視することに決めた、数秒後だった。
 視界を覆うように、さっとディエゴの顔が正面に現れる。「なんだよ」と言う間もなく、接近してきた『なにか』が唇に触れた。微かに紅茶の匂いを鼻先に感じたような気がした。そういえば、ディエゴはイギリス人だったなと、どうでも良いことを思う。
 ジョニィが我に返った時には、既に唇は解放されていた。が、僅かに自分のものではない体温と、感触が残っている。
「な……っ、なにを……ッ」
 ジョニィは慌てたように袖で口をごしごしと拭った。手を口元に当てたまま、ディエゴを睨み付ける。先程までは視線を合わせてやるものかと思っていたにも関わらず、今はそうすることが出来なかった。
 ディエゴはにやりと笑った。自分の唇をぺろりと舐めながら。
「ッ……」
 ジョニィは顔がかっと熱くなるのを自覚した。
「この変態野郎ッ」
「おっと、口の利き方には気を付けた方が良いぞ」
 再びディエゴの顔が一気に圧し掛かるように近付く。走って逃げることの出来ないジョニィは、それでも可能な限り身体をそらせて離れようとした。しかし腕を掴まれ、それも瞬時に叶わないこととなってしまう。
「それと、その顔にも気を付けろ」
 ディエゴは耳元で囁くように言った。声よりも先に吐息が触れるようで、ジョニィは思わず身を捩った。
「っ……何?」
「気付いていないのか? お前の屈しまいとする眼。その表情が、どれだけの男の欲情をかきたてているのかに」
「なっ……!?」
 再び強引に押し当てられたディエゴの唇が、ジョニィの声を奪う。そのまま体重を掛けられて、ジョニィは仰向けに地面に押さえ付けられた。更にディエゴは、両足でジョニィの胴体をまたぐように押さえ込む。
 歯を食いしばろうとしたが遅かった。伸びた舌先が唇を押し開き、既に口内へと侵入している。舌を絡め取られ、声を出すどころか呼吸さえろくに出来ない。しかしそれはディエゴにとっても同じはずだ。彼とて、息をしないわけにはいかない。呼吸のために唇が離れた隙を、ジョニィは見逃さなかった。顎を引いて、少しでもディエゴから離れようとする。
「このっ……、は、なせッ!」
「片腕だけでも返してやろうか?」
 ディエゴは余裕の笑みを浮かべながら、ジョニィの左腕だけを解放した。しかしジョニィは、もう片方の腕をどうしても解くことが出来ない。力一杯暴れたつもりでも、ディエゴの方が圧倒的に強い。仮にジョニィが健常者であったとしても、体格差等から、ディエゴに勝つことは出来ないだろう。
「そう暴れるな」
 ディエゴの空いた手が、シャツをたくし上げるように素肌に触れてきた。ジョニィは思わずびくりと跳ねた。
「さっ、触るな! 離せよ!!」
 応えずに、ディエゴの手はジョニィの皮膚の上を下腹部へ向けて滑り降りていく。鳥肌に似たぞくりとした感覚がジョニィの背中を走り抜ける。
「あっ……!? や、だ……っ。ッ……、ジャイ、ロっ! 助け……」
 ジャイロは何処にいるのだろうか。もしかしたらそろそろ近くまで戻ってきていて、呼べば助けに駆けつけてきてくれるかも知れない。ジョニィには、それが唯一の救いであるかのように思えた。しかし、
「おっと、静かにしていた方がいいんじゃあないか?」
 ディエゴは声を潜めるように言った。
「こんなところをあいつが見たら、どう思うかな?」
「ッ……!」
「あるいは、お前がどうされていようと、気にしないか?」
 ジョニィの脳裏に、今朝のジャイロの表情が浮かぶ。子供のように拗ねるジョニィを、完全に呆れたような眼で見ていたジャイロ。レースが始まって以来、2人はずっと傍にいたが、それはあくまでもジョニィが彼の後をついていっていたからだ。「なんでオレが四六時中オマエを見ていなきゃあいけないんだ?」そんな言葉を口にしていたこともあった。ジャイロ自身は、ジョニィに対して何の関心も持っていないのではないか――。
「それともいっそ、ジャイロもここへ呼ぶか?」
 意地の悪いディエゴの声は、もうジョニィへは届いていない。ジョニィの瞳からは光が消え、そこに絶望の色だけが残る。どちらの腕にも既に抵抗の意思は存在していない。ディエゴが力を緩めても、ジョニィは動くことが出来なかった。
「大人しくしていればいい。どうせ痛みも感じないんだろう?」
 その通りだった。最初に触れられた肋骨の辺りには、確かにディエゴの手の感触があった。が、下半身へ向かうと、それはたちまち消えてしまう。ディエゴの右手が今どこにあるのかは、ジョニィには分からない。
「ふぅん、本当に何も反応しないらしいな」
 地面に押さえ付けられてはいるが、ディエゴの視線が何処へ向いているのかを追うことくらいは出来ただろう。しかしジョニィはそれをしなかった。知りたくもないと思った。ディエゴの言った通り、痛みどころかただの感触さえ、ジョニィの下肢には存在しない。既に機能しなくなった部位に、何をされても支障はない。しかし『感触』と『感情』は別だ。屈辱だけは、それこそ痛い程感じる。痛みに紛れることがない分、恐らく余計に。やがてそれは雫となって、ジョニィの頬を滑り落ちた。ディエゴは顔を寄せ、唇でその水滴を掬い上げた。
「その顔だ」
 ディエゴは咽喉の奥でくつくつと笑った。
「その顔はこのDioだけのものだ。いいな、他の誰にも見せるな。ジャイロ・ツェペリにもだ。絶対に」
 静かに、しかし有無を言わさぬ力を感じさせる声で言うと、ディエゴはジョニィの身体から離れた。
「また会おう、ジョニィ・ジョースター。続きはその時にしてやろう。それまで、このDioのことを忘れるな」
 どの程度のことをされたのかは、ジョニィには分からない。しかし、彼の心にだけは確実に深い傷を残して、ディエゴ・ブランドーは立ち去って往った。
「っ……」
 ジョニィは両手で目蓋を覆った。しかし、こみ上げてくる熱い液体は抑えられずに流れた。
 ディエゴの足音が聞こえなくなると、遠くから馬の足音が響いてきた。恐らくジャイロだ。もしかしたらディエゴは、ジョニィよりも先にそれに気が付いて退いたのかも知れない。
 ジョニィは慌てて起き上がり、予想していたよりは乱れていなかった衣服を直し、袖で目蓋を擦った。強く擦った所為で眼が充血してしまった。ジャイロが戻ってくるまでに、なんとかそんな風に見せなくては――。
 やがて、ジョニィのすぐ真後ろで足音が止まる。ジャイロののん気な声と、彼の影が落ちてきた。
「さっきDioと擦れ違ったぜ。こっちへ来たか? あいつ歩きだったな」
「――知らない」
 ジャイロに背を向け、顔は見せないまま、ジョニィは首を横へ振った。自分の声が僅かに震えていたような気がして、慌てて咳き込むフリをする。
「どうした、大丈夫か?」
「なん、でもない」
 ジョニィは身体の向きを変えないようにしながら自分の荷物を引き寄せ、出発の準備を始めた。背後でジャイロが不思議そうにしている気配が分かる。ジャイロがその気になれば、簡単にジョニィの表情が見える位置まで移動出来てしまうのは分かっているが、可能な限りそれを先延ばしにしたかった。だから自分からは振り向かない。
 約6千キロの道程を、――サンドマンのように――自分の足だけで走り切りたいだなんて極端なことは思わない。だがこんな時、せめて普通に走ることが出来たら、ジャイロに見られたくないものを――赤くなった眼を――ぱっと走って逃げて、隠してしまうことが出来たのに……。
(――悔しい)


2010,08,19


冒頭のジャイジョニ部分とそれ以外のディエジョニ部分は元々は別のネタとして書いていたのですが、くっつけちゃいました。
そしたら最初だけなんかやけに軽い感じになった気がします。
とりあえずジャイジョニ前提のディエジョニが大好きです。
「決定的な何かが切れた」とか、「エス・エイチ・アイ・ティー」とか、他の部のネタ(?)を仕込めたのが楽しかったです。
タイトルはなんかかっこよかったので。ディオだし。
DIO様はDioになっても悪のカリスマであって欲しいのですYO!!
<利鳴>

何故か >むしろ変態じゃあないか! で笑ってしまいました。
変態野郎とかの罵りは普通に読めたのに…何故か妙にツボった…
話としては大変面白いのですけどね。笑うって意味じゃなくて。
「可愛いのぅwどぅふふwww」みたいな笑うは有るかもしれません。変態は自分だった。
<雪架>


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