ジャイジョニ R15


  ふわふわ×ツンツン


「っ……、あのクソヤロウ。ルールなんて無視して、もっと早く殺しておけば良かった」
 物騒なセリフを吐きながら、ジョニィは左腕を捻って傷の具合をうかがった。撃退し、もう名前すら忘れたライバルからの妨害を受けた際に生じた傷だ。裂けた袖の中の皮膚は赤い液体で染まり、負傷の程度は良く見えない。
「どれ、貸してみな」
 ジャイロはジョニィの手を取った。傷が痛んだのか、少年は僅かに表情を歪めた。
「こりゃあ縫った方がいいかも知れないな」
 ジャイロが呟くように言うと、ジョニィは益々眉間に皺を寄せる。本来であれば整っているはずの顔立ちが台無しだ。そうでなくとも、普段の無表情の所為で他人に与える印象はあまり良いとは言い難いというのに。
 貴重な水で濡らしたタオルで血を拭い、『ゾンビ馬』の糸で傷口を縫い合わせた。その間、ジョニィはずっと自分の腕を見ているようだった。ジャイロが失敗しないように監視しているつもりなのだろうか。
「ほれ、終わったぞ」
 以前自分の足を縫った時よりも丁寧にしてやったつもりだ。しかもこの糸は普通の糸ではない。おそらく、傷跡が大袈裟に残ることはないだろう。
「ありがとう」
 感謝を伝えるはずのその言葉には抑揚がなく、いつも通り、感情が込められていない淡々とした口調だった。ジャイロは針と糸を片付けながらこっそり溜め息を吐いた。
(ほんとに可愛げのないやつ)
 報酬代わりに、少しの笑顔を見せることくらい出来ないのだろうか。
(ジョニィの表情筋、もっと仕事しろ!)
 そんなことを考えていたジャイロは、ジョニィの視線が自分の手に向いたままであることに気付いた。
「……どうした?」
 何かミスでもあっただろうかと思い返してみるが、我ながら完璧な縫合だったと自信を持って言える。医療ミスはありえない。
 ジョニィは首を横へ振った。
「なんでもない。やっぱりやめた」
 その返答は、明らかに矛盾を孕んでいた。本当になんでもないのなら、「やめる」もなにもないはずだ。「やっぱりやめる」ことにしたが、その直前まではなにかがあったということを意味している。1人で何か思い付いて、それを口に出すこともせずに勝手に1人でなかったことにしてしまう。ジャイロは、ジョニィのそんなところが不満だった。自分達は仲間であるはずだ。この旅の間中、様々な感情を共有していく必要があるだろう。どんなに下らない思い付きでも、ジャイロはそれをジョニィに伝えてきた。よほど重要な、自分と祖国で待つ少年のこと等はやはり簡単に喋ってしまうわけにはいかないが、逆に、「やっぱりいい」と言ってしまえるような、謂わばどうでも良いようなことこそ、2人そろって「下らない」と笑い合うべきだ。
「なんだよ。言えよ」
 今度はジャイロが眉間に皺を寄せる番だった。応えるジョニィは無表情だ。やはり表情筋が仕事をしていない。
「やだよ」
「言えって。途中でやめるなよ。却って気になるだろ」
 ジョニィは深い溜め息を吐いた。呆れたように横を向いた顔の、睫が長い。何故かジャイロはそんなことを思った。
「ジャイロの手って、ふわふわしてて気持ちいいなと思ったの」
 少々きつい口調だった。だがそれはいつものことだ。変化はない。
「ふわふわ?」
 よく分からない。自分の手が『ふわふわ』だとは、どういう意味だろうか。例えばこれが“クマちゃん”の手なら、その擬態語は間違いなくぴったりなのだが。
「ふーん? ……で?」
「君の手でだったら『たつ』かなって思ったの」
「……何が?」
「ナニが」
「……」
「ほら見ろ。変な空気になった。だから言うのやめたのに」
「あー……、悪い」
 ジョニィは再び溜め息を吐いている。いつもの表情のない顔で。ジャイロの頭の中には、なにもない。一瞬で雪が積もったように真っ白だ。ふわふわなのは、どうやら彼の頭の中の方らしい。
「えーっと……、ジョ、ジョニィ?」
「なにさ」
「あ、いや、えっと……その……。た、試してみるか?」
「やだよ。しくじったらお互い再起不能だぜ」
「あ、ああ。そうか、うん……」
「ぼく先に寝るから」
 そう宣言すると、ジョニィは毛布を被ってジャイロに背を向けてしまった。ジャイロの頭の中の雪解けはまだ訪れていない。ジョニィの「まあ、最後の手段くらいには考えてやってもいいけど」という声が、本当に彼の口から発せられたものだったのか、なにか別の言葉を聞き間違えたのか、あるいは完全なる幻聴であったのか……。その区別を付けられない程、その積雪は深いようだ。


2012,12,31


ツンツンジョニィに翻弄されジャイロが好きです。
もちろん甘々も好きですし押しの強いジャイロに戸惑うジョニィも好きです!
色んなジャイジョニが見たい!
ジャイジョニ全種コンプしたい!!(笑)
<利鳴>

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