ジャイジョニ 全年齢


  キスがキスじゃあ終わらない


 長い息を吐きながら、ジョニィはベッドに倒れ込んだ。その拍子に、まだ乾き切っていない髪から、石鹸の匂いがふわりと立ち上った。ハチミツ色の睫毛に縁取られた目蓋は閉ざされていたが、一瞬で眠りに落ちてしまった、というわけではなさそうだ。湯に浸かったために血色が良くなりかすかに色付いた唇が、小さく「疲れた」と呟くのを、ジャイロは見た。
 まだ大急ぎで眠ってしまわなければいけない時間ではなかった。そもそも、この町に辿り着いたのがまだ陽が沈み切ってしまわない時間帯だった。それでも今日はこれ以上先へは進めない。ここからはしばらく野宿の必要があると思われる。それに備えて、2人はきちんとした宿で体力の温存に努めることを選んだ。焦ってはいけない。無謀な選択をすれば、行き着く先はゴールではなく自滅だ。
 それでも眠ってしまうには少々早い。雑談に花を咲かせる時間くらいはありそうだ。「疲れた」とは言いながらも、ジョニィも眠気がやってくる気配をまだ見付けられずにいるようだ。
「なあジョニィ」
 隣のベッドに腰掛けながら声をかけると、ジョニィは瞳だけを動かしてこちらを見た。「なに?」とは聞かれなかったが、ジャイロは少し身を乗り出した。
「キスしようぜ」
 挨拶をするのと変わらないような口調で言うと、ジョニィは無表情のまま、2度3度と瞬きをした。ジャイロが寝惚けているのか、それとも酔っ払っているのかを見定めようとしているようだ。
 ジャイロが立ち上がろうとすると、ジョニィはようやく口を開いた。
「やだよ」
 挨拶を返すような口調だった。
「誰も見ちゃあいないって」
「そういう問題じゃあない」
 ジョニィは起き上がると、動かない足をベッドの上に引き上げた。そのまま毛布の中に避難しようというつもりか。
「訳を言え。“納得”は必要だぜ」
 ジャイロとて、相手が本気で嫌だと言っているのなら、無理を強いるつもりはない。だが今のジョニィときたら、何を考えているのか、その表情から全く読み取れないのだ。「せめて理由を」と思うのは、極自然なリアクションだろう。
 ジョニィはやれやれと溜め息を吐いた。そして、
「本当にキスだけで終われると思ってる?」
 ジャイロは言葉を喉に詰まらせた。確かに、唇を触れ合わせれば、今度はその中に舌を伸ばしたくなるだろう。そうすれば、そのまま連鎖的に肩を抱き締めたくなる。次は衣服越しではない体温を感じたくなる。そこから先は、たぶんノンストップだ。
 まんまと“納得”させられてしまったが、自覚させられた分、そこで引き下がることは却って難しくなった。幸いにも時間的な余裕はある。体力を消耗し過ぎないように加減すれば、なんとか明日に響かせずに済むのではないだろうか。いや、その前にジョニィの“説得”が必要か。いくらお互いの気持ちが同じ――早い話が両想い――であるとは言っても、同意を得ずに無理矢理襲うわけにはいかない。
「……と、待てよ」
(気持ちが同じ……?)
 ジャイロはジョニィの顔を見た。ジョニィは、日頃から表情が豊かであるとは言い難い。が、決して感情を持っていないわけではない。そして、本当に表情がない時もあるが、無表情を“装っている”こともある。毎日顔をあわせている内に、ジャイロは少しずつそれの区別が付くようになってきていた。
「おいジョニィ」
「なにさ」
 蒼い視線は逸らされている。
「キスだけじゃあ終われないっつったよな」
 わずかな変化も見逃すまいと、ジャイロはジョニィの顔を覗き込んだ。
「その“主語”は?」
 数秒の沈黙。ジョニィは瞬きすらしなかった。眼球が乾くぞと忠告してやろうかと思っていると、ようやく動いた瞳に軽く睨まれた。ジャイロは金色の歯を見せてにぃっと笑った。
 頬に手を伸ばすと、抵抗はされなかった。反対の手をベッドについて体重を移動させる。少し上を向かせた顔に近付いてゆく。ゆっくりと唇が触れた。伸ばした舌は軽く吸われた。肩を抱き寄せようとすると、逆に両手で押し返された。
「おっと、予想外の反応」
 ジャイロがおどけたように言うと、ジョニィはわずかに赤く染まった頬を隠すように顔を背けて言った。口調はその表情とは違い、やや強気だ。
「先に戸締り確認してきて。あと明かりも」
「その態度は崩さないつもりなわけね」
「早くしないとやめるよ」
 「出来ない」と言ったのは自分のくせに。ジャイロは先程のジョニィに倣うようにやれやれと肩を竦めながら、施錠の確認へ向かった。


2016,04,26


いくつ同じようなネタを書けば気が済むのか……。
分からないので、気が済むまで書き続けようと思います。
<利鳴>

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