ジャイジョニ 全年齢


  Kiss me


 小さく唸るような自分の声で眼を覚ました。起き上がろうとするのよりも先に、それを押さえ付けるような重みが胸の上に現れる。視線を向けると、星模様の帽子と、そこからはみ出たハチミツ色の髪の毛が見えた。
 ジョニィ? と呼びかけたつもりだった。しかし、声は擦れて喉に詰まり、きちんとした音になりはしなかった。代わりのように、ジョニィが自分の名を呼ぶのが聞こえた。
「ジャイロ……」
 ジョニィは、仰向けに寝そべったジャイロに縋り付いていた。少し声が震えている。
「良かった……」
 鼻を啜る音が聞こえた。泣いているのだろうか。人の服で拭かないでくれよと思いながら、ジャイロは自分が“眠っていた”わけではなかったことを思い出した。
 右腕は胴体と一緒にジョニィに押さえられる形になっていたが、左腕は自由に動かせた。手の中には鉄球の感触がある。それを握ったまま、視線をそちらに動かし、手も少し持ち上げてみると、そこは赤黒い液体で染まっていた。
(あちゃあ……)
 心の中で呟いた。
 ゆっくりと息をしながら、ジャイロは記憶を辿ってみた。ここはアメリカ。今はレースの途中。オレはジャイロ・ツェペリで、こいつはジョニィ・ジョースター。大丈夫だ。ちゃんと覚えている。記憶は正常だ。
 気を失う直前のことも、ゆっくりとではあるが思い出せる。確か、競争相手――名前はそもそも知らない――が突然襲い掛かってきたのだった。それでダメージを受けて、意識が途切れて……。
(あの敵、どうなったんだ?)
 視線を廻らせてみたが、何しろジョニィの頭が身体の上に乗っているのだ。起き上がれないままでは、視界の稼動範囲は限られてしまう。
(まあ、たぶんジョニィが倒したんだろう)
 ジャイロは長く息を吐いた。そのままの体勢で、空を眺めた。動けない所為で、そのくらいしか見えるものがないのだ。だが、無理矢理ジョニィを退かせてしまうつもりは起きなかった。ジャイロが眼を覚ましてから、ジョニィはまだ二言しか喋っていない。それでも、その二言だけで、彼にどれだけの心配をかけたのかは、嫌と言うほど理解出来た。必死にジャイロの名を呼ぶ声を、眼を覚ます前の頭でぼんやりと聞いていたかも知れない。
「ジョニィ」
 今度はちゃんと声が出た。
「もう、平気だから」
 攻撃を受けた瞬間に眠気のピークに襲われ、そっちに負けてしまったのだと半分冗談めかして言いながら、ジャイロは笑ってみせた。寝不足だったのは事実だ。疲労もたまっていた。ジョニィは、そんな説明なんて聞こえていないかのように、ジャイロにしがみ付いたままだ。
(さて、どうしたもんかな)
 頭でも撫でてやろうかと思ったが、血に染まった自分の手を思い出してやめた。右手はどうなっているだろうか。とりあえず胴体と繋がっていないなんてことはなさそうだ。感覚はある。が、例え汚れていなかったとしても、ジョニィの下敷きになっていて動かせないのだが。少し痺れてきた気もする。
 何でも良いから声をかけよう――その方が少しでも安心するだろう――と思って口を開こうとすると、ちょうどジョニィがゆっくりと顔を上げた。
 「もう大丈夫だ」、「心配かけたな」、それともいっそ、「何泣いてんだよ」だろうか。一番適した言葉は何かなと考えていると、考えもしなかった言葉をジョニィの方からかけられた。
「ジャイロ」
「ん?」
「キスして」
 ジャイロは思わず、少し笑っていた。
「おいおい。サヨナラのキスには早すぎるぜ?」
「じゃあ、『おはよう』のキスして」
 うっかり「なるほど」と納得したジャイロに、『して』と言いつつもジョニィは、自分から唇を重ねてきた。ジャイロは、ジョニィが動いたお陰でやっと引き抜くことが出来た痺れる寸前の右手――幸い、血は付いていなかった――で、帽子を被った頭を撫でてやった。
「おはよう」
 そう言ってジャイロが微笑んでみせると、ジョニィは今度は肩に両腕を廻して抱き付いてきた。それでもジャイロは、なんとか上体を起こすことが出来た。
「お前の方は、怪我は?」
 ジョニィは無言で首をぶんぶんと横へ振った。
「そうか。なら良かった」
 雲が流れて行く空を眺めながら、ジャイロはジョニィの気が済むまでじっとしていることにした。そろそろ陽が暮れそうではあるが、どの道、今日はもう走れないだろう――おそらく「走る」と言えば、ジョニィに猛反対されるに違いない――。今一度長い息を吐きながら、彼はジョニィの肩に頭を預けた。


2015,08,16


どストレートに「キスして」って言わせるのが自分の中でプチブームだった頃に考えたものです。
変なブームきたなぁと思いながら(笑)。
他のジャンルでもその時期に考えたなって分かるかも知れない話をすでにいくつかアップしております。
さあ、貴方は全てを見付けることが出来るかなっ!?
<利鳴>

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