ログ

　荷物の整理をしていたら、鞄の底から少々くたびれたメモ帳が出てきた。それはもちろんぼくの持ち物だ――なにしろぼくの鞄の中に入っていたのだから――。でもぼくは、それをてっきり失くしてしまったものとばかり思っていた。ゆっくり探している暇がなく、おざなりにしか確かめなかったために、衣類やタオルの間に入り込んでいたのを完全に見落としていたらしい。ページを捲ると、ぼくの筆跡でくだらないギャグのネタが書いてある。ただしぼくが考えたものではない。発案者は、全てジャイロ・ツェペリだ。ニューヨークへ向けて馬を進めながら、ジャイロはなんの脈絡もなく思い付いたギャグを口にし、それをぼくにメモれと指示した。最初にそう言われた時、その時はまあ別にやってやってもいいかと思ったのだろう――覚えていないが――、言われた通りにぼくはメモを取り、以降、それが当たり前になってしまっていた。が、今は――今更――思う。なんでぼくがそんなことをしなきゃあならないんだ？　残しておきたいなら、ジャイロが自分でやれば良かったじゃあないか。
　メモにはそのネタを思い付いた時の日付も一緒に書いてある。一見すると、ちょっとした日誌のように見えなくもないが、書いてある文章は凡そ“マトモ”とは思えないものばかりだ。他人に見られたら、ぼくの正気が疑われるに違いない。……まさかジャイロのやつ、それを狙ってぼくに書かせたんじゃあないだろうな？
　メモ帳に書かれた日付は今から数日前の状態でとまっている。色々なことがあって、そんなことをしている暇がなくなってしまったからだ。そしてそのまま鞄の中で行方不明になっていた。
　ジャイロの“ネタ”は、多い時には一日で十数個も誕生していた。彼の身振り手振りや表情、口調を文章のみで記録してあるので、シュールさがよりいっそう増している。そして意味の分からなさにも拍車がかかっている。なんだよ、『７日で一週間』って。それって当たり前のことを言っているだけじゃあないのか。『空は青い』よりも普遍的だ――空が他の色になることはあるけど、一週間の日数が変動してしまったら、世界中の人々が困るに違いない――。そんな当たり前なタイトルからは想像出来ないほど、ネタの中身は奇怪なのだから、ぼくはジャイロの頭の中は一体どうなっているのかと不思議に思わずにはいられなかった。
　今――時間が経ってから――読み返すと、逆に面白い。なんてことがあるだろうか――そういえばジャイロも「あとでもっとジワっとくるんだ」とか言っていたことがある――と思ってひとつひとつに眼を通していくが、やっぱりくだらないものばかりだ。自分の字なのに何が書いてあるのか分からないところがあるのは、その時にぼくが半分寝ていたのか、あるいは意味のある文章として書き残すことさえ困難なネタだったのだろうか。それでもなんとかペンを走らせようとしたその時のぼくは、きちんと評価されるべきだと思う。ぼくのリアクションに関わらずジャイロがネタを披露し続けていたところを見ると、彼自身は自分が作り出した作品を気に入っていたのだろう。ぼくが適当に絶賛してみせたのを、あるいは本気にしたのかも知れない。「やっぱりあれ、くだらなかったよ」と言ったら、怒るだろうか。
「ジョニィ」
　声をかけられて、ぼくは顔を上げた。先に準備を終えたらしいジャイロがこちらを見ていた。その向こうには朝陽がある。
「荷物まとめ終わったか？　なら、そろそろ出発するぞ」
「うん」
　ぼくはメモ帳を鞄の隅――見付け易い場所――にねじ込み、スロー・ダンサーの背に跨った。
「ＯＫ。いつでも行ける」
「よし」
　馬を並べて何気ない風を装いながら見た横顔は、陽に照らされて眩しい。彼が笑うと、金色の歯が光を反射して輝いた。その口から、次に出てくる言葉はなんだろう。これからの予定等の真面目な話か、それともくだらないジョークか。どちらであったとしても、ぼくはきっと、それに耳を傾けずにはいられないのだろう。