ジャイジョニ 全年齢


  メッセージをどうぞ


「ジャイロ、ねえジャイロ!」
 昼食を兼ねた僅かな休憩の時間、ジョニィは「近くに来い」とジャイロを呼び付けた。
「なんだよ」
 視線を向けると、食事の片付けをしていたはずのジョニィの手はとまっていて、それに奇妙な『生き物』がしがみ付いているのが見えた。ジャイロと眼が合うと、ぬいぐるみのような姿のそれは「チュミミン」と甲高い声(?)で鳴いた。
「こいつさ、時々何か言ってるみたいなんだよね。ラテン語……だったっけ? 君、分かるんだろ? 通訳してよ」
「お前なぁ」
 ジャイロは溜め息を吐いた。
「オレ今コーヒーいれてるんだけど。お前が飲みたいって言うから!」
「君だって飲むだろ。それに、コーヒーいれるのに耳と口は使わないじゃあないか」
 ジャイロが呆れていると、ジョニィは謎の『生き物』を指先で突付き始めた。
「ほら、何か言ってみなよ。さっきぼくに何か言おうとしてただろ?」
 そうしているジョニィの横顔は、ペットとじゃれ合う小さな子供のようだった。それを見て、ジャイロは思わず微笑をこぼした。
「お前、動物好きなのか?」
 ジャイロが尋ねると、
「え? 今こいつがそう言った?」
 と、驚いたように聞き返してきた。
「あ、そうじゃあなく」
 ジャイロは慌てて答えた。
「ああ、今のはジャイロね。動物……、普通に好きだよ。馬も好きだし――」
 スロー・ダンサーが「呼んだ?」と言うようにこちらを向いた。ジョニィは、それに微笑を返した。
「犬とかも、結構好きだよ。子供の頃はネズミを……飼おうとしたこともあった。ああ、でもカエルを掴むのは好きじゃあないかな。あと、トカゲもキライ。そういう生き物は喋れないけど、こいつは喋れるんだったら、何て言ってるのか知りたいじゃあない? でもどうせだったら、英語が喋れたらもっと簡単だったのにね。そしたらジャイロなんかに頼まなくて済むのに」
 セリフの後半はジャイロへではなく、腕にくっ付いている『生き物』へ向けられていたようだ。「なんかとは何だよ」と言ってやろうとしたところで、お湯を沸かしていた鍋が音を立て、ジャイロは慌ててそれを焚き火からおろした。
 その後、湯気を立てるコーヒーを飲みながら次の目的地のことを話していると、いつの間にか姿を消していた『生き物』は、やはりいつの間にか再びジョニィの腕にしがみ付いていて、何かを訴えるような眼を主人に向けていた。
「あ、ほら! 何か言ってる!」
「通訳してほしいなら静かにしろよ。聞こえねーよ」
 ジョニィが黙ると、『生き物』は一言ずつ区切るように言葉を紡ぎ出した。ジャイロは「お前にも分かるようにゆっくり喋ってあげてますからね」と小馬鹿にされたような気分になった。
「イタリア語と英語とラテン語を理解するこのジャイロ様を舐めるんじゃあねぇぜ!」
「ねぇ、何だって? 何て言ってるの?」
「まあ待て」
 ジャイロは頭の中で『生き物』が口にしたラテン語を一度母国の言葉に直してからジョニィにも分かるように英語に再翻訳するという面倒臭い作業を行った。
「えーっと、『私はジョニィ・ジョースターのスタンドです』」
「わぁ、やっぱりぼくの名前言ってたんだ!」
 ジョニィはいつになくはしゃいでいるようだ。先程は「動物は『普通に』好きだ」と言っていたが、ジャイロから見るとそれは『普通』のレベルよりもいくらか上回っているように思えた。
「『私はジョニィ・ジョースターのために、一緒に戦います』」
「あはは、頼もしい!」
「『私はジョニィ・ジョースターが大好きです』」
 ジャイロが通訳を終えると、ジョニィは急に黙り込んだ。長い睫に縁取られた目蓋が、立て続けに開閉した。
「ん? どーした?」
「今の、さ」
 ジョニィは何故か悪戯っぽい笑みを浮かべながら言った。
「誰か聞いてたら誤解されそうだね」
 その意味を、ジャイロの頭が理解するのに、『5秒』かかった。うっかり英語から母国語に翻訳したあと、無意味にラテン語訳までしようとしてしまった所為だ。
「なっ……、バカ! 何でオレが……!!」
 妨害してくるような他の走者が近くにいないことを確認した上でこの場所で休憩を取ることにしたのだ。誰かが今の会話が聞こえるような距離にいるはずがない。近付かれれば、必ず蹄の音で気が付くはずだ。そう思いながらも、つい周囲を見廻してしまったジャイロの視界に、人影が1つ。たまたまその場所を通り過ぎようとしていたところに人の話し声が聞こえてきたので、足をとめてそちらを向いた、そんなポーズで。距離があるために表情までは見えないが、その馬に乗らない赤い肌の人物には見覚えがある。
「サンドマン……」
 ジャイロは、何故か彼と眼が合ったことを確信した。彼の身体能力は常人のそれを遥かに上回っていたと記憶している。
「聴力は!? 耳はどんだけ聞こえるんだよっ!」
 思わず声を出してそう言っていたジャイロに、遠くのサンドマンは「いやいや、そんなところでの会話、聞こえてなんかいるはずがないさ」と言うように首を振った。
「聞こえてんじゃねーかッ!」
 サンドマンは「聞こえていないと言っているのに」と言うように肩を竦めると、今度は立ち止まらずに去って行った。その姿は、すぐにジャイロの視界から外れた。
「くそっ、あのヤロー。人をおちょくりやがって。次に会ったら憶えとけ! バーカ!」
「ねえジャイロ」
「あぁ!?」
 サンドマンへぶつけられなかった怒りのその勢いのまま、ジャイロはジョニィの声に振り返った。ジョニィは真っ直ぐに――ただし地面に手を付いた姿勢故にやや低い位置から――ジャイロの眼を見ていた。
「ぼくも好きだよ」
「――へ?」
「――って、伝えてもらえる?」
 ジョニィはにこりと笑った。その笑顔の向こう側に隠れているのであろう真意を、ジャイロは読み取ることが出来なかった。
 ジョニィが眼で指した先には、『生き物』がいた。『生き物』は、ジョニィと共にジャイロの顔を見上げている。暫く視線を合わせた後、『生き物』はくるりと身を翻してその姿を消した。
「今絶対に小馬鹿にされた!」
 ジョニィの躾がなってないと喚くジャイロが黙るまでに、5分かかった。


2011,09,23


チュミたん経由のジャイジョニです。
チュミたんが狙ってやったのかどうかまでは考えてません。
初書きで今後もう書くチャンスなさそうなサンドマンがギャグキャラっぽい扱いになってしまってすみませんでした。
<利鳴>

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