ジャイジョニ 全年齢 現代パラレル


  ネガティブキャンペーン実施中


 その日ジャイロは仕事が休みだったために、いつもより遅い時間に眼を覚ました。服を着てリビングへ行くと、とっくに起きていたらしいジョニィは、すでに彼の定位置であるローテーブルの前でノートパソコンを操作していた。ジャイロが朝の挨拶をすると、ジョニィは視線を動かすことなく、「おはよ」と素っ気無く返してきた。ジャイロは訝しげな表情をしたが、ジョニィがそれに気付いた様子はなく、2つの眼はパソコンの画面へ向いたままだ。何か取り込み中なのだろうか、それなら声をかけて邪魔をしては悪い。ジャイロは欠伸を噛み殺しながら洗面所へと向かった。
 ジョニィの視線は、ジャイロが2人分のコーヒーをいれ終わった頃になってもまだ同じところへ向けられていた。そんなに熱心に何を見ているのだろう。気にはなったが、勝手に画面を覗き込むのも如何なものか。そう思っていると、ようやくそこにジャイロがいることに気が付いたように、ジョニィは顔を上げた。
「コーヒー頂戴」
 ジョニィはジャイロが持っているカップを眼で指した。テーブルの上にそれを置いてやると、「ありがとう」と礼の言葉が発せられはしたが、やはりどこか――いつも以上に――淡白だ。ジョニィの眼が画面から離れた今を逃せば、次のチャンスはいつなるか分からないとばかりに、ジャイロは片方のカップを置いて自由になった手で、それを指差した。
「さっきから熱心に何を見てるんだ?」
 するとジョニィは、「君には関係ないだろ」とでも言うような表情と口調で、しかし「見る?」と返してきた。そのギャップに、ジャイロは一瞬「どっちだ」と言い返しそうになった。
 ジャイロが覗き込んだ画面は、白地に黒――時折青――い文字がずらりと並んだウェブページであるようだった。その文面を読むより先に、ジョニィが口を開く。
「熊に纏わる怖い話ベスト3。下手すりゃトラウマになるよこれ」
「お前何見てんの」
 ジャイロは呆れた口調で先程とほぼ同じ質問をした。
「熊よけの鈴ってあるじゃあない。あれって、人間が近くにいることを知らせて、向こうに警戒してもらって、出てこないようにしてもらう物なんだってね。別に鈴の音が嫌いとかそういうのじゃあなくて」
「あ? ああ、そうらしいな」
「でも一度人間の血肉や人間が持っていた食料の味を覚えた熊は、逆にそれを聞いて寄ってくるんだってさ」
 爽やかな休日の朝――もう昼に近いが――に、この男は何故にそんな恐ろしげな知識を仕入れているのだろう。ジャイロは眉を顰めながらコーヒーを啜った。
「何なんだ、その唐突な熊に対するネガキャンは。お前、熊嫌いか?」
 尋ねてみたが、もしそうだとしたら、誰に強制されたわけでもないのにわざわざそんな事件を扱ったページを閲覧したりはしないだろう。それとも、ジャイロが知らないだけで、本当はそれ程までに捻くれた性格の持ち主だったのだろうか、彼は。
「別に嫌いじゃあないけど」
 ジョニィは答えた。
「でも誰かさんみたいにおかしな趣味もしてないよ」
「誰かさん?」
 誰のことか。もちろんジャイロのことだろう。
 確かに、ジャイロの携帯電話には熊のマスコットのストラップがぶら下がっている。他にも、部屋には熊のイラストが描かれた小物もある。成人男性の趣味としては、少々変わっていると言われればそうかも知れない。だがそれで誰かに迷惑をかけたことは一度たりともないはずだ。そう言ってやると、ジョニィは「ふーん」と返してきた。その眼は、ジャイロを“睨んでいる”と称してしまっても良い状態だった。
 どうも彼の機嫌は『良い』とは言い難い状況であるらしい。
「そもそもオレが好きなのは熊のキャラクターだからな。本物の熊が凶暴なのは知ってるぜ。二次元と三次元の区別くらい付くっつーの」
「ってゆーか、別にネガキャンなんてしてないし。あ、そーだ。ライオンとか狼は獲物の柔らかい肉や内臓だけを食べるけど、熊は骨毎バリバリ食べるんだって。で、あとから未消化で出てくるから、何を食べたのか分かるんだって。それが明らかに人間の頭蓋骨だったり――」
「それのどこがネガキャンじゃあないって?」
 間違ってもポジティブでないことだけは確かだ。
「お前が何考えてんだかさっぱり分からん」
「ぼくは君の趣味の方が分かんない」
「なんでだよ。可愛くキャラクター化されたキャラだぜ。可愛いに決まってるだろ」
「それって『頭痛が痛い』みたい」
「『馬から落馬』?」
「そうそう。『力こそパワー』みたいな」
「なんの話だよ」
 ジャイロはやれやれと息を吐き、カップに残ったコーヒーを一気に体内に流し込んだ。コーヒーカップ越しにジョニィの表情を盗み見ると、再びパソコンへと向いた顔は、どこか子供っぽく、拗ねているように見えた。その表情を、実はジャイロは昨晩も見ていた。そして、先程は『ジョニィの考えがさっぱり分からない』と言ったが、実は心当たり――らしきもの――は皆無ではなかった。
 昨夜、仕事を終えたジャイロは、コンビニによってから帰宅した。対象商品を購入するとシールがもらえて、それを溜めると景品と交換出来る。そんなありふれた企画にジャイロが食い付いた理由は、先程から話題になっている『熊』だった。無表情だが何故かそこが可愛い。そんな熊のキャラクターが描かれた皿をやっと手に入れて帰ったジャイロの嬉しそうな顔を見て、ジョニィは完全に呆れた表情をしていた。複数種類がある絵柄の中でも、どうしてもこれ――熊が帽子を被っているのだが、穴でも空けてある設定なのか、耳はその帽子の上にぴょこんと出ている――が欲しかったのだと熱弁するジャイロを見る眼は、徐々にイラ付いているようですらあった。どうかしたかと尋ねても、「別に」と返されるだけで取り付く島もない。その時にも思ったのだ。ジョニィは熊が嫌いなのだろうかと。
「何怒ってる?」
「べーつーにぃー」
 しかし口調が「お前だよ、馬鹿」と言っていた。少し膨らんだ頬、顰められた眉、その表情が当て嵌まりそうな言葉を、ジャイロは1つだけ思い付いた。いやまさかなと思いつつも、冗談めかした調子で言ってみる。
「お前、もしかしてやきもちぃ?」
 にやにやと笑って言うと、否定の言葉は飛んでこなかった。あれ? と思ってジョニィの表情を覗き込むと、蒼い瞳は明らかに動揺したように忙しなく動いていた。頬――と耳まで――が赤くなっている。
 ジョニィはそのまま動かなくなってしまった。「フリーズしたか」と声をかけてみても同様だった。逆に、パソコンの画面は縦長のウインドウをひたすら下へとスクロールさせている。ジョニィの指がカーソルキーを押したまま停止している。
 ジャイロが空になったコーヒーカップをキッチンに置いて戻ってきた時には、パソコンのウインドウに表示されているのは一番下にある参考文献の一覧になっていた。スクロールし切ってなお、ジョニィは固まり続けている。
 さて、どうしたら再起動出来るかなと考えていると、全くの突然に、ジョニィの顔がこちらをきっと睨んできた。
「ほんっとうにぼくが考えてることが分かってないなぁ君はッ」
 ヤケクソのような言い方だった。
「なんだよ。今のはむしろビンゴだったろ?」
 ジャイロが首を傾げると、ジョニィは乱暴な手付きでパソコンを閉じた。かと思うと、近くにあったクッションを抱え、そこへ隠れるように顔を埋めた。そのままころりとカーペットの上に転がる。
 ジャイロが耳を近付けると、くぐもった声が辛うじて聞こえた。
「当てて欲しくないって思ってんのに、ちっとも分かってないんだから」
 ジャイロは瞬きを繰返した。それから、どうすればジョニィの機嫌を治せるのか、また、どうしたらすでに熊談義で半分終わってしまった休日を“有意義に”使えるだろうかと考えた。その答えは、おそらくイコールであるに違いない。


2014,12,12


クマちゃんに嫉妬心抱くジョニィは前にも書いていますが、今回のは気が付いたら現代パラレルになっていました。
過去に連載していた365日との接点はたぶんないです。ってか何にも考えずに勢いだけで書いていました。
そして何にも考えてなかったら、なんかナチュラルに同棲してるっぽくなった(笑)。
そんなことより熊は怖いよ。
熊のキャラクターはあんなに可愛いのに、本物は怖いよ。
ショッキングな話が苦手な人は絶対に『くま 事件』とかググってはいけません。
ググる時は自己責任でお願いします。当方は何の責任も負いません。
<利鳴>

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