ジャイジョニ 全年齢


  悪夢、あるいは――


 オレは夢を見ていた。そう、それははっきりと夢であることが自覚出来る夢だった。辺りを見廻してみたが、視界に入ってくるのはただ白いだけで何もない世界だった。真っ白なキャンバスの真ん中に描かれたただぽつんと立ち尽くしている1人の男。それが今のオレだった。自分以外はとにかく白。他に見えるものは何もない。
「ここはどこだ?」
 色を忘れてしまったようなその空間で、答える声はない。その代わりに、どこか遠くから誰かの泣き声が聞こえてきた。いや、それが『誰』のものかは分かっている。知らない声ではない。
「ジョニィ?」
 そう呼びかけた自分の声は、妙に反響しているように聞こえた。ここはどこなんだろう。いや、それよりもジョニィはどこに?
「ジョニィ? どこにいる?」
 声を出しながら歩き出してみたが、景色が全く変化しないので本当に移動しているのかどうかも分からなかった。むしろ自分の足がきちんと地面についているのかも不明確で、もしかしたらオレは真っ白な空中に浮かんで左右の脚をただ交互に動かしているだけで、一歩も前へ進んではいないのかも知れない。
(おかしな夢だ)
 心の中でそう呟いてから気が付いた。もしかしたら、このジョニィの泣き声はオレの夢の中ではなく、現実の世界から聞こえてきているのではないだろうか。そうだとしたらこんなところでぼーっと突っ立てる暇はない。
(早く起きねーと……!)
 しかし、覚めろと念じてみても叫んでみても、自分の頬を抓ってみても叩いてみても、夢は全く終わってくれなかった。
「どーなってんだよッ!?」
 自分の夢なのに、終わらせることも内容を変えることも出来ない。なんとももどかしい気持ちで、オレは走り出した。本当に走れているのかは分からないが、とにかく黙っていられなくて、無我夢中で脚を動かした。
「ジョニィ!! おい、どこだッ!?」
 オレの質問に答える声はなかった。しかし、叫ぶような泣き声の中に「ジャイロ」とオレの名を呼ぶ声が混ざり出したような気がした。
「ジョニィっ!」
『――ジャイロ』
 やっぱりそうだ。オレを呼んでいる。オレを呼んで泣いている。どうした? 何があった? どこにいるんだ? 今行くから待ってろ!
「ジョニィ!」
 やがて――どのくらいの時間が経ったのか全く感覚がない――、自分以外には白色しか存在しなかった世界に、ぽつりと小さな人影を見付けた。地面――なのだろうと思われる場所――に座り込み、身体を丸めるように泣き叫んでいるその姿は、間違いなくジョニィのものだった。
「ジョニィ!」
 当然のように駆け寄ろうとしたオレの脚を、突然何かが掴んだ。何もない白い地面からこれまた白い手首が生えている。その手はオレの足首をがっちりと掴んで離さない。
「くそっ、なんだこれ……ッ」
 どれだけ強く振り払おうとしても、手は全く緩まなかった。それどころか、焦るオレを嘲るように、新たな手が何本も生えてきてはオレの動きを妨害する。ようやくホルスターから取り出した鉄球は――最悪なことに2つとも――、充分な回転が付く前にオレの手の中からあっさりと弾かれてしまった。こんなことは、今までに一度だってなかった。地面に落ちた鉄球は、オレから逃げるようにころころと転がっていく。
「くっ……」
 慌てて手を伸ばしたが届かない。地面に傾斜でも付いているのか、2つの鉄球はジョニィの足元へ転がって行って、とまった。
「ジョニィ! その鉄球を拾え!! 拾ってくれ!」
 しかしジョニィは動かなかった。鉄球を拾うどころか、顔を上げようともしない。ただ声を上げて泣いている。オレの声が聞こえていないのだろうか。
「ジョニィっ!!」
 オレの両脚は地面に引きずり込まれていた。完全に固定されている。
「ジョ、ニィ……っ、くっ……」
 手を伸ばす。だがその指先すらも、全くジョニィには届かない。むしろ少しずつ遠ざかっているようにも感じる。オレは動けない。ジョニィが……ジョニィがあんなにも泣いているのに……。駆け寄って行ってその細い肩を支えてやることも、泪を拭ってやることも、何も出来ない……。
(ジョニィ……)
 いつの間にか声すら出せなくなっていた。そして、ジョニィの声もだんだん聞こえなくなってきた。ジョニィがまだ泣きやんでいないことははっきりと見えているのに。その口が、どう見てもオレの名を呼んでいることも、間違いないのに――。
『――ジャイロ』
(ジョニィ……)
 呼んでいる。呼んでいる、オレのことを。なあ、もしかしてその泪、オレの所為なのか? オレの所為で……オレが泣かせてしまっているのか?
(ジョ……ニィ……)
「ジャイロっ」
(ジョニィ……、泣くな。頼むから……、オレの手が届かないところで……泣かないでくれ……)
「ジャイロ……、ジャイロってば!」
 はっと開けた眼の前は、白かった。だがそれは空を白い雲が埋め尽くしているからだ。決して色が存在しないのではない。
「ジャイロってば、起きろって!」
 間違いなくジョニィのものである声が聞こえて、オレはようやく起き上がった。
「ったく……、やっと起きたよ。寝過ごすなって言ったのは自分のくせに」
 不機嫌そうにそう言うジョニィの顔は、泣いてなんていなかった。泪の跡もないし、眼が赤く染まっているなんてこともなかった。ただ呆れたように溜め息を吐いている。
「……そうか、夢か……」
 そういえば自分が夢を見ていることには最初から気付いていたはずだったのに、いつの間にかそれどころではなくなっていた。
「すんごいうなされてたけど。大丈夫?」
 ジョニィは心配する風でもなく尋ねた。
「あ、ああ……。大丈夫だぜ」
 軽く頭を振ると、こめかみの辺りがずきずきと痛んだ。風邪でも引いてしまったのだろうか。こんな寒空の下での野宿を繰り返していたのでは、それも無理はないかも知れない。
 それにしても疲れる夢だった。どうして体力を回復させるための睡眠中に、あんなに疲れる夢を見なければならないんだ。
 視線を動かすと、ジョニィは既に荷物を纏め始めていた。オレはその頭に手を伸ばした。さっきまで見ていた夢と違って、オレの手はちゃんと触れることが出来た。そのまま帽子越しにぐりぐりと撫で廻した。
「わっ!? ちょ、なんだよっ!?」
「なんでもねー」
「なんでもねーならその手退けろよっ!」
 振り払おうとする手を捕まえて、逆に引き寄せた。バランスを崩して倒れかかってくる身体を、オレは強く抱き締めた。
「っ……!? なんなんだよさっきから……っ」
「……もう泣くな」
「は? ぼく、泣いてなんていないんですけど。そう言う自分の方こそ、なに泣きそうな顔してんの? って言うか……。……あーっ、もうっ、わけわかんない」
 そう言いながらも、ジョニィは今度はオレの腕を振り解くことなくじっとしていた。むすっとした顔をしているが、泣き顔を見せられるよりも、ずっといい。だからもう泣くな。それが無理なら、せめてこうやって、オレが触れられるところでだけにしてくれ。


2010,11,12


ジョニィめっちゃ泣いてんよ! ジャイロの所為だよ!
お前責任取ってちゃんと泣きやましてやってよ!! そばにいてあげてよッ!!
と思って書きました。
お願いジャイロ、帰ってきて!!
まだ完全には望みを捨てていない利鳴です。
前は「じょにたんすぐ泣く! 可愛い! 泣かせたい!!」とか思ってました。
でも今は泣かないで欲しいと思ってます。
むしろ笑ってくれよ。ジョニィの笑顔レアすぎるんだよ。
しかもよりによってオペラの話とかそんなくだらない会話でそのレアな1回が消費されちゃってるんだYO!
<利鳴>
↑「泣かせたい」から「泣かないで欲しい」に変わるとは、寧ろ利鳴ちゃんの恋物語?(笑)
しかしこれ、個人的に凄く怖い夢なんですけど…
夢覚めて良かった。目の前で泣いていなくて良かった。
怖い夢を見たら夢の中で中指を立てれば良いってばーちゃんに聞いた事が有ります。
異国でやると確か大変な事になるんですよね!(笑)
<雪架>

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