ジャイジョニ 全年齢


  目先のにんじん


「だいぶ暗くなってきたな」
 隣で馬を走らせるジョニィの声に、ジャイロは顔を上げた。先程まではオレンジ色だった西の空が、今は奇妙なグラデーションに染まっていた。
「蒼から一度オレンジになってそれから紺色になるグラデーションって、なんか回りくどくねぇ? 蒼から紺に直接変わった方が無理がないっつーか……」
「ねえ、いい加減疲れたよ。今日はもうこの辺で休もう」
 今朝はずいぶんと早い時間から馬を走らせている。ジョニィが疲労を訴えるのも無理はなかった。しかしジャイロは、その提案に首を振った。
「この辺りは野犬が出るそうだ。遅くなってでも、宿についた方がいい」
「マジで言ってるの? それ」
 ジョニィは溜め息を吐いた。どうやらすでに彼の集中力は切れかけているようだ。
「がんばれ。ここで稼いでおけば、ゴール前で有利になる」
 そう言ってから、ジャイロはジョニィの目的が優勝ではなかったことを思い出した。その胸中が見えたのか、ジョニィは「ゴールねぇ」と呟いている。
 そもそもジョニィがこのレースに参加した目的は、元はと言えばジャイロの“回転”の秘密を知ることにあった。そして今は“遺体”を収集することに変わっている。となれば、無理にジャイロと足並みを揃える必要は、すでに彼にはないのである。ジャイロが「進もう」とどれだけ言っても、ならばここでコンビは解消だとでも宣言すれば、ジョニィはいくらでも休むことが出来る。
 ジョニィはそうすることを選ぶだろうか。なぜ2人の目的が明白に別れた時に、そうしなかったのだろうか。
「いっそのこと……」
 ジョニィがぽつりと呟いた。ついにその時がきたのかと、ジャイロは無意識の内に身構えた。
「それよりも、目先のにんじんの方がやる気出たりして?」
 ジョニィの顔に眼を向けると、彼はこちらを見ながら悪戯を思い付いた子供のような笑みを唇に浮かべていた。
「……なんだよ、その意味深な笑いと上目遣いは」
「上目遣いはしょうがないだろ。君の方が座高が高いんだから」
「おい、なんでわざわざ座高って言った。そこは身長でいいだろうが。言っとくけど、オレの足は短くねーぞ。つーか、どういう意味だよ。その目先のにんじんっつーのは」
 餌でつって馬を走らせる。そんな意味はもちろん知っている。ジャイロが聞きたいのはそんなことではない。この場合の『馬』は、ヴァルキリーやスロー・ダンサーのことではなく、ジョニィ自身を指している。では、そのジョニィにとっての『にんじん』とはなんなのか……。
 肩を竦めるように顎を引き、いつも以上の上目遣い。その頬は少し赤く染まっている。照らす夕陽はすでに山の向こうに見えなくなっているというのに。
「宿までがんばって走ったら、“ご褒美”くれる?」
 意味深過ぎる。これはいけない。
 ジャイロの心境の変化を感じ取ったのか――あるいはそれが動作に出たか――、ヴァルキリーは歩調を速めた。一瞬出来た距離をすぐさま埋めたジョニィは、ジャイロの眼を見てくすりと笑った。かと思うと、それはすぐに前を走る後姿へと変わっていた。
 ジャイロは眼の前に吊るされたにんじん目掛けて走る馬の姿を思い浮かべた。どれだけ走っても、馬はにんじんに追い付くことが出来ない。それもそのはずだ。にんじんは、馬の背中にいる騎手が前に突き出した棒の先から吊るしているのだから。そのことに馬が気付いたとしたら、乗り手は怒りで振り落とされてしまうのだろうか。そんな馬と自分を重ねながら、しかし自分の『にんじん』は追い付けない存在ではないことに、否が応にも心臓の鼓動は早くなる。心音と蹄の音を聞きながら、ジャイロは手綱を握る両の手に力を込めた。


2013,04,28


とにかくきゃっきゃうふふしてるジャイジョニを書こうと思って書きました。
本当にそれだけのものになりました。
うむ、目的達成ですな!
<利鳴>

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