ジャイジョニ ディエ→ジョニ 全年齢 猫化


  ぬっこぬこにしてやんよ!


 愛馬にブラシをかけてやっているジョニィの元に、ホット・パンツが現れた。彼女は自分の馬から降りると、きょろきょろと辺りを見廻しながら「ジャイロ・ツェペリはどこだ」と尋ねてきた。その表情はあまり穏やかであるとは言い難く、眉間にはシワがよっているのがはっきりと見えた。
「ジャイロなら、水を汲みに行ってる」
 「彼に何か用か」と尋ね返すと、ホット・パンツは首を横へ振った。
「いや、そういうわけではない」
「伝言くらいなら聞くけど」
 言外に「ここで待たれるのは困る。早く行ってくれ」という意味を含めたことに、彼女が気付いたのかどうかまでは分からなかった。彼女とは一時的に協力し合った仲ではあったが、競争相手であることは忘れてはいけない。それに、ジャイロは彼女のことを快くは思っていない様子だった。彼が子供染みた喧嘩でも仕掛けて、今後の進行が遅れるようなことになっては堪ったものではない。
「ジャイロに何か用?」
 ジョニィは同じことをもう1度尋ねた。
「なんでもない。いないなら、それでいいんだ」
 ホット・パンツは何事もなかったかのように、馬の手綱を握った。彼女の目的はさっぱり分からなかったが、立ち去ってくれるのならそれで良い。ジョニィがそう思った直後だった。
「むしろ」
「?」
「その方が好都合だ」
 ホット・パンツが構えた『スプレー』が見えたのは一瞬だった。そこから噴出された『肉』から逃れるように、ジョニィは両手で顔を覆った。が、どうやら遅かったようだ。『スプレー』の噴射に全身を包まれたのが分かった。
 完全に油断していた。ここでまさかのジ・エンドとなってしまうのか……。しかし、この状況からの打開策を思案していると、『スプレー』の噴射は唐突に止んだ。
「!?」
 ホット・パンツの目的は相変わらず分からないままだが、とりあえず「攻撃を止めてくれてありがとう」と感謝する必要がないことだけは確かだろう。ジョニィは襲撃者の姿を睨み上げた。
「くそっ……、いきにゃりにゃにす……ッ!?」
 驚きのあまり手で塞いだ口からは、既に『おかしな音』は出た後だった。
「にゃッ……!? にゃ……、んにゃにゃあッ!?」
 パニックに陥ったジョニィの視界で、ホット・パンツは穏やかに微笑んでいた。その表情は、まるで神に祈りを捧げる修道女のそれだ。
「ああ、やっぱり良く似合う。思った通りだ」
 ジョニィの――先程ホット・パンツの攻撃をガードしようとした――両手は、彼の髪と同じような色の毛皮に覆われていた。しかも手の平にはピンク色の肉球が……。
 ジョニィは眩暈を覚えた。
 どう見ても人間の物ではなくなってしまったその両手で、おそるおそる自分の頭に触れてみる。ホット・パンツの眼が先程からずっとそこに向いているのだ。「まさか」と思って伸ばした手は、ふわりとした感触に出逢った。
 ジョニィは今自分がどのような状況に置かれているのかを完全に理解した。この手、この頭の上――いつもなら帽子から出た髪の毛がぴょこんと撥ねている箇所――にある左右1つずつの三角の物体、口から出るおかしな音、そして、視界の隅で長い物が揺らめいているのまで見付けてしまった。これは……。
「良く似合っているぞ、猫ジョニィ」
 ホット・パンツはジョニィの頭――それとも耳だろうか――を撫でながら、聖女のような笑顔で言った。
 ジョニィはキレた。
「にゃんのつもりだァッ!? 説明しろォ!!」
 ぶちキレてもなお間抜けな言葉遣いだ。ホット・パンツは自分の作品に非常に満足しているようだった。
「別に、目的はない。ちょっとムシャクシャしてたんでな。気晴らしだ。あと前々から似合いそうだと思っていた」
「ふざけんにゃ!!」
 怒りに任せて放った『爪』は、手が猫にされてしまっている所為か、それとも感情の乱れが原因なのか、『回転』が完全ではなく、ひらりと馬に飛び乗ったホット・パンツにあっさりとかわされてしまった。
「安心しろ。2、3日もあれば自然に元に戻るさ。それに、何度も言うが本当に似合っているぞ」
 『爪』を無駄射ちするくらいなら、自分もさっさと馬に乗って、爽やかな笑い声を残して去って行くホット・パンツを追えば良かったと思っても、もう遅かった。
「『ムシャクシャして』だぁ!? アノ日かコノニャロォ!!」
 そんなセクハラ発言をしたところで、彼女の姿はもう見える場所にはなかった。
 その後、水を汲んで戻って来たジャイロに、咄嗟にフードの下に隠した猫の耳はあっさりと見付かってしまった。普段なら被っていないフードを目深に被っているという不自然さがなかったとしても、長い尻尾とふわふわの両手の存在に、彼がいつまでも気付かなかったはずはないだろう。その姿があまりにも愛らしく、事情を聞いたジャイロがその胸中で「H・P、GJ!」と叫んでいたことを、ジョニィは知らない。
「しっかしあの『スプレー』はどうなってんだ? 完全にくっついてるぜ」
 両手と両耳――尻尾はジョニィが断固拒否した――の付け根を観察しながら、ジャイロはその見事とも言える造形に息を吐いた。彼の言った通り、それらはすでにジョニィの肉体の一部と化していて、無理に引き剥がそうとしても痛みがあるばかりで少しも取れる気配がなかった。ジョニィはいよいよ絶望的な顔をしている。それに合わせるように、三角形の耳と長い尻尾がしゅんと垂れて下を向いている。
「ねぇ、にゃんとか出来にゃい? ジャイロ医者でしょう?」
 にゃんにゃん言いながら首を傾げるジョニィに対して、むずむずとした何かが体内で蠢いているのをなんとか抑えながら、ジャイロは困ったような顔をした。
「外科的に処置しろって? まあ、切除出来ないことはにゃ……ない、かも知れないが、設備も何もないレースの途中でっていうのは、難しいと思うぜ。それに、言葉までおかしいって言うなら、咽喉なのか舌なのかまでは分かんねーが、口の中までいじられてるってことだ。となるとやっぱりな……。ホット・パンツのヤローが2、3日で戻ると言ってたなら、それを待った方が安全だとオレは思うぜ」
「みー……」
 ジョニィの中では既にホット・パンツに対する怒りよりも、泣き出したい気持ちの方が大きいようだ。手綱を掴むのにも苦労しそうな自分の両手を見詰めながら、なんとも情けない表情をしている。
「ジョニィ、そう落ち込むなよ」
「だって……」
 ジャイロは壊れやすい硝子細工を扱うように、これ以上ないと言う程優しい手付きでジョニィの手を取った。
「お前が『それ』の所為で走るのが遅くなるっつーなら、待ってやるよ。敵が来た時もちゃんとフォローしてやる。お前がどんな姿になっても、オレはお前を見捨てたりしねーよ」
「ジャイロ……」
「それにけっこー似合って」
 ジョニィの手をもふもふしようとしたジャイロの顔面に、猫パンチがヒットした。

 やはり猫の手では手綱を上手く操ることは出来なかった。元々足で身体を支えることが出来ないジョニィは、落馬しないようにすることさえ大きな苦労を強いられた。結局見かねたジャイロが、自分の後ろに彼を乗せ、両腕を自分の胴に廻させることによって何とか落下せずに――ペースは驚くほど落ちたが――先へ進むことに成功した。ジョニィは酷く落ち込んでいたようだが、ジャイロはそうとは悟られないようにこっそりと、しかし異様なほどに舞い上がっていた。腹の前で交差された毛皮の腕と、背中に密着する細い身体が気になって仕方ない。馬を操るよりも自分の欲望を制御することの方が大変だった。それでも何とか理性を失わずにホテルに辿り着くと、彼等を待ち構えていたのはレース参加者のインタビュー記事を書こうとしている記者達の姿だった。
「どうしよう……」
 ジャイロの背中でジョニィが呟く。いつもなら適当に対応してやれば良いのだが、ジョニィは今のこの姿で人目に触れることを拒否した。しかも相手は記者だ。どんなことを書かれるか分かったものではない。耳はフードの中に、尻尾は少々強引に服の背中に隠してはいたが、目敏くスクープを狙う彼等の眼を、その程度で誤魔化せるとは到底思えなかった。
「仕方ねーな。オレがあいつらを引き付けておくから、お前は先にホテルに入ってるんだ。出来るか?」
「ジャイロ……、いいの?」
 本当はジャイロも早く部屋に入って休みたいだろうに。しかし彼は優しく微笑んだ。
「フォローしてやるって、言っただろ?」
「ジャイロ……」
 先程とは違う理由で少し泣きそうになっているジョニィは、クマのぬいぐるみを持ち歩いている男が「部屋に入ったらいいだけもふもふさせてもらうぜ! 今夜は寝かせねー! もっふもふだぜひゃっはー!!」等と思っていることを知らない。
 ジャイロが記者達の前で如何に自分の走りが素晴らしいかを語り始めたのを確認してから、ジョニィは人だかりの外をそっと移動してホテルへと向かった。入り口付近にいた従業員にチップを渡して車椅子を持って来させる間中、誰かがこの異様な姿に気付くのではないかと気が気ではなかった。無事車椅子に乗り移ることが出来ると、同じ従業員にスロー・ダンサーを任せてようやく顰めていた息を吐くことが出来た。「これでとりあえずは大丈夫」。そんな油断が生まれていたのだろうか。背後に立つ男の存在に、ジョニィは声をかけられるまで全く気付いていなかった。
「ジョニィ・ジョースター?」
 ギクリと振り向いた先にいたのは、よりによってディエゴ・ブランドーだった。ジョニィの顔が一瞬にして蒼褪める。不幸にも、背中にしまっていたはずの尻尾は、車椅子に乗り移る過程で完全に服の外に出てしまっていた。真っ白になってゆく頭で、ジョニィはディエゴがくだらない悪戯を思いついた子供のようににやりと笑うのを見た。
「おいおいおいおい、『それ』はどういうつもりだ、ジョニィ・ジョースター? んん? お前にそんな趣味があったとはな、全く知らなかったよ。それとも、ジャイロ・ツェペリの趣味か? だがあいつは向こうで独りでアホみたいに騒いでいたな。そんな格好で外をうろついているとは、何かの罰ゲームか? それともまさか、このDioを誘っているつもりではないだろうな?」
 恐ろしいまでの食い付きを見せたディエゴに、ジョニィは身の危険を感じた。そうでなくてもこんな所にはもう1秒でも長く居たくはない。車椅子の車輪を動かそうとしたふわふわの手は、しかしディエゴによって動きを封じられてしまった。
「手に、それに……やはりな、耳だ。それから尻尾」
 笑いながらフードを剥ぎ取るディエゴに抗議しようと開いた口からは、タイミング悪く猫の鳴き声のような音が出てきた。ディエゴは余計に笑った。
「そう急いで行ってしまうことはないじゃあないか。ゆっくりしていけよ! で? これはどうやってくっついているんだ? 何で作った?」
 ディエゴはジョニィの耳と尻尾をむんずと掴んでそのまま引っ張った。ジョニィの口から出た悲鳴は、おそらくうっかり踏まれた猫のそれと酷似していたことだろう。
「はにゃせ! 痛い痛いッ!」
「な、なんだと? 作り物じゃあないのか?」
「いいからはにゃせって馬鹿!!」
 ディエゴの手を振り払い、とうとうジョニィは顔を覆って鳴き……もとい、泣き出してしまった。
「にゃああぁぁあぁっ、もう嫌にゃあッ!!」
 ディエゴに罪悪感等というものがあるのかどうかは不明だが、流石の彼も人目を気にしたのか、うろたえたような表情を見せた。面倒なことはジャイロに押し付けてしまおうとでも思ったのだろう。碧い視線がきょろきょろと彷徨ったが、目的の姿は見付けられなかったようだ。
「くそっ、おい、静かにしろ!」
「もうみんにゃ嫌いにゃ! みんにゃしてぼくを馬鹿にしてッ!!」
 毛皮の両手に顔を埋めて喚くジョニィに、ディエゴはどうして良いのか全く分からなかった。普段からよく泣く男だとは思っていたが、これではまるで子供ではないか。もしくはそのまま小動物だ。いや、小動物がわあわあと泣き崩れるのかと問われればそんなことは知らないが、とにかくこんな姿を見せられてしまえば、最早愛さずにはいられないではないか。そうでなくとも、猫のパーツはジョニィには似合いすぎている。ディエゴはその生き物を持ち帰ることに決めた。勝手に決めた。
「ジョニィ、とりあえずここは人の出入りもある! 大勢に見られるのは嫌だろう? 移動するぞ!」
 むしろ「ジャイロが来る前に」。ディエゴは勝手に車椅子を押して建物の陰へと逃げ込んだ。
 暗い路地裏で見ても、みゃあみゃあと鳴くジョニィは本当に可愛らしかった。少し落ち着くのを待ってやってから、頭の上の耳を撫でてやると、ジョニィはびくりと肩を跳ねさせた。
「さ、触るにゃっ。くすぐったい……っ」
 振り払おうとしながらも、ジョニィの本心はディエゴの愛撫を気持ちいいと思ってしまっていた。このままだと咽喉から謎のごろごろという音が出てきそうだ。慌てて猫パンチを連発していると、段々自分はもう元の姿には戻れないのではないかという気がしてきて、再び哀しくなってきた。
「にゃんでぼくがこんにゃめに……」
「そうだジョニィ! 良いことを思い付いたぞ!」
 嬉しそうに言う声に顔を上げると、ディエゴはスタンド能力を使って自分の身体に恐竜の尻尾をはえさせていた。
「これでおそろ」
「それがにゃんだッ!!」
 高速で振り下ろした猫の手は、ディエゴの頬に引っ掻き傷の平行線を描いた。姿を消してしまったジョニィを探してやっと追い付いたところだったジャイロは後に、「このままだと『タスク』が違った方向に成長しそうだと思った」と語ったという。
 結局、猫化したジョニィの持ち帰りに失敗したディエゴと、これから持ち帰る気満々なジャイロの言い争いが人目を集めてしまい、アメリカ大陸横断レースが終わる頃にはその辺りの地域で猫の耳や尻尾、手足を模したアクセサリーが大流行したとか、しなかったとか……。


2012,02,22


クリーム・スターター便利すぎます。ほしい。
タイトルからしてちょっとふざけすぎました。
でも楽しかったです。
ウサ耳とも迷ったのですが、猫の方が語尾とかいじり易かったので猫にしました。
<利鳴>

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