ジャイジョニ 全年齢


  「おやすみなさい」


 「あいつ、歯をみがくのに一体どんだけ時間かける気だ?」。そう首を傾げながら、ジャイロは視線を移動させた。彼のいる位置――つまり部屋の奥――から見て一番遠いところにあるドアが廊下へと出るための物。その1つ手前にあるのが、今ジョニィがいるバスルームの物だ。と言っても、入浴は2人とも夕食の前に済ませてしまっている。今日は早めに休もうという意見が一致し、先にジャイロがその準備を終わらせた。すでに眠そうな表情になっているジョニィが「歯、みがいてくる」と言ってバスルームに入って行ってから、もう30分は余裕で過ぎている。人によってはそのくらいの時間をかける者もあるだろうが、ジョニィはそうではないということを、ジャイロはこれまでの旅路の間にすでに知っていた。ジョニィが歯みがきにかける時間は、至って平均的だ。
 ジャイロは口を大きく開けて欠伸をした。もうそろそろベッドに入りたい。しかし先に灯りを消してしまっては、ジョニィが戻ってきた時に不便だろう。かと言ってジャイロが先に寝てしまい、消灯をジョニィに任せるというのも少々現実的ではない。足が動かないジョニィが手を伸ばすには、やはり不便な位置にそのスイッチがある。
「おい、ジョニィ」
 痺れを切らせたジャイロは立ち上がり、半開きのドアに近付いた。物音は聞こえてこない。「もしかして」と思いながら覗き込んだ先で、車椅子の上の人物は、案の定、眼を閉じて船を漕いでいた。ジャイロは溜め息を吐いた。
「おいジョニィ。歯ブラシ咥えたまま寝るな」
「んー……」
 唸るような声と共に、ジョニィはわずかに目蓋を開けた。
「ほら、ちゃんと寝るぞ」
「うん……」
 ジョニィはのろのろと手を伸ばし、コップに水を汲んだ。だがそうしながらも、眼の開閉時間が瞬きのそれと逆になっており、すでに閉じている時間の方が長い。やっと口をゆすぎ終わり、いつもの倍以上の時間をかけて歯ブラシを片付けた。車椅子を操作してバスルームを出る時に、彼は咽喉の奥まで見えるような欠伸をした。
「しっかりしろって。あと少しだろ」
 ジャイロは子供を叱り付けるような口調で言いながらも、無理もないかと思っていた。今日のルートは、特に厳しいものだった。上半身だけで馬を操らなければならないジョニィの疲労は、ジャイロのそれよりも上であるに違いない。にも関わらず、ジョニィは弱音ひとつ吐くことなくジャイロについてここまできた。野宿の最中でもないのだ。ここで集中力が薄れてしまうことくらい、許されても良いだろう。
「かと言ってふかふかのベッドを眼の前に、こんなところで座ったまま寝るなんてのはおかしいぜ」
 ジャイロは床に膝を付くように体勢を低くし、ジョニィの膝の裏と背中に腕を廻した。狭い部屋だ。ベッドまでの距離はわずかと言ってしまって良い程度しかない。それを移動するだけの間、ジョニィを抱えている体力は残っている。
「行くぜ。立つからな」
「ん」
 普段なら、ジョニィはジャイロの助力をあまり快く思っていないような顔をする。それ自体が嫌だというよりも、ジャイロの負担になることを忌避しているようだ。ましてや、こんな甘やかされた子供のような扱いを、彼が喜ぶはずがない。しかし今は、そんな思考よりも眠気と疲労の割合の方が大きいらしい。ジョニィは大人しく頷いてみせた。それどころか、自分からジャイロの肩に腕を廻してきた。落ちないようにしなくてはと思う程度の意識はまだ保っているようだ。
 ジャイロが立ち上がると、彼の鼻先を石鹸の匂いが掠めた。ハチミツ色の頭が自分の顔のすぐ下にある。胸に預けられたその重みを感じながら、奥のベッドへと移動した。出来るだけ振動を与えないように、ゆっくりとジョニィの身体をベッドに降ろした。しかし、丁寧にしすぎたのか、彼は早くも寝息を立て始めている。その腕をジャイロの肩に廻したまま。
「おーい、ジョニィ」
「ん……」
「ほら、ちゃんとベッドに入れ」
 故郷で幼い弟達を寝かしつけてやったことがあったな等と思いながら、ジャイロは少しだけ笑った。
 ジョニィはわずかに身じろいだ。やっと腕が離されるかと思われた、その直後、ジョニィの唇は、ジャイロの頬の上で小さな音を立てていた。
 何をされたのか、すぐには分からなかった。その意味を尋ねようとした時には、ジョニィはすでにジャイロから手を離し、ベッドの上で細い身体を丸めていた。もごもごと動いた口が何か言ったようだったが、聞き取ることは出来なかった。
 声をかけるか否か、短い時間で迷った後、ジャイロはジョニィの身体に毛布をかけてやった。そして、今日彼にかける言葉は、あとひとつだけと決めた。そこにあった寝顔が、いつも以上に幼く見え、眠りを妨げることが酷く躊躇われたのがその理由だ。それ以上に、今何か尋ねられても、おそらくジョニィはすでに何も記憶してはいないだろう。そのまま朝がくれば、消えた記憶はそのまま思い出されることはないだろう。それで良い。このまま眠って、夢の中の出来事にしてしまおう。もしもジョニィが自分の行動を覚えていたとしても、おそらくそういうことにしておいてほしいと思うだろうから。なによりも、ジャイロの眠気もそろそろ限界に近い。
「おやすみ」
 静かな声でそう告げると、ジャイロはジョニィの額にそっと唇を触れさせた。これも夢だ。そう思いながら部屋の灯りを消し、自分のベッドに潜り込んだ。


2013,07,21


歯みがきしてる時にめっちゃくちゃ眠くなってでも歯みがきながら寝るわけにはいかん!! という時に考え付いた話です。
ゆえに、ジョニィがすごく眠たいことになっています。
文章もちょっと寝ぼけていたらごめんなさい。
子供の頃のジョニィに「おやすみなさい」のキスをする習慣があって(相手はニコラス)、寝ぼけてる時にそれが出てきたら萌えるなぁと思います。
<利鳴>

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