ジャイジョニ 全年齢


  大切なものの名前


 気が付けば西の空が赤く染まっていた。その景色を見ながら、ジャイロは「よし、行くか」と休憩の終了を宣言した。太陽が傾き、日中の暑さは随分と収まってきている。妨害者の姿も見当たらず、これなら走り易そうだと思いながら、ジョニィは頷いた。
 手早く荷物をまとめ始めたジャイロの手元にふと眼を向けると、開いた鞄の口から、クマのぬいぐるみが顔を覗かせていた。かなり年期が入っているらしいそれは、あちこちに修復したあとが見える。それとも、医者であるジャイロ自らがそれをやったのだとしたら、『縫合』と呼んだ方が良いのだろうか。とにかく、何度も直しながら、大切に持ち続けているようだ。もしかしたら、子供の頃からずっと一緒にいる『友達』なのかも知れない。
「ん? どうした?」
 ジョニィの視線に気付いたジャイロが手をとめて尋ねた。ジョニィは小さく首を振った。
「なんでもない」
 自分の作業に戻りながら、ジョニィは考える。『大切なもの』。ぼろぼろになってしまっても手放せない、そんなものを、果たして自分は持っているだろうか。思い浮かべようとすると、自らの手で捨てたもの、あるいは、離れていったものばかりが顔を見せた。自分はマイナスなのだ。だから持っているものも、なにもないのかも知れない。
「ねえジャイロ」
 顔を上げて声をかけると、ジャイロは手を動かし続けながら返事をした。
「んー?」
「君が大切なものってなに?」
 質問の意図が分からなかったのか、ジャイロは眉を顰めた。
「荷物もっと減らせって?」
「違う違う。ただの世間話。『好きな色は?』くらいどうでもいい会話」
 「ふーん?」と言いながら首を傾げ、ジャイロは鞄の中に手を入れた。何かしまっているのかと思ったが、その手は先程のぬいぐるみを引っ張り出していた。
「まず、クマちゃんだろ」
「やっぱりね」
 ジョニィは半ば呆れたように笑った。
「それから鉄球。これがないと戦えないしな」
「でもそれ、最初から持ってるやつじゃあなくて、この間新しく作ったやつでしょ」
「ん? そういうのはノーカンか?」
「ちょっと違うんだよ」
「代えがきかないといえば、ヴァルキリーだな」
「ルールだしね」
「あとは水と食糧と……」
「うーん、ぼくが言ってるのはそういうのじゃあなくて」
 ジャイロは再び首を斜めにした。彼の手はもうとまってしまっている。
「このレースで。とかじゃあなくて、昔から大事にしてるものとか、捨てられないものとか……」
 ジャイロはその質問にすぐには答えず、ジョニィの顔をまじまじと見詰めてきた。今度は逆に、ジョニィの方から「なに?」と尋ねた。ジャイロは、「いや、なんでもない」と首を振った。
「つまり、もっと精神的な話か? そうだな、それでもやっぱりクマちゃんとヴァルキリーは外せねーな。あとは一族の誇りとか、代々受け継がれてきた技術とか」
「そこまでいくとちょっと重過ぎるかな」
「難しいやつだな。じゃあ国においてきた本だな。こっちじゃあ手に入らない」
「何の本?」
「秘密」
 ジャイロはニョホホと笑った。
「あとは誕生日にもらった時計とか、気に入ってる帽子とか、学校でもらった賞状とか」
 ジャイロは指を折りながら、次々とジョニィが所有しないものの名を上げていった。それを聞きながら、ジョニィは心の中で呟いた。
(羨ましいな……)
 自分にはないものを持っている者に対する、妬みやそれに類する感情は一切浮かんでこなかった。ただ純粋に、「いいな」と思った。何かを大切だと思える『心』。それを持っているということが、何よりも一番羨ましかった。
(やっぱり、ジャイロとぼくは違うんだな)
 当たり前のことを、今更のように思う。
 ジャイロのリストアップが、「川で拾った変わった形の石」や「海で見付けた貝殻」など、正直あまり羨ましいとは思えないようものになってきたところで、前言を撤回することになる前にと、ジョニィは「その辺でいいよ」と言いながら苦笑を浮かべた。ジャイロは「そうか?」と何故か少し残念そうな顔をしつつ、残りの荷物をまとめ終えて立ち上がった。ジョニィも、スロー・ダンサーを呼び寄せ、『回転』を利用してその背に飛び乗る。
「町についたらもっとちゃんと休ませてやるからな」
 スロー・ダンサーの首筋を撫でながら、ジョニィは「ぼくの大切な馬」と囁いた。これでやっと『1つ』だ。
(“遺体”はまだ完全にぼくのものになったわけじゃあないしな)
 ふうと息を吐き、「よし、行こう」と声をかけようとした、まさにその時。ジャイロが「あ」と声を上げた。
「なに?」
 ジョニィはジャイロの背中に問いかけた。
「もう1つ」
 振り向いたジャイロは、人差し指を立てて、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべていた。そして、訝しげな顔をしているジョニィに言った。
「ジョニィ・ジョースター」
 ジャイロは指先をジョニィへ向けた。そして片目を瞑ってみせた。それは、ピストルで狙う姿に似ていた。
「リストに1件追加だ」
 その言葉がなにを意味するのか……。温かさに似たなにかが、ゆっくりとジョニィの全身を覆っていった。
「ぼく……?」
「ああ」
 ジャイロは躊躇う素振りも見せずに頷いた。
 やはりこの男は、自分とは違う。自分が持てないものを持っている。今まさに向けられたばかりの真っ直ぐさが、その1つだ。そう思いながらジョニィは、同時に、自分の顔が熱を持ってゆくのを感じていた。
「で、でもぼく、歩けないから足手まといだし、そもそも勝手についていってるだけだし……」
「お前まだその初期設定引っ張る気なの?」
 ジャイロは笑った。夕陽の最後の光が、彼の金色の歯に反射した。
「今はもう大事な相棒だろ」
 長い髪とマントを風に靡かせる姿を眩しく思いながら、ジョニィはわずかに顔を伏せた。不自然ではない程度に――しかし極力――、赤く染まった顔を隠したい。そう思った。だがどうやらそれは無理らしいと悟った彼は、代わりに口を開いた。
「でもっ、『大事な』とか言うわりに、出てきたのは最後なわけ? 本当は完全に忘れてただろ」
 少し怒ったような口調で言うと、しかしジャイロは「それでいい」――「そのほうが『らしい』」――と言うように頷いた。かと思うと、すぐに子供のような表情で詰め寄ってきた。
「そーゆーお前だって、オレのことカウントしてなかっただろ」
「だ、だって、数えてもらえると思ってなかったんだもん」
「『さっきまでは』な? じゃあ今は有効カウントだよな?」
 ジョニィは少し照れながら頷いた。ジャイロは「よし」と力強い相槌を返してきた。
「じゃあ、そろそろ行くぜ、相棒。ついてこいよ!」
 ジャイロは馬上で再度マントを翻した。そのシルエットは、大きな翼に似ている。そんなことを考えながら、ジョニィは大きく頷いた。
「うんっ」
 『大切なもの』の背を追いかけながら、ジョニィは笑った。


2013,10,23


あずりえるの『思いの欠片と信じる欠片』をジャイジョニに脳内変換させたらこうなりました。
ジョニィってちょっとマイナス思考で、自分が好意を持たれているとか、
大事にされているという自覚がないというか、気付いていない。
そんなイメージです。
<利鳴>

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