ジャイジョニ 全年齢


  ジンカンバンジサイオウガウマ


 『もし』、兄さんが生きていたら、どうなっていただろうか。例えば、兄さんが馬に乗っていなかったら、あんな事故は起きていなかったはずだ。それとも、新しい馬なんて連れてこなければ……、いや、そもそもダニーが……。そうやって、何かの理由で兄さんが生きていたとしたら、ぼくと父さんの関係はもう少し『マシ』なものになっていたかも知れない。ぼくの性格も、少なくとも今よりは捻くれていなくて、家を出て行ったりもしてなくて、それでもうっかりヘマをしそうになった時は、兄さんがそれとなく軌道を修正しようとしてくれていたのかも知れない。そしたらきっと、ぼくの脚はこうはなっていなかっただろう。ぼく達兄弟は2人とも現役の選手としてスティール・ボール・ラン・レースに参加していたかも知れない。
(そうなったら……)
 そうなったら、ぼくはジャイロとは出会っていなかったんだろうか。いや、レースに参加するなら、競争相手としては顔を合わせることになっていただろう。でもそうなると、今のぼくとジャイロの関係性とはまるで違う。ぼくが回転の秘密を求めてジャイロを追う必要も、ジャイロがぼくの同行を許す理由も、何1つない。お互い追い抜こうとするライバル、それだけだろう。やはり「『今のジャイロ』に会うことはない」と言えそうだ。ぼく達は無数に存在する小さな『もし』を排除しながらここにいる。『もし』ぼくがサンディエゴビーチに行っていなかったら……。『もし』ぼくの脚が動かなくなっていなかったら……。『もし』父さんがぼくを認めてくれていたら……。『もし』兄さんが生きていたら……。『もし』――
 きっと同じように、いくつもの『もし』がジャイロにも存在するのだろう。
 ジャイロと出会えたことに、ぼくはとても感謝している。希望を見付けられたということだけじゃあなくて、純粋に、単純に、彼という人間に出会えたことを嬉しく思う。
 ぼくのこの脚のことも、父さんのことも、兄さんのことも、決して良いことではない。全く歓迎したいとは思えない出来事だ。でも、その内の1つでも欠けていたら、ぼくはジャイロには会えなかったかも知れない。どんな悪いことでも、それが何に繋がるかは分からない。こういうのを確か……。
(人間万事塞翁が馬)
 東洋の言い方で、そう言うのだそうだ。
(言い換えると、人間万事ジョニィが馬?)
 何をバカなことを――そう言えば、『バカ』という単語にも、『馬』の字を使うらしい。馬は賢いのに、どうしてだろう――、ぼくは騎手だぞ。馬じゃあない。それに、立ち上がれなくなった馬は処分されてしまう。それとも、「『もし』兄さんが」で始まったのだから、『ニコラスが馬』の方がいいだろうか。でも兄さんも馬じゃあない。
 そんなことを考えていると、段々おかしくなってきて、どうやらぼくは自分でも気付かない内にくすくすと笑っていたらしい。ジャイロが怪訝そうな顔をしている。
「なに笑ってる?」
「なにも」
「嘘付け。変なやつだな」
「君には負ける」
「んだとぉ!? お前、オレに喧嘩売ろうとしてんのか」
「してないよ」
「嘘付け!」
「嘘じゃあないったら」
「じゃあなんなんだよっ」
 それは結論を尋ねられているのだろうか。「つまりなんだ」と。
「そうだなぁ……」
 色々と悪いこともあったけど、全てが今に繋がっているのであって、そうだとしたらつまり――
「君に会えて良かったって話かな」
「はあぁッ!?」
 少し照れたような顔で、ジャイロはおかしな声を上げる。
「それで納得しろよ」
「さっぱり分かんねーよ!」
「だからさぁ、簡単に言うと……」
 簡単に言うと、人間万事――
「ジャイロがヴァルキリー」
 意味が分からないと喚くジャイロに、ぼくは堪え切れなかった笑い声の所為でしばらく何も言えなかった。
「お前、なにか変な物でも食ったんじゃあねーの?」
「食ってないよ。君の変が感染ったのかも」
「やっぱり喧嘩売ってるだろ」
「ジャイロがどうしても買いたいって言うなら、特別価格で売ってあげてもいいけど、そろそろ出発した方がいいと思うな」
 まだ納得していない顔のジャイロを放っておいて馬に乗ると、どんよりと曇った暗い空が少しだけ近付いた。今日は雨になるかも知れない。それが良いことなのか悪いことなのか、そして良いことに繋がっているのかそうじゃあないのか、それはまだ分からない。
(なんたって、人間万事、ジャイロがヴァルキリーでジョニィがスロー・ダンサーなんだから)


2012,09,29


ジョニィが酔っ払いみたいだ(笑)。
「塞翁が馬」の「が」が「イコール」の意味ではないことはちゃんと分かっているので大丈夫です。
本当は彼等英語で会話してるんですよね。
420とか完璧日本語なのに。
<利鳴>

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