ジャイジョニ 全年齢


  突如降臨した神に対する紳士的な対応の仕方


「ねえジャイロ、カミサマって、本当にいるの?」
 傷の手当をしながら――正確には手当てを受けながら――、呟くようにそう言ったジョニィの顔には、疲れの色こそはっきりと見て取れたが、いつも以上に、これといった表情は浮かんでいなかった。にも関わらず、自分へと向けられた真っ直ぐな眼差しは妙に幼く見える――少なくともジャイロにはそう感じられた――。問われた言葉の意味を呑み込めずに、ジャイロはジョニィの傷口を縫合する手を一瞬とめた。ジョニィは追加の質問をしてくることもなく、ただじっとジャイロの目を見ている。
 その問いかけの言葉に、言葉以上の意味が含まれていることは想像に難くない。ジョニィの唯一の救いとなり得るかも知れない『遺体』が奪われてしまったこと。本来であればレースのリタイアを決断しなければならないような傷を負わされていること――幸運にも、それは不思議な“力”を持つ“糸”のお陰でなんとかギリギリ耐えられるレベルに抑えられているが――。いや、それを言うならもっと前からだ。動かない足のこと。父親のこと。死んだ兄のこと。全てが神の手で書かれたシナリオによって引き起こされてきたのだとしたら、それはあまりにも酷ではないか。それだけの仕打ちを受けねばならぬほどの罪を、彼が犯したとでも言うのか? 神とは、そんなにも残酷な存在なのか? 彼が歩んできた――歩むことが出来なかった――道程を思えば、“そんな疑問”を口にしたくもなるだろう。『神は、本当にいるのか』。
 ジャイロは小さく頭を振ってから、手当てを再開した。
「……いる、かも知れないし、いないかも知れない」
 そう答えてから、これは回答の回避だなと思った。きっとジョニィは納得しないだろう。「そんなのずるい」と言うかも知れない。しかし顔を上げたジャイロは、すぐ目の前に驚いたような表情を見た。
「……意外」
 ジョニィは憤慨するでもなく、失望するでもなく、ただ驚いているようだ。その唇が再び「意外だ」と小さく動く。
「『いる』って断言するかと思ってた」
 それはジャイロの生まれ育った国の風習の所為だろう。さらに少し捻くれた考え方をすれば、ジャイロが“その存在”を疑う必要性を持たないほどに恵まれた道を歩んできているからだ――だからこそ、初めてその信仰が揺らぎ、それを打ち消すためにこそ“納得”を得る必要があると、遠く離れた異国のこんな場所までやってきた――とでも思われているのかも知れない。ジャイロは再び否定の仕草をした。
「少なくとも、オレは見たことがないからな。『いる』とも、『いない』とも、百パーセントの断言は出来ない。それに、本当にいたとしても、それが子供の頃に聞かされたままの存在だとも限らない。作り話だって証拠を見せられたら、素直に信じるかもな。そんなものがあるとするなら」
 本当に『いる』のだとしても、運命や宿命と呼ばれるようなものに必死で抗うことを、無駄なことだと嘲る気にはなれない。結局は、いてもいなくても大きな違いはないのかも知れない。ジョニィは「なるほど」というように小さく頷いた。
「そういうお前は?」
 治療の道具を片付けながら、ジャイロは反対に尋ねてみた。
「お前は信じるのか?」
 それもまた“意外”なことであったらしく、ジョニィは両の目を大きく開いた。そして、
「分からない」
「おいおい。人に聞いておいて自分はそれって、ずるくないか?」
 自分が言われるかと思った言葉をあえて使っておどけてみせた。するとジョニィは肩を竦めるような仕草を返してきた。
「ずるくないよ。自分で分からないから聞いたんだもの。それに、ほとんど同じ答えじゃあないか。君は良くてぼくは駄目って、それこそずるい」
「確かに」
 ジャイロが笑って見せるとジョニィも少しだけ表情筋を緩ませた。
「……よし、そろそろ行くか」
 いつまでも地べたに座り込んでいるわけにはいかない。いるのかどうかはっきりしない者に祈ってみたところで、今日の宿が確保出来るわけでもないのだから。それに、いい加減に地面に触れている尻が冷たくなってきた。
「じゃあさ」
 馬を呼ぼうとして立ち上がったところで、ジョニィが言った。視線を向けると、上目遣いがこちらを見ていた。
「もし目の前にいたらどうする? 今、この場に現れたら。自分の目で見たら信じるんだろ?」
 「そしたらなんて言うんだい?」と質問をされる。その表情は、先程よりも幾分か穏やかで、聞こえは悪くなるが、真剣なようには見えなかった。軽い暇潰しの会話でしかない。追い詰められて等いないのだということを確かめるように。
「そーだな……」
 ジャイロは想像してみた。突然見知らぬ男が現れて、名乗るのだ。「私は神だ」。
(うーん、関わらない方がいい相手なような気がする)
 ジャイロは知らず知らずの内に苦笑いを浮かべていた。
「ぼくならたぶん、文句のひとつくらいは言っちゃうだろうなぁ」
 ジョニィはスロー・ダンサーに呼びかけながらくすくすと笑った。
「神に喧嘩売るのか」
「神が買うならね」
 近寄ってきた馬に手を伸ばし、すっかり慣れた手付きでジョニィは鞍の上へとその身を移動させた。馬を操っている間は弱気な気持ちは薄れるのか、先程までよりもすっきりした表情をしているように見える。ジャイロも自分の馬に跨り、彼と視線の高さをそろえた。
「で?」
「ん?」
「ジャイロなら、なんて言う?」
 ジャイロは目を閉じた。ひと呼吸分の時間、そのままでいる。そして、目蓋を開くのと同時に、口も開いた。
「とりあえず」
「うん」
「『はじめまして』かな」
 ジョニィはぱちぱちと瞬きを繰り返してから、頷いた。
「なるほどね。悪くない」
「だろ?」
「うん。いきなり苦情の嵐よりはずっと紳士的だ」
「紳士的か。いい言葉だな」
「うん」
「でもお前はその後で喧嘩売るんだろ?」
 ジャイロが言うと、ジョニィは笑った。
 ジャイロは、もし自分が全てを司る存在だったら、仮にジョニィがどんな大罪を犯していたのだとしても、そんな笑顔を見せられたらきっと迷うことなく許しを与えてしまうんだろうなと思った。


2017,09,06


略して神対応。
2人の宗教観がよく変わらないのに書くんじゃあなかった。
でも書いちゃったのでアップしちゃいます。
宗教を否定するつもりはございませんのであしからず。
変な会話をするジャイジョニが書きたかっただけなのです。
あと変なタイトル付けたかったのです。
<利鳴>

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