ジャイジョニ 全年齢


  セントエルモの火


 半身の自由を失ったあの日以来、空は以前よりも遠いものとなってしまった。自業自得の愚か者を、全ての人が見下ろし、見下しているのではないかと思うあまり、ジョニィの眼はそれを避けるように以前よりも近くなった地面にばかり向けられていた。情けなく顔を下げて、下ばかり見ている弟を、天国の兄は一体どんな思いで見ているのだろうか。いや、もう兄にも見えていないかも知れない。ただでさえ遠い兄のいる天は、益々遠くなってしまったのだから。

 ――そんなことを、少し前までは思っていた。

 借り物の車椅子に乗り移ると、隣に立つジャイロは「いいか? 行くぞ」と声をかけてきた。ジョニィが頷き、車輪を動かし始めると、ジャイロもそのペースにあわせてゆっくりと歩き出した。彼の横顔を何気なく見上げた時、その向こうにある夜空に、いくつかの星が瞬いているのが見えた。俯いてばかりいた頃には、気付くことの出来なかったものだ。と、ジョニィは思った。ジャイロは、この美しい星空に気付いているのだろうか。彼はいつでも胸を張って、堂々と視線を上げて進んでいる。
 そんなことを考えていたら、いつの間にかジャイロの背中は前方へと離れていた。ジョニィは慌ててその後を追った。「ジャイロのように、自分の力を信じて歩いて行くことが出来たら――」そんなことを心の中で呟いた。
 やがて、少々傾斜のある道へ行き着いた。宿へ向かうにはこの坂を上らなくてはならないようだ。
「押すか?」
 振り向いたジャイロが尋ねる。
「大丈夫。ゆっくりしか行けないけど、上れるから、自分で上りたい。先行ってて」
 ジャイロは少し戸惑ったような顔をした。が、彼はジョニィが望まない助力を押し付けてくるような人間ではない。
「じゃあ荷物だけ貸しな」
 その申し出は有り難く受け入れて、ジョニィは緩やかな坂に挑んだ。先を歩くジャイロが、時折「大丈夫か」と尋ねるように振り向く。その度にジョニィは、「平気だよ」と言うように微笑んでみせた。大丈夫。これはこれで、不思議と楽しい。
 あと少し、もう少しでこの坂を上り切れる。だが、思ったよりも長かったその距離に――どうして馬小屋と宿をもっと近付けて作らなかったのだろうか――、ジョニィの両腕はかなりの負担を強いられている。
「ジョニィ、がんばれ!」
 ジャイロが「オレのところに来い」と言うように、手招きをした。
「うん」
 腕に力を込めながら、ジョニィは考えていた。思えば、この旅は半ばジョニィが勝手について来た旅だった。それなのに、ジャイロはああやって待っていてくれる。手を差し伸べるその姿を見て、ジョニィは気付く。このレースに参加した最初から、ジョニィが目指しているのはゴールなんかではなかった。彼が向かっている場所と、ジャイロが目指している場所は、同じではなかった。
(ぼくは君に向かってるんだ――)
 やっとの思いで坂を上り切ると、ジャイロは「やったな」と言って手の平を向けてきた。ジョニィは、それに腕を伸ばし、手の平を合わせてパチンと音を鳴らした。ジョニィにとってはハイタッチだが、ジャイロには少し低いようだ。ジャイロは歯を見せて笑った。
「ねえジャイロ」
「ん?」
「星が綺麗」
 ジャイロは空を見上げた。
「ああ、本当だ」
 そう答えた横顔を、星よりも眩しい導きの光のようだと、ジョニィは思った。本人はそのことに気付いているのだろうか。


2011,04,22


ばんぷのセントエルモの火を意識して書きました。
わたしの小説読むよりも、歌詞見てジャイジョニに変換していただいた方が断然萌えます。
本当はいつアップするか全く考えていなかったものなのですが、
原作が終わってしまう前にと思って今日になりました。
背景が眩しくて見づらいですが、うっかり気に入ってしまったのでご了承ください。
<利鳴>

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