ジャイジョニ 全年齢


  退屈凌ぎの I Love You


 雪と風を防ぐのに丁度良い洞穴を見付けてから24時間……すなわち、丸一日が経とうとしていた。天候が回復する兆しは全くと言って良いほど見られず、2人は同時に溜め息を吐いた。
「退屈……」
 じっとしているのにも飽きてきた。「ぼくは走るためにここにいるはずなのに」。心の中でそう呟きながらも、決して焦りや苛立ちに駆られて無茶な行動に出ることはしない。先へ進めないのはライバル達とて同じはずだ。無謀な賭けに出る者が辿り着くのは、ゴールではなく、自滅への道だ。
 状況は充分理解出来ている。納得もしている。不満があるというのではない。砂漠でのキャンプと違って、雪山では水の調達に困ることがないというのもありがたい。火さえ起こすことが出来れば、好きなだけ雪を溶かすことが出来る――間違っても雪を直接食べてはいけない。沸かすことが必須だ。さもなくば体温が下がって凍死してしまう。仮に雪山で遭難して喉が渇いても、雪は口にしてはいけないのだ――。食料も、今のところ不足しそうな気配はない。そして偶然発見したこの洞穴。むしろ恵まれていると言っても良いくらいだろう。ただ、少し退屈なだけだ。
 それでも彼は、やはり『恵まれている』と言える方だろう。この退屈極まりない時を、たった独りで過ごさなければならない者よりは。「退屈だね」と話しかければ、「そうだな」と返してくれる、そんな相手がいるだけで、どれだけ心が休まることか。今だけではない。これまでの道中だって、何度その存在に救われたか分からないくらいだ。
 そんなことを考えていた所為か、ジョニィはジャイロの“しょうもない”思い付きを、無碍に扱うことが出来なかった。
「しりとりでもするか!」
「しりとりぃ?」
 それでも少々の抵抗は試みる。ばっさり切り捨てるのではなく、「それもそうだな」と『納得』して撤回してもらえるように。
「あれって面白い? 勝負なんてほとんど着かないしさぁ」
 「まあな」と頷いたジャイロは、しかし諦めはしなかったようだ。
「じゃあ、使える言葉を限定しようぜ」
「限定?」
「そう。『オレ達に関係のある言葉』以外使用禁止」
 そこまでしてやりたいのか。しかしジャイロの表情は妙に淡々としている。とてもそれを楽しんでやりたいという顔ではない。寒さで表情が固まったか、どうせ同じ退屈ならせめて今までと違ったことをしていたいのか、あるいは……。
(何か企んでる?)
 ジョニィはジャイロの眼がやけに真っ直ぐ自分へと向いていることに気付いた。
(何だろう)
 分からない。だが不思議と嫌な感じはしない。それなら、ジャイロの思い通りにさせてみようか。しりとり自体がつまらなくても、ジャイロが何を考えているのか予想することは少しの退屈凌ぎにはなるかも知れない。
 ジョニィの返事を待たずに、ジャイロは「じゃあ最初は『馬』の『ま』な」とゲームの開催を宣言した。
「お前からな」
「はいはい」
 小さく「ま」と呟きながら、ジョニィは視線を動かした。
「じゃあ、『マント』」
 ジャイロを指差しながら言うと、すぐさま「『トップ』!」と返ってきた。
「君、トップになったことあったっけ?」
「あるだろうがッ」
「ふーん? じゃあいいけど。『ぷ』……、『プ』……、ぷうぅッ?」
「ほらな。制限されてると意外と難易度上がるんだよ」
 ジャイロは「どうだ」とばかりに口角を上げた。それを「はいはい」と受け流し、ジョニィは次の言葉を探し続ける。
「『ぷ』、『ぷ』……、……プリン食べたい」
「『い』? 『い』だな? えーっと、……あ、『遺体』! どうだ。また『い』だぜ」
「え、今のありなの」
「ん?」
「……いや、君がいいならいい」
 目的は勝敗を着けることではなく時間を潰すことなのだから、ジャイロも適当なのだろう。あるいは彼も全く同じこと――プリンが食べたい――を考えていたかのどちらか。
「じゃあ『イタリア』」
「それ関係あるのお前じゃあなくてオレだろ」
「なんでさっきのがセーフでこれにはイチャモン付くんだよ。さっき『“オレ達”に関係ある言葉』って言っただろ」
「しょーがねぇなぁ」
 「じゃあアメリカ」と返してくるだろうか。ジョニィはそう思った。ジョニィはイタリアへは行ったことがないが、ジャイロはこうしてアメリカまでやってきている。馬に乗って、マントを靡かせながら、トップを目指しつつ『遺体』を集めるイタリア人。
(あれ、全部ジャイロだ)
 ではやはり『プリン食べたい』もジャイロか。
(プリンってイタリア料理だっけ? ……発祥はイギリスだった気がするけど、たぶんイタリアにも似たような食べ物はあるんだろうな。とにかく、これじゃあジャイロに関係する言葉に限定したしりとりだ)
 難易度は更に上がるが、面白さが比例するかは別の話だ。それにジョニィが圧倒的に不利だ。しかも、少し眠くなってきた。やはり退屈な所為と、あとは単純に時間の所為だ。昨日眠ったのも、ちょうと今くらいの時間だったはずだ。
 そろそろやめて寝ないか。そう提案しようとした時、ジャイロが『あ』で始まる言葉を口にした。それは、ジョニィが予想したのとはまるで違う言葉だった。
「……今何て言った?」
 尋ねると、ジャイロは口元を歪ませるように笑った。
「何だよ、もう一回言えって? 言って欲しいって? 聞こえてたくせに。お前ってそういう趣味?」
 ジャイロは1文字ずつ区切るように、同じ言葉を紡いだ。
「あ、い、し、て、る、って言った」
 何を企んでいるのかと思えば……。
(これか……)
 ジョニィが呆れて息を吐くと、ジャイロはニョホホと笑った。その笑顔に向かって、言ってやった。
「知ってるよ」
「あ?」
「『知ってる』って言った」
 ジャイロの眼が真っ直ぐこちらを見ている。少し驚いたような表情。数秒の間の後に、くつくつと笑う声が聞こえた。
「『る』で始まってねーぜ?」
「もういいよ、ぼくの負けで」
 「ぼくもう寝るから」と宣言して、毛布を頭から被る。ジャイロの顔は見えなくなったが、笑っている声はしばらく聞こえていた。もし明日も天気が悪くてまだここに留まっていなければならなくなった時、ジャイロが「昨日の続きやろうぜ」なんて言い出したらどうしよう。そんな心配をしながら眠った所為か、ジョニィはその夜『る』で始まる言葉を延々と探し続けている夢を見た。


2016,11,09


何語喋ってるの? とかは気にしたら負けです。
<利鳴>

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