EoH設定 ディオジョナ アバブチャ 全年齢


  スマイリングトーーク


 周囲を見廻し、ブチャラティは小さく息を吐いた。撤退していった敵が戻ってくる気配はない。どうやら本当に退いていったようだ。
 多少の傷は負ったが、問題なく勝てた。一度は終わりの時を迎えたはずのこの肉体は、意外にもなんの支障もなく動いてくれている。
(それでも、オレはあの時死んだはずだった……)
 場所も時代をも超えて多くの人間を巻き込んだ異変の一環として、彼はこの場に存在して――生きて――いる。
(オレは、……このままでいいのか?)
 わずかな迷いが生じる。だが、己を否定することは、同じような境遇の者をも否定することに繋がってしまう。以前と変わらぬ表情を見せた大切な者の顔を脳裏に思い浮かべながら、ブチャラティは「それは出来ない」と小さく首を振った。
 考えたところで、おそらく答えは出ない。一見ただの逃避でしかないようにも思えるが、今はやるべきことに集中すべきだ。『あの男』を倒す。それが最も重要なことだ。それに、今この瞬間がまだ“最後”ではないというのであれば、迷うことは後でだって出来るはずだ。
 気付けば辺りは静かになっていた。他の仲間達の様子は……と踵を返そうとすると、まるで答えるかのようなタイミングで足音が近付いてきた。
「お疲れ様」
 掛けられた声に振り向くと、背の高い黒髪の男がそこにいた。そういえば、先程の戦いの最中に、少し離れた場所で別の敵と対峙している姿が視界の隅に見えていたような気がする。確か名前は、ジョナサン・ジョースター。一対一の会話をした記憶はほとんどないが、他の時代からやってきた“仲間”のひとりだ。おそらくあちらからもこちらの戦いが見えていて、それが終わったので様子を窺いにきたのだろう。彼は穏やかな口調で「怪我は?」と尋ねてきた。
「大丈夫だ。そっちは?」
「うん。大丈夫」
 頷いたジョナサンは、何かを探すようにゆっくりと辺りを見廻した。
「あれ? さっき一緒にいた人は?」
 「誰のことだ?」と尋ね返すと、ジョナサンは「髪の長い人」と答えた。
「ああ、ジョルノか」
 ブチャラティは先程まで一緒に戦っていた仲間の名を上げた。今は「負傷者がいれば“手当て”をする必要がある」と言って他の者の様子を見に行っているはずだ。そう告げようとすると、「その子じゃあなくて」と、首を横へ振る仕草が返ってきた。
「黒いコートの」
「ああ」
 それに該当しそうな人物といえば、アバッキオだ。彼とは戦闘が始まる少し前にどうということはない会話をしていたのだが、それを見ていたらしい。彼は他の人間からだと「背の高い男」と形容されることが多いが、ジョナサンの視点ではそれは当てはまらない。聞いたところによると自分と同い年だと言うが、体格にはずいぶんと差がある。人種の違いは間違いなくあるだろうが、それだけだとはとても思えない。
「あいつのスタンドは戦闘には不向きだからな。離れているように言ってある」
「そうなんだ」
「そういうスタンドもある」
「へぇ」
 スタンド使いではないジョナサンは、未知の現象に興味を持ったような表情を見せつつも、それ以上の説明を求めてはこなかった。そのことに、ブチャラティは少しだけほっとした。明言を避けるような言葉を選んだことを察してくれたのかも知れない。元より、己の能力を他人に知られるのは好ましいことではないのだが、アバッキオは特にそれを避けたがる。そのことを承知していて、自分が勝手にべらべらと喋るわけにはいかない。名前すら知って間もないような相手にとなれば、なおさらである。
 日が浅かろうとなんだろうと、今は同じ敵と戦う仲間なのに……。という罪悪感めいたものがないわけでもない。だがジョナサンは、そんなことは全く気にしないというような顔で微笑んでいる。いや、気にしないというよりも、広い心で全てを“許し終えている”かのようだ。こういう人間を聖人君子と呼ぶのだろうか。ギャングとは真逆に近い存在かも知れない。
 そんな相手に、こちらからだけ質問をすることは無礼に当たるだろうか。彼が不快感を露わにするようなことがあるのであれば、逆に見てみたいような気もしてくるが。だが不思議と、ジョナサンはブチャラティが口を開くのを待っているようにも見えた。
「聞いてもいいか」
 意を決するように、ブチャラティはその言葉を口にした。
「うん」
 どんな質問なのかも分からないまま、ジョナサンはそう答えた。
「『あの男』のことを、知っているそうだな?」
「うん。まあ、一応……かな?」
 返ってきた言葉の歯切れはあまり良くなかったが、彼の表情は朗らかなままだ。
「仲間……には見えなかったが」
「兄弟だったんだ。少し前まで、同じ家で一緒に育った」
 『だった』ということは、今は違うのだろうか。
(……そうなのかも知れない)
 だからこそ今は敵対する立場にいるのかも知れない。
「でも、『あの男』はぼくが知っているディオとはだいぶ違うみたいだ。見た目がって意味だけじゃあなく」
 そう言ってジョナサンはわずかに笑った。彼が『ディオ』と呼んでいる男の姿は、ちらりとではあるがブチャラティも見た記憶がある。が、確かに『あの男』とは、――容易に変えてしまうことが出来る――髪型や服装のみならず、体格や肌の色までもが違っていた。
「……というか、『あの男』のあの肌の色はなんなんだ?」
「顔色が良くないよね」
「そういう次元の話ではないと思うが」
 ジョナサンは再び笑った。
「ぼくが知ってるディオと、『あの男』はきっと別の存在なんだ。だから、残念だけどぼくは、この戦いに有意義な情報は何も持っていないも同然なんだ」
 そんな打算的な目的で話を振ったつもりはない。もう少しこの男と話をしてみてもいいかも知れない。そう思ったのに、共通の話題が他になかっただけだ。
「なら、これはただの世間話だな」
 ブチャラティがそう言うと、ジョナサンは一瞬だけ驚いたような顔を見せ、そして微笑んだ。
「うん」
 2人が近くの岩に並ぶように腰を下ろすと、心地良い風が吹いてきた。それに乗って、少し離れた場所で誰かが戦っているような音が聞こえてくる。が、狂ったような悲鳴を上げているのはどうやら敵の方だ。加勢の必要はないだろう。
「『あの男』とは兄弟だと言ったが……」
 ブチャラティは改めてジョナサンの顔をまじまじと見た。
「あまり似ていないな」
 先程『見た目が違う』と言っていたから、その所為だろうか。ジョナサンは肩を竦めるような仕草をしながら、「まあね」と笑った。
(……いや、間に誰かが入れば、似ているような気も……)
 それが誰なのかはすぐには浮かんできそうにないが。
「いいのか、倒してしまって」
 共に過ごした兄弟を。一人っ子だった自分には、兄弟という存在がいまいちぴんとこない。が、『家族』に置き換えれば、近い想像くらいは出来るだろうか。
 だが、ジョナサンはあっさりと頷いた。
「うん。いいんだ」
「即答か」
「決めたことだから。ぼくも、たぶんディオも、納得済みだよ」
「そうか」
 頷いてはみたものの、やはりぴんとこなかった。
「色々ある……ってやつか」
「そう。色々」
 ジョナサンはくすくすと笑った。
 おそらく、ブチャラティが言う『色々』と、彼が言う『色々』は違っているのだろう。
「どんな人間なのか聞いても?」
 何らかのヒントを求めてではない。本当に、ただの世間話だ。ジョナサンもそれは承知済みであるようで、あっさり「いいよ」と返してきた。
「ディオは……そうだな、すごく自信家で、すごく努力家なんだ」
 前者は比較的簡単にイメージ出来た。が、後者は少し意外だ。
「ディオはすごく勉強が出来てね、一番の成績だったんだ。運動神経もすごく良かった。元からの才能ももちろんあるんだろうけど、それ以上に努力もしていたよ。周りの人達は気付いてなかったようだけどね。ううん、ディオが気付かせないようにしていたんだと思う。でもぼくは知ってるんだ。きっとディオは怒るから、言わないけどね」
 ジョナサンは「ないしょだよ」とでも言うように、人差し指を唇に当てて笑った。
「ディオの周りにはいつでも人がたくさん集まっていたよ。みんなディオに夢中になるんだ。そういう才能もあった。魅力……と言った方が分かり易いかな。人気者なんだ。みんな彼のことを好きになる」
 多くの人に慕われる『人気者』の、誰も知らないような一面を自分は知っているのだ。という自慢話、あるいは、のろけ話を聞かされているような気もするが、おそらく本人にそのつもりは一切ないのだろう。ならば、なにも言わずにいるのが“紳士的”か。
 それにしても、敵対している者のことを話しているというのに、不思議な男だ。普通ならもっと、相手を貶すような言葉が出てきそうなものだが。これではまるで青春時代の思い出話だ。当人達にしか分からない『色々』は、恐ろしいまでに複雑であるに違いない。
 ジョナサンは過去を懐かしむような表情をしている。それを邪魔するのが躊躇われ、ブチャラティはしばし口を閉じていた。そんな静けさを打ち破る不意の声は、背後から掛けられた。
「ブチャラティ」
 振り向くと、そこにいたのは金髪の少年だった。
「ジョルノ」
 ブチャラティが立ち上がると、ジョナサンもそれに倣う。2人の動きに合わせて、ジョルノの視線が少し上方向へと移動した。
「やあ。君は、ジョルノ・ジョバァーナだね」
「そういう貴方は、ジョナサン・ジョースター」
「こんにちは」
 にっこりと微笑み掛けられて、ジョルノは「どうも」と軽く頭を下げる仕草を返した。高い位置から見下ろしているというのに、ジョナサンの態度に高慢な様子は一切見られない。
「なにかあったか?」
 ブチャラティがそう尋ねると、ジョルノは「その逆だ」と言うように緩やかに首を振った。
「敵は全て退いたようです。怪我人もいません。そろそろ戻った方がいいと思います」
 ジョルノは「ぼくひとりで戻るとブチャラティをどこに置いてきたと文句を言われるんです」と本気なのか冗談なのか分からないような顔で言った。
「分かった。すぐ戻る」
 先に歩き出したジョルノに続こうとすると、ジョナサンは他の仲間の様子も見に行くからとその場で軽く手を振る仕草を見せた。
「じゃあ、また」
「ああ」
「今度は君の友達のことも聞かせてね」
「友達?」
「そう。髪が長くて」
「黒いコートの?」
「そう」
 アバッキオのことか。正直言って、友達という響きはぴんと来ない。かと言って、もちろん兄弟ではない。最も適切な呼び方はなんになるのだろう。仲間か、部下か、あるいは……。
「彼とは、ほとんど話せていないんだ。何かした覚えはないけど、あまり傍に行かせてもらえない気がして……。嫌われてないといいんだけど」
 体格に似合わぬ困った子供のような表情に、思わず笑いそうになった。もしかしたら彼は、全員とこうして会話を試みているのだろうか。
「あいつは特別愛想が良くないからな」
 アバッキオの顔を思い浮かべながら「気にしなくていい」と告げると、ジョナサンはくすくすと笑った。
「人見知りかな」
「警戒心は強いな」
「そうなんだ」
「なかなか人に懐かないんだ」
 捨て犬か捨て猫のような言い草に、自分で笑いそうになる。
「でも、君とは仲がいいんだろう?」
 ジョナサンのその言葉は、疑問文の形をしてはいた。が、異論を挟ませないような口調だった。やはり友達の扱いをされているようで、しっくりこない。
(オレ達の関係性……か)
 次にジョナサンと話をする機会がくるまでに、考えておいた方が良いようだ。
「ブチャラティ、なにをしているんですか?」
 ジョルノの声に視線を向ければ、すでに彼はだいぶ先を歩いていたようだ。その少し先には、友達でも兄弟でもない、髪が長くて黒いコートを着た男もいた。「さっさと戻ってこい」あるいは、「誰だその男は」と言いたげな目が射抜かんばかりにこちらを見ている。
「ほんっとに愛想のないやつだな……」
 ブチャラティが呆れて溜め息を吐くと、ジョルノも同じような表情でやれやれと肩を竦めていた。それを見たジョナサンは笑っている。おそらくこの男は笑顔でいるのがデフォルトなのだろうとすら思えてきた。
「もう行ってあげないと。仲間のところに戻ってあげなよ」
「ああ、そうする」
 今度こそとブチャラティも軽く手を上げて、彼を待っている者の元へと駆け出した。


2021,02,11


あみだくじで選んだ受け2人が攻めに関する自慢をしたり愚痴を言ったり惚気話をしたりする話、名付けてウケトーーク! EoH設定なら部混ざってもいいよね! という企画のはずが、片や攻めが敵キャラ、片や攻めが非プレイアブルキャラという組み合わせな上に、この人達あんまり自慢とか愚痴とか惚気とか言わなさそうだわって感じで、何が書きたかったのかいまいち分からん話になっちゃいました。
でもジョナサンとブチャラティがほんわかした感じで呑気に世間話とかしてたら、わりと可愛いと思います。
<利鳴>

【戻】


inserted by FC2 system