仗助とジョセフ 全年齢 EoH設定


  魔術の結末


 次の行き先がどのように――あるいは、誰によって――決められているのか、仗助は知らなかったし、あまり興味もなかった。『あの男』を倒すために、やるべきことをやる。それだけで充分ではないか。難しいことを考えるのは、難しいことが考えられる人材に任せてしまった方が間違いがない。「適材適所ってやつだよな」と億泰や康一と言い合ったのは、つい先日のことであった。
 が、もしも自らの手で行き先を決めている者がいるのだとしたら、ここ最近の選択には少々異議を申し立てたい気持ちだ。せめて理由くらいは……と思わざるを得ない。
「なんで最近寒いとこばっかり続いてんだ……」
 降雪の多い地域で生まれ育った仗助は、冬の寒さには慣れているはずである。それでも、季節の移り変わりに従って次第次第に体が寒さに慣れてゆくというプロセスをすっ飛ばされてしまうと、「ちょっと待った」――あるいは、「待ってください」――とも言いたくなってくる。ましてや、仗助が本来いた1999年の世界は、まだ夏の真っ盛りだった。
「最高気温と最低気温の差があり過ぎだろ……」
 仗助以上に「寒い」と喚いたのは、まだ東北へ引っ越して最初の冬を体験していなかった億泰だった。「雪がたくさんある」と子供のようにはしゃいでみせたのは本当の最初だけで、それ以降は頻繁に『ぽかぽか』の文字を貼ってくれと縋りついて、康一を困らせていた。
「でもまあ、今日は特に寒いよねぇ……」
 エコーズの“しっぽ文字”に焚き火のように手をかざしながら、康一が溜め息を吐いた。
「たぶん季節だけじゃあなくて、標高の所為もあるんだろうね」
「あー、ここ山かぁ」
「あとなんっつったっけ、えーっと、縦線と横線のやつ……」
「経度と緯度?」
「それそれ」
「赤道との距離だったら、緯度の方だね」
「つーか今ので良く分かったな……」
「風邪引かないように気を付けないとね」
「だな」
 うんうんと頷き合っていると、康一が「じゃあそろそろ」と言って“文字”を回収しにかかった。焦った顔で、億泰が阻止しようとする。
「おいっ、なにしてんだよっ!?」
「なにって、ぼく次“出番”だから、もう行かないと」
「マジかよぉぉぉぉッ!」
 仗助は手を伸ばし、絶望の声を上げる億泰の肩を叩いた。
「諦めろ億泰。早く終わって次は温かいとこに行けるように祈ろうぜ。それと、自分達で防寒出来るように、なんか着る物でも用意しとかないと駄目だな」
「あ、いっそのことさ、暖房器具を置かせてもらったら? この“亀”の中、電気通ってるみたいだしさ」
「そういえば、冷蔵庫とかあったよな」
 今求めている物と冷蔵庫は真逆の存在ではあるが、冷蔵庫が使えるということは、暖房器具だって使えるだろう。
「流石に火付けるのは危ないだろうけど、電気ならいいんじゃあない?」
「つーことは、電気ストーブか」
「はいはいはいはい! ストーブよりも、コタツに一票!!」
 先程の絶望的な顔はどこへいったのか、億泰は手を高々と上げて――おそらく彼が授業中にそんな様子を見せることは一切ないに違いない――声を張り上げた。
「やっぱり冬と言ったらコタツだろ!」
「でもよぉ、部屋全体を温める方が良くないかぁ? コタツじゃあ4人で定員になっちまうぜ。一部の人間にしか恩恵がないっつーのは、苦情がこないかぁ?」
「嫌だー! オレはコタツに入りたいんだあぁぁぁッ!」
「駄々っ子かよ」
 仗助はやれやれと言うように溜め息を吐いた。
 似たような顔をしながらも、康一が言う。
「でも、使わない時には壁に立て掛けておけば邪魔にならないのはいいかも知れないね。テーブルとしても使えるだろうし。流石にこの先常にコタツの出番があるわけじゃあないだろうから。みんなで交代で入るってことで、許してもらえるんじゃあないかな。ぼくこれから承太郎さんと一緒だから、聞いてみるよ」
「流石康一! ナイスフォロー!」
 そんなやりとりの翌日、てっきり「邪魔だから駄目だ」と一蹴されるかと思った提案は、意外にもOKをもらえたらしく、広瀬家から運び込まれたコタツは、“亀”の中の片隅にと配置されることとなった。誰かの意図が働いているのか、それとも偶然なのか、この日の行き先も、雪を視界に入れずにいるのが不可能であるような場所だった。寒いのは嫌だと思っていたはずなのに、早速コタツが使えると思うと、仗助は自然と表情が笑顔になってくるのを自覚せずにはいられなかった。
「承太郎さんも寒かったのかな」
 コタツ布団を広げながら、康一は少し笑うように言った。コタツの持ち込みの許可をもらう際に、なにか面白いやり取りでもあったのだろうか――見てみたかった――。
「承太郎さんも、砂漠から雪山だもんなぁ。一番寒暖差あるんじゃあねーの?」
「でも砂漠も、遮る物がなにもないから、夜になるとどんどん熱が逃げていっちゃって、気温が氷点下まで下がるところもあるらしいよ」
「マジか。すげぇ」
「ところで康一、これ持ってきちまって良かったのか?」
 流石に部屋のど真ん中に置くのは気が引けたので壁にくっつけた状態――そのため、定員は3名になってしまった――でのセットを終え、あとはスイッチを入れるだけになったコタツに手を置きながら、仗助は尋ねた。康一は迷った風でもなく、あっさりと頷く。
「大丈夫。今向こうは夏だから当分使う予定はないし、もし壊れちゃっても、今年の冬には買い替えようと思ってたところなんだ。それよりも、真夏にコタツを出そうとしてるのを母さんに見られて、誤魔化すのが大変だったよ」
「それ、なんて誤魔化したんだよ」
「外国人の知り合いが見たいって言ってるからって」
「おー、日本の文化、見してやれ見してやれ」
「よぉし、早速動かしてみようぜ」
 コードの途中にあるスイッチを入れると、パチンと軽い音が鳴った。それから数秒もすると、ヒーターが赤く光り始めた。手を差し入れてみると、すでにほんのりと温まってきている。
「お、ちゃんとついたぜ!」
「よっしゃあ!」
 早速入るかと尋ねると、しかし2人はそろって残念そうな顔をした。
「そうしたいのは山々なんだけどよぉ、オレこれから“出番”なんだよ……」
「あらら、ついてねーな。今度はなに出たんだ?」
「ゾンビだってよ」
「オレも手伝いにいくか?」
「駄目だよ、仗助くんは」
 康一がぴしゃりと言った。
「誰かが怪我した時に、治せる人はたくさんはいないんだからね。仗助くんはちゃんと力を温存しておかないと」
 「適材適所、でしょ」と言われてしまうと、もう仗助には反論の術はない。
「康一も行くのか?」
「ぼくは露伴先生に頼まれて探し物」
「嫌ならちゃんと断れよ」
「うーん、断った方がややこしいことになりそうだから」
「お前も大変だよなぁ」
「たぶんそんなに掛からないで戻ってこられると思うから、コタツ温めておいてよ」
「ん、分かった」
 仗助は気を付けてなと手を振って、“亀”の外へと出ていく2人を見送った。
 他にも外に出ている仲間達は大勢いるようで、“亀”の中は意外と静かだ。ひとりでぼーっとしているのも退屈である。が、コタツを温めておけと言われたからには、スイッチを切ってしまうわけにはいかない。そしてスイッチが入っているのに誰も使っていないというのも、非常に勿体無い。それに、離れている間に火事にでもなったら一大事だ。結局外で仕事をしている友人達に申し訳なく思いながらも、仗助は壁と向かい合う位置に腰を下ろし、コタツの中に足を入れた。数分もすると心地良さに全身をがっちり捕らえられ、申し訳ないと思う気持ちはどこかへ消えてしまった。
(やっぱりいいなぁ)
 どんな奇妙な状況下であっても、楽しみや安らぎを得られるのは素晴らしいことだ。そんなことを思っていると、背後から弾むような声を掛けられた。
「お、なにそれ。テーブル?」
(この声は……)
 肩越しに振り向くと、背の高い青年がそこに立っていた。向けられた笑顔は、鍛え上げられた大きな体からはちょっと意外に思うほど子供っぽい。
「よ、ジョースケ。なにやってんの?」
「ジョースターさん」
 軽く手を振るような仕草を見せたその人は、仗助の父親、ジョセフ・ジョースターだった。と言っても、“今”の彼は、仗助が生まれる40年以上も過去の人間である。
 若い頃の父親に会うというのは、なんとも言えぬ奇妙な感覚だ。年は仗助の方がいくらか下であるようだが、それでも同世代に近い。こんな会遇、普通ならまず体験出来るものではない。そんな状況で、一体どのように接すれば良いのだろう? 相手が自分のことをどの程度認識しているのかも分からない。そうでなくても、仗助と父の間には共通の思い出等ほとんどない。初めて会った時には存在していた父への不満や蟠りは、もう微塵も残ってはいないが、余計なことを喋って未来が変わり、自分が生まれてこなくなるなんてことになったら……。そんな心配も手伝って、こちらから積極的に話をしにいこうとはなかなか思えないままでいた。
(しかもこの人、もう1人いるんだよな……)
 そちらの方が自分が知る父の姿にいくらか近いかも知れないが、それでも見た目からしてずいぶんと変わっているとの印象を受ける。「父親が2人」でも混乱しそうになるのに、「自分が2人」いる本人は、平気なのだろうか。
 わざわざ自分から「浮気は良くないぜ」等と説教しにいくつもりはないが、相手からフレンドリーに声を掛けてきたのを辛辣な態度で返すようなつもりもない仗助は、素直に質問に答えることにした。
「コタツですよ。知りませんか?」
「KOTATSU?」
 ジョセフは「知らない」と首を横へ振った。
「えーっと、なんて説明したらいいのかな。日本の、暖房器具の一種で」
「あー、最近寒いとこ続いてたもんな」
 うんうんと頷きながら、ジョセフは両手で自身の腕を擦るような仕草をした。
(この人体脂肪率低そうだからなぁ……)
 きっと彼も寒さに辟易しているのだろう。
「その前にもっと服着たらどうっスか」
「マフラーしてるじゃん」
「マフラーじゃあなくて、ふ、く!」
「手袋もあるよん」
「それ指ないやつじゃあないっスか」
 溜め息を吐く仗助に気付いているのかいないのか、ジョセフはおそらく生まれて初めて目にするのであろうコタツに興味津々といった顔付きだ。そんな相手に、「あっち行ってください」なんて言えるわけがない。
「……入りますか?」
「いいのかっ?」
 ぱっと笑顔が咲いた。一瞬、この人は本当に年上だったかな? なんてことが浮かんで、仗助は少し笑った。
「どうぞ。あ、靴は脱いでくださいね。あと、」
 「狭いですけど」と言うより先に、いそいそとコタツに入り込んだジョセフが「せまー!」と声を上げた。しかしその表情は全開の笑顔で、いよいよ幼い子供のようだ。
 決して大きくはないコタツに2人で入ると、自然と両者の距離は近くなる。対面する位置ではなく、天板の角を挟むように座っているのでなおさらだ。間近から覗き込んだその顔は、なるほど、自分は――“現在”の彼から想像するのは難しかったが――父親似だと実感せざるを得ない。
(父親と一緒にコタツに入る……)
 そんな日がくることを、一度でも想像してみたことがあっただろうか。
「すげぇ! なにこれ! めちゃくちゃ温かい!」
「ちょ……、暴れないでくださいよ」
 感慨にふけようとするのを阻止するかの如く、ジョセフの足がコタツの中でばたばたと動いた。この場に母がいたら「行儀が悪い!」と声が――もしかしたら手も――飛んできていただろう。父親と言うよりも兄弟……それも、下手したら弟に近いかも知れない。
「あー、気持ちいいー。やべー、動けねぇ。なにこれ、罠? すまねぇシーザー、リサリサ先生。オレの旅はここまでだぁ……」
 コタツの上に崩れ落ちる大男の姿に、仗助は吹き出すのを堪え切れなかった。
「ジョースケの時代には、こんないいもんがあるんだなぁ。うらやましぃー」
「時代もだけど、国もじゃあないっスかね。確かコタツは英語でもコタツだったと思うし」
 他の国には、似たような物はないのだろうか。ここには、上手い具合に(?)様々な人種の人間がいる。移動の合間にでも、聞いて廻ってみようか。すでに「夏休みの自由研究」なんて年齢ではないし、夏休みにコタツの調査も絶対におかしくはあるが。
「ニホンって言ってたっけ? いいなぁ、オレも行ってみたい」
 その内行きますよとは、黙っておく。
(数十年後に行って、浮気してオレが生まれるんですよ)
 心の中だけで呟いたその声には、自分でもちょっと驚くほどに嫌味の響きは含まれておらず、どんな冗談でも言い合える友人達との間に交わされる、他愛のない言葉のようでしかなかった。どんな気持ちで接すれば良いのだろうと躊躇っていたことが嘘のようだ。
(これはあれだな。コタツマジック)
 この中に一緒に入ってしまえば、敵とだって和めてしまうかも知れない――敵と一緒に入ること事態がそもそも限りなく不可能に近いことであるだろうが――。
「マジで出たくない……」
 不思議な力に引き寄せられるがごとく、ジョセフの背中は床へと倒れていった。彼の長い足は仗助の足を押し退け、それだけで終わるはずもなく、さらにコタツの反対側へと突き抜けた。
「あ、駄目ですよ寝たら」
「なんで?」
「コタツで寝ると風邪引くんですよ」
「え、なんで?」
「え、なんでだろう……」
 理由等気にしたことはなかった。ただ子供の頃から「そういうものなのだ」という認識だけが完全に出来上がっている。
「とにかく、そういうもんなんです」
「なにそれ怖い。やっぱり罠?」
「あと年寄りは低温火傷とか」
「誰が年寄りだー」
 抗議するような声を上げながらも、ジョセフが起き上がる気配はない。億泰と康一が戻ってきたら、果たしてこの場所は空けてもらえるのだろうか。
(それともオレが出ないと駄目かなぁ……)
 動きたくないのは仗助も同じなのだが。やっぱり、多少スペースを多く取って他の者達の邪魔になってしまったとしても、壁に隣接させる形ではなく、もっと広い場所に置くべきだっただろうか。だが今から移動させようにも、「動けない」と言って本当に動きそうにないこの大男をなんとかする必要があるだろう。
(うーん、無理っぽい)
 諦めて自分が出るしかないようだ。「たまには親孝行」とでも思っておくことにしようか。
「ところでジョースケ」
 ジョセフは寝転がったままコタツの上に手を伸ばし、少し離れた位置へと指先を向けた。
「なんですか?」
「あれは、なに?」
 ジョセフが指差す先へと目を向けると、そこにはコタツのコードの先端を掴んで肩を縮めるようにして座り込んでいる音石明の姿がある。
「ああ、気にしなくて大丈夫っスよ。あれはただのバッテリーです」
 いかにも不満そうな顔をした音石は、仗助に命じられ、一定の出力でコタツへと電気を送る任務の真っ最中だ。スタンドのヴィジョンが見えていないジョセフの目には、完全に謎の存在として映っていることだろう。
「バッテリー?」
「はい。亀の中でどれくらい電気使えるのか分かんなかったんで。熱持つ系の家電は電気食うって聞くし」
 仗助が平然と答えると、恨みがましい視線が向けられてきた。それだけでは済まず、「なんでオレが……」と呟くような声まで聞こえてくる。
「おい音石ぃ、なぁんか言ったかぁ?」
 睨み付けてやると、音石は「ひいぃ」と情けない声を上げながら、コタツのコードの長さ限界まで離れていった。
「なに? 扱き使ってんの? お前いじめっ子ぉ?」
「いじめじゃあないっスよ。なんか成り行きで一緒にいますけど、こいつ敵ですからね! 許したわけじゃあないんで。それでも雪山に放置せずに連れてきてやってるんですよ。で、その対価として、少しでもオレ達に貢献してもらおうじゃあないかって話ですよ。こうやって電力使わせてスタンドのエネルギー減らしておけば、オレ達の寝首を掻こうとしてもそう簡単にはいかないでしょうし。こいつにしてみれば、たったこれだけのことで捨てられずにいるんだから、むしろこれは優しさですよ」
 「なー、音石ぃー?」と、口角をこれでもかというほど引き上げた微笑みを向けると、音石は再び悲鳴を上げてコードのみならず自身の腕も限界まで伸ばした。
「お前いいやつっぽい顔して、結構ひでーのな」
 相変わらず寝そべった姿勢のまま、ジョセフは実に愉快そうに笑った。
 仗助は、「ひどい」と言われたことよりも、「いいやつ」と言われたことの方が少し意外だった。まだ出会ってから長い時間が経ったわけでもない、ましてや、積極的な交流は少々避けていた相手の目に、自分がそんな風に映っていただなんて、思ってもいなかった。
「……あんたこそ」
「ん?」
「あんたこそ、いいやつですね」
 ジョセフは言葉の意味を考えるように首を傾げた。が、すぐに再び笑顔を見せる。
「だろ」
 理由も聞かずに自信たっぷり。どうやら、褒められるとすぐ調子に乗る性格はこの頃からだったようだ。


2020,12,10


お題:あみだで選んだ部(2つ)でコタツ!
EoH、ストーリーモードでは敵キャラが使えないってのはいいんですよ。分かる。
音石が敵キャラの扱いになってないってのが不思議でならない!
玉美とか間田みたいに後に味方(とまで言うのもなんか躊躇うけど)になるキャラならともかく、音石の最後、刑務所ですよ!?
なんで一緒にいるの!?!?!?
<利鳴>

【戻】


inserted by FC2 system