ジャイジョニ 全年齢 EoH


  アゲイン


 眼を覚ましたジャイロは、“眼を覚ました”ことによって初めて自分の意識がそこになかったことを知った。自覚のないまま落ちた眠りのように、しかし身体のあちこちに残る痛みが、“それ”がただの睡眠なんかではなかったことを教えていた。
 開いた眼の前にはジョニィの顔があった。その先には空がある。どうやら自分は、仰向けの体勢でいるらしいと、まだ少しはっきりしない頭の片隅で思った。それをジョニィが覗き込むように見下ろしている。ジャイロが眼を覚ました時、最初に視界に映るのはだいたいジョニィの姿だ――稀に馬の方が先に見えることもあるが――。それは、レースが始まって以来、ずっと二人で馬を進めているのだから不思議でもなんでもないことだ。見慣れた光景と言ってしまえばそれだけのことかも知れない。だが今はコースの途中で野営をしていたわけではない。レースが今どうなっているのかは、正直なところ分からない。だが当面のところは、彼等は別の問題と向き合わざるを得ない状況に立たされている。
「おはよう」
 眠っていたわけではないジャイロに向かって、ジョニィはいつものように声をかけた。その顔には、小さな擦り傷がいくつかあった。
 起き上がろうとすると、肩の辺りに痛みが走った。思わず息をとめて、表情を歪める。一度地面に全体重を預けてから、改めて、今度はゆっくりと起き上がった。大丈夫。動けないほどのダメージはないようだ。
「オレ、また操られてたか?」
 尋ねると、ジョニィは「うん」と答えた。表情のない顔と、抑揚に乏しい声からは、彼の心境を読み取ることは難しい。それでもジャイロは、何があったのかをアバウトに把握することが出来た。簡単に言えば――本当はもっと複雑なのだが――、自分は敵の能力に操られてしまっていたのだ。一度目に同じ状況になった時の記憶を、ジャイロは失っていた。今度もまた、操られていた間のことは何も思い出せない。が、見覚えのある傷を負ったジョニィの姿が、自分が再び彼の“敵”として武器を使ったことを如実に語っていた。
「悪い……」
 敵の力は驚異的だ。弁解染みて聞こえるが、ジャイロにはその支配から逃れる術はなかった。本人の意思や肉体の強さでどうにか出来る次元を超えた能力。抗うことすら出来ない。それでも彼は、謝罪の言葉を口にせずにはいられなかった。自身もしっかり反撃にあっている――視界に入る範囲に限ってもジョニィのスタンドによる攻撃痕と思われる傷は複数あった――ようではあるが、それでも。
 ジャイロは手を伸ばし、傷を負ったジョニィの頬に触れた。幸い、負傷の程度は深くはないようだ。だからと言って傷付けて良いという話にはならない。どうしてこんなことになってしまったのだろうかと嘆いてもどうにもならないことも理解しているが、それでもジャイロの口からは溜め息が出た。
「別にいいよ」
 ジャイロがもう一度「悪かった」と言うと、ジョニィはなんでもないことのようにそう言った。「そんなことには関心がない」と言うような口調に、ジャイロは心臓が萎縮するような感覚を強制的に与えられる。
 半ば強引に同行してきたジョニィとのコンビは、レースに参加する目的が別々になってからも解消されることはなかった。両者の間には利害関係を超えた友情――あるいはそれ以上のもの――が生じていた。……そう思っていたのは、もしかしたら自分だけだったのだろうか。そんな考えが、日が暮れるに連れて長くなる影のように胸の中を侵蝕してゆく。駄目だ。そんなことを考えてはいけない。そんな思いに囚われてしまっては、この戦いを乗り越えることは出来ない。そんなことを考えている場合じゃあない。だが、一体誰が沈み行く太陽を空に留めておくことが出来るだろうか。
 日没よりもずっと速いスピードで落ちていこうとするジャイロの心を引き止めるように、“何か”が抱き付いてきた。『“何か”』? いや、それは明白だ。
「ジョニィ?」
 「大丈夫か」と声をかけようとした。貧血でも起こしたのか、それとも疲労で自分の身体を支えていられなくなったのか。しかしどちらの予想も外れだったようで、肩に廻された二本の腕に、ぎゅっと力が込められた。
「いいんだ。なんだっていい」
 肩のすぐ近くで声が言う。
「どこに行ったっていいんだ」
 蜂蜜色の髪がジャイロの頬をくすぐった。
「ぼくが行って連れ戻せるところだったら、どこへ行ったって構わない」
 「何度だって取り戻してみせる」と続けた声は、力強かった。ジャイロは帽子越しの頭を撫でた。「子供扱いするな」とでも言ってくるかと思ったが、ジョニィは大人しく、されるがままでいた。
 ジョニィがそう言うのなら、自分は何度でも取り戻されよう。記憶が封じられても、きっとそうすると信じよう。そう伝える代わりに、ジョニィの身体に腕を廻して抱き返した。
 しばらくじっと、そのままでいた。ようやく離れたジョニィは、しかしすぐにまた顔を近付けてきた。
「傷、手当しなきゃ」
「お前もだろ」
「こんなの、ツバ付けとけば治る」
「へえ?」
 淡々と言葉を紡ぐ唇に、ジャイロは口付けた。
「そこ傷じゃあないけど」
「オレは医者だぜ。そんな民間療法認めるか」
 だからこれは、ただのキスだ。
 そう言ったジャイロの口に、今度はジョニィの方からキスをしてきた。
「今、どういう状況だ?」
「ぼくとキスしてる」
「オレがじゃあなくて」
「ジャイロとキスしてる」
「お前でもなくて」
「ジョータローに全部任せた。もうすぐ終わる。たぶん」
「そうか」
 ジャイロはふうと息を吐いた。
「よし、帰るか」
「うん」
 ジョニィが頷く。
「帰ろう」


2016,05,31


前に書いたのとすごい被りました。なのでタイトルはagain。
でもEoHでジャイロがジョニィの記憶なくてうわーんこれジョニィ泣くよ! 泣いちゃうよ!! と思ってたら最後に「何度だって取り戻してみせる」とか言い出して、ジョニィ強くなったね!! と感動したので書かずにはいられなかった。
あと「帰ろう」って言わせたかった。
作品テーマは淡々とイチャイチャする2人。
あれ、そのテーマ前にもやった?
<利鳴>

【戻】


inserted by FC2 system