EoH設定 ジョルノと徐倫 全年齢


  the baby (of the family)


 メニュー表に『エスプレッソ』と書かれていたわりには薄い液体を啜りながら、ジョルノ・ジョバァーナは生まれた国の――だが記憶からはほとんど全て消えてしまっていた――空を眺めて溜め息を吐いた。
 世界の存続を賭けた戦いは、いよいよ佳境へと入ろうとしている。だが、……いや、だからこそ、充分な休息は必要だと主張する数人の声によって、今日はこれ以上の移動は行わないと決められた。幸いにも新たな敵の襲撃もなく、今は皆、思い思いの場所や方法で束の間の平和な時を過ごしているはずだ。
 元より大勢で賑やかに過ごすことをあまり好まないジョルノは、たまたま見付けたオープンカフェを仮の居場所と決めることにした。適当に頼んだ飲み物は本場イタリアのそれとは随分と違っているようだが、その分量が多く、時間を潰すのには却ってちょうど良かったかも知れない。
 傾き始めた太陽に照らされたシンプルな白いテーブルが少し眩しい。そこへ、不意に人の形の影が落ちる。
「ハァイ」
 軽く手を上げるような仕草をしながら近付いてきたのは空条徐倫だった。向かいの椅子を指しながら「座っても?」と尋ねられ、ジョルノは「どうぞ」と返した。英国紳士、もしくは女好きのイタリア男なら、さっと立ち上がって椅子を引いてやるところなのだろうかと等と思っている内に、彼女はもう腰を降ろし、オーダーを取りに来た店員に「アイスコーヒーひとつ」と告げていた。
「珍しくひとりね?」
 徐倫は周囲を軽く見廻してからそう口を開いた。
「そういう貴女も」
 ジョルノは肩をすくめるような仕草とともに返した。
 確か徐倫は、同じ世界から来たらしいドレッドヘアの女性と一緒にいることが多かった――それ以外だと、同じ空条姓である承太郎と話をしていることが多いように見えた――はずだ。その姿は、今は見えるところにはない。別行動を取っているのか。
 徐倫は運ばれてきたアイスコーヒーのストローに口を付けながら、あっさりとした口調で「まあね」と言った。
「中学生の女の子じゃあないんだから、どこへ行くにもべったりなんてことはないわよ」
「それ、ぼくにも当てはまりますよね?」
 表情を変えることなくそう返すと、徐倫は一瞬きょとんとした顔をした後、笑い出した。
「あはははは。なるほどね。でもまあ、悩み多き年頃ではあるんじゃあない?」
 この人は何を話しているのだろう。ひとりでエスプレッソ――ということになっている飲み物――を飲んでいたジョルノの顔が、悩みを抱えている人間のそれに見えたとでも言うのだろうか。確かに、表情が豊かな方ではないという自覚はある。愛想が良い方ではないという認識も。故にジョルノの感情を他人が読み取るのは容易とは言い難い。だが特別美味いわけでもない――が不味いというほどでもない――飲み物を前に、ひとりでにこにこと笑っている人間がいたら、その方が不気味ではないだろうか。
 そんなことを考え始めたジョルノの表情がどう見えたのか、
「お姉さんが相談に乗ってあげましょーか?」
 徐倫は冗談めかした口調でそう言って、さらには「なーんてね」と続けた。
 ジョルノは眉をひそめた。
「しいて言うなら、“それ”です」
「へっ?」
「今の貴女も、貴女に限らず他の人も、常にではないにしろ、何故かぼくを子供のように扱いたがる時があります。そう感じることがある」
 例えば、今正に戦いが始まらんとしている時に「オレの後ろにいろ」と庇われたり、戦いが終わった途端に「怪我はないか」と確認されたり、カフェで休憩しているだけなのに「悩みでもあるのか」と尋ねられたり……。一言で言えば、妙に気を使われているのだ。その態度は、小さな子供と接する時のものに近いように見える。そのことは、悩みというよりははっきり言って不満である。
 そんな愚痴を零している自分は、正しく子供染みている。そのことに気付き、ジョルノはますます表情を歪めた。
 徐倫は、「実際に子供じゃない」とでも言いたげな顔で、ジョルノの姿をまじまじと見ている。
「あんた、歳いくつだっけ?」
 ここで「もういい」と一方的な終了を宣言するのも、おそらく「子供ねぇ」と思われるに違いない。ジョルノは仕方なく答えることにした。
「今年の誕生日で16です」
「つまり、今はまだ15ね」
 わざわざ言い直された。それは子供っぽい行為には当たらないのか。
「あと数日で誕生日になります」
「そうなの? おめでとう」
「……ありがとうございます」
 ほら、また茶化されている気がしてくる。
「仗助だって、16歳になったばかりだと言っていました」
「へぇ、そうなの」
「それに、ぼくは1985年生まれです」
 仗助はジョルノから見ると2年前の世界の人間であるらしかった――つまり、生年月日で計算すると、ジョルノよりも2歳年上である――が、徐倫は2012年の世界からやってきたと言っていた。だとすると、
「貴女はもっと後の生まれでは?」
「正解だわ」
 そう言って微笑んだ顔がやはり子供に対するもののように見え、ジョルノは少しだけむっとした。仲間のひとりに妙に年齢の上下に拘る者がいるが、彼の気持ちが少しだけ理解出来たような気がする。
「でも“今”のあたしは19歳よ。それに、あんたって他の連中と比べると小柄なのよねぇ。だから、子供っぽく見られるのは、残念だけど仕方ないんじゃあないの?」
 それは『他の連中』の体格が良過ぎるだけだ。それに、ジョルノが一番小柄であるということでもない。
「ナランチャや康一くんはぼくより年上だけど、ぼくよりも背が低い」
「康一は仗助と同級生って言ってなかった? ってことは、“今”はあんたとも同い年なんじゃあないの?」
「ああ、ここにいる康一くんじゃあなくて、ええっと、ぼくの時代にも康一くんがいて。彼はぼくより年上で」
「なんかややこしいわね」
「ややこしいです」
 段々考えるのが面倒になってきた。
「とにかく、身長なら、ぼくはまだ伸びますよ。遺伝子的に見ても確実です」
 その確信はこの奇妙な戦いに巻き込まれてから得たものだ。父親に似れば、プラス20センチも夢ではないはずだ――片方の親からのみ遺伝するわけではないという事実は、あえて口にしないでおく――。
「まあ、男は成人してもまだ伸びるって言うしねぇ」
 そう言った後、徐倫は何やら考え込むような顔をした。かと思うと、ぱっと明かりが灯ったような表情になる。
「分かった」
「……?」
「連絡先教えてよ。元の世界に戻ったら、あんたのこと探してみるから。その時にもし、あたしの身長を追い越してたら、なにか奢ってあげるわ」
「なにか?」
「なにがいい?」
 徐倫がいた『元の世界』は、ジョルノがいた世界から見れば11年後の未来に当たる。その時ジョルノは――どこかで命を落としていなければ――26、7歳か。それだけ経てば、好みも変化しているかも知れない。はっきり言って、世界も自分も、どうなっているのか全く想像が付かない。
「10年以上変わらない連絡先となると、なかなか難しいですね」
「引っ越しの予定でもあるわけ?」
「今は学生寮に住んでいるんです。そんなに長く在籍しているわけがない」
「実家は?」
「実家に連絡されても、ぼくは捉まりません」
 本気で会って何か奢ってもらおうなんて思ってはいない。ましてや、その時相手は年下だ――むしろ自分の方がご馳走してあげましょうとでも言うべきだろうか――。だが奇妙な約束を交わすのはなんだか面白いことであるように思えた。忘れてしまっても構わない。そんな気持ちで埋めるタイムカプセルのようだ。しかもその相手が存在すら考えたこともなかった遠い親戚だというのがまた普通ではない。
「それとも、あんたがあたしを探しにくる? そっちの方が居場所ははっきりしてるわよね。住所はね、フロリダの……あ、でも、2011年の夏くらいまでじゃあないと、ちょっと会うのは難しいかも知れないわね……」
「わけありですか」
「まあね。大人は色々あるのよ」
「また“それ”だ」
 ジョルノは徐倫を睨んだ。すると、どうしてそうなるのか、徐倫はウインクを返してきた。
(11年後のアメリカだな……)
 本当に行ってやろうか。その時の自分がどういう立場の人間であるかは定かではないが、誰かに理由を尋ねられたら、「遠い親戚とタイムカプセルを掘り起こすため」とでも答えて。


2021,04,25


三つ編みっ子×2が可愛いので書きました。
英語では末っ子のことbabyって呼ぶんだって。
大人になってもbabyなんだって。
なんか可愛い。
<利鳴>

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