※『365日で1年間』の2ヶ月後の設定です。
 ジャイジョニメインでシージョセも少々(本当に少々)。


  君に贈る花束


 起動させたパソコンの画面に、メールの新着を告げるメッセージが表示された。それを見てジョニィは、自分でも気付かないままに唇を湾曲させていた。受信ボックスの中には通販サイトからの全く興味のない本やCD等の『オススメ商品』を知らせるメールが何通か入っていたが、それ等を完全に無視して、カーソルは大量の『Re:』から始まる1通を開いた。送信者欄は、『ジャイロ・ツェペリ』となっている。

もう8月だもんな。こっちももう夏だ
>花火
そういえば毎年音鳴ってるの聞こえたな
お前はいかねーの?

 メールの本文は、そんな風に始まっていた。ジャイロからのメールはそのままに、ジョニィは、3日前に自分が送ったメールを開いた。『今週に入ってまた暑くなったよ。夏バテしそー。ジョセフはシーザーと花火大会に行くんだって。元気だねー。』という文章がある。
 イタリアへ帰ったジャイロとのメールのやり取りは、数日置きのペースで続いていた。ジョニィは夕食を終えてからパソコンを起動させるのが日課となっており、ジャイロからのメールが届くと、それをまずは何度も読み返した。返事はすぐには送らない。その日の夜寝る前と、翌日の日中をたっぷり使って――場合によってはもう数日かけて――文章を考えるのを存分に楽しんでから、やっとキーボードを叩き始める。それに対してどんな返事が来るだろうかと想像していたら、授業の半分以上を聞き逃していたなんてこともあったが、今は大学は夏休みの真っ最中だ。メール作成にあてられる時間は増えたが、それでもジョニィは返信のペースを早めることはなかった。こちらが休み中の学生であっても、あちらは社会人だ。しかも仕事以外にもやらなければならないことを抱えている。その期限を1年以内と定めたのは、他ならぬジョニィだ。それを自分から邪魔するわけにはいかない。
 一方ジャイロは、忙しいこともあるだろうに、ジョニィと同じく返信のペースを変える――遅らせる――ことはなかった。メールの受信時間は大体が朝の内だったが、これはイタリアでは夜の時間帯だ。仕事が終わってからの貴重な休息の時間を、彼は自分のために割いてくれているのだと思うと嬉しくて仕方がなかった。
 無意識の内に感情は表情に出ていたらしい。食器の片付けを終えたジョセフが、呆れとからかいを4対6の割合で混ぜ合わせた顔でジョニィを見ていた。
「まーたニヤニヤしてるよこの子はぁー」
「し、してないよっ! じろじろこっち見るなよっ! ……ってゆーか、君いつまでここにいるつもりだよ」
 事故に遭い、車椅子での生活を余儀なくされたジョニィの手伝いという名目で従兄弟のジョセフがこの部屋にやってきたのは去年の初夏のことだった。今はもう車椅子を手放し、普通の生活を送れるようになったジョニィの部屋から、しかしジョセフはまだ出て行く気配がない。ジョニィの部屋からの方が大学へ通い易いのだと言っていた彼は、もしかしたら卒業まで居座るつもりなのだろうか。出て行って欲しいと、本当に思っているわけではないが、身長190センチを有する彼は、狭いロフトでの生活に不満はないのだろうか。
「そりゃあジョニィにマジで追い出されたら流石に出てくけどさ」
 ジョセフは「追い出す?」と、捨てられた犬のような表情で首を傾げた。
「その顔やめろ。次やったら本当に追い出してやるからな」
「わー、こわいこわい」
 ジョセフは声を出して笑った。
「でもどーせ出て行くなら独り暮らしも検討したいわけよ。でも今レポートだのなんだので忙しくってさぁ、部屋探しも全然出来そうにないんだわ」
 足の怪我のために昨年1年間を休学していたジョニィと違って、ジョセフは今は大学の3年だ。卒業までの時間はまだ1年以上あるが、それでもジョニィよりも余裕は少ないらしい。
「そのわりにシーザーとイチャイチャしてる時間はあるってわけね。花火大会晴れるといーねー」
「え〜? なんだよいきなりぃ。オレその話したっけ〜?」
 完全に鼻の下が伸びている。ジョニィは「駄目だこいつ」と思った。
「何十回も聞かされたよ。ったく……でれっでれじゃあないか、みっともない……」
「そのセリフ、数分前のお前に返してやるよ」
「なんだよそれ。どーせ独り暮らしとか言って、結局シーザーのところに転がり込むつもりなんじゃあないの」
「あー、無理無理。あの部屋狭いもん。なに? 本当に追い出す気? もうしばらくおいといてよ。ジャイロが帰って来たらちゃんと出て行くからさ」
「なにそれ。なんでそこでジャイロの名前が出てくるんだよ」
「ジャイロ帰って来たらここに転がり込んでくるんじゃあないの?」
「なッ……」
 これ以上ジョセフに喋らせていたら何を言い出すか分からない。そう思ったジョニィは、口が動くよりも先に、手の中にあったものをそれが何か確かめもせずに投げ付けた。空中で弧を描いたワイヤレスマウスは、ジョセフの額に見事に直撃した。

花火大会の会場って毎年すっごい混むらしいよ。
人込み嫌いだし、それにジョセフ達の邪魔するほど悪趣味じゃあないからね(笑)。

 ジョニィはキーボードを叩く手をとめ、ジャイロからのメールに再び眼をやった。花火の話題の後には、ジャイロがイタリアでどんな生活をしているかが綴られている。『実家に戻ったらそのまま閉じ込められて一生外に出られないかも(笑)』『とりあえず住むところ見付けて(安いけどボロい!)、知り合いのところで仕事させてもらってる』『弟に聞いたけど、オレの帰国は父上の耳にもちゃんと入ってるらしい。そろそろ顔見せに行かないとやばいな』。これまでのジャイロからのメールには、そんなことが面白おかしく書かれていたが、実際には相当な苦労を強いられていることだろう。ジョニィは、このメールが書き上がっても、送信するのはもう少し後にした方が良いだろうかと悩んだ。だが、ジャイロからのメールを受信してから、今日でもう3日目だ。急に今までのペースを崩せば、何かあったのかとジャイロに心配させてしまうかも知れない。それ以上に2日弱かけて考えた――1日目はジョセフにからかわれっぱなしで、結局着たメールを読んだだけで終わった――このメールを早く送りたかった。今はメールでのやり取りだけしか、ジャイロと自分を繋いでくれるものがないのだ。

メールの返事、忙しかったら無理しないでね
ゆっくりでいいから

 文章の最後にそう入力して、ジョニィは送信ボタンを押した。『返信はしなくていい』と書かないあたりが、彼の本心の表れだ。
 いつもと変わらぬ間隔で届いた返信は、忙しくない、もしくは、それでもかまわないことを主張するように、気合の入ったアスキーアートで飾られていた。
「そんなもん作ってないでさっさと寝ろよ!」
 受信時間をイタリアの時刻になおすと、見事に平日の真夜中だった。

オレの部屋(ってゆーか借りてた親戚の家のオレが使ってた2階の部屋)から花火見えたけど、
あれってその花火大会のかね?
あそこからなら人込みもまわりのカップルも気にしないで見られるぜ(笑)
シーザーがカギ持ってるから、言って入っていいぜ

 ジャイロはジョニィが本当は花火を見に行きたいのに行けないことを気にしているとでも思っているのだろうか。
(別にそこまで興味があるわけじゃあないんだけど……)
 花火の話題を書いたのは、ジャイロの従兄弟であるシーザーのことを多少なりとも知りたいのではないだろうかと思ってそうしただけだったのだが、それがジャイロには、やっかみに見えたのだろうか。文章だけのメールでは、細かいニュアンスが意図した通りに伝わっているのかが分からなくて不便だ。
(でもわざわざ会場まで行かなくてもいいなら……)
 見てやってもいいかなと思った。そうした方が、おそらくジャイロも満足するだろう。今度シーザーに会ったら鍵のことを話してみようとジョニィは決めた。

 ジョニィがシーザーと会ったのは、ジャイロからのメールを読んだ翌日のことだった。『それじゃあ予定があいてたら見に行こうかな』という返事をまだ送っていないにも関わらず、何かのついでにジョセフに連れてこられたらしいシーザーは、クマのキーホルダーが付いた鍵を差し出した。おそらく、そのままの状態でジャイロから預かっていたのだろう。
「あらシーザーちゃんったら! 白昼堂々と浮気なんてひどいわ。めそめそ」
 シーザーのシャツの背中で泪を拭う真似をするジョセフに呆れた顔をしながら、ジョニィは鍵を受け取った。
「バカじゃあないの」
「オレの部屋のじゃあない! 親戚の家の方のだよっ! ジャイロが渡してくれってさ。おいJOJO! 引っ付くなよ暑苦しいッ」
 どうやらジャイロはジョニィの返事を待たずにシーザーに連絡をしていたらしい。
(そんなに花火見に行かせたいのか)
 自分のメールはどんな風に読まれたのだろうか。
(どうせなら『来年は一緒に行こうぜ』くらい言えばいいのに)
 無駄にポーズをつけて歯を光らせながら「一緒に行こうぜ!」と言っているジャイロの姿を想像して、ジョニィはこっそり笑った。
「ところで、どうするんだ、それ」
 なおもじゃれ付こうとするジョセフを抑え付けながら、シーザーはジョニィの手の中にある鍵を眼で指した。ジャイロから花火の件は聞いていないようだ。
「ジャイロの忘れ物だったら、オレが探しに行くけど」
「待った! シーザーちゃんタンマ! その技は反則……ぐえ」
「あ、うん、そうじゃあないんだ。大丈夫。気にしないで」
「そうか。電気やら水道やらとまってるけど大丈夫か?」
「シーザーちゃんギブギブ! こっちは気にして!」
「うん、平気。ありがとう」
「あ、鍵はしばらく持っててもいいからな。その内返してくれればいい」
「ありがと」
 シーザーは優しく微笑んだ。恋人であるジョセフ以外の人間にそんな顔をするのはどうなのかと思ったこともあったが、今はもう、どうやらそれは『余所行き』の顔であるらしいと、ジョニィは知っていた。暴れるジョセフに次の技をかけ始めた子供のような表情こそが、完全に気を許した者に見せる本当の彼なのだろう。ジョセフとふざけあっているシーザーは、そうしているとジャイロに少し似ている。自分とジョセフは似ていないと思うが、ジャイロとシーザーはやはり従兄弟同士だなと実感した。一度本人にそう言ったら、全力で否定されたが。

シーザーがカギ貸してくれたよ
せっかくだから、行ってこようかな。

 そこまで入力して、ジョニィは手をとめた。『来年は一緒に行こうよ』と続けるか否か、迷ったのだ。たっぷり迷った1分後、ジョニィの指は『そういえばこの間テレビでね』と新しい話題を入力し出した。ただでさえ期限付きの約束をさせているのだ。新しい約束はジャイロの負担を増やすだけに思えた。来年の夏までは――当然だが――まだ1年もある。
(急がなくてもいいよね)

 花火大会の日は朝の内はどんよりと曇っていて時折細かい雨も降ったが、午後からはそれが嘘のように青空が顔を見せた。夕方になってからやって来たシーザーとジョセフを見送ってから、ジョニィは数ヶ月前までジャイロが住んでいた家へと向かった。
 途中の道や電車の中は花火の見物客で混雑していたが、会場よりも手前の駅で地下鉄を降りると、帰路へと急ぐ小学生の姿をいくつか見た以外は静かだった。かつてはジャイロが運転する車で通った道は、初めて自分の足で歩いてみると、なんだか斬新だった。それは、単に眼線の高さが違っている所為か、それとも、その風景を一緒に見る者がいるかいないかの違いか……。見慣れたはずの景色は、見知らぬ来訪者を前に、少し気取っているように見えた。
 思考を遮るように、空気を振るわせるどんという音が響いた。
「……あ」
 顔を上げると、遠くの空が明るくなっていた。断続的に光る空を、音が慌てて追いかけているようだった。
 ジョニィは歩みを速め、目的地へと急いだ。

 ジャイロとシーザーの親戚の物であるらしいその家は、今はシーザーが預かったジャイロの車の駐車場としてのみ機能していた。留守中好きに乗って良いと言われたはずのその車は、残念ながらシーザーのアパートには停めるスペースがなく、加えて学生兼アルバイターにとっては貴重なガソリン代の問題で、あまり動かしてもらえていないようだ。その脇を通り抜けて、ジョニィは玄関の鍵を開けた。
 音もなく開いたドアの中に向かって、外の風が入り込む。それまで住人の不在によってとまっていた時間が再び動き出し、自分を歓迎してくれている。そんな風に感じ、なんだか照れ臭かった。
 内側から施錠し、駄目で元々のつもりで電気のスイッチを入れてみたが、聞いていた通り、明かりは点かなかった。ジョニィは、携帯電話のバックライトを懐中電灯代わりに進んだ。
 暗い階段を慎重に登りながら――ここでうっかり足を踏み外して転倒でもしたら、場合によっては車椅子生活に逆戻りだ――、そう言えば家は住む人がいなくなると傷んでしまうと言うが、せめて時々掃除くらいはしなくて良いのだろうかと思った。今度こちらへ来た時は、住む場所は自分で探すとジャイロは言っていたが、それもすぐに見付かるとは限らない。さらに、どこかに部屋を借りるとなれば、その代金を支払うための収入が必要だ。以前勤めていた病院でまたすぐに雇ってもらえるように話をつけておくならともかく、しばらくの間は仕事と住居を得るまでの拠点が必要になるだろう。そうでなくても、こうして家を残しているくらいだ。『親戚』はいずれここに住むつもりなのだろう。ジョセフと同じ学年のシーザーよりは忙しくない自分が、暇な時に鍵を借りて出向いてきたら、流石にでしゃばりすぎだろうか。
(っていうか、水も電気もとまってるんじゃあ、掃除もロクに出来ないか……)
 数日前にジョセフに言われた言葉が一瞬だけ頭の中に浮かんできたが、ジョニィは大慌てでそれを振り払うように残りの階段を駆け上がった。
 2階に上がって一番手前にあるのが、ジャイロが寝室として使っていた部屋だ。メールに『オレの部屋から――』という記述があったのを思い出しながら、ドアノブを廻した。
 部屋の中はやはり暗かった。ジョニィはまず、閉ざされていたカーテンを開いた。すると、室内は窓から入るネオンのような光の点滅に照らされ始めた。道路からは見えなかった花火の丸い本体が、そこからははっきりと見えた。
「すごい……」
 ジョニィは思わずそう呟いていた。視線を外へ固定したまま、窓際にあるマットレスだけが残されたベッドへ腰掛けた。窓を開け放つと、鼓膜を刺激する花火の音が大きくなった。
 ジョニィはしばらくの間、夜空に咲く色鮮やかな花を黙って見上げた。
 部屋の中は日中の熱が僅かに残っていたが、西陽が差し込む自分の部屋よりはずいぶんとマシだった。そしてそれも次第に外の空気と混ざり、気にならなくなっていった。
 やがて、ふと思い付いて携帯電話のカメラを空へ向けた。もしかしたらしきりに花火を見せたがっていたジャイロは、実は彼こそがそれを見たくて仕方なかったのではないか。そう思えたのだ。後でメールしてやったら、歓ぶかも知れない。どれだけ鮮明に写るかは分からないが、とりあえずやってみよう。下手な鉄砲数撃ちゃ当たるとばかりに、ジョニィはシャッターボタンを何度も押した。花火の音と、人口的なシャッター音だけが響いた。会場の喧騒はここまでは届かない。
(ジョセフ達は今頃人込みの中かな。それとも、もうとっくにどっかにしけこんでたりして)
 くすくすと笑うと、それに同調するかのように携帯電話が振動し出した。画面を見ると、『通知不可』と表示されていた。
「……なにこれ」
 初めて見る表示だった。非通知の着信であれば、そう表示されるはずだ。いや、その前に、非通知の着信はブロックしてある。公衆電話からだとしても、確か専用の表示があったはずだ。正体不明の着信には出ない主義のジョニィだったが、しつこい振動は鳴り止まない。仕方なく通話ボタンを押して、耳を近付けた。
「もしもし?」
『ボンジョルノ! よおジョニィ!』
 一瞬何が起こったのか分からなかった。次にありえないと思った。
「ジャイロッ!?」
『ぴんぽーん! 大正解!』
 タイミング良く、花火が連続で空に舞った。
「ちょ、だいせいかーいじゃあないだろッ! うそっ、これ、国際電話!?」
『まーな。あ、でも別に気にしなくていいから』
「気にするよ! いくらかかるのさ!?」
『いいって。これ、オレの電話じゃあねーし』
 ニョホホと笑う声が聞こえた。
「え、じゃあ誰の……」
『弟の』
 以前誕生日にクマのグッズを贈られそうになっていた弟だろうか。いや、確か弟は1人ではないようなことを言っていた。そう言えば、結局プレゼントは何にしたのだろう。
(って、そんなこと今はどうでも良くって!)
「余計気にするよ! ねえ、とにかく……」
『あ、ちょっと待った。弟に見付かったわ』
「しかも無断拝借かよ!」
 電話の向こうから、微かにイタリア語の会話が聞こえてきた。内容は全く分からない。だが片方が何か叫んでいて、もう片方の笑っている声はジャイロのものだ。しばらく言い争っているような声が続いていたかと思うと、それはぴたりと止み、意味の分かる言語が戻ってきた。
『悪い悪い、待たせたな』
「弟君は……」
『そこでのびてる。ニョホホホホ。兄に勝てるとでも思ったのかねー』
「サイテーだな」
『オレの貴重な休日の昼を邪魔しに来るのが悪い』
 ジャイロの弟はおそらく、父と対立している兄を心配して来てくれたのだろうに……。今度彼宛に、何かお詫びの品を送ろうとジョニィは決めた。
「ぼくだったらこんな兄貴絶対嫌だ。って、そんなことより、なんでいきなり……っ」
『見えるか?』
「え?」
 電波が悪いのだろうか。ジャイロの声は少し聞き取り難かった。「国際電話だなんて」と言いつつも、久々に聞くその響きを離してしまいたくなくて、ジョニィは携帯電話を耳に押し当てた。
『花火、見えてるか?』
 『見に行く』とは伝えてあったが、時間までは知らせていなかったはずだ。にも関わらず、ジャイロはジョニィが今どこにいるのかを見事に当ててしまった。まるで、どこかからジャイロに見られているかのようだ。なんだかくすぐったいと思いながら、ジョニィは「うん」と答えた。
「すごくキレイだよ。音、聞こえない?」
 周囲の音を拾えるように、ジョニィは少しだけ電話機を耳から離した。空気を振るわせる音は、断続的に聞こえている。
 少しの間の後に、ジャイロが答えた。
『ああ。聞こえる』
 おそらくジャイロは、夜空に咲く花をその脳裏に思い浮かべているのだろう。反対に、ジョニィは眼を瞑って見える花火を目蓋の外へと追いやった。ジャイロの声が耳に届く。
『聞こえるぜ。すげー数だな』
 視界を遮ると、まるでジャイロがすぐ傍らにいるかのようだ。花火の音も、電話の向こうから聞こえる誰かの――おそらく電話機を奪われた哀れなジャイロの弟の――すすり泣くような声も、全てが遠退き、ジャイロの存在だけを感じる。
『ジョニィ? どうした?』
「ううん。なんでもない」
 見えないと分かっていながら、ジョニィは首を振った。眼を開けると、当然そこには誰もいない。黙っていると、胸が痛んだ。ジョニィは慌てて喋り出した。
「あのね、写真、撮ったんだよ。あんまり上手く撮れてないかも知れないけど。帰ったらメールで送るね」
『ああ。楽しみにしてる』
「今日こっちは朝から雨だったんだ。でも花火が始まる前に完全に止んで、今は晴れてるんだ。すごいラッキーだよね。あと、あとね……」
『ジョニィ』
 メールで伝えないことに決めた言葉を、勢いで口に出してしまいそうになっていた。それをとめてくれたことに対する感謝が半分。もう半分は、残念に思う気持ちだ。まるで、『その言葉』をジャイロが拒んだようで……。だが、その2つの感情は、次のジャイロの言葉を聞いて、どちらも一瞬にして消え去った。花火のように、余韻を残すこともなく。
『来年は一緒に見に行こうな』
 ジョニィは、頬に何かが触れたような気がして、電話を持っていない方の手で顔を擦った。そして、そこに液体が流れていたことに初めて気付いた。
「…………うん」
 手の甲で両眼をごしごしと擦りながら、何度も頷いた。蒼白い花火に照らされたジョニィの顔には、わずかに赤味が差していた。
「行く。一緒に行こう。楽しみにしてるから」
 その後、ジャイロが「そろそろ弟が煩いから」と言い出すまで、2人は静かに花火の音を聞いていた。立て続けに上げられる花火は、まるで大きな花束だ。
『なあ。また電話してもいいか?』
「なぁに? 寂しくなっちゃった?」
『おいおい。オレはお前が寂しがってんじゃあないかと思って言ってやってるんだぜ』
 ジョニィは否定も肯定もしなかった。ただ、拒否もしなかった。
「でも電話代かかるでしょ? 大丈夫なの?」
『大丈夫』
「?」
『兄弟はあと3人いる』
 にやりと笑うジャイロの顔を思い浮かべながら、ジョニィも笑った。


2012,08,04


連載中は夏の話って全然書けなかったんだよなぁと思って、番外編として書かせていただきました。
またこの現代パラレル設定で書けそうなネタが出来たら、その時も番外編という形でアップしたいと思っています。
余談ですがこの話は室温32度の中で書きました。
もう夏は充分満喫しました。もう勘弁してください。ここは北海道です。
とーけーるー。
<利鳴>

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