※『365日で1年間』の設定のシージョセ&ジャイジョニ(極わずか)です。


  Like a Candy


 とある金曜日の午後、シーザーはつまらないことでジョセフと喧嘩をした。そのことを改めて思い出し、家路を歩く彼は深い溜め息を吐いた。ポケットから取り出した携帯電話の画面を見てみても、そこに新たなメールや着信を告げる表示はない。もちろん、『ジョセフ・ジョースター』の名も。
 最初はいつもの軽口の叩き合いでしかなかった……はずだ。だがたまたま機嫌が良くなくて――と言うよりも、“悪くて”――、些細なことにカチンときてしまうような時というのは、おそらく誰にでも多かれ少なかれあるはずだ。更にそのタイミングが2人同時に訪れる、なんてことは、何も天文学的確率ほど少ないはずもない、有り触れた出来事であると言えるだろう。それがたまたま今日起こった。言ってしまえば、ただそれだけのことだった。
 ただそれだけのこと。だが、ひとつシーザーを困らせているのは、彼がジョセフとそのままの状態で別れてきてしまった――破局の意味ではなく、解散してその場を離れるという方の意味だ――という事実だった。もう少し時間があれば、その場ですぐ解決へと向かうのは容易いとまではいかずとも、難しいことではなかったはず。だが時計は無常にもシーザーにはバイトの時間を、ジョセフには欠席するわけにはいかない――もしすれば彼の大学生生活は延長戦を迎えることとなる――大切な講義の時間を、それぞれに容赦なく告げた。「じゃあな」とも、「またな」とも言わずに、逃げるように背を向けたのはどちらからだったのだろう。あるいはバイトの間にあっさりと「さっきはごめんね><」なんてメールが届いていやしないかと、勝手な期待をしていたのだが……。
「くそっ……」
 シーザーは苛立たしげに再び何も表示されていない携帯電話の画面を睨んだ。
 2人が言い合いをするのは特別珍しいことではない。いつもはたいていシーザーの方から「分かった分かった、俺が悪かったよ」と諦めたような口調で喧嘩の収束を提案する。そんな時の彼は、本当はこれっぽっちも自分ひとりが悪いとは思っていないのだが、ジョセフはそれを承知の上で「そこまで言うなら許してやるよ」と笑って返す。その程度で済んでしまう時点で、そもそも深刻な事態ではなかったということが容易に分かる。それは最早喧嘩ではない。日常会話の中でちょっと声量が上がっただけ。その程度のことだ。今回も、それと大差ない、いつもと同じ手で解決する――してくれ――とシーザーは思って――そうであってくれと願って――いる。だが、どうしたことか今回ばかりはつまらないプライドが下らない意地をはって、それを行動へ移すことを邪魔しているようだ。手の中にある小さな機械を操作して、たった一言、「すまなかった」と言う。それだけのことが、何故か出来ない。“たまたま些細なことがカチンとくる”状態が、まだ終わっていないのかも知れない。そしておそらく、変に時間を空けてしまったのがいけなかった。じっくり寝かせることで、下らない言い合いはすっかり熟成してしまったということか。馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しいが、シーザーにはそれを笑い飛ばすことが――まだ――出来ない。それが出来るのは、2人の関係を修繕してからだ。早くそうしてしまいたいのに……。せめて、その切欠となる何かが欲しい。
(と言うか、たまには向こうから謝ってきてもいいんじゃあないのか? JOJOのやつ、面倒な役はいっつもオレに押し付けやがって)

 独り暮らしの安アパートが見えてきた。ぐずぐずしている間にも、彼の足は着実に自分の部屋へと向かっていたようだ。携帯電話をポケットへしまい、代わりに鍵を掴む。同じ物を「息抜きがしたくなったらいつでも勝手に上がっていいから」と言いながらジョセフに手渡したのは、半年ほど前のことだ。その時のジョセフの笑顔を思い出す。太陽のように眩しい笑顔。やはり、このままでいることは出来ない。なんとかして、あの輝きを取り戻さなくては。
 とりあえずシャワーでも浴びて、冷静になろう。それから具体的な言葉を考えるのだ。明日、明後日は休日であるために、授業のことは考えずに済む――残念ながらバイトはあるが――。だが同時に、意図して行動を起こさない限り、ジョセフに会えるのは最速でも3日後になってしまうということでもある。3日もこんな気持ちのままでいるなんて、耐えられない――おそらくバイトにも差し支える――。それにもしジョセフの方が同じく「耐えられない」と思った末に、完全に2人の関係を絶ってしまう選択をしないと、どうして言い切れようか。
(いかんな。妙にネガティブだ)
 たぶん、疲れているのだ。シャワーよりも先に、少し休んだ方がいいだろうか。
(いやいや、これ以上先延ばしにするわけには……)
 軽く頭を振って視線を上げると、ドアの前に“何か”があることに気付いた。いや、それは人だ。地面に座り込んで膝の上で頬杖を付いている。ちょうどロダンの考える人のような体勢。悩んでいるのはオレの方だぜと思いながら、彼はその影に近付いて行った。すでに日が暮れ、大きな通りに面しているわけでもない周囲は街灯も疎らで少々暗い。その人物の顔を窺うことが出来ない。「まさか」と思いながら、シーザーは口を開いた。
「……JOJO?」
 その声は思いの他小さかった。が、周囲に他の音はほとんどない。シーザーの声は、何にもかき消されることなく、空気を振動させた。人影が動く。ゆっくりと顔を上げた。それは間違いなく見覚えのある人物だった。
「あ、お帰り」
 そう告げた声は、予想――期待――したのよりもいくぶん高かった。蒼い眼、蜂蜜色の撥ねた髪、何を思っているのか読み取り難い表情。
「ジョニィ!?」
 それは、ジョセフの従兄弟のジョニィ・ジョースターだった。「ジョジョ違いかよッ!」とは心の中だけで叫んで、シーザーは彼の傍へ駆け寄った。
「何してるんだ、こんなところで……」
「うん、ぼくでごめんねぇ?」
 胸中を完全に読んだかのような言葉に、シーザーは返す声を一瞬失う。別にジョセフだったらいいななんて思っちゃあいないぜと喚いても、不自然な間の後では説得力の欠片もない。ジョニィは冷めた眼で「はいはい、分かった分かった」とあしらった。
「で、どうしてこんなところにいる。……ひとりか?」
 ジョニィはジョセフの従兄弟である。と同時に、シーザーの従兄弟の友人――あるいはもう少し深い仲――でもある。しかし、シーザー個人との一対一の付き合いは、ほぼないと言ってしまっても良いだろう。たまたまジョセフが連れてきたことがなければ、彼がシーザーの部屋を知る機会もないままだったに違いない。そんな彼がわざわざ自分を訪ねてくる理由が分からない。
「ジャイロに何かあったか?」
 事情があって一時的に祖国へ帰っているジャイロは、従兄弟であるシーザーとよりも、ジョニィとの方がよっぽど頻繁に連絡を取り合っているらしい。つい先日も、ジャイロが住んでいた家の鍵を貸して欲しいと頼まれたことがあった――目的は無理に聞き出そうとしなかったので知らないままだ――。今回も何かジャイロ絡みの用があって来たのだろうか。他の可能性が思い浮かばず、シーザーはそう思った。しかし、
「え、そーなの? ジャイロなんかあった? 今朝話した時は特に変わった様子はなかったけど」
「質問に質問で返すなよ。っていうか、国際電話かよ。やるなジャイロのやつ……」
「用って言うか、ちょっと助けが必要かと思って」
 そう言うとジョニィは肩を竦めるような仕草をした。助けを欲している――つまり困っている――様には、ちょっと見えなかった。
「助けって?」
 シーザーは首を傾げながら尋ねた。とりあえず見なかったことにして放置するというわけにはいかない。なにしろ、ジョニィがそこを退いてくれないと、部屋のドアが開けられないのだから。
「ちょっとリハビリがてら散歩に出たんだけどさ」
 ジョニィは半年ほど前まで車椅子で生活をしていた。事故に遭ったのだとは聞いていたが、詳しいことは知らない。分かっているのは、不便になった生活をサポートするために、従兄弟のジョセフが彼の部屋へ引っ越していったということくらいだ――シーザーもそれを手伝った――。今はもう支えがなくても歩き廻ることに不自由がないほどまでの回復を果たしたらしい彼は、妙に淡々と状況を説明する。まるで、感情も込めずにセリフを読み上げているかのようだった。
「リハビリだって? こんなところまで?」
 ジョニィの住まいからここまでは、地下鉄を利用する必要がある距離だ。しかも周囲には古い――それでいて歴史的価値は皆無に等しい――住宅ばかりで、面白い物は何もない。その上、シーザーのアパートは――家賃を最優先した結果――駅からは少々歩かなければならない場所にある。早い話、「ちょっと散歩で」こんなところに彼がいるのは、おかしい。シーザーが怪訝な顔で見下ろしても、ジョニィは一切表情を変えない。それでも分かった。彼は“何か”企んでいる。
「最近だいぶ歩けるようになったからちょっとした大冒険ってとこ。思い切って遠くまで来てみたはいいけど、夏バテもあってついに力尽きたってわけ。道のど真ん中でぶっ倒れるのもどうかと思って、たまたま近くにあった君の所までは何とか這ってきたところ」
「へえ、たまたま……ねえ?」
「そう、たまたま」
「『ちょっとした大冒険』って思いっ切り矛盾してるだろ。いやそれより、這ってきたわりには服が汚れてないみたいだが?」
「それは誇張と言うか、脚色というか。まあ、細かいことはどうでもいいじゃあない」
「で? オレにどうしろって?」
 尋ねながら、薄々分かってきた。ジョニィと自分を繋ぐもの、それは2つしかない。その内のひとつ、「ジャイロに何かあったのか」という問いには、否定の言葉がはっきりとあった。では、残るはもうひとつ。おそらくジョニィは、シーザーとジョセフの仲が今どうなっているのかを知っている。ジョセフから何か聞いたのか、あるいはその様子から何か察したか……。
 ジョニィはやはり淡々と答えた。
「ぼくがここにいるから迎えにきてって、ジョセフに連絡して」
「ほらきたこれだよ!」
「人を指差すな」
「それが人にものを頼む態度かよ」
 そういえばジョセフも何か頼んだりねだったりしてくる時には、真剣さを少しも感じさせないような顔で擦り寄ってくる――「シーザーちゃん、おねがぁい」等と言いながら――。もしかして自分は舐められているのだろうかとすら思えるほどだ――たぶん、そうなのだろう――。
「ジョースターの血統ってのはみんなそうなのか」
「知らないよそんなの。っていうか、ジョセフの場合は原因は君の方にあるだろ」
「はぁ?」
「ジョセフに何か言われる時、君、本当は大して嫌がってないだろ」
「なっ……」
「むしろあてにされるのが“嬉しい”」
 ジョニィは真っ直ぐにシーザーの顔を指差した。地面に座ったままだというのに、どうやったらこんなに上からの目線でいられるのだろう。あまりにも堂々とした態度に、シーザーは「人を指差すな」と言い返してやることが出来なかった。
「ビンゴだね。君が甘やかすから甘えるんだよ。君が本当は優しいの、バレッバレだもん。甘いから舐められる……飴みたいだね」
「ぐっ……」
「ちなみにぼくも文句言われる筋合いはないから」
「はぁ!?」
「言ったろ。『助けが必要かと思って』って」
 そう、そう言った。主語はなかった。シーザーはそれを「助けて欲しい」の意味で受け取った。が、実際は……
「オレにか!?」
「君はむしろ感謝すべき」
「何様!? ってことは、動けなくなったってのは嘘か」
「いやいや、それは本当。ってことになってる」
「タクシーでも何でも呼べよ」
「手持ちがない。あとケータイは部屋に忘れてきたことになってる」
「設定か」
「設定。でもお金ないのはガチ」
「オレもない」
「苦学生の辛いとこだね。貸してとは言わないよ。ジョセフ呼んでくれたらそれでいい」
 最早シーザーに言い返す言葉はなかった。そんな物を捻り出す努力をするくらいだったら、ジョセフに伝える言葉を探し出した方がずっと有意義だ。それでも溜め息は無意識の内に出ていた。ジョニィはそれを承諾の合図と見なしたようだ。
「ぼくって策士でしょ?」
「もう少し態度が謙虚ならな」
「ぼくが謙虚な態度なんか取ったら、君が申し訳ない気持ちになるだろ」
 ではその無表情も計算の上か。シーザーは携帯電話を操作しながらジョニィの顔を睨んだ。それでも“切欠”を与えてくれたことに対して、感謝する気持ちがないわけではない。それで相殺し切れなかった苛立ちは、後日ジャイロにぶつけることにしよう。そう心に決めながら、ジョニィとは対照的な明るい顔を思い浮かべた。
(同じ家に住んでるんだから、ジョニィも少しは影響されてもいいのになぁ……)
 幾度目かの溜め息を吐きながら通話ボタンを押す。そうしながら、自分の表情が幾分穏やかになっていること、そしてそれをジョニィが鼻で笑いながら眺めていることに、シーザーは気付いていない。


2016,08,26


365日――設定でシーザー視点ってあんまり書けてなかったなと思って書きました。
あとシーザーとジョニィの遣り取りもあんまりなかったなぁと思って。
ジョニィはお節介焼いてるというよりも、うじうじモードのジョセフが自分ちにいるのが鬱陶しいから回収依頼に来た。
そう思って書いたら、思いの他態度悪くなってしまいました。
タイトルの和訳はもちろん「飴ちゃん大好き!」ではない。
<利鳴>

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