フーナラ 全年齢 EoH


  断罪の弾丸は放たれぬまま


 戦いはすでに終わりへと近付いているらしかった。状況の整理や、今後の戦闘のための打ち合わせをしに集まった面々の輪からは外れた場所――近くの建物の屋根の上――で、フーゴは深い溜め息を吐いた。これまでに起こったことは、ブチャラティやジョルノから説明されて――粗方――理解しているつもりだ。その上で、「自分に出来ることはない」と判断していた。自分のスタンドでは、“敵”にダメージを与えることは不可能だ。それどころか、一歩……いや、ほんの半歩でも間違えば、味方達にも害を与えてしまう。唯一出来ることがあるとすれば、“邪魔をしないこと”くらいだろうか。
(そう、ぼくは必要とされてここにるんじゃあない……)
 ただ敵側にいられるのが厄介だから。ジョルノ達が「戻ってこい」と言ったのは、ただそれだけの理由でしかない。“邪魔をされないように”、そのためだけに、自分は彼等の“仲間”にカウントされている。それ以上の何でもない。他の者達のように、誰かに“信頼”されてここにいるのではない。
(ぼくは裏切り者だから……)
 それは変わらない事実だ。あれは紛れもなく自らの意思でしたことだ。フーゴは、“ここ”にいることを許された。だが、“許されて”ここにいるのではない。にも関わらず、誰も“そのこと”に触れてこようとしない。許すどころか、責め立てることさえも。そんなことをしている暇はないということなのか。これから自分はどうするべきなのか、どうされるのが正しいのか、その決定案を得えられぬままでいるのは、ひどく居心地が悪い。いっそのこと、誰かが一思いに裁いてくれたら……。
「はあ……」
 再び長く息を吐く。それはわずかに空気を掻き廻す以外、なんの効果ももたらさなかった。
 不意に、何かの“音”が近付いてきていることに気付いた。車の音だろうか。いや、ここは屋根の上だ。地面の音にしては妙に近い。聞いたことのある音だ。振り向くと、予想以上の至近距離に“それ”は“いた”。エンジン音を轟かせながら飛ぶラジコン飛行機のような“ヴィジョン”。あまりの近さに、フーゴは小さく飛び退いた。そんな距離になるまで気が付かなかったなんて、戦いの中にいる自覚が足りていないのだろうか。あるいは、それが“裁き”になるのならと、無意識の内に危険が迫ってくることを望んでいる……? 飛行機の形をした“それ”には機関銃が搭載されているのが見て取れた。それが今この場で自分に向いてくれたら……、しかるべき報いを与えてくれるのなら……。
 しかし“その時”はやってこなかった。代わりのようにフーゴの耳に届いたのは無邪気な子供のような声だった。
「フーゴ、みーっけ」
 フーゴのいる屋根によじ登ってきたのは、ナランチャだった――それはもちろん予想通りだった。なにしろ先に彼のスタンドが見えているのだから――。足元に現れたその顔は、笑っていた。
「よっと。どこ行ったのかと思ったら、こんなとこにいたのか。フーゴって高いとこ好き? お、ここちょっと眺めいいな」
 ナランチャはフーゴの隣に立ち、周囲を見廻した。黒い髪が風になびく。フーゴはその横顔を、視界の隅で捕らえた。ようやく“あの時”の話をしにきたのだろうか。同行を拒んだフーゴを咎めるために、彼はスタンドを用いてまで探しにやってきたのか……。
 しかしナランチャはきょろきょろと辺りを見廻している。フーゴの他に、何か探しているようだ。
「フーゴさあ、このくらいの、虫みたいなスタンド見なかった?」
 ナランチャが発したのは、フーゴが予想――期待――したのとは全く違う言葉だった。
「虫みたいなスタンド?」
「そう。今探しててさー。正確に言うと、そいつ等が持ってるシールを探してるんだけど」
「『等』? 『そいつ等』って言いました? 複数? 何か重要な物ですか?」
「いや、戦いとは全然関係ないんだって。ただナントカってゆー名前の変な髪形した人に探して欲しいって頼まれて。オレのスタンドなら遠くまで届くからってさ」
 『変な髪形をした人』が誰のことを指しているのかは全く分からなかったが、おそらくナランチャが退屈そうにしていたので声をかけられたのだろう。どうやら、自分はその“ついで”に発見されたらしいなとフーゴは思った。
「フーゴ、今暇? 暇なら手伝ってよ。射程距離は長いって言ってもさ、スタンドは呼吸してないから二酸化炭素のレーダーでは探せないんだよ。結局自分の眼で見付けないと駄目ってこと」
 ナランチャは肩を竦めるような仕草をした。
「な、いいだろ? ジョータロー達の作戦会議、まだ終わりそうもないし。それにこの辺変な建物いっぱいあってなんか面白そーだし。見物がてらでいいからさ!」
 フーゴは口の中で小さく「でも」と呟いた。そんなことの前に、やるべきことがあるのではないか。裏切り者の処分を伝えに来たのではないのか。何故何も言わないのか。何故。
 しかしフーゴが口を開くよりも早く、彼の手をナランチャがぱっと取っていた。自分でも気付かない内に冷えていた指先が、温かい手に包まれる。フーゴは心臓が小さく跳ね上がるのを感じた。
「上から探すってのはいいな! でもここから見えるところにはいないみたいだから、向こう行ってみようぜ!」
 ナランチャはフーゴの手を引いて駆け出そうとした。
 “あの時”、彼を引き止めることが、フーゴには出来なかった。ついて行くことも、彼の手を取ることも出来なかった。それを今、ナランチャはいとも簡単に……。
 フーゴは、力を込めてその手を握り返した。ナランチャがわずかに首を傾ける。
「……走らないで。足元、危ないから」
 屋根の上は少々不安定な上に、太陽はとっくに沈んでしまっていて周囲は暗い。月が出ているとはいえ、勝手知った場所でもないところを不用意に走り廻るのは危険だ。
 ナランチャは笑った。その笑顔の方が、月光よりも何倍も明るい。もしかしたら、真夏の太陽よりも……。
 ナランチャは走るのをやめ、歩き出した。フーゴの手は握ったままだ。
「ね、あれってなに?」
 もう片方の手で、隣の建物の上を指差す。
「貯水タンクかな」
「あの陰とか怪しくない?」
 そちらへと歩いていくナランチャに、フーゴは大人しくついて行った。タンクの陰を覗き込み、よじ登って上も確認する。いかにも何か潜んでいそうな感じではあるが、何も見付けられなかった。いたとしても逃げられたか、あるいはすでに他の誰かに見付けられた後なのかも知れない――ナランチャの他にも同じものを探している人は何人かいるらしい。どうやら意外と皆暇を持て余しているようだ――。思いがけず訪れた呑気な時間に、しかしフーゴの胸の奥にある不安は少しずつ大きく膨らんでゆく。
(ナランチャは本当は何をしたいんだ……?)
 この“探索”において、正直フーゴは自分が役に立てているとは全く思えなかった。手分けをして探すのならともかく、2人で同じ場所を見ていても、はっきり言って効率はほとんど変わらない。特別視力が良いわけでもなく、土地勘があるわけでもない。実は対象のヴィジュアルすら把握出来ていない。他にも捜索者はいるようだし、そもそも、「探してくれ」と頼んできたという人物も、「もしどこかで見かけたら……」くらいの、軽いつもりでいたに違いない。さほど重要性を感じない所為か、フーゴの注意力は散漫になってしまっている。むしろナランチャ独りの方がよっぽど早いかも知れないくらいだ。
 やはりナランチャの目的は、別にあるのでは? そう思えてならなかった。だが彼の表情はあくまでも楽しそうだ。純粋にこの異国の地――そういえばここはどこなのだろうか――で初めて眼にする物を楽しみ、宝探しに夢中になる子供のような表情。そんな顔を再び見るなんてことは、二度と叶わないものと思っていた。二度と手にすることはないと思っていた。自ら手放したようなものだ。
(ぼくは裏切ったから)
 何故ナランチャはそのことに触れようとしないのだろう。わざわざ他の“仲間”達から離れたのは、断罪の言葉を放つためではないのか。何故こんな、何もなかったかのように……。
(何も、なかった?)
 まさか忘れてしまったとでも言うのか。紫色の靄に支配されていた前後の記憶は、誰でも例外なく失われているようだとは聞いていたが。覚えていないから、裏切り者とも平気で一緒にいられる……? いや、フーゴが仲間達を裏切ったのは、もっと前の出来事だ。そんな前のことまで、一緒に忘れてしまうとは考え難い。紫の靄は関係ない。
(じゃあ、どうして……)
「どうしてなんですか」
 気が付くと、口がそう動いて声を出していた。
「え?」
 ナランチャは無邪気な笑みを消すことなく振り向いた。
「まさか、本当に覚えていないんですか? 君、そこまで馬鹿だったの?」
 フーゴは自分の爪先へと視線を落とした。ナランチャの顔を見ていることが出来なかった。馬鹿呼ばわりされて、怒っただろうか。それならそれでいい。そのまま勢いででも何でもいいから、こんな生殺しのような時間を終わらせて欲しい。
「フーゴ?」
 ナランチャが顔を覗き込んできた。フーゴは動けなかった。まるで金縛りだ。それでも視線だけは大きな瞳から逃れるように彷徨った。
「ぼくは君達を裏切ったんですよ? それなのに、どうして何も言わないんですか? おかしいでしょう!?」
 フーゴは両の拳を強く握った。同時に両目もきつく閉ざしていた。それでもナランチャの視線に射抜かれていることは痛いほどに感じた。
「何かって、何を言えばいいの?」
 ナランチャが言う。静かな声だ。
「そんなの、ぼくに聞かないでください」
「オレが言いたいことでいいの?」
 フーゴが何とも答えずにいると、それを肯定の意だと判断したのか、ナランチャは静かに「分かった」と言った。
 もう、フーゴに出来ることは何もない。“何もしないこと”以外に、出来ることはひとつもない。ただ黙って、かつて大切に思っていた者の言葉が撃ち抜いてくれるのを待つだけだ。
「フーゴ」
 声がより一層近付いたように感じた。そして――
「おかえり」
 フーゴは思わず眼を開けていた。至近距離で視線がぶつかる。
「ブチャラティとジョルノが、『フーゴが戻ってきた』って言ってたんだ。オレはそれが嬉しかった。だから、他のことはどうでもいい」
 「それじゃあ駄目?」と言いながら、ナランチャは首を傾げた。
「……それで、いいんですか?」
「うん」
 ナランチャの手が伸びてきた。それはそのままフーゴの胴体へと廻った。
「おかえり。もう、どこにも行かないでいてくれるだろ?」
 『行った』のは君の方だ。そう思いながらも、フーゴは黙って頷いた。細い肩を抱き返す。
「……ただいま」
 背中に触れる2つの手に、ぎゅっと力が込められた。心臓の音が聞こえる。少し早いリズムだ。ナランチャのものだろうか。それとも自分のか。ボートを見送ってから数日、ようやくとまっていた“時”が動き出したような気がした。
「よし、じゃあ捜索再開!」
 ぱっと顔を上げたナランチャは、いつもの笑顔だ。それを見て、フーゴも自然に笑みを浮かべることが出来た。
「それはそれで続行なんですね。口実じゃあなかったのか」
「こーじつって?」
「いえ、何でも。でもぼく、イマイチ何を探してるのかよく分かってないんですけど」
「えーっとね、このくらいの大きさで」
「それはさっきも聞いた」
「虫っぽくて」
「それも」
「なんか丸くて」
「へえ、それは初耳だ」
「ああ、ちょうどあんな感じの」
 ナランチャが指を差すので振り向くと、たった今聞いた通りのヴィジュアルのものが“いた”。それは「ミツケタゾ」と喋ると、迷うことなく屋根の上を疾走し始めた。
「あー、あれだよ、あれ! カメナントカ!」
「え? 亀には見えませんが」
「違う違う。あいつが持ってるやつが!」
 カメナントカを持った名称不明のスタンドは、ぴょんっと隣の屋根へと移った。力はなさそうだが、ジャンプ力は大したものだ。
「あれを捕まえるの?」
「そう。なんかメチャクチャたくさんいるらしくてさぁ」
「へえ」
 そう言っている傍から、同じ形をしたスタンドがもう1体現れた。2匹(?)はお互いが手に入れた品物――それが何なのかは小さくてよく見えない――を自慢し合うように高々と掲げている。かと思えば、そろって再び駆け出す。足場が良くない所為もあって、追い付くのはなかなか大変そうだ。
「そんなにたくさんいるなら、手分けして探した方がいいですね」
 フーゴがそう言うと、ナランチャの表情が一瞬だけ――そしてほんのわずかに――強張った。完全なる信頼を得るには、もう少し時間が必要であるようだ。フーゴは微笑を返した。
「どっちがたくさん捕まえられるか、勝負しましょうよ。30分後にここに集合」
 「必ず戻ってくる」。声に出さずとも、それは通じたらしい。ナランチャは再びあの眩しい笑顔で頷いた。
「うん!」
「じゃあ、またあとで」
「あ、そうだ。そいつらすげー高い壁とかも登るから」
「は!? 聞いてないぞ! それじゃあエアロスミスの方が圧倒的に有利じゃあないか!」
「フーゴが言い出したんだぜ、勝負って!」
 ナランチャはもう隣の建物へと跳び移っていた。そのまま走って行ってしまうのかと思われた背中は、しかし一度くるりと振り返った。“あの時”とは違う。そう確かめるように。
 フーゴが軽く手を振ると、ナランチャもそれに応えた。
「さて、ぼくも探しに行くかな」
 どこをどう探せば良いのかは分からないが、そんなことは探しながら考えよう。とにかく今は、一歩先へ。


2016,11,27


ハーヴェスト探しにはナランチャがおすすめ!
エアロスミスならラクチン!!
でもあのハーヴェスト、明らかに狙撃してる気がするんですが、重ちー大丈夫なのかな……。数体くらいなら問題ないか。
ってかあれ重ちーに頼んで普通に持ってきてもらえばいいのに。
重ちーが独り占めでもしようとしてるんでしょうか。
どういう設定で集めることになったんだっけ。覚えてないや。露伴に貢げるー! くらいにしか思ってなかったわたし(笑)。
<利鳴>

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