ジャイジョニ 全年齢 EoH


  “誰か”が望んだ世界


 まどろみに似た何かの中で、かすかに残った彼の意識は、「ああ、オレはここで死ぬんだな」と思った。人生に何ひとつ悔いはないかと尋ねられれば、彼は「No」と答えていただろう。国にいる家族のこと。自分に与えられた役割のこと。この戦いの行方。そして……。
(でも、これがオレの“道”だった……)
 不思議と、納得することが出来た。『これで良かったのだ』と。
(やるべきことはやった。あとは……)
 きっと、“彼”が巧くやる。根拠はないが、奇妙な確信がある。なぜなら、それが“彼”の“道”だからだ。理屈ではない。説明のしようもない。あるいは自分はすでに“外側”にいる存在なのかも知れない。生を終え、その世界を離れ始めている。だから世界の“外側”にあるもの――すなわち、先のこと――を薄っすらと見ることが出来ているのかも知れない。
(何を言いたいのかよく分からなくなってきたな。まあ、とにかくそーゆーことだ)
 無理に説明の言葉を捜す必要もないだろう。そもそも、そうすべき相手もいやしないのだから。
 彼はこれまでの人生の中で、いくつかの死を目撃してきた。が、もちろんそれを自分で体験するのは初めてのことだ。“死ぬこと”とは、こういうことだったのかと、少しずつ薄れていく意識の片隅で思った。“安らかな死”、“死の尊厳”……。そうか、これを与えるために、自分は……。
 それは、眠りに落ちてゆく時の感覚に似ていた。二度と目覚めることのない眠りだ。それでも彼は、“明日”を祈った。自分のではない。“彼”の“明日”を、だ。そして、眠ろうとした。
「ジャイロ・ツェペリ」
 声がした。
 彼は思わず眼を開けていた。視界に広がっているのは見たこともない風景だった。どこまでも広がる、終わりのない空間。頭上には無数の星が瞬いている。
「ここ、は……?」
 死後の世界。まさかそんな物が実在していて、ここがそうだとでも言うのか。これから――今正に――死ぬのだと思っていたがそれは間違いで、本当はもう死んだ後だったのか……。
 だが、地面に触れた感触は、妙にリアルだった。生きていた時と何ひとつ変わらず、彼はそこにいた。息もしている。心臓の鼓動もある。そして受けたはずの傷はなくなっていた。全ての苦痛から開放される、そういうことなのか……?
「じゃあ、ここは天国……?」
「ある意味では、それは正しい」
 先程の声が再び言った。
「誰だ!?」
 彼が立ち上がり様に振り向くと、そこにひとりの“男”がいた。“男”はゆったりとした口調で言った。
「天国への扉は、間もなく開かれる。ここはその手前の場所……とでもしておこうか」
「お前は……!? どこかで、その声……。いや、違う。似てはいるようだが……。オレはお前を知らねえ! 誰だテメーはッ!?」
 ジャイロは腰のホルスターに手を伸ばした。そこには、彼の武器である鉄球がきちんと収まっていた。
「ジャイロ・ツェペリよ」
 “男”は再び彼の名を呼んだ。
「私の手下となれ」
「なんだとっ……」
 ジャイロは“男”を真っ直ぐ睨んだ。
「そのためにお前を蘇らせた」
「なっ……!?」
「すでに“真実”は“上書き”されている」
「よみがえ、らせた……!?」
 ではやはり、自分は死んだのか。いや、それはいい。それは分かっていたことだ。問題はそこではない。
「そんなこと、出来るはずが……」
「出来るのだよ」
 “男”は一歩足を踏み出した。それによって、今まで影になっていて見えなかった“男”の顔がジャイロの視界に飛び込んできた。それは、人間に似た姿をしていた。が、ジャイロの中の何か――直感、あるいは本能――が、“それ”を否定する。こいつは、人間なんかではない。それを超越した、もっと“上”の次元の存在だ。
「くそッ」
 理由は分からない。分からないが、ジャイロは悟っていた。「こいつは敵だ」、と。そう考えるや否や、彼は2つの鉄球を投げ付けていた。
「くらえッ!!」
 コントロールは完璧だ。ジャイロがそう思った時、“男”の背後に“何か”が現れた。あれは――
「スタンド! テメー、スタンド使いかッ!!」
 死んだ人間――自分――を生き返らせるスタンド……? そんなことが可能なのだろうか――大統領は死んだ自分を“捨てて”、隣の世界の自分と入れ替わっていたが、あれは厳密に言えば“生き返って”はいない――。いや、それは一先ず後廻しだ。今は、この得体の知れない悪意を消す。それが先決だ。
 “男”のスタンドは拳を構えた。ガードする気か、あるいは打ち落とすつもりか。
「スタンド毎ぶち抜いてやるぜッ!」
「無駄だな」
 “男”が不適に笑った。その刹那、ジャイロの2つの鉄球は跡形もなく消滅していた。
「なん……だとッ……!?」
 弾かれたわけでも、受け止められたわけでもない。まるで、はじめからそんな物は存在していなかったかのように、完全に、わずかな破片すらなく、消えてしまった。
「能力……ってわけか」
「お前の攻撃は私には届かない。それが“真実”だ」
「なんだそれ。反則じゃあねーか」
 ジャイロは顔を引き攣らせた。こんな敵がいたなんて……。いや、そもそもこいつは何者なのだろう。大統領の手先? いや違う。そうだとすれば、“男”が自分を生き返らせる必要がない――もちろん“男”が言ったことが“真実”だとすればの話だが――。
「もう一度言う。私の手下になれ」
 そんなのは御免だ。ジャイロは心の中でそう答えていた。が、拒否することが、いかに無駄であるかを悟ってしまっていた。望もうが、望まざろうが、それは紛れもない“真実”となる。どれだけ「嫌だ」と思っても、太陽が沈んで夜が訪れることをどうにも出来ないように。それが、“男”の“力”。それを理解してしまったジャイロに、抗う意思があるはずもない。
(全く、察しがいいのも考え物だぜ)
 ジャイロは眼を瞑ろうとした。しかし、
「我が手下となり、ジョースターどもが集めている“聖なる遺体”を奪い取ってくるのだ」
「なッ……」
 一瞬、時間が止まったように感じた。時間を操るスタンド、そういえばそんなやつもいたなと無関係なことが思い浮かんだ。走馬灯というやつだろうか。今はそんな物を見ている暇はない。
「“遺体”……、“ジョースター”……! テメー、どうしてそれを……ッ」
 “男”はゆっくりと近付いてきた。鉄球の攻撃を回避した……いや、“なかったこと”にしたあの能力で、ジャイロの意思を乗っ取るつもりなのだろう。ジャイロは、動けなかった。逃げたいのに、「それは無駄だ」と彼の全身が理解してしまっている。納得していない――することを拒んでいる――のは、彼の“心”だけだ。
「オレに、“あいつ”の敵になれって言うのか……」
 ジャイロは両の拳を強く握った。もうそこに、武器になる物は何もない。
「無駄な抵抗はお勧めしない。お前は、私の力によって苦しむことなくやつらの敵となれる。自分の心を偽る必要はない。全てが私の意のままだ」
(逃げられない……)
 ジャイロの脳裏に、ひとりの少年の顔が浮かぶ。
(ジョニィ……)
 共に戦った、心からの親友。お互いの秘密も打ち明けあった。毎日顔を合わせて、下らないジョークを言い合い、時には口論染みたこともしたが、最も大切なもののひとつだった。レースを捨て、己の命すら捨てても良いと思えるほどに……。そのジョニィが、何と引き換えにしてでも手に入れたいと思った“希望”。彼を“ゼロ”に立たせるための“聖なる遺体”。それを、よりによって、その“遺体”を……!
「オレに、奪えだって……!?」
 ジョニィの……、大切な人の手から。
 “男”が動いた。
「ザ・ワールド・オーバーヘブン!!」
 次の瞬間、ジャイロはスタンドの大きな手に首を捕まれていた。息が出来ない。また死ぬのか。いや、そうではない。
(いっそ、殺せ……)
 “男”はそうはしないだろう。
「嘆くことはない。言っただろう? “それ”はお前の意思となる。それが“真実”だ。お前は自ら望んでこのDIOに仕えるのだ」
(オレの意思で、ジョニィと戦う……?)
「そん、なの、……オレじゃあ、ね、え」
 掠れた声を喉から絞り出す。苦しい。それでも言わなければならない。それが、それこそが“道”なのだとしたら……、もう覆すことが出来ないのなら……、受け入れるしかないのだとしても。
「ひとつ……」
「ン?」
 喉への圧迫がわずかに弱まった。身動きは出来ないままだが、ジャイロの――間違いなく彼本人の――意識はまだそこにある。
「ひとつ、頼みがある……」
「ほう? 何だ。言ってみろ」
「オレの、記憶を消せ」
 “男”はぴくりと眉を動かした。
「出来るんだろう? テメーの思うがままだと、さっき言ったな? なら、オレの記憶を……、ジョニィと会った記憶を、消してくれ……!」
 “男”は何も言わない。ジャイロが何か企んでいるのではないかと、疑っているようだ。
「あんたはオレを完璧に操れるつもりでいるらしいが、オレ達の絆が、あんたの想像を遥かに超えていたらどうする? ジョニィに会えたら、あっさり正気を取り戻しちまうかも知れねーぜオレはよォ」
 ジャイロは口角を上げてみせた。
「そうならないように、オレの記憶を書き換えておくことをお勧めするぜ。ジョニィのことを知らないオレの方が、きっとよく働くぜ。あんたにとってな」
「このDIOを挑発するつもりか? 貴様の望みが受け入れられれば、一矢報いたことになるとでも思っているのか? 甘いな」
 “男”はニヤリと笑った。それはジャイロの背筋をぞっとさせた。
(とんでもねー化け物だ)
 だが、
「いいだろう」
「!」
「そこまで言うのなら、いいだろう。まやかしにしか過ぎん勝利感を与えてやる。ジョニィ……とか言ったな。ふん、お前の世界のジョナサン・ジョースターか。お前の中にあるその記憶を、我が能力によって封じよう」
 ジャイロは、自分の身体の中に何かが入ってくるのを感じた。いや、入り口等存在しない場所に、突然現れた。それは、全てを拒むように黒い。身体の中心から末端まで、ゆっくりと広がってゆく。
(オレは、死ぬんだ)
 命はこの“男”の力によって繋ぎとめられた――あるいは引き戻された――。だが、ジャイロは“死”を自覚した。
(オレは死ぬ。ジョニィに会った記憶を失くして……。あいつと会わなかったオレなんて、それはもう“オレ”じゃあない……)
 ただの逃避だ。と言ってしまえばそれだけのことだ。ジョニィを裏切るという事実は何も変わらない。
(あいつ、怒るだろうな)
 むしろ、そうあってほしい。泣かれるよりは、ずっといい。
(ジョニィ……)
 心の中で呼びかける。もちろん、どこからも返事はない。次に“会う”のは――そんなことがあるとするなら、だが――、本当の天国でか――(オレはそこへ行けるんだろうか)――、あるいは2人の絆が本当に奇跡を起こし、ジャイロが“自分”を取り戻した時か……。
(これからお前の前に現れるオレは、“オレ”じゃあない。お前の知らない“誰か”だ。だから、遠慮なんてすることはない。さっさとぶちのめしちまえ)
 少しずつ感覚が薄れてきた。これは眠りか、それとも“死”か……。
(“オレ”はお前を知らない。もちろん、あの秘密もだ。それはオレじゃあないんだ。だから、ジョニィ……)
 ジャイロの唇が小さく動いた。しかし、そこから出た音は彼自身の耳には届かなかった。


2016,01,10


例えばツェペリさんはジョナサンのこと知っていたし師弟関係なことも把握していたのにジャイロだけ記憶ロストしていた理由を妄想しました。
正気に戻った時に記憶まで戻った理由については
@2人の愛のパワー
A本当に記憶を消してしまうと後の計画に支障があるかも知れないのでDIOが完全に消去してしまわずに封印するだけに留めてた。
B所詮二次創作だ気にすんな。
お好きなものをお選びください。
最後のセリフは別れか謝罪か感謝かあるいはI Love Youで。
<利鳴>

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