EoH設定 シージョセ 全年齢


  Grandfather Official Recognition


「なるほど……。状況はだいたい分かった」
 そうは言ったが実のところ、シーザーは突然起こった怪異とも呼べるであろうこの奇妙な状況を、細部に至るまで正確に理解出来ている自信ははっきり言ってほとんどなかった。未知の力や複雑な人間関係、「非現実的だ」と突き放したくなるような現実を突き付けられ、即座に全てを呑み込めと言う方が無理があるというものだろう。
 だが、なすべきことを『敵を伐つ』という至極シンプルな形に留めてしまえば、もう迷う必要は何もない。愚鈍とも取れる思考ではあるが、自分以上にそういった考え方をしそうな弟弟子の顔を思い浮かべた時、迷いは全て消えて、これが『正解』だと思うことが出来た。『あの男』を倒す。それが出来なければ、彼等に未来は存在しないのだから。
「だが、“それ”はそれ、“これ”はこれだ」
 残念ながら、『あの男』を倒せばそれで全て「めでたしめでたし」というわけにはいかない。彼等の“本来の敵”が新たな戦いに配慮し、身を潜めていてくれるとは到底思い難い。すでに砂時計の砂は落下を始めている。約ひと月で融解するという毒のリングには、彼等の事情なんてお構いなしだ。
「『あの男』と戦いつつ、柱の男も倒す! 両方だ! 修業はこのまま続けるぞ! 分かっているな、JOJO!」
 空条承太郎と名乗った若者の説明を共に聞いているはずのジョセフ――シーザーの弟弟子――は、途中から相槌を打つこともなくなり、妙に静かだった。まさかこんな状況で居眠りでもしているのではないだろうなと思いながら振り返ると、予想外に、真剣な眼差しがそこにあった。しかし、
「もちろん! 戦いの覚悟は出来ている!」
 力強い口調でそう言った男を、シーザーは睨んだ。途端に、男は鍛え上げられた肉体にそぐわぬ、慌てたような表情を見せた。もっとも、そのギャップがなかったとしても、そこに存在している塊のような違和感がなくなることはなかっただろうが。
「あ、あの、えっと……、どうしたんだいシーザー? そんな怖い顔をして……」
 その質問には答えずに、シーザーはなおも男を凝視する。
「ぼく……じゃない、オレの顔に、なにか付いてる?」
 シーザーが答えずにいると、男は助けを求めるように視線を彷徨わせた。だが、近くに彼の救いとなる者はいなかったようだ――傍にいる承太郎は「やれやれだぜ」と溜め息を吐いているだけだ――。
「お、おかしなシーザーだなぁ……。ほら、ぼくはいつも通りのジョジョだよ。……だぜ?」
「嘘吐けッ!!」
 怒鳴り付けると、男は縮めた肩をびくりと跳ねさせた。図体からは想像し難いその様子は、小動物が慌てて巣穴に引っ込む様を思い出させる。
「し、シーザー、一回落ち着いて……」
「黙れ貴様!!」
 シーザーは男の胸倉に掴み掛かった。
「確かに、顔は良く似ているし体格も近い」
 鼻先が触れ合おうかというほど近付いて見ても、それは揺るがなかった。髪型を少し変えただけだと言われれば、信じる者もいるだろう。
「だがッ! 服を交換したくらいでは、このオレは騙されんぞ!! 誰だお前はッ!!」
「だ、だから、ジョセフ・ジョースタ……」
「オレのJOJOはもっと品がなくて軽くて無責任で不真面目で人を小馬鹿にしたような顔だッ!! あとっ、そんなに爽やか好青年声でもないぞッ!!」
「ま、待って! 謝るから! 説明させて! ……あと、今さらっと凄いことと酷いことを言わなかったかい……」
 シーザーは男から手を離した。問い詰めながら、実はすでにその返答の予想は付いていた。ジョセフに良く似た顔立ちで、体格も近い。おそらく年齢にも大きな差はないだろう。そんな人間が、何人もいるはずがない。
「あんたがジョナサン・ジョースター……、JOJOの祖父だな?」
「そう。初めまして。みんなジョジョって呼んでるけど……ここではややこしいね」
 そう言って彼は、屈託のない笑顔を見せた。半世紀も後の時代の人間に怒鳴り付けられたばかりだというのに、この朗らかさはどこから出てくるのだろうか。これでは自分の方が大人気ないと、シーザーは溜め息を吐いた。それをどう受け取ったのか、ジョナサンはばつの悪そうな顔をした。
「ごめんね。ジョセフが代わって欲しいって言うから……」
 承太郎から告げられた複雑な話と、その後に続くシーザーの言葉を予測したジョセフは、どうやら外見が良く似た祖父――と呼ぶには若過ぎるが――を身代わりにして――服まで交換して――逃走を図ったらしい。もちろん彼とて、己に課せられた運命を本気で放り投げるつもりはないだろう。おそらくその逆だ。拍子抜けするくらいあっさりと受け入れてしまった後は、「複雑なことは良く分かんないけど、とにかく了解! 戦って勝てばいいわけだろ! だから難しい話はここで終わりね!」なんてことを言いながら手を振って走り去っていく姿が、容易に想像出来る。
「まったく……」
 シーザーは再び溜め息を吐いた。その視界の隅で、承太郎が同じような表情をしているのが見えた。時代や国、本人との関係性が違っていても、ジョセフに対するリアクションは概ね変わってはいないようだ。
「孫を甘やかさないでくださいよ」
「ごめん」
 おそらく「おじいちゃんに甘えたことってないから……」とでも言われたのだろう。ジョセフにしてみれば、初対面の相手との距離を縮めるための冗談を交えたコミュニケーションの一環のつもりなのかも知れない。あるいは、本当に初めて会う祖父に甘えてみたかったのか……。とにかく悪気はない。それが分かっているから、ジョナサンも無下に断ることが出来なかったに違いない。いかにもそういう、お人好しそうな顔だ。
「それで? JOJO……ジョセフはどこへ?」
「他の人にも挨拶したいって言ってたよ。あと、聖なる遺体に興味を持ったみたいで、仗助と一緒になにかしてた」
 ジョナサンの言葉を聞いて、承太郎が「とめてくる」と短く宣言した。その姿は、「まったく、おもちゃじゃあないんだぜ……」と呟きながら離れていった。どうやら彼も苦労しているようだ。
「君は、ツェペリさんのお孫さんなんだってね」
 そう言うとジョナサンは、改めてシーザーの姿をまじまじと見た。そして小さく首を傾げる。
「似てる……かなぁ?」
「貴方とJOJOが似過ぎてるだけです」
 まだ少し離れたところにいるのが見えた程度だが、シーザーとその祖父のウィル・A・ツェペリの場合は、年齢がだいぶ違っている所為もあってか、それほど多くの共通点は見られないように思える――髪の色もだいぶ違った――。その2人と比べれば、確かにジョナサンとジョセフは良く似ていると言えるだろう。
「でも、すぐに違うと気付いたね?」
「それはまあ……」
「……あの、さっき言ってたのは……」
「さっき?」
「品がないとか不真面目とか……」
「あ……」
 良く考えれば、ずいぶんと失礼なことを言ってしまった。勢いとはいえ、身内に聞かせるような言葉ではなかっただろう。
「いや、あれはなんというか……」
 なんとかフォローしようと、脳味噌をフル回転させて言葉を探していると、
「じじいに品性だとか真面目さだとかは期待しない方がいいぜ」
「うわっ!?」
 突然割って入り、きっぱりと言い放ったのは、どこかへ行ったはずの承太郎だった。
「びっくりした」
「いたのか」
「ああ」
「聖なる遺体を取り上げに行ったんじゃあなかったのかい?」
「逃げられた。あいつ等、即席のくせにいいコンビネーションしやがって」
 複数を指す言葉を使ったのは、ジョセフだけではなく、東方仗助という名の少年も含まれているからか。そういえば、あの2人はどことなく雰囲気が似ているように思えた。そして、意気投合してタッグを組まれると、少々面倒臭そうにも。承太郎はかなり強い力を持っているらしいが、流石に2対1では分が悪かったと見える。
「こっちには来てないよ」
「そうか。邪魔したな」
 小さく舌を鳴らした後、溜め息を吐いて承太郎は再び去って行った。
「承太郎もああ言ってたし、ジョセフの性格はまあ、“そういうこと”なんだろうね……」
 ここで否定しては、却って嘘臭くなってしまいそうだ。かと言って肯定するのも今更ながらどうかと思い、シーザーは黙っていることを選んだ。
「彼は紳士じゃあないのか。うーん、少しショックだ。ぼくの子供は彼に一体どんな教育を……? それとも、ぼくの子供の教育がなにか間違って……? あ、あっ、その前に、ぼくの結婚相手は、ぼくがそうだったらいいなと思ってる人であってるだろうか!?」
 急にそわそわと落ち着かない様子を見せ始めたジョナサンに、シーザーは「オレの口からはなにも」と言って苦笑を返すことしか出来なかった。
「君達が知っていることは、ぼくにとっては未来の出来事になるんだものね。あまり色々聞かない方がいいんだろうね」
「そうかも知れません」
 少なくとも、あんたは吸血鬼との戦いで命を落とす。オレの祖父も惨死した。なんて話は、聞かせられるわけがない。ジョセフの両親は子を残して早くに他界したらしい。なんてことも。
 ジョセフであれば、「ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃん」なんて言い出しそうだ。だが彼の祖父は、そんな聞き分けの無いことはしないようだ。
「気にはなるけど、我慢だね。我慢っ」
 そうしてもらうしかないだろう。だが、
「ひとつだけ」
 シーザーはジョナサンの碧い瞳を見ながら言った。
 未来を知るなんてことは、おそらく世界のルールに反する行為なのだろう。だがそれを言ったら、いくつもの時代や世界を巻き込んでいる今のこの状況は、とっくにルールからも常識から逸脱している。本来なら咎められるのであろう言動は全て、この“ルール違反”の一部として、敵の――『あの男』の――所為にしてしまおう。それ以上に、これからしばらく一緒に行動することになるのであれば、いずれ分かることだと断言出来る。
「JOJO……ジョセフは、悪いところばっかりじゃあない」
 ジョナサンはその言葉の意味を考えるように瞬きを繰り返した。その表情がなんだか幼く見え、「ああ、似てる」とシーザーは思った。
「オレもあいつと会ってからまだ日は浅いが、それでも、あいつの良さは分かる……と思っている」
 最初はそれこそ、品がなくて軽くて無責任で不真面目で人を小馬鹿にしたようなやつだと思っていた。だがその根底には、勇気と正義、そして他者を思いやる優しさが存在していた。彼と出会ってからのこの短い期間で、シーザーはそれを確信した。そして彼と共に戦いたいと強く思った。
「ふざけているように見えることも多いが、それだって誰かを思ってのことなんだ。むしろ、他人のために自分の評価が下がるような振る舞いも厭わない。そういう心が、あいつにはある」
 それは、ジョナサンから受け継いだものなのだろうか。そうなのだとしたら、礼でも言いたい気分だ。だが、
「ありがとう」
 その言葉は、ジョナサンの方から発せられた。シーザーが戸惑っていると、ジョナサンはにっこりと微笑んだ。
「ジョセフはいい友達を持ったなぁ」
 そんな風に言われると、なんだか照れ臭い。ジョセフに良く似た顔の人物からとなると、なおさらだ。ジョナサンはシーザーと同じような年齢であるはずなのに、その表情には好々爺という言葉がぴったりだ。
「これからもぼくの孫を……ううん、君のジョジョを、よろしくね」
「……今、さらっと凄いことを言わなかったか……」
「君が先に言ったんだよ」
 夏どころか春にさえまだ遠い季節だというのに、顔が熱い。シーザーが視線を逸らすと、その胸中を全て見通したかのようにジョナサンは笑った。
 なんとかして話題を変えたいところだが、世代――というよりも時代――の違う相手と、一体何を話せば良いのだろう。彼は友人の祖父だ。あるいは、――直接の会話はまだほとんどしたことがない――祖父の友人だ。共通の話題になりそうな要素は限られている。
(他に何かないか……)
 それも、ジョナサンにとっての未来に触れてしまうようなこと以外で。
(……待てよ?)
 その人物の名前が浮かんだのと、その人物の声が聞こえたのは、ほぼ同時だった。
「ジョースターさーん!」
「スピードワゴン!」
 大きな声でジョナサンを呼びながら駆け寄ってきた男は、ロバート・E・O・スピードワゴンだった。といっても、シーザーが知る彼よりもずいぶんと若い。それでも、そのまなざしとその顔のキズは見知ったものに間違いない。
「ジョースターさん、そろそろ移動するみたいです!」
「分かった。……承太郎は?」
「じじい? を探してるとか言ってましたぜ」
 スピードワゴンがそう答えると、ジョナサンは周囲に視線を巡らせた。
「おじいさんの方はあそこにいるね」
「ということは、JOJOの方だな……」
「あ、仗助は捕まったみたいだね。ほら、あっちにいる」
 ジョナサンが指差す先に、同じ世界から来たらしい少年達と一緒にいる仗助がいた。ジョセフの姿は、相変わらずどこにも見当たらない。もしかしたら年下の仗助を囮にして、自分だけ逃げたのだろうか。
「探すの、手伝ってあげた方がいいね。……ぼくの服も返してもらいたいし」
「まったく……」
「すぐに連れてくるから、スピードワゴンは先に他の人達に声を掛けてきてくれるかい」
「分かりました!」
 そう答えると、スピードワゴンはもう駆け出していた。その後ろ姿は使命に燃える兵士か、あるいは主人に仕えることが嬉しくて仕方がない忠犬のように見えた。
「あれが若い頃のスピードワゴンか……」
「さて、どこを探そう?」
 この場所――リサリサが所有する島にある波紋の修行場――に馴染みのないジョナサンは、どこから捜索を始めて良いのか決めかねているようだ。シーザーなら、ジョセフが身を潜めていそうな――あるいはトラップを仕掛けていそうな――場所は多少なりとも想像が付く。それに、このお人好しの見本のような男が行くよりも、自分の方がジョセフを引き摺り出せそうに思えた。
「JOJO! さっさと出てこい! 抵抗するようならシャボンランチャーを喰らわせてやるからな! おい、JOJO……と、この呼び方は紛らわしいな……」
「だねぇ」
「じゃあ……、ジョセフ!」
 なんだか違和感がある。しかも「誰かわしを呼んだか?」なんて返事があった。
「ああもうっ、紛らわしい!!」
「やれやれだねぇ」
 頭を抱えるシーザーの横で、ジョナサンはくつくつと笑った。


2021,03,14


タイトルの和訳は「じじい公認」でお願いします(ジョナサンのことをじじいと呼ぶ人はいなさそうだけど)。
シーザーは(本心ではないと思うけど)ジョナサンの所為でツェペリさん死んだって言ってたけど、ジョナサンは「ジョセフもシーザーもみーんなぼくの可愛い孫!」みたいな感じでいてほしいです。
それにしても名前で呼んでも苗字で呼んでも愛称で呼んでも被るとは、ややこしい。
ジョセフはこの後聖なる遺体で嫌がらせをしてきます。
<利鳴>

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