※『365日で1年間』の半年後設定のシージョセです。


  lighter


「JOJO、今日暇か?」
 早々と荷物を片付け終えてしまったらしいシーザーが、鞄を持ち上げながら尋ねてきた。その爪先は、すでに教室の出口へと向いている。まるで、早く帰って遊びに行きたい小学生のようだ。
「すっげー暇。いつもどーり。食事当番はジョニィの日だし。シーザーはバイト?」
 ジョセフがそう尋ね返したのは、シーザーがなんだか急いでいるように見えたからだ。しかしそうだとすると、ジョセフに時間の都合を聞いてくるのも少々おかしい。なにか頼み事だろうか。
 ジョセフが首を傾げていると、シーザーは「いや」と答えた。
「今日は最後の休み」
「なにそれ」
「一気に2人辞めて、シフトがありえないことになってる。しばらくぶっ通しだ」
「うわぁ……」
 それは災難だ。しかしシーザーは少し笑っている。ヤケでも起こしたのか。それとも、なにか企んでいるのか……。
「で、だ。これからうちに来ないか?」
 シーザーは笑顔のまま言った。その表情から、なにかを企んでいるのかどうかは読み取れなかった。
「そりゃあ……」
 行きたい。しばらくは一緒にゆっくり出来る時間がないと聞かされればなおのこと行きたい。だが、
「明日からずっとバイトなら、今日はゆっくり休んだ方がいいんじゃあないの?」
 自分がいたら、邪魔してしまうのではないか。ジョセフの本心は、もちろんシーザーと一緒にいたい。わざわざ公言してはいないが、2人は間違いなく恋人同士なのだから。だが、いや、だからこそ、自分の体調に気を使って欲しい。無理はしないで欲しい。でも一緒に居たい。ジョセフの葛藤がまるで全て見えているかのように、シーザーはくすりと笑った。大きな手が伸びてきて、ジョセフの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「遠慮するな。らしくない」
「……分かった」
 それなら、掃除でも、料理でも、なんでもいい。なにか手伝って、シーザーの負担を減らしてやろう。そう決めて、ジョセフも立ち上がった。だが、いざシーザーの部屋へ辿り着くと、どこもキレイに整頓されていた。夕食は、食材の買い置きもあまりないし、外に食べに行くと宣言され――ジョセフも一緒に行くことになった――、洗濯も全自動だ。
「いいから座ってろ。お茶いれてくる」
「あ、じゃあ、それをオレがやるっ!」
「駄目」
 表情はお穏やかだった。口調も、刺々しいものでは決してない。しかしきっぱりと完全に拒否されるとまでは思っていなかったジョセフは、呆然とその場に立ち尽くしてしまった。「いいって」、「大丈夫だから」。そんな言葉ではなく、有無を言わさぬ「駄目」。なにもさせてもらえなくて哀しいだとか、腹が立つだとか以前に、ただ驚いてしまった。そうしている間に、シーザーは台所でお茶の用意を始めている。
 仕方なく腰を下ろしたジョセフは、ぼんやりと部屋の中を見廻した。今年の2月に引っ越してきたばかりの頃には、ダンボールが積み上げられていたこの部屋は、その後少しずつ片付けられ――ジョセフも手伝った――、ある程度まで物が減った。が、今度はそこを、より暮らし易い場所にしようとの努力から、今は新たな物が増え始めている。ここへ来る前、親戚の家を借りていた頃にはなかった色違いの2つのクッションの片方は、実質ジョセフの物となっている。
 あれは以前からある物。あれは最近新しく買った物。あの時計は前の部屋にあった物と見せかけて、実は同じデザインの2代目だ――電池交換の際に、うっかり落として壊したらしい――。そんな風に室内を順番に廻っていたジョセフの眼が、テレビ台の上にずらりと並べられた色とりどりの物体にとまった。
「……?」
 見覚えのないそれは、よく見ると色や形の異なるライターだった。一見小さな人形や置物にしか思えないような物もある。それらの数は、両手両足の指を全て用いてもまだ足りない。
「こんなの前からあった?」
 両手にグラスを持ったシーザーに尋ねた。
「オレのコレクション」
「へぇー。知らなかった」
「前の家では箱に入れてしまってたんだが、せっかくだから出してきたんだ。今はもうこういうの手に入り難いんだよなー……」
「ふーん」
 「触ってもいい?」と断ってから、ジョセフはよく見かけるシンプルなデザインのライターを手に取った。コンビニでも売っているような、なんの変哲もないようなライターだ。その隣には、少し高そうな物が置かれている。統一感は全くないようだ。
「シーザーちゃんってタバコ吸うっけ?」
「今は吸ってないけどな。イタリア人の若者の喫煙率は高いぜ」
「やめたの」
「まあな」
「お金かかるもんね」
「それが半分。もう半分は、周囲への配慮」
「周囲? ああ、ジャイロ?」
 そういえば、数ヶ月前までシーザーと一緒に生活していた彼の従兄弟は医療関係者だ。ある意味ドクターストップだなと思っていると、しかしシーザーは首を横へ振った。
「覚えてないか? 1回だけ、お前の前で吸ったことがある。大学入ってすぐの頃」
「そうだっけ?」
 その頃はまだ、2人の関係はこうではなかった。それどころか、むしろあまり仲は良くなかったはずだ。イタリアからの留学生を、ジョセフはキザでかっこつけの嫌なやつだと思っていた。が、共通の友人がいたために、授業の後に何人かで一緒により道をしたことがあった。そう、4〜5人で入った飲食店で「煙たい」と苦情を言ったことが、確かにあったかも知れない。「食事中にタバコ吸うやつってなんなのかねぇ。あんなんで本当に味分かってんのかぁ?」。そんなことを、これ見よがしに言ったような気もする。ジョセフはあの場に他の喫煙者がいなかったのは幸いだったなと、今更思った。
「それでやめたの? え? オレの所為?」
「最初は人のいるところでは吸わなくなった。しばらくして、やめた。吸える場所も時間も限られてたしな。吸わずにはいられないようなやつだと思われるのも嫌だったし」
「ふーん」
「それに、『所為』じゃあなくて、『ため』」
 気が付くと、シーザーの顔がかなり近い位置にあった。驚いたジョセフを見て、シーザーは笑った。
「ヤニ臭い男とキスするのは嫌なんだろ?」
 言動は知り合ったばかりの「キザなかっこつけ」のシーザーと、然程変わりないのかも知れない。しかし、今は不快には思わない。その対象が自分になったというだけで、人はこうも盲目になれてしまうものなのか。
 小さな音を立てて、2人の唇は触れ合い、すぐに離れた。シーザーが飲み物の入ったグラスを持ったままでなかったら、接していた時間はもっと長かったかも知れない。
「タバコはやめたのにライター集めは続けてんの?」
「それはそれ。これはこれ」
「でももう完全に置物だよね。使い道ないんじゃあさ」
「使い道か」
 シーザーはようやくグラスをテーブルに置くと、ジョセフに背を向け、再び台所へ入っていった。かと思うと、すぐに戻ってきた。そしてその手に、小さなショートケーキが乗った皿があった。細長いローソクまで立っている。
「使い道なら、あるぜ」
 そう言いながら、シーザーはジョセフの手からライターを取り上げた。カチリと音がして、小さな火が灯る。火はすぐさまローソクに移された。
「Buon Compleanno」
 囁くようなシーザーの声に、炎は小さく揺れた。
「消して」
 こくりと頷いて息を吹く。炎が消えるのと同時に、急に周囲が静かになったように感じた。先程まで聞こえていなかったはずの心音が煩いのは、きっとその所為なのだろうとジョセフは思った。
「ほんっとにキザね」
 ジョセフは頬が赤く染まっていることをなんとか誤魔化そうとした。しかし、シーザーの笑顔は到底誤魔化しきれないような距離にある。せめてもの抵抗にと、ジョセフは視線だけを逸らせた。
「悪いな、当日バイトで」
「学校では会えるんだろ?」
「1限目から」
「じゃあ許す」
 ジョセフは眼を閉じた。温かい感触が唇に触れる。ケーキの皿がテーブルに置かれる音がした。唇を押し開ける優しい力に、ジョセフは素直に流された。舌同士が絡み合う。呼吸が苦しい。やっぱり企んでいたんだなと心の中で呟いた。
 唇が離れると、ジョセフは小さく咳き込みながら、テーブルの上のケーキを見た。ローソクから立ち上っていた煙はすでに消えている。だが、そのにおいがまだ周囲に残っていた。
「煙い」
 ジョセフが眉間に皺を寄せるのを見て、シーザーは笑った。


2013,09,27


アニメでシーザーの喫煙シーンなくなってたな。禁煙したのか? とか思ってたら浮かんだネタでした。
ジャイロとジョニィの名前が、これ本当に必要か? ってくらいにちらりとしか出てきませんでしたが、
2人の存在がないとただの現代パラレルになってしまって、365日の外伝に出来なくなってしまうので、無理矢理出しました。
365日の下に並べておきたかったんです。
<利鳴>

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