DIOジョナ R15 混部


  囚われの幻


 いつしかDIOは、自分の中――精神の世界とでも呼ぼうか――に、1つの――自分のものではない――“魂”が存在していることに気付いた。眠りの中で見る夢にも似たそれは、ジョナサン・ジョースターの姿をしていた。それを見たDIOは――そしてDIOと対面したジョナサンも――、不思議と驚きの感情は持たなかった。
「こんなところで何をしている、ジョジョ」
 DIOがそう尋ねると、ジョナサンは少し困ったような眼を向けてきた。
「それはぼくのセリフだな、ディオ。“これ”はぼくの身体だろう? 異邦人は君の方だ。違うかい?」
 ジョナサン・ジョースターは死んだはずだった。そう、この手で――正確には手どころか首から下の器官を何一つ持っていない状態でのことだったのだが――殺した。ジョナサンの肉体はすでに、――彼のものとしては――存在していない。今ここにいるのは、消えることなく残った“魂”だ。
「往生際の悪いやつだな」
「君に言われたくないな。それに、ぼくは望んでこんなところにいるんじゃあない」
「ほう?」
 DIOは片方の眉をぴくりと上げた。
「残念だけど、ぼくはもう死んでしまっているんだ。何も出来ない。君を、とめることも」
 ジョナサンは自分の両手を見詰めた。この手は何も掴むことが出来ないのだと嘆くような眼で。彼の腕には、黒い鎖が繋がれていた。その先は、何もない空間に溶け込むように伸びている。
「本当は後のことは“彼等”に任せて、ぼくはもう逝くべきなんだ。なのに、“これ”が邪魔して、動くことが出来ない」
 ふうと溜め息を吐いたジョナサンは、続いて咎めるような視線を向けてきた。
「オレが捕らえている、と?」
「この状況を見るに、そうとしか思えないね」
 あるいは、これが本来あるべき形だったのだろうか。と、DIOは思う。やはり彼等は、ふたりでひとりだったのかも知れない。
 改めて周囲を見廻してみると、そこは在りし日のジョースター邸に良く似た内装の部屋の中だった。おそらくはジョナサンの部屋だろう。DIOも何度か――その内の何回かは無断で――入ったことがある。むろん、全て――そこに捕らわれたジョナサンの姿も含めて――実在はしない、いわば幻のようなものだ。それをヴィジョンとして作り出したのは、DIOの記憶か、それともジョナサンの肉体が持っているそれか……。
 初めてその存在に気付いて以来、DIOは時折、ジョナサンの許を訪ねるようになった。
 ジョナサンの腕に繋がれたどこから伸びているのか分からない鎖は、どれ程の長さを有しているのか不明だが、少なくとも部屋の中を自由に動き廻ることには何の支障もないようだ。それでも間違いなく彼の自由を奪っているそれを弄びながら、その日、ジョナサンはベッドの淵に腰掛けていた。
「退屈そうだな」
「退屈だよ、実際」
 「ここから出たい」と、ジョナサンは呟くように言った。それが彼の消滅を意味することを理解した上での発言だ。
「暇つぶしの相手をしてやろうか?」
「暇をつぶしたいのは君の方なんじゃあないのかい」
 DIOは太陽が地上を照らしている間は外に出ることが出来ない。「いつも」と言うわけではないが、ひどく退屈することがあるのは認めざるを得ない事実だ。これが永遠を生きるということなのだろう。だが、ジョナサンがいる限りは、会話の相手に困ることはない。なるほど、彼を捕らえているのは、確かに自分なのかも知れないなとDIOは思った。
 “魂”だけの存在となったジョナサンは、哀れな程に無力だった。彼はDIOから肉体の制御権を奪うことも出来ず、かと言って、DIOの精神体と戦うだけの力も持っていないようだ。だが、DIOの――かつては彼のものだった――肉体を介して外部の情報を得ることは可能なようで、DIOが今何をしようとしているのかは把握しているらしかった。「君はまたそうやって罪のない人達を傷付けて」。咎めるような、呆れるような、それでいて哀れむような口調で、ジョナサンはよく溜め息を吐いた。DIOは、それを当然のように黙殺した。
「この“肉の芽”を、自分自身に打ち込んだらどうなると思う?」
 自分の細胞から作り出した種子のような形をした“それ”を指先で転がしながら、DIOは尋ねた。百年前には持っていなかったその能力を、今のジョナサンは当然のように知っていた。
「人間の脳を支配する……だっけ。それを、自分に?」
 意外にも、ジョナサンはDIOと極普通に会話をして――くれて――いた。かつては殺したあった相手だ――しかも死してなお因縁は途切れていないらしい――。「お前とは口を利きたくない」と思っても不思議はないと言うのに。そんなことをしても何にもならないということを理解しているからなのか、他愛ない会話を続けている内に、DIOを“説得”出来るとでも考えているのか……。もしかしたら単純に、やはり彼も退屈なのかも知れない。あるいは、“ジョナサンの魂”なんてものは本当は存在しておらず、これはただの夢なのか……。
「それ、実際にやったのかい?」
 “ジョナサン”の視線がDIOの額の辺りを探った。DIOはゆっくりと首を横へ振る。
「だからこそ聞いている。『どうなると思う?』、とな」
「なんだ。正解があるわけじゃあないのか。そうだなぁ……。たぶん、無駄なんじゃあないかな。自分の脳は、元々自分のものだ。それを支配すると言っても、結局は何も変わらないんじゃあないのかな。額と脳、それから頭蓋骨もか。傷が出来るだけ……、いや、君の場合はそれもすぐに再生するんだっけ」
「なるほど?」
 肩を竦めるような仕草をしながら、DIOは人差し指を立てた。指先はジョナサンへと向いている。ジョナサンは首を傾げた。指を動かすと、彼の視線もついてきた。DIOはベッドに腰を掛けたまま自分の指先を見詰めているジョナサンに近付いてゆき、その指で彼の額を弾いた。なかなかどうして小気味良い音が響いた。
「いったッ……! 何をするんだいきなりっ」
「吸血鬼の力で本気を出せば、人間の頭部なんぞ簡単に弾け飛ぶわ。手加減してやったことを、感謝するんだな」
「ぼくはそんなことを聞いているんじゃあない」
「忘れたか。人間の脳には、眠っている力があることを」
「……石仮面?」
「そうだ。全ての力を、人間は使いこなせていない。そもそも、自分自身を完璧にコントロール出来る人間がこの地上にどれだけいる? 眠りたくなくとも睡魔は襲ってくる。望まなくとも腹は減る。後になって己の行動を悔やむ。それは、自身の“支配”が足りないからではないのか?」
 DIOはベッドの上に手をつき、体重をかけた。
「お前の子孫達とこのDIOがお互いの存在を感知しているのも、意思とは無関係に行われていることだ」
 あるいはそれは、ジョナサンの意思だろうか。
 「なるほど」と口を開きかけたジョナサンの腕を、DIOは掴んだ。ジョナサンが驚きの表情を浮かべるよりも早く、DIOはその唇に喰らい付くような口付けをした。
「んんッ!?」
 くぐもった音が塞がれた唇から漏れる。ジョナサンはDIOから離れようとしたが、DIOはそれをさせまいとした。結果、ジョナサンの身体は上半身の体重がいくらか後方へ移動しただけで、DIOとの距離は全く変わらなかった。それどころか、DIOが少し力を加えると、その身体は簡単にベッドの上へと倒れ込んだ。
 しばらく塞いだ後に開放してやった唇は、抗議の声を上げるより先に、酸素を求めて喘いだ。その様子を眺めて笑うと、DIOはジョナサンの手首を拘束していないもう片方の手で、彼の両足の間に触れた。
「な……ッ、ディ、ディオッ!?」
 ジョナサンの顔は一瞬にして赤く染まった。と同時に、DIOの手が触れている箇所に熱が生まれる。DIOは喉を鳴らすようにくつくつと笑った。
「“これ”も、お前の意思でコントロールしていることではあるまい?」
「あっ……、な、なにをす……っ、んっ……!」
「言っただろう? 『暇つぶしの相手をしてやる』と」
 にやりと笑うと、ジョナサンの顔は蒼褪めた。赤くなったり蒼くなったり、忙しい男だと思いながら、DIOは抵抗する力を更なる力でもって捩じ伏せた。

「魂が汚された」
 ジョナサンは毛布から顔だけを出した状態で、ベッドの上にうつ伏せになっている。恨みがましいその口調に、DIOは平然と返した。
「“この”身体は元はお前のものだからな。“自分の”を突っ込まれるなんて、貴重な体験だな」
「もうっ、ディオっ!! 君はサイテーだ!」
 悲鳴を上げるように言うと、ジョナサンは頭の上まで毛布を引き上げ、完全にその姿を隠してしまった。
「そもそも、君は自分の立場が分かっているのかい!? こんなことをしている間に、“彼等”が来たらどうするつもりなんだッ」
「このDIOの寝込みを襲うと?」
「言っておくけど、ジョセフも承太郎も、決して紳士的ではないんだからねっ」
「躾がなっていないな。誰の責任だ?」
「少なくとも、ぼくのじゃあない」
 DIOはやれやれと溜め息を吐いた。
 ジョナサンが喚くのをやめると、部屋の中は静寂に満たされた。しばらくその状態が続く。かつての宿敵はそのまま眠ってしまったのだろうかと思いながら、DIOは腰を浮かせかけた。そろそろ、忌々しい太陽が沈む頃だ。
「ディオ」
 DIOが動いた気配が伝わって眼を覚ましたのか、それとも元から眠ってはいなかったのか、鼻から上だけを覗かせて、ジョナサンの顔がこちらを向いていた。
「もう、やめないかい? 本当は分かっているんだろう? この“世界”には、“ぼく達”がいる場所はないんだ。君は、“彼等”には勝てない」
 DIOは「ふん」と鼻を鳴らした。
「たいした自信だな? 予言のつもりか?」
「まさか。ぼくは占い師じゃあない」
 ジョナサンは頭を振った。
「まあ確かに、自信はあるけどね。2ポンド賭けてもいいよ」
「その減らず口は、お前に“肉の芽”を打ち込めば黙らせることが出来るか?」
 少し睨んでやった。だが、それでジョナサンが怯んだ様子はない。彼は起き上がると、乱れた髪を片手で撫で付けた。腕に繋がった鎖がジャラジャラと音を立てた。
「実在しないぼくを従わせるのが楽しいかい? なら、やればいい。それで満足して、もう罪のない人達を苦しめるのはやめるんだ」
 DIOはジョナサンの腕から伸びた鎖を掴んで引き寄せた。実在しないその鎖は、冷たくも、熱くもなく、重いようでも、軽いようでもあった。ジョナサンは不意のことに体勢を崩しはしたが、その瞳は真っ直ぐDIOへと向けられたままだ。
「ジョジョ、オレはこの“世界”を手に入れるぞ。居場所がないのなら、奪い取ってでも手に入れてやる。オレは、ずっとそうしてきた」
 ジョナサンは諦めにも似た表情で息を吐き、「そうだったね」と頷いた。
「オレが王座を手に入れたら、その隣に、ジョジョ、お前の席も置いてやる」
 ジョナサンは肩を竦めただけで、何も言わなかった。百年前、「永遠を与えてやろう」と言ったディオに対して、何の言葉も返さなかったあの時と同じように。
「君は、本当に変わらないな」
 やがてゆっくりと眼を伏せながら呟いたジョナサンの声は、不思議と穏やかだった。
「ディオ。“彼等”が近付いてきている。ぼくは眠るよ。君と“彼等”が傷付け合うところは、見たくない」
 似たようなセリフを、百年前に聞いたなと、DIOは思った。
 ジョナサンは微笑み、「おやすみ」と言った。DIOにはそれが、何故か『さよなら』と言っているように聞こえた。


2015,01,12


3部DIOとジョナサンの話は前にも一度書いたのですが、ほとんど同じ内容になってしまいました。
それでも「書きたい!」と思う何かがあったはずなのですが、思うように書き進められずに色々直している内にそれがなんだったのかも朧気に……。
せめてもの抵抗に……というわけではないのですが、視点キャラだけは変えて、DIOにしてみました。
3部DIOとジョナサンの話って、1部扱いにするのか3部扱いにするのかそれとも混部なのか悩みます。
<利鳴>

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