※『365日で1年間』の設定のジャイジョニです。


  お大事に


 ジョニィとの約束の時間まではまだ15分ほどあった。あまり早く行って準備を急かすのは気が退ける。それ以上に、「そんなに早く会いたかったの?」とからかわれそう――ジョニィにではなく、その従兄弟に――なのが嫌だった。そんなことは冗談でも言われて嬉しいことではない。なにしろ、ほぼ百パーセント、図星なのだから。そうは言っても路上駐車を続けるのも褒められた行為ではない。コンビニにでも行ってこようかとも思ったが、やはり「早く会いたい」という気持ちが彼にシートベルトを外させていた。時間を勘違いしたのだ。うん、そう言い訳しようと決めて、ジャイロは車を降りた。
 呼び鈴を鳴らすと、パタパタと足音が聞こえてきた。ジョニィではない。ジョニィの従兄弟のジョセフだろう。そう分かる理由は至ってシンプルだ。ジョニィは移動時に足音を立てない――無音だという意味でもないが――。
 ドアを開けたジョセフは、ジョニィに聞かされていたであろう時間よりも15分も早くやってきたことを早速揶揄してくる。そう思ったジャイロの予想は、しかし外れることとなった。顔を見せたジョセフは、どこか困ったような表情をしていた。
「あー、ジャイロ、ちょっと悪いんだけどさぁ」
「どうかしたか?」
 いつもならジョセフの後ろでスタンバイしているジョニィの姿が見えない。予告した時間よりも前とあっては、まだ準備が終わっていないだけなのかも知れない。だがジャイロが記憶している限り、ジョニィはギリギリにならないと外出の準備を終わらせられないような性格の持ち主ではない。時には、何があっても遅れるものかという執念すら感じる。それは、何をするにしても一定以上の時間が――常人及び以前の彼自身と比較して――かかってしまう彼の、クセのようなものに近いのかも知れない。
 事故に遭ったと聞いていた。それ以上は、両脚の骨折だとしか知らなかった。医者であるジャイロの勤め先と、車椅子生活を送っているジョニィの通院先は偶然にも同じであった――というよりも、ジャイロが初めて彼の姿を見たのが、その病院の中でだった――が、ジャイロは彼の担当医師ではない。その気になれば怪我の具合や、事故の詳細――原因や相手がいたのか等――を調べることも、本人に聞いてみることも、然程難しくなく出来ただろう。だがジャイロはそれをしなかった。そんなことはどうでもいいと思っていた。興味があるのは、彼の過去以上に、“今”と“今後”だ。仕事が休みの日に病院に行くジョニィを車で送迎してやるのはすでに数回目になろうとしていた。そのままリハビリにも付き合うので、ジャイロが病院に顔を出さない日は少ない。それを苦痛に思ったことはなかった。行き帰りのドライブは充分「楽しい」と言える時間だ。ジョニィは最初の頃は通院をサボりがちだった。それも今では変わり、このまま続けていれば間もなく自力で歩行することも可能になるだろうと言われている。
 そんなジョニィが、今日は姿を見せない。体調でも悪いのだろうかと思っていると、その通りのことをジョセフが言った。
「今朝起きた時から顔色悪くてさぁ。あれ絶対熱あるって」
「それはそれで病院だな」
「本人はそこまでするほどじゃあないって言ってた。それに、今は寝てるんだよな」
 ジョセフは室内に親指を向けた。ここからでは全く見えないが、眠っているなら無理に起こしては可愛そうだ。
「薬は?」
「市販のだけど、さっき呑んだ。って言うかオレが無理矢理呑ませたんだけどさ。けっこー大変だったんだぜ〜。そんなもん要らない。平気だから出掛けるって言い張って。でも薬呑んだら眠くなったみたいで、時間まで寝てるって言ってそのまんま。今日は出掛けるのやめさせた方がいいと思うんだ」
 ジャイロは「ああ」と頷いた。
「でもまあ、一応朝飯も食べてたし、このまま治まってくれればなぁと思ってるんだけど……」
 ジョセフの表情は曇ったままだ。
「他にも、何か?」
 ジャイロは首を傾げた。とほぼ同時に、ジョセフの職業を思い出していた。
「オレこれから授業あって、そろそろ出掛けないとまずいんだよね」
「なるほど」
 彼はジャイロの従兄弟と同じ大学に通う学生だ。脚の動かないジョニィの手伝いを、授業の合間にこなしている。自分が大学生だった頃の試験の時期はいつだっただろうかと思い出そうとしたが、そもそも祖国とここでは国が違う。行事の季節もずれているのかも知れないことに気が付いた。
「ジョニィひとりにしておくのもちょっと心配で、今悩んでんだよね。眼覚ましたら外出ていきそうな感じだったし」
 ジョニィはよく彼のことを「いい加減なやつだ」と話している。が、言うほど無責任な人間でないことは、おそらくジョニィもきちんと知っているだろう。今もこうして、従兄弟の容態を気にかけている。いい従兄弟を持ったじゃあないかと、ジャイロは心の中で言った。
「オレが代わってやろうか」
 ジャイロとしては、ごく自然な流れで言ったつもりだった。しかしジョセフは驚いたような顔をしている。
「え? ジャイロが代返してくれんの?」
「なんでだ。そっちじゃあない。お前さんが学校行ってる間、ジョニィのこと見ててやるって言ってんの」
「マジで? それならすごく助かるけど、ジャイロは予定とか平気なのか?」
「元々休みだからな」
 今日は1日ジョニィに付き合うつもりだったのだ。
 そうと決まればとばかりに、ジャイロは部屋へと上がり込んだ。ジョセフはすでに準備を済ませてあったらしいカバンを持ち上げ、ジャイロと入れ違いで玄関へ向かう。
「いやぁ、ほんっと助かる。昼過ぎには帰るから」
「分かった」
「もしなんかあったら……」
「オレは医者だぜ?」
「そうでした」
 ジョセフはようやく少し安心したように表情を緩めた。
「あ、なんかてきとーにあるもの食っていいから。ジョニィが起きてなんか食べられそうだったら、それもお願い」
 外から屋内に向かってそう言った時には、もう彼の口調は留守中のペットの餌の面倒を頼むようなそれになっていた――それだけ不安な様子は薄れている――。彼と一対一で会話をしたことは、実は数えるほどしかないが、それでもどうやらある程度以上の信頼はしてもらえているようだ――ジョニィには、しばらく医者であるということも信用してもらえていなかった覚えがあるが――。
 ドアが閉まると屋内はしんと静かになった。ジョニィはまだ眠っているのだろうか。眼を覚ましていきなり自分がいたら驚かせてしまうだろうなと思いながら、奥の寝室へ様子を見に行った。
 案の定、部屋の主はぐっすりと眠っていた。薬が効いているのだろう。ジャイロの気配に気付いて眼を覚ます様子はない。それでも熱が引ききってしまったわけではないようで、頬がわずかに上気している。彼が眼を覚ましたら、体温計の在り処を聞いて検温させようと思いながら、ジャイロは一度車に戻って――結局路上駐車だ――カバンに入れっぱなしだった読みかけの文庫本を取ってきた。ジョニィが眼を覚ましたらすぐに気付けるようにと、寝室の隅に腰を降ろした。ベッドからは少し距離があるが、視界の隅でジョニィが動けば問題なく気付けるはずだ。
 1時間ほど経ったところで、トイレに立った。戻ってきた時、部屋の中の光景はわずかに変化していた。ジャイロが部屋を出る前は、ジョニィは仰向けに眠っていた。今は身体はそのままの姿勢で、首だけがこちらを向いている。その状態で微動だにしないものだから、ぼんやりと目蓋が開いていることに気付くのに時間がかかった。ジョニィが瞬きをすると、2人の眼があった。
「具合どうだ?」
 尋ねたが、返事がない。おかしいなと思いながら、近付いて行く。
「……あれ」
 小さく動いたジョニィの唇からかすかに音が聞こえた。
「ジャイロが見える……」
 どうやら寝惚けているようだと、ジャイロは瞬時に察した。
「そうか。オレにはジョニィが見えるぜ」
 ジョニィの“いかにも病人”といった風な顔色は、いくらか治まっているようだ。このまま安静にしていれば、本人の主張通り、無理に病院へ担ぎ込む必要はないと思って良いだろう。ただやはりまだぼんやりしているようで、彼はゆっくりと瞬きを繰り返しているだけで何も言わない。
「どうした? 大丈夫か?」
 尋ねたジャイロに、ジョニィが答えるまで少し長い間があった。さらにその答えは、キャッチボールと呼び難い返って来方をした。
「あ、そっかぁ」
 口調は至ってのんびりとしている。
「またさっきの夢かぁ」
「夢?」
 どうやら、熱でぼんやりとした頭が夢を見せているものと勘違いしているようだ。自分がジョニィの部屋に上がり込んでいるのは、そんなに非現実的なことだろうかとジャイロは首を傾げる。それに、「また」とはどういうことだろう。自分はそんなに何度もジョニィの夢の中にお邪魔しているのだろうか。
 時計を見ると、まだ昼には早い時間だ。が、ジョセフが「朝食は“一応”とった」と言っていたことを思い出す。わざわざ「一応」と付けたところを見ると、おそらく量は普段よりもとっていないに違いない。風邪を治すには、充分な睡眠も必要だが、きちんとした栄養も欠いてはいけない。もし何か食べられそうなら、一度起きてもらわねば。
「どうする? 起きるか?」
 ジャイロが尋ねると、ジョニィは「うん」と頷いた。
「起きる。起きて、ジャイロのとこ行かなきゃ」
 そう言うと、彼はもぞもぞと毛布の中に潜り込んだ。
 一瞬意味が分からなかったが、やがて「そうか、完全に寝惚けているのだ」と気付く。どうやら彼は、本当に夢を見ていると思い込んでいるようだ。どうすればその夢から覚めるか……。手っ取り早く、もう一度眠ってみることにしたのだろう。次に眼を覚ますのが、現実の世界というわけか。
(オレはどんだけ現実味がないんだ)
 存在を否定された気分……とまではいかないが、なんだか複雑な気持ちだ。
 が、ジョニィは言った。眼が覚めたら――夢が終わったら――、ジャイロに会いに行くのだと。今日のリハビリに付き合ってやると約束したことは覚えているようだ。夢と現実の境界すらあやふやになっている中で、自分との約束だけは覚えていてくれた、なんて……、
(はっきり言って、ディモールト嬉しい)
 自然と唇の端が上がってきてしまう。どうしよう。
 ジョニィが眼を覚ました時に近くに自分がいたら、彼はどう思うだろうか。さっきまでは「驚くだろう」と思っていた。が、夢だと思ってつい口にした言葉が、ジャイロ本人に聞かれていたと知ったら……。自分がその立場だったら、穴を掘ってでも入りたい。
 ジャイロは床に伏せておいた本をぱっと拾い上げた。他に自分が持ち込んだ物はないかと周囲を見廻す。大丈夫だ。何もない。そのまま音を立てないように寝室を出た。ドアは閉めてあったっけ? いや、最初から開いていた気がする。いつもそうなのか、それともジャイロが入るだろうとジョセフが開けて行ったのか……。分からない。ならば、ジョセフの閉め忘れということにしておこう。
 リビングに移動し、――聞こえるはずがないと思いつつも――静かに息を吐いた。時計を見る。ジョセフが帰ってくると言っていたのは何時だったか……。思い出そうとして、そもそも具体的な時刻は聞いていないという正解に辿り着いた。「昼過ぎ」、確かそう言っていた。“過ぎ”とは、一般的には何分までを指すのだろう。
 ジャイロの計画はこうだ。
(まず、ジョニィが眼を覚ました場合だ。その場合、オレは最初からここで待機していたことにする)
 もちろん、ジョニィのセリフを聞いて等いないし、寝顔も見ていない。ジョニィがいぶかしんでも全部「夢だろう?」で押し切る。どこまでジョニィが信じてくれるか……。彼の性格からして、おそらくほとんど信じないだろう。
(だから本当は、このままジョニィとは顔を合わせずに済ませたい。それがベスト)
 かと言って病人を放っておいてさっさと帰るわけにはいかない。ジョセフとの約束もある。ジョセフが帰ってくるまで、ジョニィが眼を覚まさずにいてくれれば……。
(ジョセフが帰ってきたら、ジョニィに気付かれる前に出て行く。当然ジョセフに、オレがきたことを黙っておくように口止めして、だ)
 もちろんそれだけでは終われない。そもそも今日は、一緒に出掛ける約束をしていたのだ。自分がここへ来なかったことにすると、ジャイロがその約束をすっぽかしたことになる。急用が出来たことにするか? いや、駄目だ。そのことをジョニィに知らせようとしていないのはどう考えても不自然だ。携帯にジャイロからのメールなり着信なりがないとまずい。かと言って約束の時間を疾うに過ぎた今更やるのももっとまずい。予定通りに来たが、ジョニィが寝ていると聞いて帰ったということにしてはどうか。こちらの方が、まだ現実に近い。頭の中でシミュレートしてみる。ぴんぽーん。「はーい」。ガチャ。「悪い、ジャイロ。ジョニィ熱出て寝込んでるんだわ。今日のリハビリはなしで」。「そうかー分かったー。なら帰るわー」。
(おいおい、それも駄目だろう!)
 いくらなんでも薄情すぎる。やはりここへ来られなくなるような事情が、そしてそれを連絡しようとしなかった理由が必要だ。
(くそう、考えろ。落ち着いて考えるんだ。まだどこかに打開策はあるはずだッ)

「お。起きた?」
 声をかけるとぼんやりした眼がわずかに動いた。目蓋を開けたまま眠っているのではないなら、少なくとも意識はあるのだろう。
「スポーツドリンク飲む?」
「……のむ」
 引っ張り起こした手は少し熱かったが、自分が出かけて行く前よりはいくらか落ち着いているようだとジョセフは思った。帰りに買ってきた五百ミリリットルのペットボトルを手渡すと、ジョニィはキャップを開けて一気に3分の1をラッパ飲みした。それからふうと息を吐いて、「今何時?」と尋ねた。ジョセフは、「さあきたぞ」と内心身構えた。
「もうすぐ3時。お前よく寝てたな。起こすのも悪いかと思ったんだけどさ、昼何も食べてないだろ?」
 ジョニィは瞬きをしながら前髪をかき上げた。そうしながらジョセフの言葉を租借し、飲み込もうとしているようだ。やがて、唇が「3時?」と呟いた。かと思うと、その顔は見る見る内に蒼褪めた。
「ぼく、ジャイロに連絡してないッ!」
 ジョニィは一気に毛布を跳ね除けた。脚が動かなくなっていなかったら、とっくにベッドから飛び出していただろう。ジョニィの携帯電話は枕元の棚に置かれているが、彼の視線は明らかにドアの方へ向いていた。そのまま直行する気か。
「おい。おい、ジョニィ。落ち着けよ。大丈夫だって。ジャイロなら、このやさしぃ〜ジョセフさんがもう連絡しておいたからよ。体調崩して、今日は行けなくなったって」
 ジョニィは数秒間沈黙した後に、長く息を吐いた。自分がうっかり約束を反故にし、しかもそれを連絡してすらいなかったことに本気で焦りを感じたのだろう。ジョニィは額を拳で拭った。汗をかいているようだ。熱の所為なのか違うのか、すでにジョセフには判断出来ない。
「ついでに病院にリハビリのキャンセルの電話もしといたから。改めて日程組むから、回復したら連絡しろって」
「ん。ありがと」
 もう一度息を吐いてから、ジョニィはゆっくりと部屋の中に視線を巡らせた。何か探しているようにも見える。
「ジャイロは……」
 さあいよいよだ。
「来てないんだよね?」
「ああ。ジョニィが熱出したからって電話した時に、ちょーどジャイロの方も連絡取ろうとしてたみたいでさあ。なんか、急な仕事入って行けなくなったって。いやあ、いいタイミングだったねー。わりと早い時間に仕事終わるはずだから、そしたらこっち来るって」
「ふうん……」
 ジョニィは時々、無表情すぎて感情が読めないことがある。例えば今がそうだ。今の説明で素直に納得したのかしていないのか……。
 昼を30分ほど過ぎた頃にジョセフが帰宅すると、ジョニィの容態を尋ねるよりも先に、ジャイロは「しー!」と言ってきた。なんだよと言い返す暇すら与えず、彼はジョニィが眼を覚ましてはいないことと、寝ている間に勝手に上がり込んでいるなんて知ったら嫌だろうから自分のことはくれぐれも黙っているようにと小声で捲くし立てた。
「別にいいじゃん。そのくらい。女の子の部屋でもないんだし。オレがいいって言ったんだしさ」
「お前が良くてもオレは駄目」
「意外と固いのね」
「いいから話を合わせろ。ネームは全部出来てる。頭に叩き込め!」
 そんな無茶な要求をしてきた男は、1時間半ほど前に無事出て行っている。こんな面倒なことになるなら、ジャイロに留守番を頼むんじゃあなかったとジョセフは思った。いっそのこと、本当に代返を頼んだ方が良かったかも知れない。
 ジャイロが押し付けてきた流れはこうだった。「大変だあ、ジョニィが熱を出しちまった。ジャイロに電話しよう。もしもしジャイロー?」、「おお、実は今連絡しようと思ってたんだ。急な仕事が入ってよお」、「実はジョニィもかくかくしかじか」、「じゃあ仕事終わったらそっち行くからよろしく言っておいてくれー」。
「君、ジャイロの連絡先なんて知ってたんだ?」
 ジョニィは“疑っている”というよりは、ふと思い浮かんだ疑問を口にするような言い方をした。
「だよねー」
「ん?」
「いや、なんでもない。シーザーだよ、シーザー。シーザーに電話してジャイロに代わってもらったの!」
「わざわざそこまでしたの? ぼくの携帯からなら直接通じるのに」
「だって勝手に触ったら悪いじゃん?」
「もちろん。起こせば良かったのに」
「いやあ、ぐっすり寝てたからさぁ!」
「ぼく、1回眼が覚めた気がするんだけど」
「夢じゃあない?」
「なんかジャイロと喋ったような……」
「夢じゃあないッ!?」
 ほら見ろジャイロめ。やっぱり不自然じゃあないかと叫びたい気持ちを、ジョセフは懸命に堪えた。ジョニィは一応納得したような顔をしているが、どこか訝しげな様子は消えていない。
「えーっと、そうだ! ジョニィが寝込んでるって言ったら、ジャイロ後からお見舞いに来るって!」
 あれ? これはもう言ったんだっけ? と思っていると、タイミングを見計らったかのように呼び鈴が鳴った。おそらくジャイロだろう。よし、後はもう全部あの男に押し付けようと決めて、ジョセフは玄関の鍵を開けに行った。
 「よう。風邪引いたんだって? 大丈夫か?」と言いながら入ってきたジャイロは、至って平然としていた。なかなかどうして役者だ。とても他人――友人の従兄弟、もしくは従兄弟の友人――に無茶を強いているようには見えない。
「悪かったな、すぐ来てやれなくて」
 「んーん、ぼく嬉しい」とでも言って抱き付くかと思ったジョニィは、しかしジャイロの顔をじっと見詰めているだけだ。感動的な芝居を見て号泣している観客達の中で、1人「まあ、確かにいい“芝居”だったけど、全部演技なんだよねこれ」と若干冷めた眼をしている男がいる。そんな顔だ。
「ジャイロ」
「ん?」
「仕事だったんだよね?」
「おう」
 ジョニィはすんすんと鼻を鳴らした。
「病院のにおいがしない」
「そっ、そりゃあ一旦帰って着替えてきたからなっ! それにお前、風邪で鼻詰まってんじゃあねえの!? そんなことよりっ、アイス買ってきたぞ! 食べるよなっ?」
「うん」
(ああ、大根役者だったか)
 ジョセフは心の中で呟いた。やっぱり、突貫で作った設定なんて穴だらけなのだ。自分の留守中に何があったか知らないが、素直に心配だったから傍についていました。くらい言えば良いのに。意外と奥手。あるいは、意外と紳士的。
(大事にされてんなぁジョニィ)
 2人に気付かれないようにくすくすと笑うと、ジョセフは病人でも食べられそうな食事のメニューを考え始めた。


2015,06,07


『365日で――設定のジャイジョニ』というリクエストをいただいて書きました!
看病ネタなんてベッタベタですが、ベタなネタも各ジャンル1回ずつはやってもいい! という謎のルールが自分の中にあります。
2回以上やる時はちゃんと1回目とは違う話になるようにと心がけてはいる……つもりです。
365日で――設定の風邪ネタは初だからとにかく書きたいように書いた!!
正直言うとちょっと寝惚けてるジョニィが書きたかっただけー!!(笑)
365日で――設定で書くのはちょっと久しぶりでしたが、また書けて嬉しいです。
しかもそれが偶然にも連載開始&連載終了と同じ6月7日に公開出来て、なんだか余計に嬉しい!
これ、完全に偶然です。狙って6月7日にしたとかではなく。日付入力する段になって気付いてちょっとびっくりした。
なにこれ? 何かの運命?(笑)
またこの設定で何か書けたらいいなぁ。
リクエスト下さったまり様には感謝感謝です。
本当にありがとうございましたッ!!
これからもがんばります〜!!
<利鳴>

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