DIOジョナ 全年齢 混部


  この声は君には届かない


 背中から声をかけられたというのに、ディオは振り向こうとすらしなかった。彼の耳に聞こえていないはずがないと言うのに……。いや、だからこそ、なのかも知れない。振り向くまでもなく、声の主を――そしてそこには誰もいないということを――知っているのだと、その態度で示そうとしているのだろうか。
「ディオ……」
 2度目は僅かに反応があった。本来は彼のものではない肩越しに――星の形の痣越しに――、ほんの少しだけ、視線が動いた。
「ディオ……。もう、……やめよう」
 同じ言葉、あるいは、同じ意味の言葉を、もう何度繰り返したことだろう。それに対するディオの答えも、やはり何度も繰り返されたのと同じだった。
「今更そんなことが出来ると思うか?」
 ディオは咽喉を震わせるように笑いながら言った。そのセリフの頭には、殆ど同じやりとりを繰り返す内に省略されていった「仮に、万が一そのつもりがあったとしても」という言葉がある。「そんな気は毛頭ない」という意思は、今では皮肉っぽく歪められた唇にその姿を変えている。
「お前の子孫達が、既に近くまで来ているとの報告があった。ジョースターの血統は、間違いなく消すつもりだぞ。このDIOをな。それがお前の遺志なのだろう?」
「……僕には、分かるんだ……。予感がする」
「ほう?」
 ディオは片方の眉だけを器用に上げてみせた。
「君は……、彼等には勝てない」
 ディオは一瞬だけきょとんとした表情をした。それは、彼がまだ正しく齢を重ねていた幼い頃、時折――極稀に――見せた年齢相応の素の顔に似ていた。だがこの時代にはそんな彼を知る者は誰1人として生存してはいない。極めて自然な時の流れに逆らったのは、ディオ独りだけだ。
 ディオは声を上げて笑っていた。
「面白いことを言う。『だから降参しろ』と、そう言いたいのか、ジョジョ?」
 子供の頃からの愛称で呼びながら、ディオはその唇の隙間から鋭く尖った牙を覗かせた。
「やつらがそうはさせないだろう。ジョースターの血統か、あるいはこのDIOか。どちらかが消える以外、残された道はない」
 彼はそう言い切った。
「今更立ち止まったところで何が残る? 以前のお前はもう少し勇ましかったと思ったが、随分と甘くなったな?」
「ディオ……。このままでは、誰かが悲しむことになる」
「悲しむ?」
 ディオは高らかに笑い声を上げた。何も存在しない空間を、ただ彼の声だけが震わせている。
「誰のことを言っている? プッチのことか? あいつは自分のやるべきことを理解している。下らない感傷に浸るような男ではない。“骨”も既に渡してある」
「……彼だけじゃあない」
「部下達のことか? 大半は倒されてるぞ。ジョジョ、お前の孫や、その孫達の手によってな。部下の家族? それはこのDIOに対する『悲しみ』ではない」
「ディオ……、どうして……」
「来たようだな」
 ディオの視線が何かを探るように何もない空間へと向いた。それを合図に、彼の意識は目覚めへと向う。
「何も出来ないのが歯痒いか? お前はただそこで見ていれば良いのだ。世界が、このDIOのものとなる瞬間を」
「ディオ!」
 追いかけた声は分厚い硝子に遮られたように彼には届かず辺りに散らばった。実際には存在しないこの空間から、ディオの姿は少しずつ消えてゆく。
「ディオ……」
 彼は言った。「それがお前の遺志なのだろう」と。
「違う。僕は……」
 項垂れた瞳に映るのは、ただ空っぽの空間だけだった。
「僕は……悲しむよ。ディオ……」
 何故、一緒に歩める道がなかったのだろうか。それは本当に存在していなかったのだろうか。ただ見落としてしまっただけで、違う世界があるとしたら、そこでは別の可能性もあったのだろうか。答えは、分からない。今はこうして奇跡とも、反則とも呼ぶべき例外によって同じ1つの存在であるというのに、どうしてこうまでも心は通い合わないのだろう。これでは、例え生まれ変わったとしても、その距離を変えることは出来ないに違いない。
「ディオ……」
 こんな形ではあっても、君ともう1度言葉を交わせたこと……。それが、僕には嬉しかったのに……。


2012,12,07


DIOの中にジョナサンの意識が極僅かにだけ残されていて、眠っている時限定で2人が会話出来たらなぁとか思っています。
ジョナサンは自分の孫達とディオが敵対していることを嘆いているという妄想。
DIOが死んだ時は、ジョナサンが迎えにくるといいなぁ。
<利鳴>

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