フーナラ 全年齢 EoH


  裏切り者を導く星


「ブチャラティ、ちょっといいですか?」
 そう声をかけながら、ジョルノは人の輪の外を指差した。当のブチャラティは軽く首を傾げながらもそれに応じようとしたが、彼の傍にいたナランチャが不満を隠そうともしない口調で抗議した。
「なんだよジョルノ。ブチャラティを独り占めする気かよぉ」
 彼のように露骨ではないが、近くにいるミスタとトリッシュも何か言いたそうな顔をしている。せっかく敵の手から取り戻したブチャラティを、今度はジョルノに取られるなんて。とでも思っているのだろう。あるいは単純に、敵の襲撃がいつあるか分からない状態での別行動を咎めているのかも知れない。
「大事な話があるんです。5分、いや、4分でいい」
「よぉし5分だ。いや待て。ギリギリは危ねーな。余裕を持って6分だ」
「グラッツェ、ミスタ」
「もう、ミスタったら……」
 呆れたような声と拗ねた子供のような視線から逃れるように、ジョルノはその場から離れた。と言っても、他の仲間達の声は――会話の内容までは聞き取れないが――ちゃんと届いている範囲だ。何かあれば、誰かが大声を出すだろう。そうすれば、有事に気付いた時には完全に手遅れだった。なんてことにはならないで済むはずだ。
「なにかあったか?」
 ゆっくり話している時間はない――ミスタが快く与えてくれたのは6分だったが、それを抜きにしてものんびりしていられる状況ではない――と判断したのか、ジョルノが口を開くよりも先に、ブチャラティの方から率直に尋ねてきた。
「これまでのことを、何か覚えていますか?」
 堅苦しい――あるいは気さくな――挨拶を抜きに、ジョルノも早速本題を目指した。その質問に、ブチャラティはしばし考えるような仕草をした後、小さく首を振った。
「最後の記憶はボスとの戦いだ。矢を追って……」
「コロッセオで」
「そうだ。ボスのことを知る男と会った。その男のスタンドの暴走で肉体と精神が入れ替わった」
「それから?」
「……ナランチャが死んだ」
「はい。……貴方も」
「オレは元々だ」
「ええ。……紫の光のことは?」
「……なにも」
 彼は再度首を振った。
 今彼等が直面している事態については、すでにブチャラティにも大まかな説明がされていた。新たな敵の能力によって、死者が蘇り、時代と場所の繋がりが歪められてしまっていること。その異変を収拾するために、“聖なる遺体”を廻る戦いが起きていること。ブチャラティは自分に再び――三度――与えられた命を、この事態を収めるための使命だと受け止めたようだ。
「敵に操られていた間のことは、他の人達も何も覚えていないそうです。さっきナランチャにも聞きましたが、気が付いたらあの場所にいた、と」
 ブチャラティは無言で頷き、先を促した。ジョルノは呼吸を整えるように少々の間を置いた。
「貴方がナランチャを連れてきた時、……もちろん、敵に操られている状態の貴方が、同じく操られているナランチャを、という意味ですが」
「ああ」
「その時貴方は、フーゴも一緒につれてきていたんです」
 ジョルノがその名を口にすると、ブチャラティは驚いたように眼を見開いた。
「やはり、覚えていませんか」
「……ああ」
 彼の姿を“見た”のはジョルノひとりだ――元からの仲間達の中ではという意味だが――。ブチャラティとナランチャはその時の記憶を失っているし、ミスタとトリッシュはあの場にいなかった。
「ナランチャはその場ですぐに取り戻すことが出来ました。でもフーゴは姿を消してしまった。それからずっと、彼はぼく達の前に現れていません」
 ブチャラティと一緒にいるのかと――そして彼と一緒に取り戻せるかと――思っていたのだが、その予想は――どちらも――外れた。次々と仲間達――この一件で仲間になった者達の仲間――が戻ってくる中、フーゴはまだ姿を見せないままだ。
「どう思いますか?」
「……『どう』、とは?」
 ブチャラティは眉を顰めた。
「ぼくは……、フーゴは敵に操られているわけではないんだと思っています」
「な、に……?」
「貴方やナランチャとは違う。フーゴは、おそらく彼自身の意思で」
「馬鹿な……」
 否定というよりは拒否するように、ブチャラティはかすかに首を振っている。おそらく本人は無意識の内にそうしているのだろう。一度は袂を分かった相手だが、かつての仲間への信頼を、彼は捨て切ってはいないようだ。
「何故……」
 ブチャラティは掠れた声で言った。ジョルノはゆっくりと息を吸った。遠くから「まーだー?」と呼ぶナランチャの声がした。のん気なその口調から、緊急の事態が起こったわけではないことを知る。ジョルノは続きを急ぐことにした。こんな話は、他の仲間達に聞かせるわけにはいかない。
「そう考えなければ、未だに彼がぼく達の前に姿を見せないことの説明が付かないからです」
 両の拳を強く握りながら言う。
「ぼく達は、すでに少なくない人数を敵から取り戻しています。まだ数人は操られたままですが、向こうはどんどん手駒を減らされている状態です。“聖なる遺体”を奪うにしても、ぼく達を倒すにしても、人手不足のこの状態で、どうしてフーゴだけを動かそうとしないんです?」
「それは……」
 何故敵はフーゴを使おうとしないのか。彼のスタンド――パープル・ヘイズ――なら、自爆という形で大きなダメージを相手――つまり自分達――に与えることが出来る。何故それをしない? これ以上駒を減らさないため? そう考えるなら、余計にひとりの犠牲で多くを始末してしまった方が効率的だ。そうしない理由は何か。
「思い付かないんです。そうするだけの理由が」
 ではもし、その“理由”が敵にではなく、フーゴ自身にあるのだとしたら……?
「おそらく敵は、フーゴの意思を操ってはいない」
 ジョルノは溜めていた息を吐くように言った。
「そうなんでしょう? フーゴ」
 ブチャラティが振り向いたのを合図にしたように、少し離れた物陰から静かに姿を現したのはジョルノが名を呼んだ通りの人物だった。顔はやや俯き加減ではあるが、かすかに微笑んでいるのが見える。しかしそれを“笑顔”と呼ぶのは、あまりにも……。
「フーゴ……!?」
「いつから気付いていた?」
 フーゴはそのままの表情で尋ねた。それは、ジョルノの発言が、彼の思い過ごしであることを否定していた。
「最初から……。なんとなくですけど。貴方の眼を見た時から」
「そう」
 「君には敵わない」と、フーゴは首を振った。
「どういうことなんだ、フーゴ!」
 ブチャラティが声を荒らげると、フーゴはそれを予見していたかのようにゆっくりと頷いた。
「ジョルノの言う通りです、ブチャラティ。ぼくは最初から、ぼく自身の意思で“あの男”に従った」
 ブチャラティは何も返さなかった。だがその唇が、小さく「馬鹿な」と動いている。
「ぼくは魂を売ったんです。“あの男”に」
 「ちょっといいですか」と言ってジョルノがブチャラティを連れ出してから、どのくらいの時間が経ったのかはすでに分からなくなっていた。ミスタに言われた6分はもう過ぎてしまったのか、それともまだなのか……。「いい加減に戻れよ」と呼びに来る仲間がいない以上、何十分もということはないだろう。が、仮にもっと長い時が過ぎてしまっていたとしても、ジョルノにはそれが無駄な時間だとは思えなかった。例えどれだけの時間をかけたとしても、この場で“決着”を付けなければいけない。今を逃せば、もう二度とその機会は与えられないだろう。彼を、フーゴを、この場で……。
「さっき、ブチャラティが言っていたこと……つまり、この異変が起こる前のことを、ぼくは“あの男”から聞きました」
 フーゴがジョルノ達との同行を拒んだ後の戦いと、その中に待っていた仲間の死。ネアポリスに帰ることが出来たら、そしてそこでフーゴと再会することが叶ったら、ジョルノは“そのこと”を彼にどうやって伝えるべきかと悩んでいた――そしてまだ答えを出せていなかった――。どんな言葉を使えば、彼の傷は浅く済むのだろう。一歩間違えれば、放った言葉は鋭い刃物となり、彼の心臓を貫くだろう。これ以上の犠牲はもう要らない。彼の心まで死なせてはいけない。そう思っていたのに……。きっと、“あの男”はなんでもないことのように彼にそれを伝えてしまったのだろう。人の命をなんとも思っていない、まるで、普段あまり使っていなかった時計の電池が気が付いたら切れていたよ。というような言い方で。その時フーゴが――たったひとりで――受けたショックは、計り知れない。
(やはり、許せない)
 “あの男”が何者であろうと、どんな力を持っていようと、絶対に。
「予感はありました。だって、無事に帰って来られる方がどうかしているんだから。そう思ったからこそ、ぼくは残った」
 フーゴは、まさにそれを成し遂げたジョルノに視線を向けた。その複雑な表情を、ジョルノは十数年の人生の中でただの一度も他の場所に見たことはなかった。
「予想通りのことが起こっただけ。ぼくはそう納得していたんです。なのに……」
 フーゴは顔を伏せた。長い前髪に表情が隠される。小さな声は震えていた。
「“あの男”は言ったんです。自分に従うなら、“彼”を返してやるって……」
 フーゴは寒さを堪えるように自分の両肩を抱き押さえた。が、小刻みな震えはとまりそうにない。
「ぼくは抗えなかった。むしろ喜んでそれに飛び付いた。“それ”がなかったことになってしまうなら、自分のしたことも……いえ、しなかったことも、許されるんじゃあないかって……」
 顔を上げたフーゴは笑っていた。が、同時に怒っているようにも、そして泣いているようにも見えた。きっと、彼自身にも、どうしたいのか分かっていないのだろう。
「今になって思えば、ぼくが拒んでも“あの男”は“あいつ”を生き返らせていたでしょうね。自分の目的のために。つまり、ぼくが“あいつ”のためにやれたことなんて、何もなかったも同然なんです。ぼくが“あいつ”を生き返らせたわけじゃあない。ぼくは、“あいつ”に何も差し出してやれないままだ……。それでも、一時だけでも“あいつ”と一緒に戦えたことは嬉しかった……」
 彼は「でも」と言葉を続けた。
「結局“あいつ”は、“そちら”へ戻った」
 おそらくフーゴの脳裏には、“あの時”の光景が蘇っているのだろう。フーゴの姿を見ることもせずにボートを追った小さな背中……。
「これで、“元通り”だ。後はぼくも、“元通り”消えればいい」
「フーゴ!」
 ブチャラティが声を上げた。
「お前も戻ってくればいい! 戻ってこい!」
「そんなの、出来るわけがないじゃあないですか!」
 フーゴも声を荒らげる。更に何か言い返そうとした――ともすればフーゴに掴みかかっていきそうな――ブチャラティを制して、ジョルノは静かにその場から動いた。たった1歩。それだけの距離を、自分とフーゴの間から排除する。フーゴはかすかに肩を跳ねさせた。
「フーゴ」
 ジョルノは彼の名を呼んだ。それは、わずかな波さえ立たない水面のように、全ての物を偽ることも歪めることもなく映し出すかのように、静かな声だった。
「このままでは、世界は“あの男”の手に落ちてしまう」
「……そんなの、ぼくには関係ない。それが運命なら、どうしようもないんだ。それを覆す力なんて、ぼくにはない」
 震えるその声は、今にも消え入ってしまいそうだ。西の空に消え行く、太陽の最後の光のように。
「戻れるわけがない。ぼくは、裏切り者だ」
「いいえ」
 ジョルノはもう1歩足を前へ出した。
「貴方は裏切っていない」
「ああそうさ! ぼくは組織を裏切らなかった! そうじゃあない! そんな話をしているんじゃあない!!」
「いいえフーゴ。貴方の話も違います」
 怪訝そうな二組の眼がジョルノに向けられる。少年はその一方を真っ直ぐに見据えた。彼の眼差しには、ひとつの強い光が灯っている。太陽が姿を消す空に輝く、一番星のような光だ。
「裏切ってください。“あの男”を、今ここで」
 フーゴは喉を詰まらせたような顔をしている。ジョルノからは見えないが、きっとブチャラティも同じような表情であるに違いない。
「貴方は“彼”をもう一度死なせるために蘇らせたんですか?」
「……ちがう」
「貴方がここへ来たのは、もう一度“彼”の姿を見るためだったんでしょう?」
「それ、は……」
「“彼”の笑顔を最後の思い出にするつもりだったんですか? ええ、“彼”は笑っていましたよ。貴方が近くにいるなんて知らないから。知っていたら、きっと笑ってなんていられない。必死で貴方を探すでしょうね」
 約束の時間はもう過ぎてしまったに違いない。そろそろ誰かが自分達――ジョルノとブチャラティ――を探し始めるだろう。承太郎が「そろそろ出発するぞ」と言って他の仲間達を集め出している声も聞こえた。
 ジョルノはふっと微笑んだ。同時に、不思議と少し胸を締め付けられるような気持ちになった。泣きたい時の感覚と、少し似ている。
「“あの男”を倒せば、全てが“元通り”になる。フーゴも帰ってくる。それでいいじゃあないですか」
 フーゴは眼を丸くした。
「ボスとの戦いはもう終わったんです。これは、それとは別件です。新たに仲間を集める必要がある。そうでしょう、ブチャラティ?」
 振り向いたジョルノが見たのは、予想通りに微笑んだリーダーの顔だった。彼も、フーゴに向かって足を踏み出した。
「そうだな。“あの件”はもう済んでいる。フーゴ、改めて、力を貸してくれ」
 フーゴの唇は小さく動いた。が、そこから声が音になって出てくるには少々の時間がかかった。ようやく出てきた意味のある音も、消え入りそうに震えていた。
「そんなの、皆が納得するはずが……」
「自分で確かめればいい。あいつらに、直接会ってな」
「と言うか、ブチャラティが『認める』と言えば、皆それで納得すると思いますよ」
「ジョルノ、お前にはオレの部下達がそんなに単純に見えるか?」
「見えます。特にミスタとナランチャは」
「ああ。実はその通りなんだ」
 2人がくつくつと笑い合うのを、フーゴは信じられないという顔で見ている。その彼に向かって、2人は手を差し伸べた。2人はもう歩み寄った。残りの距離は、フーゴが縮める分だ。
「行きましょう、フーゴ。皆待ってる」
「お前は少し難しく考え過ぎなんだ。色々と」
「だってミスタとナランチャが単純過ぎるから」
「ああ、それでフーゴがその分余計に考えるハメに」
「これからはぼくも手伝いますよ、その役目」
「オレはどっちなんだ?」
「さあ?」
 ついにフーゴは、ふっと笑った。思わず笑みをこぼしたその姿は、瞳に溜まっていた雫がひとつ、ぽろりと落ちるのに似ていたのかも知れない。ちょうどそのタイミングで近付いてくる3つの影が見えた。「おーい」と呼ぶ声が、驚きと喜びを混ぜた声に変わる。
「行くぞ」
 ブチャラティがもう一度言う。フーゴはそれに、「はい」と応えた。


2016,02,05


実際にはミッションモードやればフーゴは帰ってきますが、それを知らずに本編クリアした時に考えた妄想です。
まあ、ふつーにフーゴも紫の光の影響下にあったんですが。
あと、敵は主人公サイドを倒す(=殺す)目的で刺客を送ってきていたわけではなかった感じ(ですよね?)でしたが、
それをまだ知らない時点でのやりとりという設定でお願いします。
その辺は理解した上でのif設定ってことで。
DIO様、なんで本編中にフーゴもう1回使わなかったのかな。そんなにフーゴの存在感薄かったのかな。
それとも本当は途中でうっかり洗脳解けちゃってたのかな。
そんでフーゴは怖くて逃げちゃってたのかな。
それならそれでDIO様回収に行ってあげてよ。
エンディングにはちゃんとフーゴいて本当に良かったです。
アバッキオも。
<利鳴>

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