天の川に願いをのせて


「きょーすけぇー、その辺に新聞あるー?」
 蒼の声が飛んできた。
「あるよ」
 部屋の中を見回すと、それはすぐに見つかった。駆け寄ってきた蒼に手渡してやる。
「ありがと」
「何か気になる記事でも?」
 しかし蒼は首を横に振った。
「ニュースじゃなくて天気予報」
「外出かい?」
「そうじゃなくて、来週は七夕でしょう?」
 言われて京介は視線を壁にかけられたカレンダーへと向けた。しかし7月のカレンダーが見えるにはまだ1日早かった。
 蒼は新聞の週間天気予報の欄を睨んで「うーん」と唸り声を上げた。
「まだ6日の天気までしか載ってないんだよねー……。ねえ京介、5日が雨で6日は曇りなんだけど、これって回復してきてるってことだよね? 7日は晴れると思う?」
「さあ、僕は気象予報士じゃないから」
 ほぼ予想通りの返事だったらしく、蒼は別段落胆した様子は見せない。
「晴れたら公園で七夕祭りやるんだって。先生が何かお願い事書きなさいって短冊くれたんだ」
 蒼は数枚のカラフルな紙をひらひらさせた。
「京介も書く?」
 「はい」と言って短冊を差し出したが、京介は首を横に振った。
「僕はいいよ」
「なんでー? 夢がなーい。もしかしたら本当に願いが叶うかも知れないよ?」
「ないね」
 蒼とて本気で願い事が叶うと思っているわけではない。それでもここまできっぱりと言い切られてしまっては面白くない。
「どーしてそう言い切れるのさっ」
 京介はやれやれとため息をついた。
「じゃあ逆に聞くけど、どうして七夕が願いが叶う日と言われているのか知ってるかい?」
 蒼は「えっと……」と考えてから喋りだした。
「織姫と彦星が年に1度だけ会える日……、つまり、2人の願いが叶う日だから……?」
「ところが、その『年に1度だけ』というのがそもそも間違っている」
「どういうこと?」
「七夕は年に1度じゃない」
 蒼は驚いたように瞬きを繰り返した。
「主に北海道で、七夕は8月に行われる」
 蒼は「あ」と声を上げた。
「北海道でも7月に行われる地域もあるし、北海道以外でも8月に行われているところもある。とにかく、七夕は7月と8月の2回存在することになる」
 確かに蒼も聞いたことがある。北海道をはじめとする一部の地域では、「月遅れ七夕」と言って七夕の行事は8月に行われるのだ。同じようなもので「月遅れ盆」というものもある。
「でもどうしてそうなっちゃったの? なんで8月にやるの?」
「旧暦と新暦の関係だね」
 しかしそれだけではわからないというように蒼は首を傾げる。
「元々の七夕は確かに7月7日だった。けど、当時使われていたのは旧暦で、旧暦の7月は今では8月にあたる。暦が新暦に切り替わったのは明治6年。その時、公の行事は旧暦での日付をそのまま新暦に当てはめることになったけど、庶民に伝わる行事をどうするかは、地域毎の判断に委ねられたんだ。それで、旧暦での日付のまま7月7日に行われる地域と、新暦に置き換えて8月7日に行われる地域ができたというわけ。蒼の言った織姫や彦星――つまり琴座のベガと鷲座のアルタイル、それから天の川がもっとも輝いて見えるのは旧暦の七夕――今の8月らしい。が、旧暦の7月7日が8月の何日になるかは年によって微妙に流動するから、8月7日が本来の七夕の日だということにもならない」
「ほんとに京介ったらどうしてこんなに夢がないんだろうなあ、もう」
 蒼はあきれたようにため息をついた。
 単純に「御伽噺だ」と言わないところが京介らしいといえばらしい。
「ぼくだって本気で信じてるわけじゃないんだよ。ただ、願い事っていうよりも、自分の目標みたいなのを紙に書いてそれを再確認するっていうか……。願い事を考えて、それを実現させる為にはどうしていけばいいのかって、自分を見直す機会っていうかさ。何もしないで誰かに叶えてもらおうって他力本願になるんじゃなくて、この願い事を叶えられるようにがんばろうって思えばいいんじゃない? 初詣だってそんな感じじゃないかな」
「そういえば七夕は上半期が終わって程なくだね」
「でしょ? そういう意味で、短冊に自分の夢とか目標を書くっていうのはいいことなんじゃない?」
 京介はフっと微笑みながら蒼の頭にぽんっと手を置いた。
「それじゃ、がんばりなさい」
 笑顔でうなずいて、蒼は再び短冊に目を向けた。
「でも何を書こうかちょっと悩んでるんだ。あんまり漠然としてるのもなんだし、でも物欲に走るのも嫌だし……」
「結局は自分で努力するしかないんだから、無理に書く必要もないと思うけど」
「いいの、書きたいの」
 また少し悩むような顔をしてから、蒼は京介の方を振り返った。
「ねえ、もしも本当にどんな願いでも1つだけ叶うとしたら、京介なら何て書く?」
 「ありえない前提だ」とでも言い返されるかと思ったが、予想外にも京介は「そうだな……」と考えている。
「じゃあ」
「何?」
「『蒼の願い事が叶いますように』……かな」
 長い前髪の下で微笑む。
「でもそれってちょっとずるくない? 自分の願い事に人の願い事利用するみたいで。ちゃんと自分で考えなきゃ駄目だよー」
 駄目出ししながら、それでも蒼は微笑み返した。
(それならぼくは、京介の幸せを願ってあげようかな?)
 そんなことを思いながら。


2006,07,15


7月7日から1週間過ぎてから七夕ネタってどうなんだろう。
しかも七夕1週間前の設定で書いてるし……。
でも読んで頂ければわかるかと思いますが、北海道の七夕は8月ですし、旧暦の七夕もまだきてません!
と、言い訳させてください。
それならいっそのこと旧暦の七夕の日にアップすればよかったという気も……。
ちなみに今年の旧7月7日は7月31日だそうですよ。
わたしはてっきり北海道の七夕が遅いのは南北の位置関係で星が見えないからなのかと思ってましたが、調べてみたら違ってました。
最近、終わり方を考えるのが苦手だーと思ってたら、始まり方を考えるのも苦手なことに気が付きました。
なんか唐突に始まって唐突に終わってしまっているのが多い気が……。
タイトルは適当です(いっつもだ)。
あと念のため、実際の天の川はこんなの(背景)じゃあありません。
<利鳴>
あー何か京介そういう事言いそー…と思いながら読んでしまいました。
蒼可愛いなーとか、地味に勉強になるなーとかも思いましたが。
ちゃんと七夕ネタが読めて良かったです。有難う。
其れよりもさ、此処一層の事素材サイトにしない?
って位綺麗な背景画像なんですけど…小説より先に目に入ってしまいました(笑)
<雪架>

【戻】


inserted by FC2 system