Bell -ベル-


 どこか遠くで誰かが呼んでいる。
 耳障りなその音に気付いた途端に、京介の意識は目覚めへと向かう。辺りの景色が滲んだようにぼやけ始め、少しずつ闇のような悪夢が醒めていく。
(そうか、眠っていたのか)
 そう自覚すると、音は益々大きくなったように思えた。
(――なんの音だ?)
 声ではない。にも関わらず、それは自分を「呼んでいる」ように思えてならなかった。この音は――
(……呼び出し音)
 京介は机に伏せていた顔をやっと上げた。と言っても、まだ完全に目覚めているとは言い難く、ぼんやりとした顔にはいつものメガネすらかかっていない。それでも音の正体が電話の呼び出し音であることを理解した。同時に、ここが自分の部屋ではなく、W大内にある神代の研究室であることも思い出す。
 電話はまだ鳴っている。
(少し鳴りすぎじゃないか)
 「お前が出ないからだろう」。誰かが聞けば、そう言われそうなことを口には出さず、頭の中で言う。確かに彼が出ないのが悪いのだが、それにしても鳴っている時間が長い。2つの意味で。1つは、そろそろ先方が諦めて、切られてもおかしくはない頃合なのではないかということ。もう1つは、これだけ鳴り続けている電話を、蒼が放置し続けているということ。
「……蒼?」
 呼びかけてから、そう言えば今日は「買い物をしてから行くから遅くなる」と言っていたなと思い出す。つまり今この部屋の中には、自分の他にはいないのだ。ならば電話には自分が出なければならない。正直面倒臭いが、教授の留守を知らない人間からの重要な電話や、外に出ている間になにか困ったことに遭遇した蒼からのSOSであったりする可能性を考えると、そのままにしておくわけにはいかない。まだ残っている眠気を少しでも消し去るために軽く頭を振り、机の端に除けてあったメガネを取って前髪の下に押し込んでから、「いるのは分かってるんだぞ」というように鳴り続けている電話の受話器を取った。
「……はい」
 名乗る言葉すら発せぬ内に、受話器の向こうから弾んだような声が聞こえてきた。それは、予め考えた可能性のどれにも該当しなかった。
「おっ、京介か?」
「……深春?」
 それは、授業を放り投げて海外旅行を楽しんでいるはずの栗山深春の声だった。
「よぉ! 元気にしてたか? なっかなか出ないと思ったら、蒼猫はいないみたいだな? 出かけてるのか? まさかお前じゃああるまいし、まだうちで寝てるなんでことはないだろ。それにしても、もうちょっとで切るところだったぜ。お前寝てただろ」
「一度に喋るな。どこからかけてる? まさか国際電話じゃあ……」
 尋ねながら壁にかけられたカレンダーに眼をやると、そろそろ帰国の予定の日であったことを思い出した。
「よっぽどの緊急事態でもない限り、そんなもんかけないぜ。もう日本だよ。さっき降りた」
 深春の声のバックから、かすかに空港内の賑やかさが聞こえてくる。
「そう。それで? 『よっぽどの緊急事態ではない』なにかが?」
 そう尋ねると、深春は笑いながら言った。
「俺がいなくて寂しかったんじゃあないかと思ってな」
「まさか。至って平和だったよ。ヒグマに襲われることもなく」
 恐らく荷物の受け取りまでに少し時間が掛かっているのだろう。この電話の意図は、その間の暇つぶしが大半を占めているに違いない。そしていくらかは、誰かが待っていてくれることも期待しているのかも知れない。
「ああ、でも、蒼は少し寂しがってたかな」
「そうかそうか。蒼猫は誰かさんと違って可愛いじゃないか。たぶんそっちに顔出せるくらいの時間には帰れると思うぜ」
「そう。じゃあ蒼にそう伝えておく」
「おう。じゃあな」
 深春の声を聞くのは、――殆ど毎日のように顔をあわせていた時期を思うと――少し久しぶりだったが、どこへ行っても彼は変わらないようだ。そのことと、怪我も病気もなく帰国してきたらしいことに少しだけ安堵して、京介は溜め息を吐いた。旅慣れしている深春のことだ、本当はそれ程心配する必要はないのかも知れないが。
 電話を切り、時計に眼をやった。深春はおろか、蒼が帰ってくるまでもまだ少し時間がありそうだ。教授の椅子に腰掛け、背凭れに体重を預けると、京介は再び眼を閉じた。眠りに落ちる前に、深春の声が頭の中に蘇ってきた。
『元気にしてたか?』
 おそらく深春がこちらへ着くのは夕方をすぎてからになるだろう。そうなればきっと、蒼も一緒に、3人で食事に行こうということになる。その前に聞いてみてやろうか。『元気にしてた?』と。不思議と暖かく心地良かったその言葉は、たぶん口にした本人が一番かけてもらいたいと思っている言葉なのだろから。それに対して肯定の言葉が聴ければ、それ以上の土産は存在しないだろう。


2010,02,21


なんかよくわかんなくなりました。
ばんぷのベルって京介っぽいよなーと思っただけかも知れません。
でもあの歌よりもずいぶんのんきな感じになりました。
わたしが書く京介ってしょっちゅう寝てる気がする。
でも原作でも結構寝てる気がするので、別にいいよね。
<利鳴>
深京!深京!!
(平仮名で書くと検索してきた人が居たら困るので敢えて漢字)
んもー京介ってば素直じゃないんだからぁ!!
って、蒼辺りからも怒ってもらいたいです。
互いの皮肉合戦が堪らないです。
篠/田先生ご自身がお書きになる京介もよく寝てる気がするので問題無いかと…
何か此の後寝直しそうですけど(笑)
<雪架>

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