3番目の誕生日


 蒼は台所からの物音で目を覚ました。
 起き上がって隣を見ると、京介はまだ眠っている。
 視線を時計に移せば午前10時前。それなら京介が起きている筈はないと納得し、蒲団から這い出た。
 台所をのぞくと、流しの下の収納に頭を突っ込むようにして中を引っ掻き回している深春が見えた。
「深春、おはよう」
「おお。起きたか」
 頭を外に出した深春は、奥から引っ張り出したらしい鍋を持っていた。
「京介はまだ寝てるだろ」
「うん」
「叩き起こしてきてくれねーか?」
「わかった」
 頷いて部屋にむかいかけたところで、振り返って聞いてみた。
「なにしてるの?」
 今度は冷蔵庫を覗き込んでいる深春は、なんだか楽しそうな顔をしているように見えた。
「今日はな、京介の誕生日なんだぜ」
「ほんとっ?」
 蒼はぱっと駆け出し、寝ている京介に飛び乗った。
「きょーすけっ、おめでとうっ」
 いきなり荒っぽい起こされ方をされ、そんなことを言われてもなんのことだが分からない。京介は不機嫌そうに起き上がった。
「蒼、その起こし方はやめてくれないか」
「あ、ごめん」
 「叩き起こせ」と言ったのは深春だとは言わずに、蒼は慌てて京介から離れた。
「京介、おめでとう」
 まだ半分寝ぼけているのか、京介は首を傾げた。
「なんだ、自分の誕生日も忘れたのか」
 からかうような口調で言ったのは、いつの間にそこにいたのか、神代だった。
「……ああ、成る程」
 たいして興味もなさそうに返事をする。
「なんだその返事は」
「子供じゃあるまいし、今更目めでたいとは思えないだけです」
「1つ歳取っても相変わらず素直じゃねぇな。歳を取ると人間丸くなるもんだぜ?」
「1日でいきなり変わる方がおかしいと思いますが」
 そんなことを言いながらも、京介が本気で迷惑がっているわけではないことを察するのは、ここにいる彼等には容易いことだった。
「今日は特別に俺がうまいもん作ってやるんだからな。ありがたく思えよ」
 台所から深春の声が飛んでくる。
「深春っ、ぼく手伝うっ」
「おう。やることはいーっぱいあるぞ」
 ぱたぱたと駆けて行く蒼に続いて、京介も台所へ行ってコーヒーを入れ始めた。
「俺の誕生日は再来月だからなっ」
「はいはい」
「あ、そういえば」
 深春は調理の手を止めて、食器棚から皿を出そうとしている蒼の方へ視線を移した。
「俺まだ聞いてないよな、蒼の誕生日って……」
 蒼の手が止まる。
「誕生日? …………ぼくの?」
「蒼?」
「ぼくの? …………香澄の? 杏樹の?」
「あっ…………」
 深春は漸く気付いた。蒼には2つの誕生日があることを。
 自分の意思に反して与えられた名前、『香澄』の誕生日。そして、本当の香澄の命日、母親との別れの日とイコールである『杏樹』の誕生日。どちらも彼の過酷過ぎる過去に直結している。
 今まで、そんなことは考えてもみなかったのだろう。蒼はどこか呆然としたような顔をしている。
「蒼、悪い……俺……」
 深春は慌てて謝罪しようとした。しかしそれを、京介がとめた。
「蒼、自分で選んでいいんだよ」
「…………ぼくが?」
 京介はゆっくりと頷いた。
「今すぐ決めなくたっていい。まだ迷っていたっていいんだ。いつか選べばいいんだから。わかるかい?」
 いつかはどちらの名前で生きてゆくのかを選ぶことになる。だが急ぐことはない。少なくともその傷が癒えるまでは。
 京介の意図を理解したのか、蒼はこくりと頷いた。
「それに、僕達の間で祝うだけなら、どちらかじゃなくたっていいんだよ」
「……他の日でもいい……ってこと?」
 蒼は躊躇いがちに尋ねた。
「それなら……、8月」
 ぱっと顔を上げて言った。
「8月10日がいいっ」
「8月10日……?」
 深春が何の日だ? と首を傾げる。京介がふっと笑う。それに僅かに遅れて、神代も「あ」と声を上げた。
「じゃあ、決まりだ」
「うんっ」
「よーし、じゃあカレンダーに印でも付けるか」
 すでにペンを片手にしている神代と共に、蒼は台所を出ていった。
「おい京介」
「うん?」
 深春はまだ訝しげな顔をしている。
「蒼の誕生日って?」
「8月10日」
「じゃなくて……」
「生まれたのは5月。戸籍上は11月」
「じゃあ真ん中を取って……ってことか?」
「そういえばちょうど真ん中だね」
「そういえば……ってことは違うのか。教えろよ」
 京介は微笑みながら答えた。
「蒼の、誕生日さ」
「? それじゃわかんねぇよ。なんだよ」
 いい加減苛付いてきた深春に、しかし京介は相変わらず笑ったまま、こう言った。
「じゃあ答えは、深春の誕生日プレゼントにでもしようか」


2007,01,21


京介×蒼でさりげなく深春×京介というのが大好物(笑)でして。
蒼が神代家にやってきてから最初の京介の誕生日で、果たして蒼は深春ともう普通に口きけるようになってるかどうかはちょっと疑問ですな……。
京介の誕生日が1月なのでそれに合わせてUPしようと思っててうっかり忘れるところでした。
危ない危ない。
京介の誕生日に蒼の誕生日ネタと、なんとも微妙な感じになってしまいました。
「3番目の誕生日」ってのは、杏樹の誕生日が1つめで、香澄が2つめで、蒼が3つめと言う意味と、誕生日ネタの小説が3つめという2つの意味ですが別にどうても良さ気。
<利鳴>
確かに京介×蒼で「さりげなく」深春×京介ですね(笑)
蒼の誕生日祝いに誕生「日」を、
深春の誕生日に蒼の誕生日の理由を、
そして京介の誕生日にUP。素敵ですね。
さてわたくしめの誕生日には、利鳴ちゃんからどんな小説を頂けるのでしょうか?(笑)
<雪架>

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