Do You Read Me?


 1つ目の大学の友人と、バイトの帰りにばったり会った。そのまま「晩飯でも食いに行こうぜ」と決まり、近くの居酒屋で最初のビールに口を付けるまでにかかった時間は30分足らずだった。料理が運ばれてくるのを待ちながら、俺はそいつに「今何やってんだ?」と尋ねた。
「聞いたって面白くないぜ。ふっつーのサラリーマン」
 答えた友人は、そういえばスーツ姿だ。
「へぇ、お前がねぇ」
「そう俺がー……って、どういう意味だよおい」
「まーまー。そんなことよりお前この店来たことある? なんかメニュー変わったよなー」
「そんなんで誤魔化せると思うな。リーマン舐めんなよこらぁ」
「リーマン関係ねーじゃん。あ、スイマセン、トイレってどこですか」
「こらぁ! 逃げんなカゲリ! ってかお前この店来たことあるならトイレの場所くらい知ってんじゃねーのかよ!」
 友人はビール1杯でもう酔っ払ったのか、すでにやたらと声がでかい。だが凄んでみせるような口調でいても、表情は終始笑顔である。よっぽど社会人生活が充実していて楽しいのか、それともその真逆で、ここで日頃のうっぷんを晴らそうとしているのか……。『俺に会えたのが嬉しくて――』という可能性は、問答無用で全面否定――というか拒否――させてもらうことにしよう。
 俺は自身に会社勤めの経験なんかがあるはずもなく――なにせまだ現役大学生だ――、両親も一般的なサラリーマンではない仕事をしているために、こいつの言う「面白くない」、「ふつーの」がどんなものなのか良く分からない。音楽の道が閉ざされた時の参考にと半ば自虐的に話を聞こうとするのだが、相手は自分のことを話すよりも、俺の話を聞きたがった。まあ、2度も大学に通うやつなんて、他に周りにいなかったから珍しいのだろう。
「別に、こっちも『ふつー』だぜ。ふつーの大学生。大学生やってた時のお前と一緒らって」
 焼き鳥の串に食らい付きながら言うと、友人は「ふーん、そんなもんかねー」と言ってからビールを煽った。
「お前飲みすぎじゃね?」
「いーのいーの。明日は休みだし。お前ももっと飲めー」
「俺は明日用事あるんだけど」
「なにぃっ? バイトか。デートだったら刺すぞこのやろー」
「ちげーって。なんでそうなるんだよ、この酔っ払いめ」
 それから話題は共通の知人・友人達のことへと移っていった。誰それが結婚しただとか、誰彼に子供が生まれただとか。恋愛がらみの話題が多いのは、そういう年頃だからということなのだろうか。
 気付けば友人の手には新しいジョッキがあった。何杯目になるのか数えていないが、こいつ大丈夫か?
「お前、その辺にしといたら? 顔真っ赤だぜ。言っとくけど、酔い潰れても俺は介抱しねーからな」
「はぐらかすなよ」
「何がだよ」
「前によく話してたじゃねーか。ほら、同じ中学だったか何だったかの幼馴染の子! あの子とはどーなってんだよぉ」
「いねーよ。誰だよ」
 まさかミネオのことを言ってるんじゃあないだろうな――他に『幼馴染』に該当しそうな人物が思い付かなかった――。冗談じゃない。そう思って眉を顰めていると……。
「えっと、そうだ! W大生の彼女!」
 俺は口に含みかけていたビールを危うく吹き出すところだった。
「ばっか! カズミは男だ! それに、一緒だったのは高校生の時で、それも2年間だけ。幼馴染でも何でもねーよ」
「ええー? そんなこと言って、本当は女の子なんじゃないのぉ? だって『カズミ』って、女の名前だろ?」
「いや、確かにそーゆー名前の女もいるけど」
 俺はもっと女の子っぽい名前の少しも女の子っぽくない男を知っているぞとでも言ってやろうかと思ったが、言ったところでどうにかなるわけでもないのでやめておいた。
「そんなこと言って、本当はその子が可愛いから独り占めしようとして俺には見せないんだろう」
「あーもー。うぜーよ、酔っ払い」
「写真見せろ!」
「持ってねーよ!」
「なんでだよ。付き合ってんじゃねーの」
「ねーよ!」
「じゃあ片想いだなっ」
「だーかーらー」
「あっ、もしかして別れたのか!?」
「ちげえええぇぇッ!」
「ええい、いっそ会わせろ!!」
「嫌だね!」
 そんなやり取りをしている内に、注文した料理は粗方平らげていた。時計を見れば結構な時間が経っている。そろそろ出るか。明日用事があると言ったのは出任せでもなんでもなく、事実だ。
「おい、そろそろ帰るぞ」
 半ばテーブルの上に身を乗り上げるような体勢で、放って置けばそのまま眠ってしまうであろう友人の腕を掴んで立ち上がらせようとする。
「カゲリ、二次会行こう」
「明日用事あるんだっつーの」
「カラオケ行こうぜ。お前歌上手かったじゃん」
「煽ててもだめー。おら、財布出せ社会人」
「なあ、そのカズミちゃんって今何やってんの」
 カズミちゃんときたか。ずいぶん馴れ馴れしいじゃないかおい。
「だから男なんだって。えーっと、なんつったっけ、あれだ。カウンセラーやってるよ。ほら、教えたんだから帰るぞ」
「カウンセラー……って、心理学とかそんなやつか?」
「そー」
「うわー、俺絶対無理!」
「はぁ?」
「だって浮気とか超バレるじゃん」
「言っとくけど、心理学者はエスパーじゃないからな? 読心術なんて使わねーから。ってか、浮気する気満々かよ。あと、何度も言うけどカズミは男な」
 「いくら可愛くても」と心の中で付け足しつつ、会計を済ませた――もちろん友人にもきっちり自分が飲み食いした分は払わせた――。
 実は俺も、冗談半分でカズミに言ったことがあった。「じゃあ俺が今何考えてんのか分かるか?」と。するとカズミは笑った。「そんなの分かったらエスパーだよ」、そう言って。
「それでも探られてるみたいで嫌だって感じる人はいるかも知れないね」
 そう続けた表情は、気の所為かも知れないけどかすかに笑みが薄らいでいたように感じた。
 その時俺は、もし俺の心の中が読めるんだったら、読んで欲しいと思った。俺は「嫌だ」なんて思わない。他人が隠していることを知ってしまったとしても、カズミはそれを言い触らしたり、悪事を企むようなやつではない。俺はそれを知っている。だから、カズミなら、俺は平気だ。いっそエスパーであったっていい。知って欲しかった。俺がカズミのことを信用してるってことを。カズミを、どう想っているのかを。もう、いっそのこと、全部。
 でも後から考えて気付いた。それって、ずいぶんと虫のいい話じゃないか。自分から伝える勇気はないから、相手に察して欲しいだなんて。実に男らしくない。「名前は結城なのに意気地なしだ」なんて、「俺今すげー上手いこと言ってやったぜ」って顔したクラスメイトに言われまくったガキの頃を思い出しながら店の外へ出た。
 タクシーで帰るという金持ちの酔っ払いを見送って、俺は駅に向かって歩き出した。アルコールで火照った身体に夜風が心地良い。
 ふと携帯を見ると、メールの新着を告げる光が点滅していた。そういえば店に入ってから一度も見ていなかったな。開いたメールには『じゃあ12時に改札前で。』とあった。俺はそれに『了解』とだけ返した。手を携帯毎ポケットに入れて、駅への道を急いだ。
 地下鉄のホームに着いたのは電車が来るちょうど3分前だった。スピーカーから響くアナウンスを聞きながら、俺は2人の人物の顔を思い浮かべていた。1人は、さっき見送ったばかりの友人のもの。そしてもう1人は――
(あいつ、明日カズミと会う予定だなんて知ったら、どうしてたかな)
 あのテンションだ。無理矢理付いて行くとでも言い出しかねない。うん、黙っていて正解だった。会わせたりなんてしたら、何を言われるか分かったもんじゃない。「独り占めしようとしてんじゃないの?」。「お前の片想いなんだろ」。まさか素面で――しかも本人を眼の前に――そんなことを言うとは――流石に――思わないが。冗談でも他人に代弁されるなんてごめんだ。カズミが本当にエスパーとして目覚めるか、俺が自分で伝える勇気を持てるようになるか……。そのどちらかになるまで、あいつをカズミに会わせるわけにはいかない。


2016,04,08


蒼が神代先生の家に住むようになっちゃったら、翳はいつでも好きに遊びに行けなくなっちゃったりするのかな。
でも蒼のクライアントがわりと自由に出入りしてるみたいだから翳も平気なのかな。
でもそれじゃあやっぱり2人っきりにはなかなかなれないよねー。
翳カワイソ。2人で住む家買いますとまで言ったのにね。
大学卒業後、翳なにしてるのかなぁ。
無事声楽で食べていけるようになったんだろうか。
<利鳴>

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