空色アンブレラ


 今朝のテレビでは、こんな朝っぱらからどうしてそんなにテンションが高いんだと言いたくなるような口調のニュースキャスターがこんなことを言っていた。
『今日の東京は1日雨の予報です。お出かけの方は傘をお忘れなく――』
 それを聞いてオレは、心の中で呟いた。
(こんな状態で傘忘れるやつなんているかよ)
 その時既に、どんよりと薄暗い空からは、叩き付けるような雨が降っていた。
「はぁ……」
 溜め息を吐いてみたところでどうにかなる訳でもない。しかし、先月買ったばかりの靴が薄汚れていくのを眺めていると、溜め息のひとつでも吐かないとやってられないという気分になってくる。『溜め息を吐くと幸せが逃げる』なんて言い出したのはどこのどいつだ。そもそも、溜め息なんてものを吐いている時点で既に幸せとは遠い状態にあるのではないか。
 こんな悪天候な日は、出来ることなら外出等せずに済む方が良い。取るに足りないような些細な用事なら、日を改めることにしていただろう。しかし今日はそう出来ない理由があった。いや、「そう『したくない』理由」と言った方が正しいかも知れない。
 オレは傘の下から、隣を歩く姿を覗き見た。しかし、授業やバイトの休みが何者かの作意でもあるのではないかと疑いたくなる程合わない日が続き、漸く出かける約束を取り付けられた相手、薬師寺香澄の顔は、紺色の傘の下に隠れてしまっている。おまけに、激しい雨が2人の会話を見事にかき消してしまうのだ。元々香澄は、沈黙が気まずいような相手ではない。が、最初から喋らないでいるのと、喋ったのに全く聞こえていないのとでは状況は違ってくる。先程からどちらかが何か言い、もう片方が「え? 何て言った?」と聞き返すことを何度か繰り返している。
 この傘という雨具は、メリットが少ない割りにデメリットが多いと思わざるを得ない。持っているだけで確実に片手を塞ぐし、先程も述べたように隣を歩く者の顔は隠れてしまう。相手が自分よりも背が低ければ尚更だ。それだけではない。傘がぶつかるから、人と並ぶ時はいつも以上の距離を取らなければならず、唯でさえ頭の真上で響く雨音にかき消されて聞こえ難くなる声は、更に遠くなる。これで本当に雨を避けることが出来るなら、少しは我慢するかと言う気にもなれるのかも知れないが、風向き等によっては雨粒は容赦なく入り込んでくる。膝から下に関しては、管轄外もいいところだ。
 折角久々に手に入れた会う機会だと言うのに、会話もままならん、姿さえ殆ど見えんでは、苦労が報われないというものだ。
「なあ香澄、どっか入らねぇ? 喫茶店とか……」
「ん、何? 今なんか言った?」
 尋ね返してきた香澄の声も、やはりはっきりとは聞き取れない。意識的に大きな声を出してくれたらしいのと、口の動きで辛うじてその意味を読み取る。
「だからっ……」
 今度はオレもやや怒鳴り気味と言われても仕方がない音量の声を出す。
「あ、ちょっと待って」
 言うや否や、何を思ったのか香澄は行き成り傘の上部に手を伸ばした。傘を閉じようとしているのだ。
「おい、何やって……」
 尋ね終わる前に、香澄はさっさとその動作を完了させてしまった。かと思うと、ぱっとオレの傘に入ってきた。
「!?」
 香澄は、驚いて後退りかけたオレの傘を掴んだ。
「駄目っ。濡れるっ」
「なっ、お前何を……ッ」
「あ、やっぱりこれならちゃんと聞こえるし、顔も見える」
 そう言って香澄は、無邪気に笑った。
「お前っ、これじゃ……」
 相合傘じゃないか!!
 オレの動揺を知ってか知らずか、香澄は相変わらずにこにこしている。その顔は、今の天気とは正反対だ。
「……っ、くそっ、勝手にしろッ」
 吐き捨てるように言って、オレは顔を背けた。別々に傘を差していたら聞こえないであろう香澄の笑い声が、今ははっきりと聞こえた。
「わーらーうーなぁーっ!」
 怒鳴ってやっても香澄は尚更笑うばかりだ。
 全く、この傘ってやつは、やっぱり役に立たない。こんな時こそ、赤くなった顔を隠してくれる必要があるっていうのに。


2007,08,10


天然な香澄に翻弄されてだばだばしてる翳がすんごく好きなんです(笑)。
そう言えば深春と京介は灰色の砦で普通に相合傘してたな!
翳の名前が一度も出てきませんでした。
一人称だと誰かに呼んでもらえないとなかなか名前出せなくて困ります。
<利鳴>
これが天然じゃなくて計画だったらとんでもない小悪魔だわ。
もしくは聞こえてたけどどうしても翳とは喫茶店に入りたくなかったとか…(笑)
兎も角、香澄ちゃんと歩いているんだから天気に文句付けてんじゃないッ!!(笑)
可愛い2人をご馳走様でした、なのです。
<雪架>

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