Happy? Valentine


 いつものように本人不在の神代の研究室には、やはりいつものように京介がいた。机の上に置いた両腕を枕にして、彼は居眠りをしているらしい。それを起こしてしまわないように……との配慮は一切せずに、深春はずかずかと中へ入って行った。そして机の隅に、見慣れない物が置かれていることに気が付いた。
「おい京介。なんだよこれは?」
 京介は面倒臭そうに、それでも顔を上げた。
 『それ』は、ピンク色のリボンで包装された小さな箱状の物だった。いくらそういった行事に縁がないからと言っても、それがなんだか分からない程世間知らずではない。今の時期は、例えば小さなコンビニであったとしても、それに関連したコーナーが嫌でも視界に飛び込んでくる。神代教授宛かとも考えたが、彼が今構内どころか国内にすらいないことは、彼に贈り物をしたいと考えるような人物であればとっくに知っているはずだ。
「同じゼミの人がくれた」
 あるいは蒼が誰かからもらってきた物だろうかという考えを打ち消すように、京介はそう答えた。
(京介に、チョコ――?)
 これ程までに喜ばれない贈り物は早々ないだろう。が、贈った側も可哀想にと思う余裕は残念ながら深春にはなかった。
「な、なぁっ、それってやっぱりそのっ、こ、告白されたってことかッ?」
 深春は机の上へ身を乗り出した。
「違うと思うけど」
「で、でも、バレンタインにチョコっていったらやっぱり……」
「その場にいた全員に配ってたから」
 京介は長い前髪の中にメガネをぐいっと押し込みながら、抑揚のない声で言った。
「なんだ、全員に……」
 その場で1人だけ「いらない」と言って場の空気を悪くすることは、流石の京介でも躊躇ったのだろう。かと言ってその場でありがたく食すには、京介は甘い物が嫌いだ。それでそのまま持って帰ってしまうことになったということか。
(なんだ、脅かしやがって……)
 突然狼狽したのを不審に思ったのか、京介は深春の様子をじっと見ている。
「な、なんだよ」
 京介は立ち上がるとその小さな包みを掴み、深春の眼の前に置いた。
「欲しいなら――」
 「どうぞ」と言うように、京介はそれを深春の方へ押しやった。
「僕はいらないから、君が食べてしまってくれると助かる」
 ほぼ一方的に押し付けると、京介は「顔を洗ってくる」と言ってそのまま廊下へ出て行ってしまった。
「お、おいっ、京介っ!?」
 可愛くラッピングされた到底自分には似合わない物を眼の前に、深春はただ呆然とするしかなかった。
 京介が戻ってくるよりも先に姿を現したのは、この1年内に大学に通った数なら深春のそれを上回っているのではないかと思われる蒼だった。『見る』ことに関しては一般人を遥かに超えた眼を持つ彼は、普段なら存在しない華やかな色合いにすぐに気付いたらしい。
「うっそぉ。深春がチョコもらえるなんて、どういうことっ?」
「お前なぁ」
「見栄張って自分で買ってきたんじゃないの?」
「なんでオレがそんなことしなきゃいけないんだよっ! これは京介が食えって――」
「京介が?」
 蒼は大きな眼をぱちぱちと開閉させた。
 そこへ京介が戻ってきた。
「蒼、来たばっかりで悪いんだけど、コーヒーいれてくれるかい」
「うん」
 蒼は自分の荷物を机の上に乗せると、さっさと給湯室へと向かって行った。その途中で一度だけ深春の方を振り返り――
「深春」
「ん?」
「良かったね」
 にっこりと微笑んだ。かと思うと、「何が」と尋ねる隙も与えず、今度は立ち止まらずに部屋を出て行く。
「何かいいことでもあったのかい?」
 京介が尋ねる。
「いや……。あいつなんの話を……あっ!?」
 直前までしていた話はもちろんチョコの話だ。それをどうしたんだと尋ねられて、深春は「京介がくれた」というような返事をした。「京介がいらないと言ったから」という説明文を抜きに。
「ちょっ、おいっ、蒼猫ッ! お前何か誤解してるだろっ!?」
 ばたばたと走っていく深春を、残された京介はただ首を傾げながら見ていた。


2011,02,14


バレンタイン当日に大慌てで書くのは間違いだったと学びました。
表現とかじっくり練ってる暇が全くないぜっ!!
でもせっかく頑張ればギリギリ間に合うかも知れない時間にネタ思い付いたのに!
と思ったら、引き返せませんでした。
でもやっぱり大人しく来年まであたためておけば良かったかも知れません。
<利鳴>
京介確信犯じゃなかったのか…
確信犯だったら其れは其れで美味しいなぁとか妄想してしまいました。てへ。
蒼猫も全然嫉妬してないなぁ…まぁ勝者の余裕でしょうけど。
深春は貰う側?僕はあげる側だから!位の余裕が有るに違い無いわ恐ろしい子!
と、三次創作位に妄想してしまうのでした。
<雪架>

【戻】


inserted by FC2 system