友愛の石


 チャイムを鳴らすとすぐに中から反応が返ってきた。
「はい」
 1つだけでも年上とは思えない子供っぽい声。
「オレだけど――」
「あ、翳?」
 名乗らなくても声だけでわかってもらえたらしく、少し嬉しく思ってしまった。
「ちょっと待ってて。今開けるよ」
 すぐに足音が近付いてきて、続いて鍵を開ける音。ドアがあいて、香澄が顔を出す。
「いらっしゃい」
 中に通される。
「とりあえず座ってて。コーヒー入れるよ」
「あ、その前に……」
「? 飲むでしょ?」
「いや、うん、飲むけど……」
 もう少し心の準備が出来てから……と思っていたのだが、このタイミングを逃すともうチャンスはなさそうだ。
「これ……」
 オレは後ろ手で持っていた小さな紙袋を香澄に渡した。
「何?」
 これが今日ここへきた目的なのだ。
 香澄は不思議そうな顔をしながらとりあえずといった感じでそれを受け取った。
「なあに?」
「開けてみろよ」
 首を傾げながら、香澄はそれを袋から出した。包み紙を外すと中から白いマグカップが姿を見せた。
「これ……?」
「お前今日……誕生日だろ」
 香澄の口が「あっ」と開く。
 白いマグカップ。薄いオレンジ色の猫のシルエットが描かれている。取っ手が尻尾に見立ててあって、それが少し面白いかなと思ってこれを選んだんだ。
「そっか」
 ぽつりと香澄が言う。
「?」
「誕生日、忘れてた」
「おいっ!」
 オレは思わず大声を上げた。
「何?」
「お前なあ! ふつー自分の誕生日忘れるか!?」
「何で怒るの?」
「ったくッ。ヒトが折角何週間も前から何がいいか考え……て…………」
「え?」
 あ。
「……」
「……」
 …………。
「しまったあああぁぁぁぁッ」
 言うつもりなんてこれっぽちもなかったのに!! ぶ、無様だ!
「ふぅ〜ん……」
 香澄はマグカップをまじまじと見詰めた。
「ああっ、くそっ」
「翳」
「なんだよっ」
「ありがと」
「……」
 なんでそんな風に無邪気に笑うかな。八つ当たりしようにも出来なくなったじゃないか。
「早速使ってもいい?」
「……お前にやったんだから、好きにしろよ」
「うんっ」
 香澄はぱっと振り向いて台所へ駆け込んでいった。
「ねえ翳?」
 台所から声がやってきた。
「トパーズの意味って知ってる?」
 マグカップの猫の色が11月の誕生石・トパーズと同じ色なのに気付いたらしい。
「意味?」
「うん。花言葉みたいなのが石にもあるんだよ」
 11月の誕生石がなんなのかは本で調べた。もしかしたらその本に載っていたのかも知れないけど、そこまで見ていなかった。
「知らない」
 そもそもそんなものがあるということすら知らなかった。
「で? 何なんだ?」
 香澄は肩越しにこちらを見て、ちょっと悪戯っぽく笑った。
「?」
「やっぱ言わない」
「はあっ!?」
 自分から言っておいてそんなのありかよ。
「なんだよ」
「自分で調べてみたら?」
「おいっ」
 しばらく粘ったけど、結局香澄は言おうとしなかった。
「くっそ、ぜってー調べてやるからなッ」
「わかったわかった。はい、コーヒー入ったよ」
 香澄はオレの目の前に白いカップを置いて、自分はオレンジ色の猫のカップに口を付けた。
「大事に使うね」
 そしてまた微笑んだ。
 それを見ていたら「ま、いっか」なんて思ってしまった。くそう、それ全部計算だったら怒るからな。


2005,11,06


例によって例の如くわけが分かんない……。
11月9日は香澄の誕生日ってことで何か書こうと思って……。
本当はの誕生日にも何か書きたかったんですよ。
でも間に合わなかった……。
無念。
更に、本当は9日にアップしたかったのですが、当日平日だから、時間なくてできなかったら折角書いたのに勿体無いと思って前祝になってしまいました。
翳の一人称ってなぁんでかこっぱずかしいなぁ(笑)。
<利鳴>
翳可愛いなぁ…
可愛いのは香澄ちゃんの方の筈なのに。
何でこんなに翳可愛いんだろう。
A.ヘタレ臭いから(セルフツッコミ)
トパーズに就いて検索してみるとより一層楽しめる作品です。
なんて解説者ぶってみましたが、普通に和むお話でした。
<雪架>

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