あの星空を越えて


 敵の本拠地、テラサピエンスから然程離れてはいない森の中、空を朱く染めながら、もう間もなく日が落ちようとしている。
「今日はこの辺で野宿だね」
 フェニックスが暗くなり始めた空を見上げながら言う。
 雨が降りそうな気配はないが、そうでなくても夜の屋外は少々冷え込む。そんな中で野宿をしようというのだから、当然のように焚き火をしながらということになる。そうすると、火の番が必要だ。もっとも、仮に火が要らなくとも、いつ悪魔軍が現れるか分からないのだから、不寝番は不可欠である事に変わりはない。少なくともここ数日の間はずっとそうしていた。いつの間にかフェニックスとティキが交代で見張りにつくというのが定番となっていて、この日はまずティキが起きていることになった。
 夕食の準備の時に焚いた火を囲むように、3人が横になる。
 仲間の寝息と焚き火が立てる小さな音以外は、風もなく静かな夜だった。
 雲間から覗く星を見上げながら、ティキはふぅっと小さく息を吐いた。
「ティキ」
 不意に投げかけられた声は、フェニックスの物だった。
「まだ起きてたのかよ」
「うん。まあね」
 フェニックスは起き上がると、焚き火を挟んでティキの向かい側に座った。
「星を見ていたのかい?」
「別に見てたってわけじゃねーよ」
 最初から答えを期待していたわけではなさそうに、フェニックスも空を見上げた。
「ティキがいたアクアヌーンって、どの辺りにあるの? ここから見える?」
「そんなことよりも早く寝ろよ。時間が来たら寝足りなかろうが問答無用で叩き起こすからな」
「いいじゃん、ちょっとだけ。あ、じゃあ教えてくれたら寝るからさ」
 「ねっ、お願い」と手を合わせられ、ティキはやれやれと溜め息を吐く。
「あれだ」
 と、空に向かって顎をしゃくる。
「え? どれどれ?」
 フェニックスは慌てて上を向いた。
「どれー?」
「あの蒼い……」
 今度は指を指す。
「わかんない。あ、待って。そっち行くよ」
 毛布を肩にかけたまま、焚き火をぐるりと回ってティキの隣に移動してくる。
「どれ?」
「あれ」
「わかんないー」
 出来るだけティキと目線を同じにして探してみるのだが、それでもいくつもある星のどれが海の帝国・アクアヌーンなのかは分からないらしく、フェニックスはこんなことを言い出した。
「なんか目印とかはないの?」
「空にそんなもんあるかよ」
「右から2番目の星ー、とか」
「ねーよ。どっから数えてだよそれは。あ、じゃあ剣竜の……」
「待って、そもそも剣竜座ってどれ?」
「そっからかよ! おまえもう寝ろ!」
「ちぇー」
 ずるずると毛布を引き摺って、フェニックスは先程いた場所に戻って横になった。しかし眼を閉じず、焚き火の向こう側のティキをじっと見ている。
「寝ろって言ってるだろ。まだ何かあるのか」
「うん、ティキは……」
 躊躇うように言葉を途切れさせる。
「なんだよ」
「ティキは、この戦いが終わったら、アクアヌーンに……帰っちゃうの?」
 本来、天使と悪魔の戦いに、アクアヌーンの王子であるティキは無関係である。今はアノドの復活を阻止する為に一緒に戦ってはいるが、それさえ終わってしまえば、ティキが天地球にいる理由はなくなる。悪魔がアノドを復活させ、その巻き添えでアクアヌーンが滅びてしまうのを阻止しに来ているだけなのだから。悪魔自体の存在は、アクアヌーンにとっては特に気に留めるようなことはない。しかしフェニックス達は違う。アノドの復活を止めることが出来ても、それで天使と悪魔の戦いが終わるわけではない。悪魔軍は、違う手で攻撃を続けてくるだろう。真の平和を取り戻す為には、フェニックス達天使は戦い続けなければならない。だが、ティキは違う。彼の敵はあくまでも巨魔界神ザイクロイド・アノドただひとつなのだ。悪魔との戦いは、その通過地点のようなものでしかない。
 ティキは言葉を探すように黙り込んだ。
 焚き火の音だけが辺りが静寂に満ちるのを阻止している。
 沈黙を破って、フェニックスがふっと息を吐く。寝返りを打って仰向けになる。
「そうだよね。……ティキはアクアヌーンを守る為に天地球に来たんだもんね」
「まだ何も言ってないだろ」
「でも、違うって言わなかったじゃない。ティキは違う時はすぐにそう言うよ」
「……それ……は……」
 「そうだろう?」とフェニックスは首を傾げる。
「そんなの……まだわかんねーよ……」
「でもアクアヌーンにはティキの帰りを待ってる人たちがいるんだろ? いつまでも未来の王様が留守にしてたら、みんな安心できないよ」
 フェニックスは再び空を見上げた。
「どれがそうなのかはよく分からなかったけど、それだけ遠いってことなんだね。ねえ、アクアヌーンから見たら、天地球や天聖界も、あんなに小さく見えるの?」
「……ああ」
「なんかすごい」
 フェニックスはそのまま眠ろうと眼を閉じた。「おやすみ」と言おうと口を開きかけたが、ティキの言葉が割り込んだ。
「おまえは……平気なのかよ」
「え?」
 ティキの方へ顔を向けるが、俯いたその表情は見えない。
「なんて?」
「だからおまえは……その……、おれが帰っちまっても……」
「ティキ?」
 ティキは突然ふんっと鼻を鳴らすと、嘲笑気味に口調を変えた。
「おれがいなくておまえらだけで悪魔と戦えるのか? 全く、おまえらときたら、おれがいなきゃ危なっかしくて見てらんねーぜ」
「あ、ひどいなー」
 笑い声の後に「じゃあ……」と続ける。
「ティキが安心して帰れるように、しっかり戦えるようにならなきゃね」
 言った途端に、ティキの顔からいつもの皮肉屋な笑顔が消える。それに気付いていないのか、それとも気付きながら敢えて触れないようにしているのか――。
「ぼくそろそろ寝るね」
 毛布を肩まで引き上げる。だが少しもしないうちにまた「ねえティキ」と呼びかける。
「悪魔との戦いがちゃんと終わったら――会いに行ってもいい? アクアヌーンまで」
「……フェニックス……」
「ティキは王様になったら忙しくてこっちには来れないだろ? だから、こっちから行ってもいいかな?」
 ティキが驚いたように瞬きをしている間にも、フェニックスは続ける。
「そのまま『さよなら』じゃあ、寂しすぎるよ。ね?」
 にっこりと微笑みながら。
 返事なんかは返ってこないだろうと、フェニックスは今度こそ眠ろうとした。が、またしても邪魔が入る。
「……いいぜ」
「え?」
「来いよ。アクアヌーンに。ほしかったら送り迎えの船も付けてやるぜ」
「うわぁ、豪勢だ」
「おれをなんだと思ってるんだ? アクアヌーンの第一王位継承者、王子だぜ? その客が粗末な船なんかに乗ってきたら、王子としての威厳が損なわれるだろ」
 得意げに胸を張ってみせる。
「えー? それってつまり自分のためぇ?」
「他に何があるって言うんだよ」
「ひどいなぁ、もう」
 笑い声が重なる。
「でも、ありがとう」
 素直に礼を言われるのは照れ臭いらしく、ティキは視線を逸らして頬をかきながら「あ、ああ」と答えた。
「ティキ、ぼくね」
「ん?」
「ぼく、ティキのこと好きかも知れない」
「なッ……」
 焚き火の炎に照らされていることを抜きにしてもはっきりと分かる程ティキの顔が赤くなった。
「ばっ……、ばか言ってないでさっさと寝ろ!」
「しぃー! アスカたちが起きちゃうよっ」
「うるせえ! もうおまえ見張り替われ!」
「やだよー。今ティキ寝ろって言ったじゃーん」
 今度こそ「おやすみ」と言って、フェニックスは頭まで毛布を被った。
「ったく……」
 毛布の中からくすくすと笑い声が聞こえる。
「ティキ」
「なんだよっ」
「きっと行くからね。約束だよ」
 顔は見えないフェニックスに向かって、ティキは静かに微笑んだ。
 これだけたくさんある星の中で、彼らが同じ時の中に生まれ、出会ったのは、おそらくただの偶然ではない。そう思うと、望まなくともこの星空を越えて再び出会うことは、間違いないようにさえ思えた。それならば、望んでそうする方がずっと良いに決まっている。
「ああ、待ってるよ。約束だ」
 指きりなんてしなくとも、星に祈らずとも、それは強く信じることが出来た。


2006,11,19


「好きかも知れない」はどういう意味に取ればいいんだろう(自分で書いたくせに)。
友人としてだったら、今更、しかも『かも知れない』って酷くない!? だし、ラブの意味だとしたら、2人はまだ子供!! だし……。
でもフェニックスってなんか素で好きとか言いそう。
純粋なのよ、うん。
背景はコピペしまくりで作ったら、星の数だけレイヤーが生まれてしまいました。
暇な方は何個あるか数えてみて下さい(笑)。
<利鳴>
元ネタ全然知らないのに、何だか和むわぁーとブッ通して読んでしまいました。
長過ぎず短過ぎずはWeb小説の理想ですな。
しかし好き『かも』しれないって言われたら凹みますね(笑)
でもでも、お子様は其の位の不器用さが可愛いとも思うのです。
所で相変わらず背景が素敵なワケですが。
これ数えきれた人だけ使用可能とかなの?ならセツ頑張るよ??(笑)
<雪架>

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