陣凍小説を時系列順に読む


  星の願いを


「えーっと、たなぼた?」
「た・な・ば・たっ」
「あ、それそれ」
 完全にハモった蔵馬と凍矢の突っ込みに、しかし陣は全く狼狽えずに八重歯を見せて笑った。2人はやや呆れたような顔をして溜め息を吐いた。
「あ、凍矢は知ってるんですね?」
 蔵馬に尋ねられ、凍矢は頷くとも首を横に振るともつかない仕草をした。
「名称を眼にしたことはある程度だがな。で? そんな中途半端な知識を、誰に植え付けられてきた?」
 言葉の後半は陣に向けられていたようだ。
「幽助に聞いただ。あっちこっちになんか飾りあって、よく分かんねーけどキレーだっただ。でも幽助もあんまり知らないから蔵馬に聞けって」
 幽助め、詳しく説明するのが面倒臭くて押し付けたなと、蔵馬は再度溜め息を吐いた。人間界のことを学ぼうとしている彼等に協力するのが嫌なわけではないのだが、連日の質問攻めには流石にうんざりしてきているようだ。陣ははっきり言ってそんなことにはお構いなし――というよりは、むしろ気付いてすらいないよう――だったが、その横で凍矢も、「いつも陣がすまんな」などと言いながら、自身も興味津々である様子を隠し切れていない。
「で、七夕ってなんだぁ?」
「まあ、元は御伽噺みたいな物ですね」
 蔵馬は織り姫と彦星、天の川等の話を簡単に聞かせてやった。
「で、年に1度、7月7日だけは2人は天の川を渡って会うことが出来るというわけです」
「1年に1回だけなんてケチくせぇ。織り姫と彦星かわいそうだべ」
 陣は拗ねた子供のような顔をしたが、凍矢は逆に淡々と意見を述べる。
「職務を怠った罰なのだから、自業自得だな」
「凍矢は冷てぇなぁ。自分だって忍の掟破ったのに」
「お前もだろうがッ」
 そんな2人のやり取りを見て、蔵馬はくすりと笑った。
「でも貴方達なら――」
「え?」
 蔵馬は不思議そうな顔をしている陣と凍矢を交互に見た。
「貴方達なら、離れ離れにされても自力でなんとか出来そうですね」
「へ?」
「陣は川なんて余裕で飛べるでしょう?」
「あ、そっかぁ」
 陣は手をぽんと叩いた。
「凍矢は川を凍らせて渡れるんじゃあないですか?」
「そんな妖力の無駄遣いを……」
「じゃあオレが飛んでくから待ってたらいいだ」
 「まあそれなら……」と納得しかけた凍矢の顔から、一瞬表情が消えた。かと思うと、直後に今度は見る見るうちに頬が紅潮してゆく。
「……凍矢?」
「だっ、誰が織り姫と彦星だッ」
 凍矢は慌てたように立ち上がった。
「オレは帰るぞっ」
 宣言するや否や、凍矢は大股で出て行ってしまった。
「……いきなしなんだべか?」
 凍矢の慌てた様子と、対照的にぽかんとしている陣の様子がおかしくて、蔵馬はくつくつと笑った。
「ほら、陣もそろそろ帰って下さいね。オレだっていつも暇してるわけじゃあないんですよ」
 陣はまだ訝しげな顔をしながらも頷き、立ち上がった。そのまま立ち去ろうとする背中に、蔵馬は声を掛けた。
「七夕の話ですが、さっき言いそびれたことが」
「なんだぁ?」
「短冊に願いごとを書いて笹に吊すと、それが叶えられるといわれています」
「そーいえばオレが見た飾りの中にもそんなんがあっただなぁ」
 短冊は、織り姫が作った織物の見立てなのだと蔵馬は付け足した。
「なら、織り姫と彦星も1年に1回だけじゃなくて何度でも会えるようにって書けばいいのに」
「ははっ」
「あ、じゃあオレが書いてやんだ! 『織り姫と彦星が一緒にいられますよーに』」
「あれ。自分のことはいいんですか?」
 すると陣は屈託のない笑顔を見せた。
「だってオレは自分で飛んでいけっからっ」
 「じゃあな」と軽く手を振って、陣は駆けて行った。
 予報によると、今日の天気は1日中優れないらしい。雨が降ると天の川は水嵩を増し、船を渡すことが出来なくなるために、織り姫と彦星は会うことが出来なくなってしまうというのが七夕伝説の一部ではあるのだが、
「あの2人なら、それも問題なさそうだな」
 蔵馬は微笑みながら呟いた。


2012,07,07


何年か前に書いたものを手直ししてアップしようと思ったのですが、
たいした内容がなさ過ぎて直せる部分がほとんどなかったです。
あと地元の七夕って今日じゃあないんですよ。
毎年のことではありますが、世間では今日が七夕だという実感がないです。
<利鳴>

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