陣凍小説を時系列順に読む


※この話はアニメのオリジナルの回を前提としています。


  ねじれたちっぽけな想い


 その日、凍矢は煙鬼の命令で魔界へとやってきていた。魔界統一トーナメント後、住居を人間界に定めた彼がこの暗い大地に降り立ったのは、しばらくぶりのことであった。もう帰るつもりも必要性もないと思っていた場所ではあるが、仕事の指示があればそれに従うのがトーナメントでの敗者の役目だ。こうして時折与えられる仕事の内容は、土地の調査や問題行動を起こす者の制圧が主で、適当と思われる人材に、順番に声がかかることになっていた。よほどの重大な内容ではない限りは、「もし都合が悪いなら他へ廻す」とあっさり告げる煙鬼からの指令は、忍びでいた頃のそれと比べるとなんと軽いことか。人間界で平穏な生活を送っている者にとっては、「たまにはこっちにきて軽く運動でもしていかないか」と言われているようなものである。『帰ってきた』という気持ちはすでに微塵もなく、煙鬼の手伝いをしにきただけ。ついでに魔界に残った仲間達の顔でも見に行こうか。その程度の心境だ。かつては魔界に縛られていることを拒んだ彼も、今となってはその心を揺さぶられることは全くない。
 そんな凍矢の様子を見て、陣は密かに安堵の息を吐いていた。
 今回仕事の依頼がきたのは凍矢1人だけだった。人数を要する任務の時には住居が同じで連絡が容易だからというのを理由に、陣にも――場合によっては近くに住む鈴木と死々若丸にも――同じ命令がされることもあるのだが、今回のそれはそこまで大袈裟な内容ではないらしい。凍矢1人でも充分だと判断されたのだろう。だが、凍矢が魔界に行ってしまい、1人で人間界に残されても退屈なだけだ。そう言って陣は、同行を申し出た。そのまま任務を手伝っても良いし、もし2人もいると却って効率が悪くなるような仕事内容なら、どこかで適当に時間をつぶしていれば良い。酎や鈴駒の顔を見に行くことも出来る。凍矢は陣の申し出を拒むことなく、むしろ少し嬉しそうな顔をした――ように陣には見えた――。
 2人は一先ず詳しい仕事内容を聞きに煙鬼の元へ向った。その途中で会ったのは、やはり何かの用事で魔界にやってきていたらしい蔵馬だった。
「こっちで会うなんて、珍しいですね。2人とも仕事?」
「いや、オレだけだ」
「それなら丁度いい。陣、この間言っていた――」
 蔵馬は黒い箱のようなものを持っていた。顔の高さまで上げられたそれは、ビデオテープであることが分かった。
「凍矢の試合の録画、ダビングしてもらってきましたよ」
 先の魔界統一トーナメントで、陣は自分の試合との都合で凍矢の戦いを見ることが出来なかった。気が付いた時には自分は医務室にいて、彼の眼が覚めるのを凍矢が傍らで待っていた。凍矢はすでに試合を終え、負傷の手当ても済ませていた。トーナメントの様子は全て映像として記録されているのを知り、それを見せてもらえるように、陣は蔵馬に頼んでいたのだった。
「見たい!」
「人が負けた試合を……」
 隣で凍矢が渋い顔をしているが、陣はお構いなしだ。蔵馬がくすくすと笑っている。
「今すぐ見ますか? 見られる部屋を借りてきてあげますよ」
「見る! 今見る! 凍矢も見よう!」
「オレも?」
 自分は仕事を済ませてくるから、その間に見ておけば良い。そんなことを言おうとしていたのであろう凍矢は、少し驚いたような顔をした。
「オレは仕事が……」
「少しならいいべ。時間決められてなかったし。一緒に見るべ」
「なんで自分が負けた試合なんか見なきゃいけないんだ。結果も経過も全部知っている」
「主観と客観では同じものは見えない。敗因を探るのも、修行の内と言えるかも知れませんよ。新しいことが分かるかも」
 蔵馬までそんなことを言い出して、結局凍矢も彼等に同行させられてテレビとビデオデッキが置かれている部屋へと移動することになってしまった。結局陣は、なんだって凍矢と一緒が良いのだろう。
「仕事が……」
「まじめですねぇ。そんなに長くないから大丈夫。そうこう言ってる間に、見てしまった方が早い」
「悪かったな。あっと言う間に負けて」
「そうは言ってませんって」
「蔵馬、早くー」
 陣は画面の正面の椅子を確保して、蔵馬を急かした。「子供かお前は」。無言で溜め息を吐く凍矢の眼は、間違いなくそう言っていた。しかし彼も諦めたらしく、近くに置いてあった椅子を引いた。
 蔵馬がリモコンを操作すると、画面には上空から撮影された億年樹が映し出された。カメラは徐々に木の上の地面に近付いていき、やがて2つの人影を捉える。機械を通した声が響く。
『九浄対凍矢、始め!』
「いっけぇ凍矢!」
 陣が画面に向かって声を上げると、彼のやや後方で凍矢は眉を顰めた。
「陣、それは録画……」
「いけ! そこだべ!!」
「聞こえてませんね」
 画面の中の2人は攻防を繰り返しながら場所を移動していった。カメラが追いついた先には大きな湖があり、それは凍矢の妖術で凍り付いていた。いや、湖だけではない。彼の対戦相手――先程のアナウンスで『九浄』と呼ばれていた男――の両足もまた、凍った水面へと繋ぎとめられている。状況は、凍矢の方が有利かに見えた。しかし、九浄は笑みを浮かべている。2人は何か言葉を交わしているようだが、カメラが遠いのか、それは記録には残らなかったらしい。無駄だと分かっていつつも、陣は耳を欹てた。その直後だった。
「あっ」
 陣は思わず声を上げていた。テレビの画面には、九浄のすさまじい妖力の放出によって、彼を束縛していた氷が砕け散る様が映し出されていた。それからはやや遅れて、2人の足場を作っていた氷が砕け始めた。凍矢もまた、その場に崩れ落ちようとしている。妖力を使い果たしたのだ。
 陣は「危ない」と叫びそうになっていた。それはあくまでも過去に記録された映像であり、凍矢は今まさに陣と同じ部屋にいて同じ映像を見ている。それは分かっていても、ではもしこの画面の中に自分がいたら……? その時陣が、医務室に運ばれていたのではなく、会場で直接凍矢の試合を見ていたとしたら……。おそらく彼は、飛び出していっていただろう。後の蔵馬と時雨の戦いでそうしていたように。いや、それ以上に。
 だが映像の中に陣はいない。彼の代わりに凍矢の身体を受け止めたのは、九浄だった。自身も体力と妖力を消耗しているはずの九浄は、自分の対戦相手を抱え上げ、消えかかった氷を渡ってその身体を岸へと運んだのだった。
 凍矢の意識はすぐに戻ったらしい。試合の終了を告げる実況の声が響く中で、自力で地面に立っている。少しずつ遠ざかっていくカメラは、たった今打ち負かした相手に向って右手を差し出す九浄と、それに応じて微笑む凍矢の姿を辛うじて映していた。2つの手がしっかりと繋がれたその小さな映像を最後に、画面はモノクロのノイズへと変化した。録画されているのは、そこまでのようだ。
「満足しました?」
 最初ははしゃぐように観戦していた陣の、後半の静まり具合を不審に思ったのか、蔵馬は表情を伺うように彼の顔を覗き込んだ。
「なんか途中から妙に静かだったけど」
「だからもう結果は分かっていると言ったのに……」
 凍矢はやれやれと立ち上がった。仕事へ向おうというのだろう。しかし陣の視線はノイズの画面へと向いたままだ。停止ボタンを押そうとした蔵馬の手がリモコンへ伸びる。
「もう1回!」
 陣はそう言っていた。
「はい?」
「今の、もう1回見られるだか?」
「それはもちろん、ビデオですから」
「じゃあもう1回! もう1回見せてけろ!」
「陣?」
 凍矢が顔をしかめる。陣は視線を動かそうとしない。
「何か映ってましたか?」
 蔵馬はテープを一度とめ、巻き戻しをかけながら今の映像を思い返しているようだ。「特に不審なものは映っていなかったはずだが……」。彼の表情はそう言っている。
「陣、オレは煙鬼のところに行ってくるぞ。仕事を済ませてくる」
「うん」
 ドアを開けた凍矢に、陣は振り向きもしなかった。同行するつもりは全くないようだ。凍矢は訝しげな顔で息を吐きながら、その部屋を後にした。
「オレもちょっと用事があるんで。陣、これが再生。これが巻き戻し。早送りと停止。放っておけば電源は勝手に落ちるから、見終わったらそのままにしておいて大丈夫です。好きなだけ見てていいですよ」
 蔵馬からリモコンを受け取り、ボタンを確認すると、陣は「ありがと」と短く告げ、早速ビデオを操作し始めた。しばらくはその様子を見ていたはずの蔵馬がいつ部屋を出ていったのか、陣は全く気付いていなかった。

 ビデオは――当たり前のことだが――何度でも同じ映像を繰り返した。試合が始まり、終わる。その結果が覆ることは――当然――ない。凍りついた湖。九浄が笑みを浮かべる。聞こえない会話。氷が砕け、倒れかける凍矢。受け止める九浄。岸へ移動して、2人は握手を交わす。そこにある2つの笑顔。戦いの間、凍矢の視線は一度もこちらを――画面の外の陣を――見なかった。それは至極当たり前のことだ。戦いの最中にカメラを意識する――つまり、余所見をする――ことなど、あるはずがない。彼の視線は――そして笑顔も――、終始九浄へと向けられていた。何度も、何度でも、陣が再生を繰り返すその都度。
 どのくらいの時間、その映像を見ていたのだろうか。開け放たれた窓から聞こえた微かな人の声に、陣は我に返った。
 急激に眼の疲れを覚えた。瞬きをしていたかどうかすら非常に怪しかった。ずっと同じ姿勢でいたために、全身が固まってしまったようでもあった。
「……っ、ててて……。あー、かっちんかっちんだぁ」
 両眼をきつく閉じ、声を出しながら腕と背中を伸ばす。関節がぱきぱきと音を立てた。どのくらいの時間が経っているのか、見当も付かない。あるいはそろそろ凍矢が戻って――
「あっ」
 陣はぱっと眼を開けた。バランスを崩して椅子毎後ろへひっくり返りそうになったが、なんとか留まった。急いで立ち上がり、窓へ駆け寄る。
 先程の声。窓の外から聞こえたそれは、聞き間違えるはずがない――反応が遅れはしたが――と断言出来る。凍矢の声だ。陣は窓の外へ身体を乗り出した。
「凍――」
 その名を呼ぼうと地面を見下ろした――その部屋は3階に位置していた――陣の視界にいたのは、凍矢1人ではなかった。
 高い位置から見下ろすアングル。凍矢と、傍に立つもう1人の男。よく似た光景を、陣はつい先程まで繰り返し見ていた。

 煙鬼に与えられた任務は、実にあっさりと終わった。これなら確かに1人で充分だったなと納得しながら、しかしもしかしたら陣が追ってくるのではないだろうかという凍矢の予想は完全に外れた。良い景色とは言い難いが視界だけは開けた空を飛んでくる影はない。
(そんなにあのテープが気に入ったのか)
 凍矢は少々腹を立てていた。あの試合の結果についてはとっくに納得済みではあるが、それを何度も繰り返し、粗を探るように見られるのは面白くはない。と、自分は思っている。と、彼は思っていた。だが実際のところは、陣が映像にばかり注意を向けて、今まさに隣にいる――言うなれば現実の――自分の存在が蔑ろにされたという方がより不愉快だったのかも知れない。やや大袈裟な言い方をすれば、それは――映像の中の――自分への嫉妬だ。そこまで明確な自覚は本人にはなかったが、なんとなく不機嫌なまま、凍矢はわざとゆっくり帰路へついた。
 陣が待っているはずの建物の中に入ろうとした時、前方から近付いてくる1人の男の姿に気付いた。その男の方も、凍矢に気付いたらしい。
「よう、凍矢じゃないか!」
 笑顔を見せたのは先程ビデオの中に見た凍矢の対戦相手、九浄その人だった。
 凍矢のそれと同系色であるはずだが濃淡の差の所為で随分と違う印象を受ける青い髪も、背が高くてしっかりした身体付きも、先程見せられた画面からそのまま抜け出てきたかのようだ。試合以降に会うのはこれが初めてだ――そして試合以前には全く面識はなかった――が、不思議と馴染みのあるような――すでに見慣れたように思える――顔だ。それだけあの試合の記憶は自分の中で大きな意味を持っているということか。
(あるいは単純にさっきビデオを見せられた所為か)
 凍矢は近付いてきた九浄の顔を見上げた。
「元気そう……じゃあないなぁ。顔色が悪いぜ」
 九浄は腕を組み、首を傾げながら凍矢の顔を見た。
「悪かったな。顔色が悪いのは元々だ」
 凍矢が真顔で答えると、九浄はくつくつと笑い出した。
「それにしても奇遇だな」
 凍矢が言うと、九浄は首を傾げた。
「ちょうどお前との試合のことを思い出していた」
「へぇっ?」
 九浄は少し意外そうな――それでいて少し嬉しそうな――顔をした。
「今は人間界に住んでいるんだったな? 今日は仕事か?」
「ああ。今終わらせてきたところだ」
「人間界はどうだ?」
 凍矢は肩をすくめるような仕草をした。
「なんだそのリアクションは」
「オレの感想が、お前にも当てはまるとは限らない」
「そんなことは分かっている。分かった上で聞いてるんだ」
「そうだな……」
 凍矢は言葉を探すように間を置き、
「少なくとも……、オレは気に入っている」
 はにかむような表情を見せた。それを眼にした九浄の顔が、夕陽に照らされたようにぱっと明るくなった。凍矢は、魔界に存在しないはずの太陽を探しそうになった。
「……九浄?」
「おっと、悪かったな。引き止めて。『早く大好きな人間界に戻りたくて仕方ない』って顔してるっていうのにな」
 おどけたように言う九浄に、凍矢は咽喉を振るわせるように笑った。
「任務の報告なら、オレが行ってきてやろうか? 元々煙鬼に用があって来たんだ」
「いや、問題がなければ報告は不要だと言われているんだ。それに、陣を回収してこないと……」
「陣?」
 九浄は眉を顰めた。
「おぼえていないか? 対戦相手は確かお前の仲間だったと思うが」
 しかし当人同士の面識はなかったはずだと思い出した。名前だけを聞かされてもぴんとこないのも無理はないかも知れない。凍矢が「風使いの――」と言うと、やっと思い当たる記憶に行き着いたのか、九浄は「ああ。あの小僧か」と相槌を打った。それでもまだわずかに眉間にしわが寄っているのは、やはり直接対面したことがないためにイメージがはっきりしないのだろうか。
 九浄が望むのなら、今2人を会わせることは可能だ。陣もビデオテープの中の人物に直接会ってみたいと思っているかも知れない。そう思い付き、凍矢が口を開きかけた時だった。
「凍矢!」
 頭上から声が降ってきた。
 ほぼ垂直に見上げた先には、外向きに開かれた窓があった。そこから顔を出しているのは陣だ。凍矢が口を開くよりも早く、陣は外へと飛び出し、そのまま落下するように凍矢に飛びついてきた。もちろん風のコントロールをしくじれば、陣は地面に衝突、凍矢は下敷きになっていただろう。
「お前っ……、危ないだろっ」
「凍矢、なんともないだかっ? 大丈夫かっ?」
「お前、言ってることとやっていることがちぐはぐだぞ……」
 呆れたような凍矢の声を無視して、陣は視線をもう1人の男へ向けた。いや、睨み付けたと言った方が正しいかも知れない。睨まれた2つの眼は、それを睨み返した。だが、同調するかのような動きの間にあるのは、決して好意的なものではない。2人は無言のまま、しかし確かに意思の疎通を果たした。その関係性は、たった1つの言葉で言い表すことが出来る。即ち、『敵対』。初対面の2人ではあるが、彼等は瞬時にして相手の心境を自分のものであるかのように把握していた。
 そんな2人の様子は、陣に抱き付かれて身体毎顔の向きを固定されている凍矢には全く見えていない。せいぜいこの無言の時間はなんだろうと思った程度で、まさかそこで火花が散らされているとは露ほども思っていない。
「九浄だ」
 静かな声が名乗った。
「知ってる」
 答えた声は棘を含んでいた。
「陣だ」
「知ってる」
 短い自己紹介はすでに終わっていた。
 凍矢の身体は解放されないまま、陣の飛翔術によって地面を離れ始めていた。こうして陣に抱えられて飛ぶのは、初めこそ若干の恐怖心を持たないでもなかったが、今となっては、すでに特別なことではなくなっている。凍矢は極自然に、何も考えずに陣の肩に腕を廻した。
「凍矢、帰ろ。もう仕事終わったんだべ? オレ、腹減っただ」
「あ、ああ。そうだな。じゃあ……」
 凍矢は身体を捻って、なんとか九浄の方へと眼をやった。
「九浄、オレ達は帰るから……」
「ああ。またな」
 挨拶もそこそこに、軽く手を上げる九浄に背を向け、陣は一気に上空を目指した。

 一度地面を離れてしまえば、そこはどんな場所であろうと2人だけの空間へと姿を変える。それが出来る自分の能力を、陣は心から誇っていた。それにこうして広い空を飛んでいると、地上の全ては小さく見え、その中に置いた自分の小さな悩みや心配事は、本当にちっぽけで取るに足りないことなのだろうと思えた。この瞬間は、自分の肩にしがみ付く2本の細い腕だけが確かな存在だ。
(うん、大丈夫)
 陣は自分に言い聞かせるように頷いた。
「そんなに我慢出来ないのか?」
 間近から顔を見上げるように尋ねてきた声に、一瞬胸中を読まれたかとうろたえた。そう。「我慢出来なかった」。あの場にあのままいることが。
 凍矢が訝しげな顔をしたのは、ぎくりと強張った表情の所為か、それとも、リズムを乱した心音か……。
「いつもより随分と飛ばしているじゃないか。そんなに腹が減ったのか」
「あ、そっちの話……」
 凍矢は「我慢出来ない程空腹なのか」と尋ねたつもりだったようだ。安堵の息を吐いた陣は、同時に拍子抜けしたような気持ちでもあった。
「早すぎるだか? もっとゆっくり飛ぶ?」
 以前気圧や空気の濃度の変化に対応出来ない程のスピードを出して怒られたことがあったのを思い出しながら尋ねると、凍矢は首を横へ振った。
「いや、大丈夫だ。お前の好きに飛んでいい」
 そう言われて陣は、少しスピードを落とした。先程九浄と会った場所はすでに遠く、見えなくなっている。代わりに、人間界への入口がもう間もなく見えてくるはずだ。そのことに気付くと、あっと言う間に地上へ戻らなければならなくなるのが、勿体無いことのように思えたのだ。
 速度の低下に気付いたのか否か、凍矢はにこやかな表情で地上を見下ろしている。その唇が、やがてぽつりと言葉を紡いだ。
「いいな」
「へ?」
「空を、飛べるというのは」
 その声は、呼吸と風の音に紛れてしまいそうに小さく、しかし春の陽射しのように穏やかだった。
「そんなの、言ってくれたらいつでも飛んでやるだ」
 手が開いていたら、陣は自分の胸を叩いてみせていただろう。
「ああ。ありがとう」
 しかし何故突然そんなことを言い出したのだろうか。陣がそう思っていると、その疑問が聞こえたかのように、凍矢は呟いた。
「色々なことが、ちっぽけで下らないことに思えるよ」
 凍矢は陣の顔を見上げて笑った。
 凍矢が口にしたのと同じようなことをつい先程思ったばかりだった陣は、少し驚いていた。凍矢にも、何か「下らない」と思えるような悩みがあったのだろうか。
 聞いてみようかと思ったが、少し迷って結局やめた。凍矢が「もういい」と言うなら、きっとそれで良いのだ。
「よっし、帰るだか! なんかほんとーに腹減ってきただ」
「『本当に』?」
「あ、うん。まあ、なんていうか……。あはははは」
「おかしなやつだ」
「それもちっぽけってことで」
 凍矢はふっと息を吐いた。どうやら笑ったらしい。
「分かった。それでいい。帰ろう」
「うん」
 細い身体を抱える腕にぎゅっと力を込め、陣は降下を始めた。


2013,03,03


今回のテーマは嫉妬です。
嫉妬(7つの大罪)の悪魔はレヴィアタン→「ねじれる」という意味のヘブライ語が語源との説あり。で、こういうタイトルになりました。
ライバルポジションがいるカップリングっていいですよね。
凍矢VS九浄は完全にアニメのオリジナルでしたが、わたしは好きです。
六人衆の中から魔性使い2人をチョイスしてオリジナル回やってくれるとか、それなんてわたしホイホイ。
でも欲を言えば鈴木と死々若ももっと見たかったぞぉー!
鈴木なんて「鈴木が負けた」で終わってましたからね……。
<利鳴>

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