陣凍小説を時系列順に読む


  presented by SNOW


 雪が積もった。と言っても、足跡を付ければすぐに地面の草や土の色が見える程度の積雪でしかない。が、逆に、「足跡が付く程度には」と言うことも出来る。視界の多くは白に支配されている。その上、太陽の光の反射で、景色は普段のそれよりもずっと眩しい。
 凍矢は人間界のこの季節が好きだ。氷の妖怪である彼には、このくらいの気温は『寒い』内に入らない。むしろ心地良くすら感じる。だが彼がこの時期を好む理由は、それだけではない。洪水のような大量の光は、魔界には存在しなかったものだ。白い雪が日中の光を吸収してそれを放出しているのかと思える程に、太陽が沈みきってしまってからでも、周囲は不思議と明るく感じられる。
 凍矢は景色を眺めた。雪面からは背の高い草だけが辛うじてその先端を覗かせ、木々の枝先には落ちた葉の代わりのように白い装飾が施されている。ほとんどのものが白いその中で、負けじと眩しい笑顔を振りまきながら、陣は子供のようにはしゃぎ廻っていた。それを見て、凍矢も唇に笑みを浮かべた。普段は地面から数十センチの高さを飛んでることが多い陣は、今は珍しく両足で立っていた。おそらく、雪面に足跡が付くのが面白いのだろう。本当に小さな子供か、あるいは愛玩動物のようだ。体格はむしろ、仲間内でも大きい方なのだが。
 陣は地面の雪を両手で掬って、「冷たい」と言いながら笑った。それを見ながら、凍矢は、今年のクリスマスは手袋で決まりだなと思った。今陣が首に巻いている毛糸のマフラーと同じ色にすることまで決めた。
 手の中の雪を丸く固めながら、陣はぱっと表情を――より一層――明るくさせた。何か考え付いたなと凍矢が思っていると、案の定、その無邪気な笑顔はこちらを向いた。
「凍矢っ、雪ダルマ作ろう!」
 雪ダルマかかまくらか、あるいは雪合戦のいずれかだろうと思った凍矢の予想は見事に当たった。だが、
「この雪では、ちょっと難しいと思うぞ」
「なんでだ?」
「やってみれば分かる」
 陣は首を傾げながら、手の中の雪玉を地面に転がした。水分を多く含んだ雪は、地面の土毎球体を大きくした。しかも、その形はかなり歪だ。
「な? きれいには出来ないだろう?」
「むぅー……」
 もっと積雪量が多ければ、おそらく陣の希望は叶えられたのだろう。いかんせん、雪面と地面の距離が近すぎる。実を言えば、大量の雪を降らせることは、陣と凍矢の2人掛かりでなら不可能ではない。陣が気圧を操って雨雲を作り――あるいは風で直接雲を運んできても良い――、雨を降らせる。そして、凍矢の妖術で辺り一帯の空気を冷やせば、降ってくるそれは雪へと変わる。が、それをやれば、間違いなく近隣住民から苦情が――抜き身の刀を構えた男と共に――飛んでくるだろう。
「これ以上の雪は、おそらくこれからまだ降る。そしたら、好きなだけ作ればいいさ」
 冬はまだ始まったばかりだ。
 凍矢は、先程の陣を真似るように足元の雪を掬い上げた。土の付いていないきれいな部分だけをそっと。少し力を入れると、それはすぐに固まった。
「小さい物なら、出来るんじゃないか? お前なら枝にかかっている分も使える。そっちの方が汚れてもいない」
 陣は首を曲げて、真上を向いた。多く集めるのは面倒だろうが、確かに白い雪はそこにもあった。今日のところはそれで満足することにしたようだ。眩しく笑いながら頷くと、早速枝に積もった雪を集め始めた。凍矢も汚れていない雪を集めて固めたが、地面からしかそれを得られない分、同じ時間で完成した雪玉は、陣が作ったそれの方がひと回り大きかった。が、却ってそれが、1つの雪ダルマの頭部と胴体にするにはちょうど良い比率だった。人の拳よりいくらか大きい2つの雪玉の、大きい方を下にして、それを重ねる。さらに、露出した地面から手頃なサイズの小石をいくつか拾い上げ、雪玉に埋め込み、顔を描いた。口は小さな石を並べて曲線の形に、眼には少し大きめの丸い物を使った。
「おお! 出来ただ!」
「本当は蒼い眼にしたかったんだがな」
 凍矢が呟くように言うと、陣は首を傾げた。
「次はインクでも用意するか」
「オレはこれでも充分だと思うけど……」
 凍矢はそれには応えず、地面から少量の雪を指先で掬った。そしてそれを、小さく固めて雪ダルマの額にくっ付けた。訝しげな表情をしていた陣は、その突起を見て、「あっ」と声を上げた。
「ツノだ!」
 陣は八重歯を見せるように笑った。額の小さな角、そして眼を蒼くと言えば、何を意味するのかはもちろん理解したのだろう。何しろ、本人なのだから。
「凍矢も作るべ! 葉っぱ付けて、前髪作るだ!」
「もう1つ分雪を集める気か? この辺りは粗方踏み荒らしたと思うが。それよりお前、いい加減寒いだろう? もう中に入った方がいい」
「大丈夫だ! 凍矢の雪ダルマなら、これより小さくでいいし」
 凍矢はやれやれと息を吐いた。
 陣の表情は嘘偽りのない笑顔で、どうやら本当に寒さを気にしてはいないようだ。完全に、心からこの雪を楽しんでいる。冬は凍矢が好きな季節だ。それを同じように陣も好いているのなら、その喜びは、おそらく倍では済まないだろう。
「分かった」
 溜め息交じりに、凍矢は笑った。
「それなら新雪集めの穴場を教えてやる」
「へ?」
「屋根の上だ」
「あ! その手があっただか!」
 すぐさま飛び上がろうとした陣の、マフラーの端を凍矢は軽く掴んだ。蒼い眼が「なんだ?」と尋ねてくる。
「ひとりで作るつもりか? オレと“こいつ”も連れて行ってもらうぞ」
 そう言って凍矢が顔の高さに持ち上げたのは、陣とおそろいの角を持った雪ダルマだ。白い手の平で支えられたそれは、にっこりと笑っている。
 陣は大きく頷くと、“2人”を抱き上げて風を纏った。


2014,12,22


たぶん「ゆきだるまつくーろー♪」って言われる凍矢が書きたかったんだと思います(笑)。
それを下手にクリスマス云々とか入れてしまった所為で、クリスマス前に完成させなきゃー!! と結構急いで書き上げました。
間に合って良かったー!
終わり良ければ全て良しー! 間に合ったから全て良しー!!
以前書いたクリスマスネタと多少の接点はありますが、ないも同然だからリンクはらなくていいやと思って手抜きました。
ご了承ください。
<利鳴>

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