after quarrel


 原因らしい原因はない。強いて言えばタイミングが悪かった。両者とも偶々虫の居所が悪かったのだろう。ほんの些細な、衝突と呼ぶ程でもないような小さな事から、気が付けば子供染みた口喧嘩にも等しい言い争いに発展していた。
「お前はどーしていつもそう……」
「煩いッ! 貴様こそ目障りだ!」
「なんだとっ!?」
 幻海師範の道場からは少し離れた森の中で、睨みあっているのは鈴木と死々若丸だ。2人の声は徐々に大きさを増していく。
「さっさと消えろ。それとも、魔哭鳴斬剣の餌食にしてやろうか?」
 死々若丸は抜き身の剣を鈴木の鼻先へ突き付けた。
「ちょっと待った。そもそもその剣はオレが作ってやった物だからなっ。剣の強さを自分の実力のように言わないで貰おうか」
「何ッ!?」
「その剣がなきゃロクに戦えもしないくせに」
 鈴木はフンっと鼻で笑った。
 死々若丸は鈴木を睨み付けた。
「魔哭鳴斬剣はオレの妖気から生まれた剣だぞ!」
「元々はオレが作った試しの剣だろ。所詮は他力本願のくせに偉そうにでかい口を叩いて」
「ッ……」
 死々若丸は剣をぎゅっと握った。かと思うと、行き成りそれを鈴木に向かって投げ付けた。
「んなっ!? 危なッ」
 至近距離で投げ付けられた抜き身の剣を、なんとか避ける。
「だったらっ、こんな物はもう要らんッ!!」
 死々若丸は死出の羽衣も投げ出して、ぱっと身を翻す。そのまま小さい姿に変身――と呼ぶのが正しいのかは不明だが――し、森の奥へと飛んで行ってしまった。
「鈴木のばーかーッ!!」
「おいっ!」
 呼びかけたが死々若丸は止まろうとしない。あっと言う間に離れて行ってしまった。小さい方の死々若丸は空を飛べるから、追って行っても引き離されてしまうだろう。
 鈴木はやれやれと溜め息を吐いた。
「……で? そこにいるやつ、いつまで隠れているつもりだ? というか、隠れているつもりか?」
 近くの木を見上げて言うと、目の前に人影が降って来た。
「なんでここにいるって分かっただ?」
 陣だった。
「ここからだと影が見えていた。立ち聞きか? あまり良い趣味とは言えないな」
「別に聞くつもりじゃあなかっただ。飛んでたら鈴木が見えたから、後ろから脅かしてやろーと思っただ」
「どこでそんなことを覚えた……」
 鈴木は呆れ顔で言った。
「蔵馬とかコエンマがやってただ」
「あいつ等の真似はするな。どっちにしろ趣味悪いぞっ」
 陣は分かった分かったと頷いた。
「で、近付いてみたら死々若もいて、なんかもめてるみたいだったから出て行きそびれただ。喧嘩かぁ?」
「そういうことになるらしいな」
 死々若丸が飛んで行った方を見て、鈴木は再度溜め息を吐いた。
「何で喧嘩しただ?」
「あー……」
 尋ねられて鈴木は、視線を空へ向けた。やや間があって――、
「忘れた」
「ええーっ!? ふつー忘れるかぁ!?」
「忘れたものは忘れた」
 冷静になって考えてみても、何が原因だったのかよく分からない。それ程些細で言ってしまえば下らないことが切欠だったのだろう。
「あっきれただ」
「なんかお前には言われたくないぞ」
 陣は大して気にしなかったらしく、地べたに投げ捨てられた剣と羽衣に視線を移した。
「あーゆー言い方は、あんましいくないと思うだ」
「……まあな」
 鈴木はくしゃくしゃと頭を掻いた。
「陣に説教されるとは思わなかったな」
「そっかぁ?」
「お前達はもめたりはしないのか?」
「オレ達? あんましないだ」
 即答した陣に対し、鈴木は少し笑った。
「『誰と』とか言ってないんだがな」
「?」
 陣は首を傾げている。
「まあいい。じゃあ、もし、もめた時は?」
「謝る」
 あっさり過ぎるくらいあっさりした口調で答えられる。
「簡単そうでいいな、お前は」
 たぶんこの男は素直すぎるのだ。だから元々もめ事を起こすようなことも少ないのだろう。
 それに比べると、鈴木と死々若丸はどちらも――控えめに言って――少々我が強すぎる。
「……こっちから折れてやるべきか」
「お。大人〜」
 陣はふざけたように拍手をしてみせた。
 鈴木は剣と羽衣に手を伸ばしかけて、フと思い付いたように陣に尋ねた。
「陣は暗黒武術会でオレ達の試合は見たんだったか?」
「ん? ちょっとはな。だいたいの話くらいなら聞いただ。鈴木がぼこぼこに負けたとか」
「なんっか今日のお前はやけに突っかかってくるなっ」
「気のせー気のせー。で? 大会の話だべ?」
 それがどうかしたか? と首を傾げる。
「闇アイテムのことは覚えているか?」
 鈴木が裏御伽チームの面々に作って渡した道具のことだ。死々若丸の魔哭鳴斬剣と死出の羽衣、黒桃太郎の奇美団子、裏浦島の逆玉手箱。魔金太郎も何かしらの道具を与えられていたのかも知れないが、少なくとも準決勝の試合はその存在が明らかになる前に勝敗が着いてしまった。
「覚えてるだ」
「どうして死々若には2つ持たせてやったか、分かるか?」
「わかんね」
 陣は即答した。
「お前なぁ、もう少し考えてから答えろよ」
「考えたってわかんねーもんはわかんねーだ」
「テンポ狂うやつだなぁ……」
「で? なんでなんだ?」
 鈴木はフっと息を吐いて答えた。
「……守りたかった」
 陣はその言葉の意味を考えるように、2・3度瞬きをした。それから「だったら」と言いながら死々若丸の剣と羽衣を拾って、押し付けるように鈴木に手渡した。
「だったらよけー追っかけた方がいいだ」
 鈴木の後ろに回って、「ほらっ」と背中を押す。
「……礼を言う」
 照れ臭そうに言う鈴木に、陣はにっと笑った。
「貸しにしておくだ」
「ちゃっかりしてるな」
「ほら、早く行けって」
「ああ」

「ふんだっ。鈴木のあほっ、まぬけっ、たこっ」
 死々若丸は小さい姿のまま、愚痴を溢しながら歩いていた。足元にある石や木の枝を蹴りながら、どこへ向かおうというつもりもないままずんずんと歩き続ける。
「鈴木の……ばかーッ!!」
 やや大きめの石を思い切り蹴り飛ばした。草むらに飛んで行ったそれは、がつんと妙な音を立てて落ちた。
「お?」
 ふわりと飛んで覗き込んでみる。
 すると、そこには熊程もあろうかという大きさの妖獣が怒りの表情を全面に押し出していた。額にうっすらと流れる血。側に落ちた石。
「おおっ!?」
 死々若丸が蹴り飛ばした石が直撃したことが原因で立腹であることは間違いなさそうだ。
 妖獣は死々若丸目掛けて飛び掛ってきた。
 とっさに身をかわし、左腰に手を伸ばす。が、そこに魔哭鳴斬剣はない。
(しまった!!)
「ちっ」
 舌打ちをしながら空中で身を翻す。同時に死々若丸の姿が青年のそれへと変わる。小さい方では明らかに不利だ。
 更に飛び掛ってくる妖獣の攻撃をかわし、回転をかけた蹴りを放つ。しかし、敵は怯むことなく、鋭い爪を振り翳してきた。
「!!」
 ぎりぎりのところでそれを避け損ね、右肩を浅く裂かれる。
「ちっ……」
 何度か攻撃を回避しているうちに、死々若丸は完全に追い詰められてしまった。背中には巨大な木。これ以上後退することは出来ない。すぐ正面で妖獣が、既に構えた体勢でいる。
「くそっ……」
 相手が攻撃を繰り出した瞬間に小さくなって回避する他なさそうだ。急なタイミングで小さくなれば、敵には死々若丸が一瞬消えたように見えるに違いない。その隙にここを離れれば、そのまま逃走できるだろう。然したる知性も持っていなさそうな妖獣如きに背を向けるのは正直悔しいが、仕方がない。
(何故このオレがこの程度の小物に梃子摺らなければならんのだっ)
 剣があれば勝負は一瞬で着いていたに違いないのに。
(全部鈴木が悪いッ!)
 無理矢理原因が鈴木にあることにしている間に、妖獣が大きく振り被った。
 死々若丸が身構えた、正にその時。激しい光と共に、声が響いた。
「レインボーサイクロンエクストラフラーシュ!!」
 七色の光が爆発したように降り注ぐ。
 こんな派手な技を使う者を、死々若丸は1人しか知らない。
「す、鈴木っ!?」
 しかしあまりにも眩しくて、その姿は確認できない。
 きつく閉じた瞼越しの光が漸く収まってから眼を開けると、先程の妖獣は地面に倒れていた。既に事切れているようだ。そしてその隣で、わざとらしく前髪をかき上げながらポーズを取っている思った通りの人物。
「ふんっ、他愛ない」
「鈴木……」
「無事らしいな。間に合ったか」
 死々若丸は呆然と鈴木を見た。
「どうした、阿呆みたいな顔をして」
「お前、強かったんだな……」
「なっ、今更気付くとは失礼な!! ……確かに今の技も昔は見た目重視で威力はなかったが……。オレだって真面目に修行してるんだぞっ」
 まだぽかんとしている死々若丸に、鈴木は剣と羽衣を投げ渡した。因みに剣は妖気を吸って変形する前の姿に戻っていて刀身は消えており、死出の羽衣も発動してはいない。
「要らないのなら捨てても構わん。どうせオレは使わんからな。……と言うよりも、剣の方はもうお前以外の妖気では反応しないようだ」
 これと言った特徴のない試しの剣の姿に戻っていた魔哭鳴斬剣は、死々若丸の手に渡ると再び見慣れた妖刀へと変化した。
「やはり、お前の妖気あってこその威力らしいな」
「…………」
 鈴木はくるりと背を向けた。
「……悪かったな」
 そしてそのまま立ち去ろうとする。
「まっ、待てっ」
「なんだ。使わないなら処分していいぞ」
「そうではなくて……その…………」
 自分も言い過ぎた。死々若丸の性格上、そんな言葉が素直に出てくる筈もない。
 死々若丸は再び小さい方の姿になった。そのままぴょんと鈴木の元へ飛んで行く。
「……悪かった」
 小さな声でそう言って、鈴木の肩にしがみ付いた。その手には、剣と羽衣がしっかりと握られている。
「お前その姿セコイな」
「煩いな」
 鈴木はくすりと笑った。
「帰るか」
「ん」
 鈴木の肩に掴まったまま、死々若丸は小さく頷いた。


2007,06,30


鈴若も好きだと言いつつ全然かいてないなーと思ったので。
あと死々若だけ闇アイテム2つ持ってるよなーと思って。
どいつもこいつもなんかキャラがおかしなことに……。
死々若はツンデレだと思うの。
<利鳴>
死々若可愛いな。やっぱり時代はツンデレだね。
いや本当可愛い。ヤバい。
たこと罵られても良い!(何の話だ?)
<雪架>

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