陣凍小説を時系列順に読む


  太陽のか空の


 眼の前を、小さな白いふわふわとしたものがゆっくりと通過していった。その姿に、彼は思わず足をとめていた。
(――雪?)
 いや、違う。雪に良く似たそれは、地面に落ちることなく、不規則な動きで宙を漂い続けている。やがてそれは透き通った小さな羽根を持つ昆虫であることに気付いた。
(なんといったかな、確か……)
 その虫が姿を現し始めると、この国にはもう間もなく冬が訪れるのだと聞いた覚えがあった。魔界と人間界を隔てる結界が解かれてから――そして彼等が人間界へとやってきてから――、最初の冬だ。

 魔界では今や、旅行感覚で両の世界を行き来する者や、人間界への移住を望む者も現れ始めていた。しかし、遥か昔から人間界の存在を認識していた魔界の住人達と違って、人間達は魔界に住まう者達に対する耐性が一切ない。いきなりの共存を求めることは現状では難しく、一歩間違えば大きなトラブルを起こしてしまいかねない。そしてそうなった場合、妖怪達は正当な裁きを受けることすら叶わないであろう。そのような仕組みを、人間達は一切持っていないのだから。そんなトラブルを危惧して、幽助は妖怪関係専門の何でも屋を始めたそうだ。魔界を統治する煙鬼もまた、試験的に数名を人間界へ送り込んでいた。最初は人間の街からは離れた場所で、徐々に彼等の生活圏内へと歩み寄って往き、最終的には完全に溶け込むことを目標に、派遣された者達は人間の世界で生活している。それもまた、魔界統一トーナメントに敗れた者達の勤めのひとつだった。
 彼等もそのようにして人間界へとやってきていた。既に人間としての生活が長い蔵馬の助言を得ながらの生活は――かつて望んだのとは全く違う形での訪れではあったが――、何もかもが新鮮で、時折届く魔界に残った戦友からの手紙への返事は、遣り取りの回を増す毎にその長さを増していった。また、同じく人間界に派遣されてきた者達との間で行われる情報交換は、小さな子供がその日あったことを嬉々として親に報告する姿に良く似ていた。

 彼等が住まいを宛がわれたのはかつて幻海師範が所有していた山の麓付近で、そこからは日に日に色を変える美しい木々や空の姿が見て取れた。極限られた地域以外には四季の存在しない魔界では見られなかったたくさんの色の中で、小さな虫のその白は、初めて眼にするものだった。
(そうか、思い出した)
「ゆきむし」
 その名を呼んだ声は、自分の口から出たものと、もうひとつ。全く同じタイミングで、すぐ真後ろから聞こえた。
「これだべ? 雪虫って。蔵馬が言ってた」
 肩越しに振り返ると、こちらを見て微笑む顔がある。が、その唇の隙間から覗く白い歯は、本人の意思とは無関係にカタカタと小さな音を立てている。
「無理について来なくていいんだぞ、陣」
 まだ朝の早い時間に、住まいの近くをぐるりと廻って歩くのは、彼の――凍矢の――ここ最近の日課になっていた。特に、夏が終わり、空気に冷たさが混ざり始めてからは、それにかける時間が少しずつ長くなってきている。その朝の散歩に関して、ひとつだけ凍矢の頭を悩ませていることがあった。毎日例外なく、陣が同行したがるのだ。それ自体はなんの問題もないことなのだが、陣は寒さに対しての強さを普通程度にしか持っていない。氷の妖怪である凍矢は冷たい空気に心地良さを感じているが、陣にとってはそうではない。この数日は特に、絶対に寒いはずなのに、それでも彼は凍矢について歩きたがるのだ。寒さに震えて歯の根が合わないようになっても、決して自分から「そろそろ戻ろう」とは言わない。先に帰れと言ってみたことはあったが、陣は頑として首を縦に振らなかった。
「へーきだべ、こんくらい」
 そう言う笑顔が少しも平気に見えないのだから困る。そうなってしまっては、凍矢の方から帰ろうと言う以外にない。本当はまだまだ冷たさに肌を晒していたいのだが、同居人にうっかり体調でも崩されてはたまったものではない。
「戻ろうか」
 凍矢がそう言っても、陣は安堵した気配を全く見せようとしない。我慢しているという自覚もどうやらないようだ。ただ黙って笑顔のまま、凍矢の後に続いて帰路につく。
「もーすぐ冬だべな」
「そうだな。お前、寒いんだったら出てこなくていいんだぞ」
 そんなことを言うのはもう何度目になるだろうか。おそらく返ってくるのは同じ言葉だろうと思いつつ、凍矢は陣の顔を見上げながら言った。
「平気だって。凍矢と一緒に外出てぇもん」
 あっさりとそんなことを言うから、更にはうしろからぎゅうっと抱き付いてくるものだから、無下に扱うことも出来ないのだ。背中から肩に廻された腕は、冷え切って僅かに震えている。
「オレにくっついても暖かくはならないと思うぞ。あと歩き難い」
「別に寒くねーもん」
「痩せ我慢」
「なんのことだぁ?」
「お前、せめて服を着てこいよ」
「ちゃんと着てるべ」
「袖のある服を着ろ。あと靴を履け」
「凍矢だって薄着だべ」
「オレとお前を一緒にするなよ」
 やれやれと吐いた溜め息よりも、陣が吐く息の方がより白い。
 一度この習慣をやめてみようかと思ったこともあった。が、その意図はあっさりと見破られ、陣は気を使われるのは嫌だと言って、逆に無理矢理凍矢を外へ連れ出した。そっちこそ気を使って無理をするなと言ってやったのだが、無理なんかじゃあないとの一点張りで、埒が明かなかった。こうなってしまっては、陣を諦めさせる方法を考えるよりも、防寒対策を練った方が良さそうだ。
(そういえば……)
 人間界ではもうすぐ『クリスマス』というイベントがあるのだと――やはり蔵馬に――聞いた。本来はとある宗教の行事なのだが、この国では単純なお祭りのような意味合いになっている場合が多いそうだ。それを象徴する物や事はいくつかあるらしいが、そのひとつに、「親しい者同士で贈り物をし合う」というのがあるのだという。人間達の生活を理解するのが彼等の役目である以上、そういった行事を真似てみるのは悪い事ではなさそうだ。
(なにか、身に付けるような物がいい)
 暖かくなるような、衣服か何か――。そういった物を手に入れる方法を、今度蔵馬に聞いてみなければならない。凍矢がそんなものを必要とするはずがないことから、その用途を――だいたいの想像は付けた上で――尋ねられ、場合によってはからかわれそうだが、仕方ないだろう。
 肩に廻されたままの冷たい腕に触れると、ぱっとイメージが浮かんできた。
(そうだ、マフラーがいい。陣に似合いそうな、明るい色の)
 知らず知らずの内に微笑んでいた凍矢の顔を、陣が不思議そうな眼で覗き込んでいた。


2009,12,15


最終回後は2人して人間界で同棲してればいいよ、同棲!(NOT同居/笑)
ご近所に鈴若もいればいいよ、もちろんこっちも同棲で!
酎と鈴駒は魔界に彼女いるから魔界に残ってると思います。
という設定が自分の中ですっかりできあがっています。
そんな感じでメリークリスマァース!
今年はクリスマスネタは無理と思っていたのですがなんとか間に合いましたね。
タイトルはマフラーの色の候補。
どっちがいいか考えたんですが、(わたしが)決められなかったのでなげました。
無難に髪か眼の色に合わせちゃうのがいいかなぁと。
わたしに色彩センスを求めてはいけない。
絶対マフラーよりも服先にあげた方がいいと思うけどね(笑)。
わたしは「プレゼントには素敵な萌えが欲しいです」と短冊に書いて
ツリーに飾ろうと思います(笑)。
<利鳴>
3行目冒頭で「…あれ、か…?」と恐怖を覚える北海道民のセツですが(笑)素敵なお話を有難うでした。
リクエストに答え、クリスマスに間に合わせ…素晴らしいのです。
<雪架>

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