陣凍小説を時系列順に読む


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 水で薄めた墨を広げたような暗い空を、1つの小さな影が飛んで行く。影の名は『風使い』陣。その字の通り、陣は風を自在に操る。と言っても、まだその力は強いとは言い難く、強力な技を身に付けるには至っていない。彼はまだ修行中の身であった。今もまさに訓練の最中で、何も遊んでいたわけではない。風使いの最も基本的な能力である風を操っての飛翔術を覚えたばかりの陣は、それを完璧に己のものとするために、師に指定されたルートを可能な限り高速で廻る訓練をしていた。飛ぶこと自体はすぐに覚えた。それでもついうっかり気を抜くと、思ってもいない方へと流されてしまうことがある。将来的には空中で眠れるくらい自然に飛べるようになれとの指示をそのまま目標に、毎日のように同じルートを飛び続ける。今日は昨日よりも早く、明日は今日よりも更に早く。
 それを幾度も繰り返していたある日、陣は眼下に小さな人影を見付けた。もしかしたら昨日もその前もその人影はそこにあったのかも知れなかったが、少なくとも陣はその日初めてその存在に気が付いた。
 あまり深くはない森の中、それなりの大きさの滝のそばに、何をしているわけでもなくじっと立ち尽くしているようにしか見えないその影は、上空からでは顔は全く見えなかった。
「ダレだろ?」
 この魔忍の里においては、普段から誰かと擦れ違うようなことは少なかった。ここにいるのは、同じ忍の仲間といえども、必要がない時は他人と関わろうとしない者が大半だった。陣に至ってはまだ自分の住処の周辺を離れたことすら数えるほどしかない。風使いの仲間達以外の姿を見るのは、これが初めてだった。それに加え、殊更興味を引いたのは、それが子供の姿だったことだ。おそらく陣と同じ年頃の。
 一瞬、降下するか否か迷った。他の者がどのような修行をしているのか、また、初めて見る他の者の存在に、興味は充分過ぎるほどあった。
(でもおそくなったらおこられんべ……)
 この修行を終えなければ、次の修行には入れない。陣は早く兄弟子達のように強力な攻撃用の技を習得したくてうずうずしていた。
 結局、陣は先を急ぐことにした。代わりに、帰宅するや否や兄弟子にそのことを尋ねた。
「あーにーいーっ」
 文字通り飛んで帰り、着地とほぼ同時に、陣はまくし立てるように言った。
「兄いっ、今日なっ、ヘンなヤツがいただ!」
「ほう、どんな?」
「分かんねっ」
 師に代わって陣の修行を見ている兄弟子はガックリと肩を落した。
「分かんねって……」
「だって上から見えただけだもん」
「それでいきなし『変なヤツ』呼ばわりか。どこで見た?」
「んーと、滝んとこ。たぶんオレくらいの年で、ちっちぇーやつだった」
 兄弟子は少し考えるような素振りを見せた。
「ああ、もしかしたら『ジュヒョウ使い』のやつかもな。あの近くを修行場にしてるらしいから」
「じゅひょーつかい?」
 兄弟子は床に指で『呪氷』と書いた。
「氷を使う連中だ」
「ふーん。『こおり使い』じゃあねーんだな。なんで?」
「オレに聞くなよ」
「でもなんかかっこいーな、『呪氷使い』」
「そうか?」
「んだ。オレも『ジュカゼ使い』にすっかなぁ」
「馬鹿。なんで音読みと訓読みが混ざってるんだ。『氷』を『ヒョウ』と読むなら、『風』は『フウ』だろ」
「んん?」
「ああ、もういい」
 陣のこんな様子はいつものことで、兄弟子は苦笑したように溜め息を吐いた。
「でもしゅぎょーしてるよーに見えなかっただ。タダつっ立ってるだけで」
「そんなこと言ったらお前だって、知らないやつから見たらガキが飛び廻ってるだけだぞ」
「でもちゃんときのーよりも早かったべ?」
「まあな。明日はもっと早くな」
「ええっ!? まだつづくだかぁっ!? 早く次行きたいだぁ」
「まだまだ。風使いのくせに飛翔術をミスるようなことがあったら大恥だからな」
「ちぇー」
 陣は頬を膨らませながら、『呪氷使い』の姿を思い出そうとした。が、上空から少し見ただけのそれについて、思い出せるようなことはほとんどなかった。

 翌日、『呪氷使い』の姿は昨日と同じ場所にあった。
(ちょっとだけなら……)
 戻りが遅くなれば兄弟子に怒られ、更に次の修行へ移るのも遅くなるだろう。しかし陣は、一度抱いてしまった好奇心を抑えることは出来なかった。一瞬迷いはしたが、ほんの数秒後には風を操って降下を始めていた。滝の音と一緒に、その姿が近付いてくる。
 最初に眼に入って来たのは、涼しげな蒼い髪だった。目蓋を覆うような長い前髪が、陣の風でふわりとなびく。その下にある眼は、小さな子供の身体にはやや不釣合いなほどの冷たさを持っていた。
(氷の使い手……)
 陣は、眼の前の少年が兄弟子が言っていた呪氷使いであることは間違いないだろうと思った。
 少年は突然現れた陣に、なんの反応も示さなかった。僅かに視線を向けることすらせず、相変わらず滝の方を向いている。
 陣は自分から話しかけてみることにした。
「なあ。おめー、呪氷使いだべ?」
 返事はなかった。陣は滝の音が煩くて聞こえないのかと思い、今度は意識的に大きな声で言った。
「聞こえてるだか? オレ、風使いの陣。おめーの名前は?」
 しかしやはり反応はない。
(立ったまま目ぇあけてねてんのかなぁ?)
「おーいっ!」
 陣は何度も声をかけてみた。少年の様子をじっとうかがってもみた。それでもやはり返事はなく、どのような修行をしているのかも全く分からなかった。時折蒼い瞳が瞬きをしていなかったら、良く出来た人形のようにしか見えなかっただろう。それほどまでに、少年は何も返してこなかった。
「……ちぇっ。つまんねーの」
 やがて陣は諦め、再び風を操って飛び去った。
 住処へ戻ったのは当然のように前日よりも遅かった。兄弟子は、やはり当然のように陣を叱った。
「こらぁ、どこで油売ってたっ!?」
「あぶら?」
「どこで道草食ってたんだって聞いてんだ」
「草なんて食わねーだよ?」
「あー……、もういい。とにかく、ペナルティな。腹筋100回」
「はーい」
 なんらかの罰を与えられるであろう覚悟は出来ていたので、そのくらいはなんとも思わなかった。兄弟子に足を押さえてもらいい、手を頭の後ろで組んで腹筋運動を始める。数回数えたところで、陣は先ほどのことを思い出しながら言った。
「アイツやっぱりヘンだっただ」
「あいつ?」
 兄弟子は不思議そうな顔をした。
「きのー言ったべ。滝んとこにいた。ぜーんぜんしゃべんねーんだ。ベロないだかなぁ?」
「話しかけたのかっ!?」
「うん。あれ? ダメだっただか?」
 兄弟子の表情が一瞬深刻そうに見えた。陣としてはそれほど重大なことをしたようには思えない。
「いや、駄目だとは言わないが……。それで遅かったのか。……邪魔するなって言っただろ」
「してねーよ」
「してる」
「だってなんにもしゃべんなかっただぞ?」
「それはお前が邪魔だからだろ。お前は自分の修行に集中しろ」
「だってなんか気になるんだもん」
 それから数日間、陣は毎日のように少年の姿を見付けては地面に降り、会話を試みた。しかし、相変わらず少年は陣を無視し続けた。そしてもちろん、住処に戻る時間は日に日に遅くなっていった。
「なんでやればやるほど遅くなってんだっ!?」
 兄弟子は怒りを通り越して呆れたような顔で溜め息を吐く。
 ペナルティの腹筋運動や腕立て伏せは、かかった時間に比例して回数を増やされていったが、それも順調に陣の体力作りになっただけだった。
「もうなん回でもできるだ。きょーはなん回だか? 千か? 2千かぁ?」
「開き直るなッ」
 それでも陣は毎日少年のもとを訪れた。何故なのかは、やはり自分でも分からない。
(だから今行くのやめにすっと、ずっと分かんないまんまになっちまうべな)
 修行が進まなくなってしまうのも本当は嫌なのだが、それでも疑問を残したままになる方が嫌だった。
 いつの間にか陣は、自分の方へ視線も向けようともしない、わずかな言葉すら発しようとしないあの少年のことが気になって仕方なくなっていた。そしてその日も、陣は滝に向かってじっと立っている少年の姿を眺めていた。
「それ、しゅぎょーなんだべ? どんなしゅぎょー?」
 もう何度同じ質問をしただろうか。すでに返事があることは諦めていたかも知れない。
「前から思ってたけど、なんかこの辺ちっとさむくねーか? おめーは呪氷使いだからへーきだか? 呪氷使いってどんな技使うだか? いっつもどんくらいここにいるだ? 呪氷使いってどの辺に住んでんだ? オレはこの森出てあっちの丘の方の……」
 一方的に喋っていると、少年の眼が初めて陣の方へ動いた。鋭い視線だった。陣は冷たい手に背中をなでられたような感覚を覚えた。
 何か言わねば。そう思って口を開きかけた時、少年もまたゆっくりとその唇を動かした。ともすれば聞き逃してしまいそうなほど小さな声で、しかし口調はあくまでもきっぱりと、初めて陣に向かって言葉を発した。
「邪魔だ」
 その言葉の意味を陣が理解する前に、少年は静かにその場を去っていった。
 ぽかんと立ち尽くしていた陣が我に返ったのは少年の姿が完全に見えなくなってからだった。

 陣はこれまでにないほどの猛スピードで飛んで帰り、兄弟子に今日の罰を言い付けられる前に一気に喋った。
「兄いっ、兄いっ! きょーはしゃべった! きょーはしゃべっただ!!」
「お前っ、まだちょっかい出してたのかっ!? やめれって言ったろ!」
「でもしゃべっただ!」
 陣の嬉しそうな顔を見て、兄弟子は呆れながらもふっと溜め息を吐いて微笑んだ。
「なんて言った?」
 しかし次に続いた陣の答えを聞いて、彼はがっくりと項垂れた。
「うんっ、『ジャマだ』って」
「お、お前……、喜ぶなよ……」
「でも前はしゃべんなかったのにきょーはしゃべったんだって! こっち見たし!」
 兄弟子は長い溜め息を吐いた。かと思うと、急に真面目な顔をした。
「陣」
「ん?」
「座れ」
「うん?」
 2人は向かい合う形で腰を下ろした。
「半分偏見みたいなもんだから、あんまり話すつもりはなかったんだがな……」
 話し方を考えるように間を空けてから、再度溜め息を吐いた。
「呪氷使いの連中には、あんまり関わるな」
 陣は驚いたように2、3度瞬きをした。
「なんで?」
「……なんて言うかだな、あいつらとオレ達は考え方もやり方も色々違ってるんだよ」
 彼等は同じ『魔忍』と呼ばれる1つの集団ではある。が、その中でも更にいくつかの集団に分かれて生活しており、住んでいる場所も同じ里の中とは言え、普段は干渉し合わなくて済む程度の距離を保ち、任務の時以外は、お互いに関わり合わないのが常である。中には友好的な者も全くいないではないが、呪氷使いの者達に限っては、そう言った者はまずいないのだと兄弟子は告げた。
「どーゆーことだ?」
 陣はまだ首を傾げている。
「呪氷使いの連中は、魔忍の中でも特に掟にこだわるんだ。それと比べるとオレ達風使いは、なんと言うか、自由な部分が結構多い。オレは任務で何度か呪氷使いのやつと会ってるが、喋っているところはほとんど見たことがない。それが子供でも同じだ。物心付く前から、そうやって教育されてるんだ。お前も見ただろう? あの冷たい眼を」
 陣の脳裏に少年の顔が浮かぶ。そう、確かに冷たい眼だった。僅かな熱も持たず、同時に僅かな光も持たず、そこにはただ冷たさだけが存在していた。
「ここ最近ずっとそいつのところによってて遅かったのか」
「うん」
「なら、もう分かっただろ? あいつらは、絶対に他人と馴れ合ったりしないんだよ。お前がちょっかいかけ続けてるのがその子供の師匠辺りに知れたら、色々と面倒なことになりかねない。お前も、その呪氷使いの子供もな。どんなことでも、自分のことだけならいい。自分さえ覚悟が出来てればいいんだからな。でも、そうじゃあない者を巻き込むのは許されない。分かるな?」
「……うん」
 陣は頷きながらも不服そうな顔をしていた。その頭を兄弟子はくしゃっと撫でた。
「忘れた方がいい」
 優しく諭すように言われたが、1度記憶に焼き付いたあの冷たい眼は、陣の頭の中から消えそうもなかった。

 陣がいつもの場所を通りかかった時、少年はやはりいつもの場所に立っていた。
 兄弟子に言われたことを守るなら、陣はそのままそこを飛び去るべきだった。それを一瞬躊躇っていると、少年の様子がいつもと違うことに気が付いた。
 彼はいつもはただ真っ直ぐ滝に向かって立っているだけだった。が、今日はその姿勢が少しだけ違っている。少年は片手を広げて前方へ伸ばし、いつも以上に意識を集中させているようだった。
(なんだろ?)
 次の瞬間にはもう陣は地上へ降りていた。
 いつものように声をかけようと息を吸い込むと、その空気は驚くほど冷たかった。吐き出した息は真っ白に染まる。
(これ、こいつがなんかやってるだか?)
 陣は開きかけた口を閉ざし、黙って見ていることにした。
 やがて少年は大きく息を吸い込むと、伸ばした手の平から一気に妖気を放出させた。
「あっ」
 陣は思わず声を上げていた。
 少年の鋭い視線に応えるように、激しく落下し続けていた滝が、見る見るうちに凍り出した。その氷は、叩き付けるように落ちる水をさかのぼるように上流へ、また、流れを追い越すように下流へと広がっていく。
「わっ、わぁーっ、すっげー!」
 陣は氷の滝へと駆けよった。
「すっげぇ! かっちんかっちんだぁ。そっか。これがおめーのしゅぎょーだっただな?」
 これだけの勢いがあり、尚且つ水量もある滝を凍らせるのは、おそらくかなりの妖力と集中力を要するだろう。まだ修行中の子供の身で、これだけのことをやってみせるのは相当凄いことなのだろうというのだけは、陣にも分かった。
「かっこいー。なあ、おめー……」
 肩越しに振り返った陣の視界に入ってきたのは、崩れ落ちるように倒れ込もうとしている少年の姿だった。
「!!」
 陣は咄嗟に風を纏い、地面を蹴っていた。ぎりぎりのところで差し伸べた腕に、少年の小さな身体が倒れ込む。
「ぎりぎりセーフっ。ナイスキャッチオレ! おいっ、だいじょぶだかっ?」
 少年の顔を覗き込むと、伏せられた目蓋を縁取る睫が微かに震えた。その眼が開こうとするのと同時に、小さな手が陣の肩を支えにしようと伸びてきた。また転んでしまわないように手を貸してやりながら彼をそっと地面に下ろしてやると、ふら付きながらもなんとか自力で立つことはできるようだ。
 少年は、初めて陣の姿を認識したかのように、まじまじと視線を向けてきた。が、そんな彼の顔は、長い前髪の下に隠れてほとんど見えない。邪魔じゃないのかなと思った時には、陣は躊躇うことなくその蒼い帳に向かって息を吹きかけていた。なびいた髪の毛の下で、少年は驚いたような顔をし、慌てて両手で顔を覆った。あたふたと前髪を撫で付ける様子が、何か小さな動物を連想させるような気がして、陣はいつの間にか笑っていた。
「オレ、風使いの陣。おめーの名前は?」
 僅かに迷ったような間の後に、少年は小さく答えた。
「……とうや」
「とーや?」
 頷きながら彼が地面に書いてみせたのは『凍矢』という字だった。
「オレは陣っ」
 陣はその文字の隣に、自分の名前を書いてみせた。
「凍矢、おめーすげーんだなっ。オレだってもっとすげー技これからいっぱい覚えるけどな! んで、もっと技覚えたら、いつかしょーぶしようなっ。オレは今はひこーじゅつのくんれんしてて……って、あ!? やばいっ。時間っ!」
 凍矢の技に見とれていた時間は、おそらく決して短くはないだろう。兄弟子の怒り狂った顔が思い浮かぶ。
「やっべぇー、またおこられるっ。オレもう行かねーと」
 いつもよりも冷たい風を操って地面から離れると、凍矢は感心したような溜め息を吐いた。今までにも散々彼の周囲を飛び回ってはいたのだが、それを彼が『見た』のはこれが初めてのようだ。そんな凍矢に、陣は再度笑いかけた。
「またなっ」

 飛び去っていく姿を呆然と見ていると、その姿がこちらを振り向き、笑った。かと思うと、ひらひらと手を振って、やがて遠くに消えていった。
「……『陣』」
 なんだかおかしなやつだったなと思う。呪氷使い以外の者と会うのは初めてだったが、他の魔忍達はみんな『ああ』なのだろうか。そういえば危うく転倒しそうなところを助けてもらったのに、礼を言うのも忘れていた。そんなことを考えていると、不意に背後に気配が生まれた。
「凍矢」
 びくりと振り向くと、そこにいたのは彼の師匠だった。凍矢が作った氷の上に、平然と立っている。いつからそこにいたのだろうか。凍矢は全く気付いていなかった。
「どうかしたか?」
 師匠は唇に微かに笑みを浮かべながら、しかし抑揚のない声で尋ねた。その表情からは、彼が何を考えているのかはいつも読み取れない。彼は陣の姿を見たのだろうか。それも、全く窺い知ることが出来ない。
 隣へ近付いてくる師匠に、凍矢は首を横に振った。
「なにも」
「そうか」
 頷くと師匠は凍った滝へ視線を移した。しばらくそれを眺めていたが、やがて、
「いいだろう。次の修行に入る」
 そう言うと、凍矢に向かって、静かに手を伸ばした。
「おいで凍矢。明日からは場所を移る」
 凍矢の脳裏に、先ほどの陣の声がよみがえる。
『またな』
 その声をかき消すように軽く頭を振ると、凍矢は師匠の隣を歩き出した。
「はい。師匠……」
「いい子だ凍矢。決して融解することのない、闇の結晶よ……」
「はい……」
 一度だけ肩越しに振り返ると、先ほど彼等が書いた文字が、足跡によって消されていた。

 遅れたことの説教と、明日は師匠が任務から戻ってくるから今度こそ早く戻ってこいとの注意を受けた翌日、陣は先日までの場所に凍矢の姿を見つけることができなかった。
「きょーは休みだべか?」
 昨日は凍りついていた滝は、既に完全に溶けて元の姿を取り戻し、更には昨夜は雨が降ったようで、増えた水量によっていつも以上にけたたましい音を立てている。
 凍矢が今からでも現れはしないかと、しばらく待ってみようかとも考えたが、今日こそは早く戻らないわけにはいかないということは忘れていなかった。何度か振り返りながら、陣はそこを離れた。
 住処に戻ると、久々に早い時間に帰ってきた陣を出迎えた兄弟子は、他の仲間達と共に何やらあわただしそうな雰囲気だった。
「やればできるじゃあないか」
「うん。ししょーは?」
「もう戻ってくる頃だ。お前も来い。修行の様子を報告するからな。最近は酷いもんだったが、今日の結果だけ見れば、たぶん次に移る許可が出るだろう」
「ほんとかっ? やったぁ!」
「いつまでも同じルートばっかり飛ばせておいくわけにもいかないしな。たぶん集中力が切れるほどの継続はお前には逆効果なんだろうな。明日からは修行場に移るぞ」
「……そっか」
 今の修行を終えるということは、もうあの場所へ立ち寄ることは出来なくなるということだ。常に誰かが傍につくのであれば、こっそりと抜け出していくこともできないだろう。
(凍矢……)
 きちんとした話等、全くと言って良いほどできなかったことを思うと、あれほど望んでいた次の段階へ進むことが、酷く意地の悪いタイミングに思えた。もう1日、「次に進めることになったんだ!」と報告する時間くらい、くれたって良いではないか、と。だがもしかしたら今日凍矢があの場にいなかったのは、彼もまた次の修行へと移っていったからではないだろうかとの予想も出来た。あの氷結した滝が彼の修行の完成形なのだとすれば――おそらくそうなのだろう――、それも大いに在り得る話だ。
「どうした? 嬉しくなさそうだな?」
 兄弟子の声に我に返る。陣は慌てたように首を振った。
「なんでもないだっ。オレ、早くしゅぎょーしたい! つよくなりてぇ!」
「おお、やる気満々だな」
 力を付け、兄弟子達のように困難な任務をもこなせるようになれば、他の使い手達と合同の任務が与えられるようになる。おそらく凍矢はそこまで強くなっていくだろう。陣の目標もまた、この瞬間、そこへと定められた。
「うんっ。外のにんむにつけるくらいつよくなるだ!」
(そんで、凍矢と一緒に戦うだ!)
 その時――久方ぶりの再会を果たした時――、彼はどんな顔をするだろう。驚くだろうか。成長した凍矢は、どのようになっているだろうか。
(できれば今よりもしゃべるようになってるといいんだけど)
 まだ見ぬ未来を思って、陣は魔界の闇から最もかけ離れているほどの笑顔を浮かべた。


2010,05,05


関連作品:約束


ショタばんざーい!
お前は次に「一言目がそれかよ!!」と言う!
いや、「全くだぜ! ショタばんざーい!」とか言っていただいてもいいですが(笑)。
子供の日ってことで幼少期です。
過去捏造(特に初対面設定)はいつか完成させようと思って書きかけてはいたんですが、やっと最後まで書けました。
やったー。
あと、前髪お化けっていいよね。
純粋すぎるくらいの真っ直ぐな眼が自分に向けられることに怯えて髪の毛伸ばしてる設定とか萌えます。
超萌えます。
<利鳴>
じゃあ、ショタばんざーい!で(笑)
個人的にはね、兄弟子が普通に喋ってて驚いた!
陣の周りは陣みたいな口調の人がいっぱい居そうな、でも多分居ないだろうなぁって思ってた(居ないと思ってるんじゃないか)
公式で描かれていない初対面@ショタってのは実に良い題材だと思います。はい。
でも頭の中で映像化すると、余り幼くならなかった…
多分凍矢がセツの中で幼く出来ないのだと。
大人ぶる子供って良くない?(笑)
<雪架>

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